軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18.

以前と同じく、ペンシルニアの正門には見送りの人々が並んだ。

「姫様、お元気で」

アルロはマリーヴェルの手を取った。抱擁は許されないだろうから、その手にそっと口付ける。

「何かあれば、いつでも駆け付けます」

マリーヴェルはさっと頬を染めた。

「ありがとう。アルロも、元気でね。嫌な事されたら教えてね」

「はい」

アルロが照れたように、嬉しそうに笑った。

文字通りアルロは気分転換できたようだ。一度ペンシルニアに滞在して気持ちをリセットできたように、すっきりした顔をしている。

エイダンに頭を下げて、アルロは馬に乗った。

アルロに付き従う数名の護衛を含むブラントネルの一行は、黒い鎧に黒いマントで揃えられている。

「・・・黒いね」

エイダンはその集団を見て、率直にそう思った。

マリーヴェルの贈ったブローチがよく映えて、きらりと光っている。

「そうなんですよ。これちょっと、意見が分かれて」

アルロはぽんぽんと馬の首筋を叩きながら、手早く装備を確認しながら話した。

「大多数の者は黒がいいって押しがすごかったんですが。これ——」

「暑いよね」

「はい。地獄です」

「夏に戦争できないね」

そんなことを言って笑い合う。そうは言っても、黒揃えのアルロは凛々しくて、王と言われても納得するような雰囲気があった。あの頭に金の王冠が乗っていたら、頭を下げたくなるような、威厳がある。

「——気を付けてね。向かう所敵なしだとは思うけど」

でも、物理的な事だけじゃないから。

一応、念のため確認をと思って、エイダンはアルロに、「マリーは成人になるまで連れて行かないよね」と聞いてしまった。そしたらアルロは苦笑しながら、「今お連れしたら、姫様は毎日お怒りになって大変だと思います」と答えた。

それはきっと、新王権で奮闘しているアルロが、そういう立場だという事だ。マリーヴェルはアルロへの攻撃には敏感には反応するから。

考えて見れば当たり前だ。闇魔力で、突然現れて、それでいて強大すぎる恐ろしい力を持ったアルロだ。まだ子供で、一見するとすぐ御せそうに思うのかもしれない。貴族社会の中で、心無い言葉くらいじゃ済まない、摩擦も水面下の争いもかなり壮絶なのだろう。

「一月と言わずさ、いつでも休みに帰ってきなよ」

その台詞にアルロはガチャリと腰の剣を浮かせて見せた。

「これがあるので、寂しくないです。ありがとうございます」

その笑顔は、本当に大丈夫だと言っているようで。

——ほんと、強いんだから。

エイダンはやっぱり寂しくて、複雑な思いだった。

別れを告げて、アルロはあっという間に駆け出して行ってしまった。

黒い集団が街道を駆け抜けていくのを、じっと黙って見送っていた。

そうして。

ライアスとシンシアはぐるりと周遊し、なんと十五日も後に帰って来た。

がやがやと屋敷が騒がしくなっていたが、エイダンは忙しかったので出迎えには行かなかった。

不在の間、数日は問題なかった。急ぎのもの以外は置いておけばよかったし、戦時下という事で様々な取引も通常の状態ではなかったから。遊ぶ余裕もあった。

しかし、それが五日経ち、十日経つと、流石に通常の流れに戻っていく。書類も溜まっていく。急ぎではないが、滞ると困ることばかりだ。

公爵の代行としてエイダンが処理するしかなかった。

ライアスの執務室で書類と睨み合っていたら、ガチャリとその扉が開く。健康的に少し日焼けしたシンシアが、清々しい顔をして立っていた。

「ただいま!ごめんね、予定外に遅くなっちゃって」

旅装のままで、相変わらずズボンを着ている。こんな生き生きした顔で帰ってこられたら、多忙を極めたエイダンとしては、どうしても複雑だ。

「あー・・・もう、父上と母上のいない生活に慣れた頃でした」

少しやさぐれてそんなことを言ってしまった。

何しろ公爵代行といえばライアスの仕事に加え、シンシアの仕事もそれなりに肩代わりし、王国とペンシルニア両方の騎士団の任務もこなし。公爵家の事はルーバンとタンと共に、屋敷内の事は執事長、騎士団の事はベン——手助けはたくさんあったが、やはり忙しさはとんでもなかった。

「まあ。そこに座るのが板についているじゃない」

普段はライアスが座っている執務机だ。呑気に嬉しそうにするシンシアに、また溜息が漏れた。

「必要に迫られてですよ」

「そうなのよね。ライアスが、エイダンなら一通りできるから大丈夫だって言ってたんだけど。大変だったわよね」

「・・・・・」

最もストレスが溜まった原因は、アイラに会いに行けなくなった事だった。仕事を終えると気が付けば夜になっていて、会いに行くには遅い。自分が今までどれほど楽に過ごさせてもらっていたのか、よくわかった。

