軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.

エイダンは街の外れにある、古い教会に来ていた。

低所得層の暮らすエリアだ。昔アルロが住んでいた長屋がすぐ先にある。

共同水場の魔物を倒し、騎士等の無事を確認して——住人らの足跡をたどって来た。

たくさんの足跡が入り乱れ、今にも倒れそうな教会へと続いていた。おそらくそこがこの一帯の避難所なのだろう。騎士等に尋ねたら、到着した時、避難誘導するまでもなく人影はなかったという。

素早い避難は他の場所でも見られたから、エイダンはそれほど不思議には思わなかった。

ただ、けが人がいないかどうかは確認しておこうかと思い、教会へ向かう。

——随分と静かだ。

足跡の数から考えると二十人位はいるはずだ。中には小さな足跡もあったから子供もいると思っていたのに。教会はひっそりとしている。

馬から降り、ゆっくりと教会の敷地に入った。

人の気配はする。おそらく建物の中にいる。ドアに手を掛けようとして——。

「おい、何だお前!」

武装した若い男だった。特に目立たない平民の服だが、剣を手にもっている。

エイダンの姿を見て声を掛けたものの、はっと身構える様子だ。

「——誰だお前」

その反応に、エイダンは腰の剣に手を掛けた。エイダンの顔は知られていなくても、着ている服は明らかに貴族のものだ。貴族で赤い髪に金の瞳といえば、ペンシルニアの公子しかいない。その姿を見てほっとするならわかるが、警戒するというのはおかしい。

「お、俺らは・・・住民です、ただの」

「へえ」

男の声を聞きつけて三人ほどが集まって来た。どの男も武装している。どう見てもその体形は兵士だが、エイダンは見たことのない顔だった。全ての王国兵の顔を把握しているわけではないが、とにかく勘が、違和感を告げていた。

