軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.

——にちゃ、にちゃ・・・。

マリーが泣いてる。

エイダンはうっすらとした意識の中で、手を伸ばした。暗くて何も見えず、何も触れない。

——にちゃ、ごめ、ちゃ。ごめちゃ、よ。

マリーが必死で謝っている。前にもこんなことがあった気がする。

そうだ、あれは、マリーが誘拐されたとき。あの時も、僕は必死で走って・・・誘拐犯に殺されそうになった時、マリーが僕を庇って、覆いかぶさってくれたんだ。

守ってやるって決めてるのに、マリーヴェルはいつも肝心なところでエイダンの盾になろうとする。

大丈夫だよ。もう離しても——。

「マ、リ・・・」

「兄様!」

突然、目の前に入ったのは、ぐちゃぐちゃに濡れたマリーヴェルの泣き顔だった。幼い思い出の顔から一転、今の顔に急に現実に引き戻される。

「マリー、どうし——っ!」

背中に走る激痛に、思わず息を呑んだ。

マリーヴェルがこの世の終わりのような顔をする。

「う、うごいちゃ・・・だめ、兄さ、ま」

夜だった。どこかの小屋で、両手両足に錠がされている。それもただの手錠ではなくて、魔力制御の拘束だ。これでは魔力は使えない。

「たくさん、血が出てるの。爆発に・・・と、とばされ・・・」

「マリー、けがは」

マリーヴェルは首を振った。エイダンがすっぽりとマリーヴェルを抱きかかえて庇ったおかげで、マリーヴェルはかすり傷だけだった。

「良かった」

小さな窓からの明かりだけでは良く見えないが、何もない部屋だった。

「僕達、一体」

「爆発で、かなり飛ばされたの。あいつと一緒に・・・」

騎士等は皆、教会の中に救出に向かっていた。外にいたのはエイダンとマリーヴェルだけだった。

「あいつ・・・?」

「お兄様の目をつぶそうとした奴よ。あいつはすぐ仲間と合流して、逃げるようにここに連れてこられたの」

「ここがどこか分かる?」

「王都の外だからよくわからないわ。でも、丘の上みたいで、窓から王都が見渡せる」

言われてエイダンは窓の側まで歩いて行った。歩ける程度の足枷だし、背中の傷もそこまでひどくはないようだった。

「——ここは、王都の東だね。猟師小屋かな」

よくわからないが、森の中ではあるようだ。人の気配は小屋の外にまばらに散らばっている。

モイセスが拠点として使っているのだろう。

まずいことになった。

みんな無事だろうか。目を凝らして見るが、教会がどうなったのかは遠すぎて見えなかった。火が上がっている様子はないが・・・。

ライアスとアイラはもう王城に辿り着いただろうか。

とりあえずその場に座ったら、マリーヴェルもそっとその向かいに座った。

「兄様、痛いよね。どうしよう・・・」

「大丈夫だよ、これくらい。もう血も止まってるでしょ?このために日頃から鍛えてるんだから」

「そんな。——皆も・・・私のせいで」

「マリーのお陰で僕は助かったんだよ。ありがとう。それに、彼らはペンシルニアの騎士だよ?大丈夫でしょ」

魔法陣周辺は魔法が使えたはずだ。爆発が起こったのは心配だが、マリーヴェルが連れて来たのは上級の騎士ばかり。きっと無事だと信じるしかない。

マリーヴェルがずず、と鼻をすすった。ハンカチがないからエイダンは服の袖でマリーヴェルの涙を拭いてやった。

「——一体、何があったの。あれって、ねえ・・・瘴気だよね」

エイダンはマリーヴェルの肩を抱いた。じゃら、と手錠の音が響く。

「瘴気だけど、アルロじゃないよ。魔法陣から出た紛い物だ。父上とアイラが浄化してるから、もう収束しているよきっと」

「紛い物・・・」

マリーヴェルの表情がすこし和らぐ。

「あの男、モイセスって言って、シャーン国の王族の生き残りなんだ。難民に交じって、計略を仕掛けてきたんだ」

「シャーン国・・・」

マリーヴェルがエイダンの肩に顔を埋めた。遠慮していつもみたいには体重をかけてこないその背中を、エイダンがそっと撫でた。

「アルロ・・・大丈夫かな」

「うん。心配だけど。アルロはきっと、大丈夫だよ・・・」

魔法陣に闇魔力者の血が使われていることは言えない。エイダンも、無事を信じているから。

「いざとなったら兄ちゃんがマリーを抱っこして走るから」

「ふ・・・うん」

マリーヴェルは力なく頷いた。

