軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.新王国

護送した兵士らは王城の地下牢へ収容された。

謁見の間でオルティメティらが待っているので、モイセスだけを連行してくるように、と聞かされる。

エイダンは背中の服がひどいことになっていたので、素早く顔見知りの騎士団仲間から服を受け取り、着替えておいた。傷を負った事は知られているかもしれないが、もう傷はないし、服が破けていなければ心配も少しは和らぐだろう。

シンシアは涼しい顔をしているが、実は相当な心配性だとエイダンもわかっているから。

心配していた教会の騎士らは全員無事で、人質も全て救出したというのも聞けた。流石はペンシルニアの上級騎士である。一部は既にヴェリントへの軍隊に加わっているらしい。

被害はなかったの、とエイダンは聞いたが、ゲオルグの髭が焼けた事で、それは是非とも伝えておいてくれと言われている、と報告された。無しと思ってもいいだろう。街の方も同様に、今の所ほとんど怪我人すらいなかったようだ。とりあえず、エイダンもマリーヴェルもほっと胸を撫で下ろした。

エイダンとアルロらはモイセスだけを伴って、謁見の間へ進んだ。

そこにはオルティメティとイエナ、それにシンシアもいた。宰相も、主要な重臣も揃っている重苦しい雰囲気の中、縛られたモイセスだけが広間の床に座らされ王国騎士に囲まれた。

マリーヴェルはシンシアと抱き合って無事を確かめ合った。

謁見の間に引き立てられた頃には、モイセスはもうすっかり貴族らしさは失っていた。血にまみれた服も、ぼさぼさの髪も整える余裕なく、その場にひれ伏せさせられる。

「自称シャーン国王、モイセス。会うのは初めてだな」

オルティメティはよそ行きの重い口調でそう言って玉座から見下ろした。

「ファンドラグ国王陛下・・・貴殿はそこの黒い奴に騙されている!」

モイセスは残った腕でアルロを指差した。アルロは冷たい目でモイセスを見下ろしていた。

オルティメティの表情もピクリとも動かなかった。

「闇の魔力がどれほど恐ろしいかファンドラグでは知られていないのか。こいつは瘴気を発生させ、人を病に陥らせ、魔物を呼び、世界を混沌に陥らせる、忌々しい能力者なんだ」

「——私には、お前の方が怪物に見えるが」

オルティメティは感情を乗せず、モイセスを見据えた。

「人を病にさせ、魔物を呼び寄せ、世界を混沌に陥れようとした——モイセス、お前の事ではないか」

「なっ・・・や、私では——」

「よくも我が国の民に手を出してくれたな」

「私ではない!」

モイセスは必死だったが、その声に耳を傾けるものなどいない。

「私に闇の魔力はない。測定すればすぐにわかる!」

「もちろん、お前が闇魔力でないことはわかっている。古代の呪術に闇魔力者の血が使われたのもな」

「え・・・」

マリーヴェルがぎょっとしてアルロを見た。

「ヘルムトの血です。遺体を傷つけられたんです」

険しい表情でアルロが言った。静かなアルロの怒りが伝わってくる。少しの間離れていただけなのに、何がアルロをそうさせたのか、優しげな表情は今は隠れ、陰のある精悍な顔立ちになっていた。

「安置所から血だけを抜かれたので、気づくのが遅れて」

葬儀も済ませ、遺体は警備の元、保存魔法によって本拠地の安置所に置かれていた。情勢が落ち着けば王族の墓地を造り眠ってもらうはずだった。まさかそんな呪術が存在することも、亡骸を傷つけるような蛮行に及ぶとも予想できていなかった。

