作品タイトル不明
15.
「——さて」
オルティメティはアルロと並んで、モイセスを見下ろした。
「お前は地下牢だ」
「くそ・・・こんな・・・こんな」
「無謀に過ぎる作戦だったな」
騎士等がモイセスを両脇からほとんど抱えるようにして立ち上がらせる。もう立っているのも難しいようだった。
それを見ながらオルティメティはアルロに言った。
「身柄は引き渡すが、今回の事件はシャーン国の仕業と公表するよ。悪いようにはならないはずだ。今回の事で——先のワイバーンの事とつなげる者も少なくはないだろう」
アルロが頷いた。
イエナもそれを聞いて、シンシアと視線を交わす。これで良からぬ噂を流していたものも口を閉ざすだろう。馬鹿げた画策をした貴族連中は、更に勢力を弱める。
前回から今回、一連の事をシャーン国の策略として、それを治めたのがペンシルニアとアルロ、聖女アイラという構図はもう出来上がっている。
「ブラントネルの温情に乗れなかったかが分かれ目だったな。新政府との講和の未来を描ければ、もう少しましな余生になったんだろうに」
モイセスは真っ赤に目を見開いた。
「そいつは俺に頭を下げさせたんだぞ!?——それだけは、どうしても許せない!黒のくせに!」
暴れるところを押さえつけられてる。
「何でだよ!闇魔力だぞ?そんな呪われた奴が、後見になってもらって、散々金を使わせておきながら出奔し、恩を仇で返した奴だろう!」
「王位を勧めたのは私よ」
シンシアの声が響いた。駆け出しそうなマリーヴェルを掴みながらの発言だった。
「——は?」
「聞こえなかった?ブラントネルの空いた王位に就くように勧めたのは、私と夫」
エイダンとマリーヴェルも驚いた。
アルロとのやり取りに、そんなところまで含まれていただなんて。
「片付くまで帰れないというから、帰ってこなくていいからそのまま国王になりなさいと言ったの」
「一体・・・何が目的で・・・」
「アルロが一番の適任だと思ったからよ。それを支える人間もちゃんといるようだったし。——本当は、もう少し大人になってからがいいけど。アルロ自身ができると思うのなら、それを全面的に支援するつもりよ」
ペンシルニアがシャーン国を手に入れたところで、今は利点よりも負債の方が大きいのはモイセスも分かっていた。本当に、何のために、といった顔だ。
「貴方にはわからないでしょうね。民からの搾取ばかり頭にあって、平気で人間を盾に脅しをかけるような人間だもの。呪われてるのは貴方の方よ」
歪んだ知識によって積み重ねられた歴史がそうさせたと言えば、それまでだが。許されない立場とそれだけの事をしてきた王族に、もう未来はない。
シンシアはモイセスを見下ろしながら冷たい声を放った。
「弱きを助け、強きを挫く。それがペンシルニア騎士団の訓戒なの。対岸の火事であったとしても、それを見過ごすような人間には育てていないのよ」
理解できないだろう。利己主義なシャーン国の王族には。だからこれ以上は言わない。これはあくまで、ファンドラグの貴族に向けた意思表明だ。
モイセスは引きずられるようにして連れていかれた。
慌ただしかったが、一通りの決着は見えてきた為、その場は解散となった。
ブラントネル王国の軍隊はオルティメティの指示のもと街の警備に当たる。王国騎士団の少ない居残り組は王城を護ることに専念した。ペンシルニアはシンシアもいたのでかなりの数が残っていたが、それも屋敷の警備に割かれている。王都は黒い鎧のブラントネル王国軍で埋め尽くされた。初めは警戒心を持っていた住人たちだったが、魔物を倒し警邏に当たる様子を見て、すぐに自分たちを守りに来た存在だと理解した。
軍隊をオルティメティに預けてからはアルロは少し身軽になった。
「まだ国王として働きはじめるわけではないので、今の自分の立場は宙に浮いたようなものなんです。元々、軍の指揮官としてここにきましたから」
軍を渡したら役職も特にない、と話す。
そうして、ペンシルニアの屋敷に皆で帰る事になった。馬車乗り場で再会したソフィアはアルロを見て大喜びだった。
「アルロ!やっと会えた!」
「ご無沙汰をいたしました」
膝をつくアルロにがばりと抱きついて、ソフィアは更に腕に力を込めた。
「おつかれさま、アルロ」
「ソフィア様、ご活躍だったそうですね」
「うん!ひとかけらも残さなかったよ!」
全く疲れを見せない、そんなソフィアの活躍話を聞きながら、一行は屋敷へ辿り着いた。
馬車から降りた途端、久しぶりの懐かしい人達の声がした。
「——アルロ、元気だったか?」