空が白み始めた頃、ノックもなしに小屋が開いた。

「——ああ、くそ、どういうことだ」

入って来たのはモイセスだった。どかどかと無遠慮に入って来て二人を見下ろした。

「魔物がちっとも溢れてこない。ファンドラグの魔物に対する対策が、何かあるのか?」

「何の事か、さっぱり」

聖女の事は知らないようだ。口が裂けても教えるものかと、二人は思った。

モイセスは足に包帯を巻いていた。あの爆発で、被害を受けてここまで急いで流れて来た、という様子だ。

「よりによって地下水路を掃除されるだなんて・・・」

モイセスはそう言ってドアを乱暴に閉めた。

「お前、何か知らないのか?魔物が出てきてただろう?」

「瘴気が水路から立ち昇って、魔物に変わったことか?」

モイセスがエイダンの台詞に反応した。

「そうだよな。魔物はやはり発生してるよな。——もう少し待てばもっと出て来るか」

「情報が足りてないようだな」

エイダンは注意深くモイセスを観察した。図星のようだ。

おそらく、地下水路に手の者を潜ませていたのだろう。そのうち撹乱か攻撃を仕掛ける手筈だったのを、ライアスがそれを一掃し、壊滅状態になって情報源まで絶たれた。

だとしたら、ライアスはもう王城に到達しているはずだ。浄化が終わり魔物ももうほとんどいないだろう。

情報が絶たれて敵地で戦略を講じる中——小物のこの男なら、信じたい方の情報を信じるものだ。

「——地下水路に怪しげな魔法陣を見つけたから、調査を派遣した。お前の仕業か?」

「ああ、それでか。調査員にみつかったか。ちっ、使えないな」

モイセスはエイダンの前にしゃがんだ。ふと、苛立っていたのから思い直したような顔になる。

「いや、あの魔法陣は、ファンドラグに見つかったんだな?よし・・・」

計画通り、とでもいうようだ。

「どういうことだ?あの魔法陣は」

モイセスは気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「知らないのか?あの魔法陣は闇魔力の者にしか作れない代物だぞ」

「だから?」

「察しが悪いな。闇魔力の黒い奴なんて、今はもう一人しかいないだろう?」

黒い奴、と言う時のモイセスは、本当に忌々しそうに吐き捨てる。

「アルロだって言いたいのか」

「そんな名前だったな。——ブラントネルを建国したものの、国は既に滅亡寸前、資源も枯渇している。すぐ隣に栄華を誇るファンドラグがあれば、そりゃあ手を出したくなるだろう?」

「どう見てもお前の仕業だけど」

「まあ、お前たちはそう思うだろうが。ファンドラグの奴らは、あいつを思い浮かべるだろう?邪術をもって侵攻を企てたと、容易に想像できるはずだ」

闇魔力の血を使った魔法陣——ヘルムトはもう死んでいて、今の闇魔力者は一人だけ。

「アルロは・・・無事なのか」

「驚いたな。ここへ来て黒い奴の心配をするだなんて」

モイセスは本当に驚いているようだった。

「誰も信じないよ、アルロの仕業だなんて」

「口では何とでも言えるだろうが。この国が闇にのまれたとき、それでもあの男を信じるものがどれほどいるか・・・見ものだな」

モイセスは確信があるようだった。ここでもアルロは迫害されて当然だと思っているのだろうか。

「——アルロの仕業に見せかけて、王都を混乱に陥らせて・・・それで、一体何がしたいわけ」

「ファンドラグは黒の奴を許さないだろう?ファンドラグの敵を差し出す見返りに、私はそちらの光の子を嫁にもらう。それでシャーン国に戻れば、国王として地位を築くことはたやすい。起死回生を図り、また元の姿に戻すという事だ」

「は?」

黙って聞いていたマリーヴェルが怒気をあらわにした。

「冗談でしょう?おじさんと、私が?」

確かモイセスは三十代半ばだ。

「変態にもほどがあるでしょう。鏡見たことある!?」

「——どうどう、マリー。怒るのはわかるけど、落ち着いて」

変に機嫌を逆撫でしないでほしい。エイダンが抱いていた肩をポンポンと叩いて宥めた。

プライドの高そうなモイセスの額に青筋が浮いている。

アルロの方が何倍も素敵とか言い出したら、手を出されそうな勢いだ。

「ファンドラグは、瘴気なんかでは揺るがないよ。ワイバーンの時だって撃退した」

「——そう思って、もう一手、ちゃんと打ってるさ」

モイセスが不気味な顔で窓の外を見た。