「なぜ武装している」

「そりゃ、魔物が出てきたんですから。自分らでなんとかしねえとって・・・なあ?」

「あ、ああ・・・中に女子供がいるんだ。俺らで守らねえと」

そうは言うが、三人のうちの一人が扱う得物は大剣だ。一般人の扱うものではない。

「——所属と名を言え」

「え・・・いや、俺らは」

「三つ数える前に言わないなら、拘束する」

エイダンは剣を抜いた。動揺が走る。考える隙を与える前にエイダンは言った。

「一・・・二——」

「まあ待てよ」

ぎ、と古い音がしてドアが開いた。開け放たれた扉から、男が一人顔をのぞかせた。

茶色い髪をした、ひょろりと細長い男だ。手入れの行き届いた髪や手先、派手ではないが高級な衣服。どう見ても貴族だった。

「誰だ、お前・・・」

見覚えはないから、ファンドラグの貴族ではない。

「私の名を言う前に、お前はペンシルニアの公子で間違いないよな?」

エイダンは剣を構えた。——この言い方は、明らかに敵意を感じる。

「大人しく武器を置けば、怪我はさせない」

「ははっ!すごいな、こんなガキでも流石ペンシルニアだ。四対一でも問題ないってか?」

「こっちには人質がいるってのに」

「・・・・・」

誘導されるようにエイダンは教会の中に目を向けた。暗くてよく見えないが、住人は全て集められて座っているようだ。

こいつらを倒せば、大丈夫だろうか。一瞬で倒せるだろうか。

男たちを順番に見る。その見定めるような視線が伝わったのだろう、緊張が走る。

「——おい、やめとけって。確かに公子なら一瞬で俺たちを倒せるだろうが、あれが見えないか」

そう言って男が扉をあけ放って、エイダンに中を見せた。

すすり泣く声、ひいっ、という悲鳴。住人らは肩を寄せ合って抱き合っていた。その下に何かの魔法陣が描かれている。

「この教会ごと吹き飛ぶくらいの規模の爆発が起きるぜ。俺たちに少しでも触れたらな」

「誰なんだよお前は」

「シャーン国、国王だ」

「は・・・?」

ヴェリントの、と言うかと思っていたら。

だって、今更、という気がする。シャーン国が滅びた報せは一月、今はもう四月だ。三ヶ月も前に滅びた国の国王だと自称する人物。

「前シャーン国王は、塔に幽閉されてるんじゃなかったのか。なんだっけ——寂寥の塔?」

王族が隠居するための塔というのが表向き。本来の使用目的は、歴代の王もそこに入れば出てこれない、幽閉のための塔だ。譲位という形だったから公には殺せないが、王族はその塔か、もしくは理由をつけて地下牢に幽閉されているはずだった。

「へえ。よく知ってるじゃないか。シャーン国にもペンシルニアの鼠がもぐりこんでんのか」

エイダンは答えず、ただ眉を寄せた。

何を言ってるんだ、こいつは。アルロがブラントネル王国にいるんだから、そこから情報をもらっているに決まっているのに。

「そう、前国王は罪人扱いだからな。俺が継ぐことにした。もともと俺の方が兄なんだから俺が継ぐはずだったんだよ。それを、母親の身分が低いからだの理由をつけて、二年も後で生まれたあいつが王になった。だから国が荒れて滅びたんだ、愚か者どもが」

吐き捨てるように言うこの男が、前シャーン国王の兄だというのか。側室の子で、苛烈で短気な性格から王位は継げなかった小物だと聞いている。名前は確か・・・。

「モイセス?」

「様、をつけろよ、不敬だなあ」

モイセスは不愉快そうに顔をゆがめて、教会の中に合図を送る。中から子供を抱えた大きな男が一人、のっそりと出てきた。

中にもまだ仲間がいたのか。男はナイフを子供にあてたまま、にやにやとエイダンを見てくる。

「——じっとしてろよ、公子様。予定ではもっと後なんだよ、お前が登場するのは」

「・・・予定?」

子供はがたがたと震えていた。服装からしても、この周辺の住人なのだろう。

「王都に魔物があふれてるだろう?もっと被害が出てからじゃないとな。今はただ、なすすべもなく魔物に翻弄されててもらわないと」

事態は収束に向かっているし、翻弄されてもいないつもりだ。それを言うつもりはないが、この男たちの目的をその口から聞きたくてエイダンは黙っていた。

「もっと混乱したら拠点を移すつもりだったが。——移動するか」

「ファンドラグを奪うつもりか」

「さすがの私も、そこまで強欲じゃないさ。私の国はシャーン国だ。ま、くれるって言うなら半分くらいもらってもいいって思っているがな」

エイダンは左手に魔力を集めようとして——全く手ごたえのない感覚にぐっと拳を握りしめた。

「魔力無効・・・」

「ああ、試したのか?くく・・・油断も隙もないな、全く」

何がおかしいのか、モイセスは笑っていた。自分の勝利を疑ってもいない、嫌な笑いだ。

「この敷地内、教会の外は使えないぜ。魔法が使えるのは教会の中、魔法陣の場所だけだ。——さて、ご退場願おうか」

モイセスが大男に合図をする。男は子供にナイフを突き立てた。

「——よせ!」

「だったら、動くなよ。剣を置け」

エイダンは迷わず剣を捨てた。剣がなくても戦うことはできる。

「一人で来るからこんなことになるんだぜ?公子」

両脇に兵士が来て腕を取られる。

「あとはその甘さだな。ファンドラグは戦争から我が国と同じだけしか経ってないってのに、平和ボケしすぎじゃないのか?敵国の難民を無条件で受け入れて。だからこんなことになるんだ」

この言い方では、おそらく難民に紛れてファンドラグに入って来たのだろう。要所には近づけないから、郊外や水路から工作員を紛れ込ませて、魔法陣を作ったりしていた。

「ファンドラグは国王の甘さで滅びる。国ってのは、王に恵まれないと、哀れだよなあ」

「・・・・・」

どうする。

エイダンは視線を巡らせた。

約二十名の人質。そして目の前の、ナイフを当てられている子ども。

いつかは、冷酷な判断を下さなくてはいけない時もある、と、それは嫌と言う程教え込まれてきた。

それが今だっていうのか?

