軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.

ペンシルニアの屋敷は人の出入りがかなり激しくなった。

シンシアもライアスも不在ではあったがルーバンや執事長が従来の業務はしていたし、ペンシルニア騎士団はブラントネル軍と協働して王都を通常の状態に戻すのに忙しくしている。

そんな中、アルロは久しぶりのペンシルニアでゆっくり——とは、なかなかそうもいかなかった。

「——この法案の締め切りは今月末ですから」

「それは宰相に任せていたはずだけど」

「宰相から、一度陛下にご覧いただき承認をと」

「・・・そう」

「陛下、こちらの罪人の護送に関する配置ですが」

「それはもう将軍に任せる話になったはず」

「将軍から、一度陛下のご指示を仰ぎたい、と」

「・・・・・」

アルロに用意された貴賓室には、連日こうして指示を仰ぐブラントネルの使者が訪れた。

アルロは自分の事を象徴的な国王だから、と言っているが、この様子を見ていると全くそんなことはなさそうだった。

貴賓室は広いから、テーブルにカードを広げて朝から子供四人でカードゲームをしていた。こんな時に、と思うだろうが、これはエイダンが始めたことだった。

「僕達に必要なのは、休息だよ。リフレッシュ。いついかなる時も平常心でその時を楽しめる者こそが、勝利を手にするんだ」

どこから引用した言葉なのか知らないが、そう言いきって、敢えての遊びの時間を決めた。気がかりが多いからこそ、こういう時間を持つのにはマリーヴェルも賛成だった。

そこへ、次々に采配を尋ねに人が訪れる。

子供達のカードゲームの横で行われる、国家規模のやり取り。少し異様な光景だった。

「——アルロ、僕達一度、席を外そうか?」

「いえ・・・すみません。何でしょう。嫌がらせかもしれません」

人の波が一段落して、アルロが流石に疲れたようなため息を吐いた。

「即位式もまだなのに、わざと陛下って呼んでますし。僕なんていなくても、宰相も将軍も、ずっとやってきた人なんだから全く困らないはずなんですが・・・」

「暗に、早く帰って来いって言ってるとか?」

ペンシルニアに来てから三日。喪中だし即位式はまだしていないとはいえ、国王を宣言したものがいつまでも国を留守にするわけにもいかないだろう。

「それもあるかもしれません。もちろん、僕を通すという仕組みを作りたいというのも、あるとは思うのですが・・・」

そう話すアルロの口調からは、宰相と将軍という人間への信頼が垣間見える。知らない場所で、アルロはきっとブラントネルの組織の中にちゃんと足場を固めて、関係を築いていけたんだろう。嫌がらせかもしれない、というアルロの顔も笑っていた。

それがすごいな、とエイダンは思った。幼い時から大人に囲まれてきた訳でもない、むしろ人との関わりが苦手になっても不思議はない境遇だと思うのに。アルロは全くの新天地でも、そうして新しい人との関係を作ることができる。自分はそれを訓練によって培った。アルロのそれは、持ち前の優しさと強さのなせる業なんだと思う。

「実際さ、どれくらいアルロは実権を持ってるの?ティティ叔父上くらいあるの?」

「いえいえ、全然です」

アルロはとんでもない、と首を振った。

ファンドラグは長い歴史の中で国王がかなり実権を持っている。宰相職が形骸化していたこともあるくらいだ。

「僕はなんていうか、名目上です。旗印というか・・・。闇魔力の僕が前に出た方が色々と収まりがよくて。あと、ペンシルニアとのつながりも」

「でも、アルロが決着をつけたんでしょ?王城戦に」

「僕は最後の一押しです。掻っ攫うような真似をしたのに、皆温かく受け入れてくれて、王になってほしいと言ってくれた。——何年もの間、苦難の中不屈の戦いを続けていたのは、宰相をはじめとするあの人達ですから」

「あの国で、闇の魔力で・・・っていうのは、大丈夫なの?」

歴史的に迫害されてきたのが長いだけに、そうそう国民の意識が変わるとも思えないが。

「はい。ここ数年のシャーン王家のやりようが、本当に壮絶だったので。民意というのはこんなに変わるものなのだと、驚きました。民意が変われば、貴族も納得せざるを得ない。印象操作というか・・・その辺は、ヘルムトさんの能力ですよね。すごいです」

「——本願成就、したってわけだ。すごい人だね」

「・・・・・」

エイダンの物言いがつい、暗い言い方になってしまった。アルロが心配そうに顔を上げる。

エイダンは慌てて明るい声を取り繕った。

「そういえば、ブラントネル王国の将軍、強そうだったね。手合わせしてもらえるかな」

「あ、強いですよ。エイダン様と同じく地属性です。場を設けましょうか」

「え、やりたい。——アルロは?勝った?」

「負けることの方が、多いです。地属性相手は慣れているつもりだったのに、体格差がありすぎるので。あと、なんというか・・・太刀筋が読めません。なかなか難しいですね・・・」