「ご飯食べれてたか?」
屋敷中の人が集まったんじゃないかというくらい、正門は使用人と騎士であふれ、手を繋いでいた子供四人はあっという間に取り囲まれた。こうしてペンシルニアの子供が揃ったところを見るのが、皆本当に嬉しそうだった。
「うわあ、かっこよくなっちゃって。こりゃお嬢様も複雑だねえ」
「アルロ、よく頑張ったね」
そんなたくさんの人と言葉を交わしていると、かなりの時間が経ってしまった。屋敷に入ると、先に入ったはずのシンシアが今度は旅装を整えて立っていた。シンシアのドレスではないズボン姿なんて、初めて見るかもしれない。髪はポニーテールにしてしっかりとまとめ上げられている。
子供たちの不思議そうな顔に、シンシアはにっこりと笑った。
「——じゃあ、エイダン、留守をお願いね」
「え・・・え?」
「ベンはブラントネル軍との連絡役をしながらペンシルニア騎士団も任せてるから、一緒に統制して頂戴。屋敷の事は執事長とダリアとお願いね。あ、ダンカーは連れて行くわ。有終の美を飾るつもりらしいから。幸い負傷者もほとんどいなかったけど、一応救護所はまだ稼働してるから、もし誰か来たらそれもお願いね」
矢継ぎ早に指示を出されて、エイダンは戸惑った。
お願いね、の範囲がどこまでを指すのか。
「え、母上は、どちらに・・・」
「ヴェリントに行って来るわ」
あまりに当然のように言うから、それはもう決まっていたことなのかと思う。
「父上はご存知なんですか」
「言ってないわ。心配かけるでしょ」
「えっ、や」
「ライアスったら、私のために上級騎士を沢山置いていってくれてるから。私が行ったらむしろちょっとした援軍ぐらいになるはずよ。急げば追いつくかしら」
シンシアはそう言ってから、さっとしゃがんでソフィアを抱きしめる。
「ごめんね、ソフィー。ママすぐに戻ってくるから。お兄様たちと、お留守番してくれる?」
「うん」
ソフィアはアルロが帰って来たのが嬉しかったらしく、まだ手を繋いだままだった。
「お城での大活躍のお話、また聞かせてね」
「うん。母さまはゆっくり、してもいいよ」
まるで旅行にでも行くかのようにソフィアは笑って送り出してくれた。
それにまた笑って、シンシアはアルロに向き直った。
「アルロ、ごめんなさいね。強行軍で疲れたでしょう。ゆっくり休んで頂戴ね」
「はい」
「一国の王なんだから、貴賓室を使うのよ」
「え、いえ」
「お城に泊まってもいいところをこっちに来てもらったんだから、一応ね。もちろんあの部屋もそのままにしてあるから」
その気遣いに、アルロは胸が温かくなる。
「ありがとうございます。——どうか、お気をつけて」
「あー・・・そうだわ、ライアスから伝言があって」
「はい」
「自分が帰って来るまで、マリーヴェルの事は話を進めるなって」
アルロは真面目な顔をした。この場にいないライアスの圧を感じる。
「はい」
エイダンもこれには大いに賛成だった。
求婚すると言っていたけど。まだ早すぎるし、アルロだって忙しくなるんだ、それどころじゃないだろう。エイダンだって、ようやくと思っていたアイラとの同棲生活は今白紙になってしまった状態だ。
アイラは無事に家に帰ったと聞いて、ほっとしたより残念に思う気持ちの方が大きかった。
アルロは国王になるんだから、エイダンより忙しいはずだ。それに結婚するという事はつまり、マリーヴェルがブラントネルに嫁ぎ、王妃になるという事だ。
エイダンはそこまで考えて、そっとマリーヴェルを見た。
「何よ」
「いや・・・ちょっと一旦、冷静になって考えようマリー」
「は?」
「アルロと結婚したいんだったら、乗り越えないといけない壁が・・・すごいことになるよ」
「言ってることの意味が分からないわ。反対するって事?」
「——こんなところで話してないで、貴方達は食事を摂りなさい」
シンシアが呆れたように言った。
エイダン達は丸一日食べていない。そう言われるとかなりお腹が空いていた。
「母上は」
もう夕方も近いが、シンシアだって食事を摂る余裕はなかったはずだ。
「私は馬に乗りながらいただくわ。なんかね、ライアスはいつもそうしてるらしいから、真似してみようと思って」
「え・・・大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫よ。色々やってみたかったの。心配しないで」
「——奥様」
ガチャリと玄関が開いて、ダンカーが顔をのぞかせた。
「用意できた?」
「はい」
「じゃ、行って来るわ。留守をよろしくね」
「はい」
子供たちの声が重なった。