目の前の、がくがくと震えるやせ細った子供が目に入る。見えているから余計に、判断が下せない。

振り払える強さだ。身体強化を使わなくても、二人の拘束から逃れるくらいはできるだろう。

ゆっくりとモイセスが歩いて、目の前に来た。その手にはナイフが握られていて、エイダンの目の前に掲げられた。

「知ってるか?魔力の根源ってのは、目にあるんだ。シャーン国ではな、魔力を削ぎたきゃまず目をつぶすんだよ」

「・・・・・」

「そうすりゃ魔力は減る。急激な魔力の減少に体が悲鳴を上げて、長生きできないってな。魔力がなければ寿命に影響はない。目をつぶせば闇魔力を効率的に淘汰できるのさ」

エイダンの脳裏にも、隻眼の知人の姿が思い浮かぶ。

「あの男・・・早晩消える命だ、って油断してたらこのざまだ。両目潰してりゃもっと早かったか?」

モイセスが誰の事を言っているのかは明らかだった。

「ほんっと・・・、胸糞悪い国だったな、お前の国は。だから滅びるんだ!」

「なんだと・・・このガキがあ!」

モイセスがナイフを振り降す。

どうする。拘束を逃れるか。子供を見捨てることになっても、できるのか、自分に。ぐるぐると思考が目まぐるしく駆け回る。

あ、だめだ。間に合わない——。

覚悟を決めた、その時。

どすっ、と鈍い音がして、モイセスの体が飛んだ。間髪入れずにたくさんの馬の蹄の音がして、入り乱れ、兵士たちの体をなぎ倒していく。

「兄様!」

怒号が飛び交う中、空耳かと思った。マリーヴェルの声だった。

「——っあ、ああ!お嬢様、出ないでって言ってるのに!」

ゲオルグの野太い声が聞こえる。え、と思うより早く、エイダンの体にマリーヴェルの体が覆いかぶさった。

「——ああ、兄様、無事!?目は!?」

きついほどにマリーヴェルがしがみついてくる。

モイセスの腕にはナイフが刺さっていた。タンが良く使う飛び道具だった。

「なん、で・・・」

「お嬢様がどうしても街をぐるっと見てから帰りたいっておっしゃるから。すごい偶然ですね」

突然現れたペンシルニアの騎士らが、あっという間に兵士もモイセスも拘束している。エイダンは慌てた。

「——まって、教会の中、人質の下に、爆破の魔法陣が——!」

「そうだ、俺たちを解放しろ、さもなくば——」

モイセスが叫ぶ。

「やりなさいよ」

マリーヴェルが、エイダンに抱きついたまま言い放った。

「たった数人の平民を盾に取って、何を得意げになっているの?」

モイセスは数人の騎士に拘束され、苦しそうな声を上げる。

「ひ、人質がどうなっても——」

「いいわよ」

マリーヴェルは毅然としたままだった。

「平民と私の命、比べられるわけないじゃない」

そうは言ったが、マリーヴェルはエイダンに覆いかぶさるように抱きついたままだった。

騎士らを信じているんだ。それでも、恐怖にひきつって、顔が青いのも間近に見える。

マリー、大丈夫だから、離して——そう言おうとしたのに。

「やってやる、殺してやる、全員!」

モイセスが叫んだ。何やら叫び合う声が教会の中に響く。悲鳴が混じって、何がどうなっているのか分からなかった。

「全員、教会の中の人質を救出!」

エイダンが咄嗟に叫び、騎士に指示を出した。

数秒の後、ものすごい轟音を響かせて、教会は爆発した。熱風とすさまじい爆風に、二人は体を吹き飛ばされた。