作品タイトル不明
21.ブラントネル王国
そうして春。
ブラントネル新国王の即位式が執り行われることとなった。
ファンドラグからは国王の名代として、ペンシルニアが全員参加した。
アイラも参加したため、先頭馬車にライアスとシンシア、後続の馬車に子供が四人で乗った。
平原を通り抜け、徐々に高地を進んでいく。国土のほとんどが高地であるため、ブラントネルは冬は氷点下の厳しい寒さにさらされる。今は春だからかなり気温の高い日もあるものの、それでも通り抜ける風は乾燥していてさわやかだった。
四日ほど馬車を走らせ、山岳風景に飽きた頃に、ようやくブラントネル首都に到着する。
「うわあ・・・すごい、魔王城みたい」
馬車からブラントネル城を見たソフィアが感嘆の声を漏らす。
「ちょっとソフィア。それブラントネルの人の前で言わないでよ」
「わかってるわ」
ソフィアの髪はすっかり伸び、結うことができるほどの長さだ。ただ、あまり華美なドレスは着なくなって、今日もシンプルなドレスを着ている。身軽に馬車の中から身を乗り出して楽しそうに外を見ていた。
マリーヴェルはそれとは対照的に、もう何日も前から準備したとっておきのドレスに髪型にと、本当に忙しく準備をしていた。ブラントネル首都に着く少し手前で馬車を停めて、かなり時間をかけて身支度を整えていた。
魔王城、とソフィアが言ったのも無理はない。
城は見るからにかなり古く、どんよりと曇った空の下では薄暗く聳え立っている。背後に山があるから余計にそう思う。一部山とくっつくように建っている城の石造りの壁にはびっしりと緑の苔が生えていた。
首都自体が高山にあり、険しい崖を登っていくから馬車が揺れる。大きな谷を越える所には馬車が二台、何とかすれ違えるほどの巨大な架け橋があり、それが唯一の首都との連絡通路のようだった。
谷の底にはキラキラと湖が輝いている。この湖は真冬の雪景色の中でも凍らないため、火の湖と言われている。
ブラントネルの首都に来るだけで迫力満点だ。
これまでの道中は寂れた大地だったのが、城門に入った途端雰囲気は一変した。人の気配が湧き上がり、一気に歓迎の空気に満ち溢れていた。待ち構えていた民衆がにぎやかにペンシルニアの馬車を取り囲む。
花を持ち、紙吹雪を散らし、ラッパが鳴り響いた。
「ありがとうございます!」
「ようこそ!」
「ペンシルニアに感謝を」
「ファンドラグ万歳!」
支援を受けて復興を遂げつつあるブラントネルの民は、ペンシルニアへの親愛がはちきれそうだった。
ペンシルニアの旗を激しく振って活気あふれる歓待を受けたので、それぞれ窓を開けて手を振った。中には四色布を振っている者もいる。
「お祭りのパレードみたいね」
「もう、騒がしくて誰が何言ってるかわかんないわ」
ソフィアとマリーヴェルがそう言いながら、少し気圧されながら手を振った。
ブラントネルの黒い騎士らに先導されながら、一行は王城の中まで熱気に包まれながら進んだ。
王城の城門をくぐり馬車を降りたところで、アルロが待ち構えていた。
「——遠路はるばる、お越しいただきありがとうございます。街の入り口までお迎えに行きたかったんですが」
アルロがすっかり国王の装いでそんなことを言う。国民のあの熱気の中でアルロまで出てきていたら大変なことになっていただろう。
ペンシルニアではいつもシャツに黒いズボンだった。戦時に帰ってきた時も鎧だったから、ブラントネルの伝統的な刺繍の施されたチュニックを着ているのを見るのは初めてだった。ファンドラグに比べれば質素ではあるものの、肩掛けまでしていると、もうすっかりどこからどう見ても王子様だ。
マリーヴェルが馬車を降りた途端口を開けて見とれていた。エイダンがこっそりとそれを小突く。
アルロの背後には宰相と将軍が揃って頭を下げていた。