エイダンは将軍の熊のような巨躯を思い出した。どうすれば勝てるか色々と考えてしまう。

またしばらくカードに集中して、お茶を飲んで。穏やかに時間が過ぎた。

「——でも、何かちょっと雰囲気が変わったわよね」

関心のない話題には一切入ってこなかったマリーヴェルが少し照れ臭いように言った。

「僕ですか?」

アルロは以前のようにラフな服を着て、いつものように穏やかな話し方をしている。

でも、やっぱり雰囲気は少し変わっていた。以前から大人びた雰囲気はあったが、常に一歩下がって遠慮がちだったのが、今は堂々とした余裕のようなものを感じる。

アルロは帰宅後、かつての自分の部屋にしばらく籠っていた。何かを考えるように、ただじっと何をするでもなく立っていた。なんとなく、誰も声を掛けられなかった。

そうしてかなり長い時間をそこで過ごしてからは、以降使用人部屋には戻っていない。

そこからは余計に。

「アルロが誰かに命令するのなんて、初めて聞いたから。ふふ・・・ちょっとドキッとしちゃった」

「姫様・・・」

アルロとマリーヴェルはそう言って、しばらく見つめ合った。二人とも完全に恋する目だ。

「マリーの番だよ」

「わかってるわよ」

水を差したエイダンに煙たそうに言って、マリーヴェルは手持ちのカードを放り投げる。

「ていうかさ、さっきから近くない?そこ、二人。バランスがさ、何か気持ち悪いんだけど」

円卓に椅子が四つ。等間隔に置けばいいと思う。エイダンとソフィアの椅子が九十度の角度に配置しているのに対して、マリーヴェルとアルロの椅子の位置は肩が触れ合う程に近かった。

「お兄様ってば、相変わらず神経質ね。そんなだからアイラが帰っちゃうのよ」

「なっ・・・」

決してそうではない。今回の騒動があって、アルロが来て屋敷がバタバタするから、一旦アイラは葡萄亭に戻っただけだ。アルロらが王城入りする前に、既に城を出ていた。ヴェリントとの戦争が落ち着いてライアスらが帰還したら、また改めて移り住んできてくれる予定だ。

「違うから!今は、こんな情勢だから——」

「アイラ様がこちらに住まわれるんですか」

「そうなの。兄様ったらもう何日も前からウキウキしちゃって。アイラが使う部屋に一日に何度も出たり入ったり——」

「ふっ、不備がないか、確認するのは、とうぜんだろ!」

「エイダン様・・・思いを告げられたんですね」

慌てるエイダンに、アルロが良かった、と言ってくれるから。エイダンは少し冷静さを取り戻す。

「あ、ああ、まあね」

「お似合いだと思います」

「え、あ、そうかな・・・まあ、まだ未成年だからさ。何がどうってことはないんだけど」

「あ、そうですね。ブラントネルでは十五で成人なので・・・向こうでは全く子ども扱いされないんですよね」

これにはマリーヴェルが反応した。

「え、じゃあアルロ、もう結婚できるの?」

「はい。平均寿命も短いですし、十六になると結婚している人も多いです」

「へえ・・・」

「へえって何?ファンドラグの成人は十八だからね?あと七年あるからね、マリー」

マリーヴェルはエイダンを無視した。

「シャーン国のお城って、どんな感じ?」

「そうですね。こことは随分と造りが違います。石造りで、かなり古いです。ファンドラグは立派な宮殿、という印象ですが、あちらはおとぎ話に出て来るような古城、という感じですね。冬はかなり冷え込みます」

「そうなんだ・・・じゃあ行くのは春とか夏がいいかしら」

「行くって何?そんな予定ないでしょマリー」

「山の断崖を利用して建てているので、慣れないと迷ってしまいます。二階と思っていたらいつの間にか四階を歩いていたり」

「まあ。覚えられるかしら。地図とかあるの?」

「あるわけないでしょ。王城の地図だなんて国家機密だよ」

「何しろ古いので、立ち入り禁止区域も多いです。あ、幽霊も出るって」

「まあ、楽しそ——」

「幽霊!?とんでもな——」

ドン、とマリーヴェルがテーブルを叩く。

「ちょっと、お兄様?さっきから何なの、うるさいわね!」

マリーヴェルのあまりの剣幕に、エイダンが一瞬怯む。

「難癖付けるの、やめてくれない?」

「姫様・・・」

兄妹喧嘩に発展しそうなので、アルロが止めようとする。

「それ、楽しそうね。ソフィ行きたい!」

ソフィアは場に似つかわしくないのんきな声でそう言って、手持ちのカードをテーブルに置いた。ソフィアの勝ちだ。

「みんなで探検しましょう」

「はい。その時はご案内しますね。一日かけても回りきらないと思います」

ソフィーは本当に楽しみ、と言うようににこにこと体を揺らした。