ルーバンは容赦なく仕事を回してくるし、隙が無いし。油断すると無自覚だろうが、嫌味を言われる。

「僕・・・もう少し家を継ぐの、遅らせたい」

「ふふ、いいわよ。また旅行に行かせてくれるのなら」

シンシアはウキウキとお土産を取り出しながらそんなことを言った。

「楽しかったようですね」

「ええ。本当に」

シンシアは本当に満足そうだった。

この業務量に加えて、度々起きる事件に——確かに、思い立ったときに行かないと、もう次にいつ旅行に行けるのかわからない。

ここまで生き生きとしているシンシアを見れば、行ってきてよかったんだろうな、と思う。

「新婚旅行にも行ってなかったんですね」

「あー・・・ええ、そうね」

結婚してすぐにエイダンを妊娠したし、エイダンの出産時には、命も危ぶまれ半年は寝たきりだったと聞いた。今の元気な姿からは想像がつかない。

そのことを言っているのかと思ったが、少し違ったらしい。

応接セットの椅子に腰かけて、シンシアは少し言葉を選ぶように指を動かした。

「なんていうか・・・結婚当初は、ちょっと誤解があったの」

「誤解、ですか」

「ええ」

エイダンも今日まで何も知らずに来たわけではない。望んでもいないのにくだらないことを耳に入れてくる者も多い。

結婚当初、夫婦仲が悪かっただの、王家とも絶縁状態で、エイダンのお披露目がなかったのはそのせいだとか。ライアスは屋敷に寄りつかず、どこぞの側室を持とうとしていたとか。

シンシアの体調のせいの根も葉もない噂話だと聞かされて来たが、それだけではないのだと今は知っている。

結婚直前の戦争の事を調べれば、おのずと構図が見えてくる。ひどくすれ違い、こじれていたのだろう。それでも今はこうして幸せに暮らしている。

「僕はてっきり、母上が未来視によって、未来を変えたのかと思ってました」

シンシアがはっとしてエイダンを見た。

「あ、そうね・・・貴方も、魔王を視たって、言っていたわね」

シンシアの表情を見れば、エイダンが視たものと同じものをシンシアも視たのだろうと思う。

産んだ息子に全く愛情を掛けられない母親。屋敷に寄り突かない父親。

それをエイダンが見たのではないかと心配しているのが分かるから、エイダンは知らぬふりをする。そう決めている。エイダンが視たのは、あくまでも魔王との戦闘場面だけだという事にしておきたい。

「僕が何もしてないのに、アルロと戦う未来が変わったのだとしたら——それは、同じく未来視を持った母上が何かしたんだと思っただけです。それなら、その頃なのかなって」

「何をどうしたから、何が変わったのかは分からないわ」

シンシアは遠い眼をして、ふっと笑った。

「結局、やりたいようにやって、ここまで来ただけだから」

本当に何でもない事のように、シンシアはまた笑った。

何でもない事のように言っているが、エイダンは今でも覚えている。初めての家族旅行でヒュートランの領地へ行く時、エイダンと同じくらいシンシアも目を輝かせていた。

きっと必死で今日までやって来たんだ。

「まあ、せっかく落ち着いて来たんですし。どうぞ、どんどん行ってください」

「エイダン・・・怒ってる?」

怒ってない。ただ、忙しかったから少し疲れているだけだ。

こうして不機嫌な態度を取ってしまうという事は、自分もまだまだシンシアに甘えているんだと思った。

未熟者だ——そう思い、言い直そうとしたのに、シンシアは何とも思っていないような、優しい目をエイダンに向けた。

「でも、タンと協力して、うまくやれたんでしょ?そう聞いてるわよ」

「——タンはいいんですけど。ルーバンが・・・」

「あー・・・」

「まだ終わってないんですかの圧がすごくてさ。急いでやってたら、すぐ夜になるんだよ」

「まだ慣れてないものね」

シンシアは立ち上がって、腕を伸ばしてエイダンを抱きしめた。

「ありがとう。立派にやってくれて、誇らしいわ」

そんな風に言われたら。またどうぞ行ってきてくださいと、送り出すしかない。不機嫌をぶつけても、いつもこうして優しく返してくれると知っているから。成長したつもりでいるのに、シンシアの前だとどうしても子供っぽくなってしまう気がする。

体を離して、シンシアはごとん、とお土産を机に置いた。

「——はい、これ」

それは色とりどりの紐で編まれた組み紐だった。

「飾りですか?これ」

「飾りでも、何かを縛っても。私が編んだの。結構うまいでしょ?」

一体旅行で何をしてきたのだろうか。そういえばコープラン領の一部に伝統的な刺繍の技術を持った少数民族の部落があった。そこに行ってきたのだろうか。

「すごいね、匠の技だ」

「ふふ。子供四人分作ったの。一応この模様にも意味があってね。勇気、慈愛、豊穣、気高さ——好きなのにしてちょうだい。あ、でもアルロ、もう帰っちゃったわよね」

残念そうにしているが、半月も屋敷を開けていたら、当然予想していただろう。

「マリーの誕生日にまた来るって」

「あら。身軽なのね」

「求婚しに来るんだと思いますけど・・・父上は?」

「お城に行ったわよ」

シンシアは肩をすくめた。

「やっぱり、わざとアルロを避けてたんですか」

「半分は、多分ね。——大丈夫よ、次は縛りつけてでも置いておくから」

ひどい言い方である。シンシアは私的な空間では、ライアスを結構ぞんざいに扱う。貴族社会では珍しいと思うが、シンシアは王族だからなのか、それとも性格なのか。

もう一つすごいと思うのは、そうされてもまんざらでもなさそうなライアスの様子だ。幼い頃は不思議だったが、アイラと想いを通わせるようになって、最近ではそれが理解できてしまう自分がいる。

そんなことを考えていたら、さて、とシンシアは手に腰を当てた。

自由に旅行して帰ってきたせいか、いつもの淑女の鏡のような雰囲気がなくて、アイラみたいに活発だと不思議に思う。

「そうと決まれば誕生パーティーの用意をしなきゃね」

シンシアは鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。