「街を挙げての歓待、感謝する」
城の人間が並んでいるから、ライアスが一応よそ行きの返事をした。
「お寛ぎいただけますよう、精一杯務めさせていただきます」
宰相には初対面だった。几帳面そうな物静かに話す人で、深々と頭を下げてそう言った。
アルロに続いてぞろぞろと城の中に入る。中は外から見るよりも綺麗で、豪華に装飾されていた。
壁紙も絨毯も全て新しくされていて、天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
「ふわあ・・・ファンドラグの王城より、綺麗」
「新しい匂いがするね」
ソフィアとアイラがそんなことを言っていた。
それぞれ国賓の客室に通され、使用人が手際よく荷物を片付けていく。
「各部屋に一人ずつ、世話人をつけます」
そう言ってアルロが指示した所に、ずらりと城仕えの者が並ぶ。
ブラントネルの衣装に身を包み、帽子を被った人たちだった。その中で小柄な人影にシンシアは目を留めた。
「あら、サン。貴方、城仕えになったのね」
シンシアに声を掛けられて、サンは恐縮した様子で頭を下げた。
「お、お久しぶりです。覚えて下さってましたか」
「当然じゃない」
シンシアの言葉に、サンは早くも涙ぐんだ。その様子にシンシアはライアスと顔を見合わせた。なんとなく近況はアルロから手紙で聞いていた。
ヘルムトが死んで、サンはすっかり気落ちした。長らく引きこもっていたところを、戦争が終わって落ち着いた頃アルロが強引に連れて来たのだった。
本当なら、サンには各国を巡回した経験を活かし、交易の重職に就いてほしかった。しかし、サンは元気をなくしていた。燃え尽きたようにすっかり虚ろになった瞳を見て、アルロは放っておけなかった。
何もしなくてもいい。ただヘルムトの願ったこの国を、一緒に見守ってほしい、そう言ってとりあえず城の中に住まわせた。サンは墓守のような事をしばらくしていたが、この度、ペンシルニアの人々が訪れると聞いて世話人に立候補した。忙しく準備を進めるサンを見てアルロも安堵していた。
身の回りの事はペンシルニアからメイドを、警備に関してはベンを筆頭にペンシルニア騎士団も多数同行している。それらの使用人たちが、サンらと話し合いながら荷物の整理をしたり警備体制について行く。
「では、落ち着いたら、お城をご案内しますね」
「探検!?」
アルロの言葉にソフィアが素早く反応した。
「探検は・・・少し、休んでからの方が良いのでは」
「ソフィーは元気だけど」
「ちょっとはゆっくりさせて頂戴。探検は明日」
マリーヴェルはアルロとゆっくり話したかった。
「戴冠式は三日後の予定です。今日はゆっくりして、明日探検しましょうか」
「うん!」
ソフィアが嬉しそうに飛び跳ねる。
「アルロ。お墓参りに行ってもいいかしら」
シンシアが尋ねて、エイダンらははっとする。ヘルムトの墓は城内にあると聞いていた。
「もちろんです。——ありがとうございます。皆さんで行かれますか?」
全員が頷くのを見て、アルロはサンの方を見て目線で頷いた。
「では、僕も同行します。明後日、一緒に行きましょう。と言っても、城の敷地内なんですが」
ゆっくりしてください、と言い置いて案内人らが下がっていく。
そのままアルロだけ残って、皆で座って歓迎のお茶を飲む。
「——私たちが来るのに、準備が大変だったでしょう、アルロ」
「いえ、そんなことはありません。頂いた木材と魔石で王城を整えられたので。ありがとうございます」
さすがに王城全てを修繕するほどの量は渡せていない。時間もなかった。だから貴賓室廻りだけを整えたのだろう。
「それより、揃ってお越しいただく方が、大変だったんじゃないですか」
ペンシルニアがこれ程長期間に渡って不在にするのは初めてじゃないだろうか。
