軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8.

「じゃあ、儂は一旦城に戻り、魔術師団を編成するぞ。嫌な予感がする」

ヨシファがそう言って魔術師らに合図を送った。ヨシファとは戦争でも一緒に戦った間柄だ。嫌な予感、と言われるとライアスは少し引っ掛かる。

「それは・・・」

「ここまで厄介なものを作って、それで終わりとはならんだろう。聖女の存在を知らなかったにしても、これだけでファンドラグを瓦解させられるとは思っていまい」

とはいえ、現状はこの魔法陣だけだ。外れとはいえ王都で、ここまで手のこんだ事をやりおおせた執念を感じた。

それはライアスも同じ。だが情報が足りない。つい昨日まで、本当に何の前兆も感じられなかったのだ。

そう思った、その時。

風の能力者の伝令が、見えないほどの速さで到着した。周囲に風を巻き起こしながら止まる。

「——き、緊急伝令!!」

王城からの伝令だ。この姿を見るのは、ワイバーン襲来以来。

ライアスとエイダンの顔にまた緊張が走る。

「ヴェリント国境に、軍が・・・展開しております」

「はあ?ヴェリント・・・?」

このタイミングで。エイダンがそう言ったが、ライアスはそれほど驚いた様子ではなかった。

「想定内だ。紅旗を掲げろ」

「父上・・・」

「いずれは、と思っていたことが起きただけだ。準備はしている」

それでも、王都のこれと示し合わせたようなタイミング。

「こんな偶然——この瘴気も、まさか」

ヴェリントの国境はここから東へ数日の距離にある。かなり遠い。これほど距離が離れていても、計略がつながっているのだろうか。

「宣戦布告は」

「まだございません。国境に軍が集まっているだけで」

ヴェリント軍の動きを注視していたからこその、この段階での情報だ。国境で軍事演習をしに行くだけだと言われたらそれまでだ。しかし、一度国境を越えれば、それはもはや——戦争だ。

「とりあえずは、国境のコープランだけで対応できるはずだ。あいつなら初戦くらい堰き止めるだろう」

かつて共に戦った戦友が守っているのが、ヴェリントとの国境線だ。ライアスの信頼は厚い。

「それより、今は王都守備だ」

水門から見える王都に、暗く揺らぐ無数の影が見え始めた。瘴気がゆっくりと井戸から立ち上がり、形どっているかのようだ。

「あの影が集まれば、そこに魔物があらわれる」

アイラが確信をもって言った。黒い靄は水路を通り、各所に設置された井戸から出て行くはずだ。そうなれば王都に魔物が溢れかえる。

「——よし、生じた魔物を、一つも漏らすな」

「はい」

エイダンが地上、ライアスが地下を、最速で片付ける。一刻も早く王都を落ち着かせて、国境へ向かう。

ダンカーとエイダンが馬に乗った。

「蹴散らすぞ、速やかに」

「はい!」

エイダンは発動しなくなった魔法陣を最後に振り返ってみた。

巨大な魔法陣だった。それを描こうと思ったら、血の量はどれほど必要だったろうか・・・。

嫌な考えを押しやって、馬の腹を蹴った。

エイダンはダンカーらとともに馬を走らせ、数分で街へ到着した。

隊ごとに街には騎士団が展開していて、特に大きな混乱はないように見えた。住民らは良いのか悪いのか避難に慣れて、誘導通りに大きな建物へ避難している。地下水路を避けて避難誘導するよう伝令を飛ばす。

所どころ戦闘が起きているようだが、道すがら見た様子でも、騎士がそう苦労せず倒せるレベルだ、重傷者もいない。

王都の中心部である広場に到着して拠点を定めた。すぐ先の井戸と噴水に、とりあえず付いてきていた五人の騎士を立たせる。

「慌てる必要はなさそうですね」

ダンカーが辺りを見渡してそう言った。

「——うん、整理しよう。街に展開しているペンシルニアは」

「第五から第十、飛んで第十五から十八です」

他は屋敷や王城他、別任務中だ。まだ紅旗を掲げて間が無いから、ちょうどライアスが城に到着する頃に全騎士と兵士が集まり、編成できるだろう。それまでに街の掃除を終わらせておきたい。

「ワイバーンの時と同じ展開でどうかな」

「あれは局所的でしたから、地下水路侵攻の陣形の方が」

王都防衛訓練の一つとして、地下水路からの敵侵入を想定した訓練がある。

「あー、あれね。でもあれだと人を想定してるじゃん」

狭い水路が手薄になる。

「では・・・閣下からの指示を参考に、全体的に満遍なく配置しますか」

短い時間では細かい指示まではなかったが、被害が甚大になりそうな井戸、水路の出口だけは先に押さえるよう言われていた。

「そうだね。じゃあ僕遊撃でいい?」

こういう事はダンカーの方が遥かに長けている。全体の指揮はまだまだ経験不足のエイダンがここで一緒にやるよりは、素早く一体でも多くの魔物を倒して回った方がいいだろう。