「ヘルムトの・・・」

エイダンはヘルムトの顔を思い出した。へらへらと笑っていても、その灰色の目はいつも、意志の強さが表れていた。

「こんなにはらわたが煮えくりかえるのは初めてだよ。なんて忌々しいんだ」

のらりくらりと本心は分からなかったけれど、きっと誰よりも平和を願って——そうでなければ、あそこまで自分の身を投げ打って、革命を起こすことなんてできない。

それでいてヘルムトはいつも、エイダンら子供を嬉しそうに見ていた。子供が笑って、美味しそうにご飯を食べるところが好きなんだって言って。

「こんな最期?こんな使われ方をするなんて・・・」

どれほどの無念だろう。誰よりも平和を願っていた人が、その血肉を騒乱の火種に使われるだなんて。

ぎり、と食いしばりすぎて歯の奥が傷んだ。本当に腹の奥が熱くなって、叫び出したくなる。

悔しさが溢れ出るのは、この目の前のモイセスの事だけじゃない。エイダンは自分自身のヘルムトとの最期を思い出す。

「僕は、ヘルムトに——」

「エイダン様」

アルロがエイダンの手を握った。握りすぎて爪が食い込んでいたのだとここで気づく。

「無念な事なんて、何もありません。ヘルムトさんは、志を遂げられましたから」

目の前のアルロは以前の優しい顔をしている。

ヘルムトは、あと一歩の、王城陥落を前に死を迎えたと言われているけど。ヘルムトの死に顔は穏やかだった。

「一緒に、沢山の話をしました。僕が合流した時、既にヘルムトさんには死が間近に迫っていましたから」

それは慰めではなく、本当にそうなのだと。穏やかなアルロの顔が言っている。

「——どんな苦難の中でも。病を持っていても、その人生に意味を見出すことができたら。命題の答えを得たような、満たされた人生だって言える。エイダン様と会えたこともペンシルニアの縁を得たことも、どれもこれもが楽しい思い出だって、人間を諦めなくてよかったって笑ってました」

人に虐げられ裏切られてきたからこそ、また人を信じるのは勇気のいることだった。それができたのが私の勝因だ、と笑っていた。自分に勝てたんだとも。

「僕はそこまではまだですけど・・・闇魔力を持って生まれた意味も、今はこうして役に立てられて、感じられるようになった。両親に捨てられても、あの辛かった日々の一つ一つ、いつか答えが見つかればと思っています」

アルロ自身の話もたくさんした。同じ闇魔力だったから理解してもらえたことも多い。期間としては確かに短かったが、濃密な数カ月だった。

「その答えを見つけられるって、ヘルムトさんは信じてくれた。ペンシルニアの皆もいつも信じてくれてるのがわかっているから」

だから強くなれる。

「僕が約束したら、ヘルムトさんは思い残すことがないって、嬉しそうに旅立ちました。もう全て叶ったって幸せそうにしてましたから。だから、こいつらにされた事は何一つないんです」

約束——その言葉に、エイダンははっとした。

アルロはエイダンに頷いてから、そっとその手を離した。オルティメティの対面に進み出るとゆっくりとその場に膝をつき、帯剣していた剣を外した。それは、エイダンがアルロに贈ったペンシルニアの紋章の付いた剣だった。それをそっと目の前の床に置く。

「ファンドラグ国王陛下へお願い申し上げます」

この場にいる誰もが息を呑んだ。アルロだけが、朗とした声を響かせた。

「この者の身柄を我がブラントネルにお任せ下さい。必ずや厳罰に処すとお約束いたします」

なにを、と言いかけたモイセスは、傍らの騎士によって黙らされる。

「ここに、私、アルロが、ブラントネル王国国王として即位する事を宣言いたします」

ファンドラグの重臣達の間に小さなどよめきが上がった。

衝撃に固まるマリーヴェルをシンシアが後ろから肩を抱いている。

声はすぐに収まり、またアルロの声が響いた。

「国民の信頼を得て、王国を正しく豊かに治める事を誓約申し上げます。——そしてどうか、二国間の友好が悠久に続きますように」

「承諾した」

オルティメティは即答した。

立ち上がり、玉座からゆっくりと降りてアルロの目の前に立った。アルロに手を差し伸べ、立ち上がらせる。

「ファンドラグは、ブラントネルとの友好を心の底から歓迎する。同時に君にはペンシルニアの名を贈りたい」

オルティメティは床に置いてあった剣を拾い上げ、改めてアルロに差し出した。

「アルロ・ペンシルニア・ブラントネル——君に最大限の敬意と、友情を捧げよう」

アルロはゆっくりと両手で、また戻って来た剣を受け取り、頭を下げた。

オルティメティがその肩を力強く掴む。

「新たなるブラントネル王国の繁栄を願う。新国王の立位に心からの祝福も」

「ありがとうございます」

——こうして、新しいブラントネル国王が誕生した。

異国の地での立位は、異例の事ではあった。

しかし、ファンドラグの公爵家の名も持つという特殊な肩書も、何もかも、これからの両国の繁栄を予想させるかのようだった。