「ルーバンとゲオルグが頑張ってくれているわ」
ライアスがいないと二人は直接やり取りをして運営していくことになるのだが、意外と相性は悪くないらしい。ゲオルグはルーバンの嫌味が通じない貴重な存在なのだ。一緒に仕事をしていても、全く険悪にならないので安心して任せて置ける。
「明日は、子供達で城内探検をするのね。私達はどうする?」
シンシアがライアスに尋ねた。
「長旅でお疲れなのでは」
そう言ってさりげなく腰をさすってくれた。
そう、長時間の馬車の移動で昨日からずっと腰が重かった。
「でも、せっかく来たのに」
「——では、午前中は展望台から湖の景色を見る等しながらゆっくりしてはどうでしょう。午後からよろしければ、宰相がご挨拶をしたいと言っていますが」
「あら、そう?いいわよ。じゃあお茶会しましょうか」
これで明日の予定が決まった。
アルロは少し心配そうにシンシアとライアスを見た。
「どうしたの?」
「いえ・・・大丈夫だとは思うのですが。——宰相は、ペンシルニアとの、ブラントネルの立ち位置をいつも気にしていて」
「ああ・・・」
宰相の事だから失礼なことは言わないだろうし、それに気分を害するようなシンシアではないと分かっているけれども。ライアスもシンシアも勘がおそろしくいいし、宰相の言わんとしていることを察するだろう。
それを事前にどう説明していいか、アルロは言い淀んだ。
そんなアルロを、シンシアもライアスも待ってくれている。
「莫大な支援を頂いた身で、こんなことを言える立場ではないと思うのですが。ブラントネルは、独立してきちんと歩んでいけるよう、努力します。遠い未来にはなりますが、このご恩返しができることを目標に、国を立て直し栄えさせたいと思っています」
支援のお返しは、自立を遂げてからちゃんとする。それを目標にするのは、きっとヘルムトとの約束を果たすことになるから。
「ですから、宰相から何か言われたら、僕が——」
シンシアが口元を緩めている。気を悪くしたりはしないだろうが、こんな風に笑われるとは思っていなくて、アルロは途中で戸惑って留まった。
「あの・・・」
「あ、大丈夫よ?ちゃんと言うわね。ブラントネルの新国王から、余計な干渉をしないよう釘を刺されてるって」
「あ、いえ、そこまでは・・・」
「そうやって言っておいた方が、アルロが私たちに掌握されていないって印象付けられて、いいでしょう」
宰相に不遜なことを言われるかもしれないシンシアらの立場と、ペンシルニアに対し懸念を抱えている国の宰相の事と。それぞれの思惑もパワーバランスも考えて。すっかり国王の顔になっている。それが嬉しくてシンシアの顔はつい緩んでしまうのだった。
「難しい立ち位置なのに、頑張っているわね。その調子で私たちをちゃんと利用するのよ?親っていうのは、そのためにいるんだからね」
ああ、本当に敵わない。
「ありがとう、ございます」
アルロは頭を下げた。シンシアはいつも、まずはこうやってアルロ自身を見てくれる。アルロ自身の成長を喜んでくれる。母親っていうのはこういう感じなのだろうか。
絶対に、自分の代で国を豊かにして倍にして返したい。そう心に誓った。
マリーヴェルが横からそっと手を重ねた。
「アルロ、気にしなくていいのに。だって私が嫁ぐ国なのよ?娘の嫁ぎ先の環境を整えるのは親の役目なんだから」
「それは違う」
「マリーのためじゃないよ」
「ああ、離れなさい」
「そうだね、ちょっと近いよ」
ペンシルニアの男たちが突然矢継ぎ早に喋り出す。シンシアがアイラに合図して、二人でそれぞれの口に焼き菓子を入れた。どうも事前にアイラに指示していたらしい。
口の中に物が入って喋れなくなったところを、更に笑顔で黙らせるところまで一緒だ。
「貴方達が喋るとややこしいんだから、黙ってなさい」