「お一人で行かれるんですか」

ダンカーは少し迷っているようだった。

「体制が整えば知らせて。そしたら一回帰ってくるから」

ダンカーは苦笑した。

「一緒に考えずに、答えを見ようってんですね」

「そう言わないでよ。適材適所でしょ」

エイダンのその言い方に、ダンカーははたと気づいた。

「あ、光の力を・・・?」

「試してみないと分からないけど、うーん。そうでもないような」

光の魔力を放てば、弱体化するのは間違いないが、消えるまではいかない。それに、アイラも言っていた通り何しろ広範囲だし、きりがない。瘴気を消せるのはアイラだけだから、きっとそんなやり方だと魔力が尽きるのが早い。単純に斬って回る方が効率的だろう。

ライアスはかなりの慎重派で、こういう時、自分で細部まで指示を出すタイプだ。共に何度も戦ってきたが、集団から少し離れ、常に全体を見渡している。一方エイダンは前線に立ってどんどん行動し、集団の中から全体を見る。問題が起きればその都度対処すればいいと思っている所がある。

行きたいのだろう。ここで作戦をじっくり立てるより剣を振るいたい。あまり表には出さないがそわそわしているのが伝わってくるようで、その気持ちも分かったから、ダンカーは頷いた。

エイダンの若さも、十分に理解しているつもりだ。

「無理はしないお約束で」

「うん!ありがとう」

返事が終わるころにはエイダンは既に馬上にいた。

一瞬辺りを見渡したかと思ったら、もう出発している。

ダンカーはその背中を見送ることもせず、手元の地図に視線を戻した。

先ほどより次第に濃くなっていく瘴気に、エイダンは少し焦りを覚えた。

アイラが浄化して回っているというが、ワイバーンの時は王都の浄化に数日かかった。浄化と討伐で対応できるのだろうか。ヴェリントが狙ってきた計略なのだとしたら、時間との勝負だ。

ライアスは指揮を執ると言っていたが、戦争が起きるかもしれない以上、その軍隊が魔物を倒して戦力を削られていては意味がない。ライアスが城に到達した時点で魔物は片付いているのが理想だ。

今日は愛馬も落ち着いていた。やっぱりアルロの作り出す瘴気に比べたら根源的な恐怖のようなものは感じない。

井戸を回りながら数体ほど倒したところで、川の方から戦闘の気配がする。

水路とつながっている川だ。灯篭流しなどが行われるから水のすぐそばまで人が下りられるようになっている。今は一般人の姿はなく、騎士団が十人程度魔物と戦っていた。

若い騎士等だった。統率が取れてるとは言い難く、川だから泥まみれになって戦っている。

「——っくそ、次々湧き出る!」

「ああっ、手が滑る!」

剣が滑るからと時には素手で殴りながら戦っていた。

エイダンは一足飛びに川べりまで降り立った。

「あ、エイダン様」

一人が気づいて、大降りに剣を振って魔物を切り捨て、頭を下げる。どの騎士も泥まみれで茶色く、服の色さえ分からなくなっている。さぞかし手も滑るのだろう。そのうちの一人は剣を手に縛っていた。

「すごい・・・どろどろだね」

エイダンは立ったまま足から魔力を流した。土がみるみる形状を変えて、整地されていく。

「おお・・・固まった」

そう言ってその場で飛び跳ねて足場を確認している。急いで水で手持ちの布を濡らし、剣の柄と手を拭いていた。

「怪我はない?」

「はい。とりあえず俺たちの持ち場はここらしいので、待機してます」

そう言っている間にまたゆらりと黒い影が水の中から立ち昇り、魔物の形を成してゆく。

「魔法攻撃も効くみたいだけど、試した?」

ソフィアが燃やしたというのだから、そうなのだろう。エイダンはまだ試していなかったから聞いてみると、騎士のうちの一人が手を挙げた。

「雷を落としてみました。俺の魔力のせいもありますが、それだけではやれなくて・・・思いっきり斬る方が早いですね。魔力を纏った拳も効きます」

魔力も強ければ効くという事なら、魔術師も戦力になるだろう。魔術師らは属性攻撃だけではなく魔法陣を用いるから、攻撃魔法も多岐に渡る。いざとなると強力な助っ人になる。

襲いかかってくる蛇のような影に、エイダンは剣を突き立てる。ひらりとかわされるが、魔力を込めた左手で尻尾を掴み振り回して——そのまま、傍らの騎士が真っ二つに切り落とした。息はいつもの訓練のお陰でぴったりだ。

「少し素早いけど、苦戦はしてなさそうだね」

「地面を這うのが多いのでちょっとてこずってましたが、土を固めてくださったので」

そう言いながら、騎士の一人は這い出て来る魔物を踏みつぶしていた。体当たりしているものもいる。

土属性の騎士も中にはいるのに、戦い方が本当に泥まみれだ。剣だけを使わないこういう所がペンシルニアらしい。数が多いからいちいち剣だけで倒すよりは効率的なんだろう。

「水には入らずに、ここで戦って。僕、他の所に行ってくるね」

「はい!お気をつけて」

問題なさそうなので、エイダンはまた馬に乗って他の水路を目指した。

さほど強くはないが、何しろ数が多い。厄介と言えばそれに尽きる。