軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7.闇か何か

屋敷へ戻ると、シンシアが帰還していた。今まさに帰ってきたところのようだったが、馬車は見当たらなかった。

エイダンとアイラが玄関に入ったところでばったりと会った。

「エイダン。けがはない?」

「大丈夫です。父上は」

「私を下ろしてすぐ引き返したわ。マリーとソフィアは」

「マリーは、カーランド邸に留まっています。街に、瘴気と言えるのかどうか・・・黒い靄と魔物らしきものがありましたので、出歩くよりは。見ませんでしたか?」

「ええ、私は見てないわ」

「大量に発生しているわけではないんでしょうか。アイラはまだいる、と言っていたんですが・・・」

「あ——アイラ。ごめんなさいね、こんなことになってしまって」

シンシアはアイラの姿を見かけて、残念そうに言った。

「ゆっくりして——って、普通なら言う所なんだけど。ここはペンシルニアだから、有事の際には一番忙しくなっちゃうの」

「はい」

アイラの返事にシンシアはにこりと笑った。

シンシアに慌てる様子はなかった。

「ま、うちには 強者(つわもの) たちが揃っているから、心配しないでね」

強者で思い出した、うちの怖いもの知らず。

「あ、ソフィアは王城です」

「そう、それ。さっきから、時々火がね・・・」

シンシアが心配そうに窓の外、遠くの王城を見た。また火柱が上がっている。

「あれって——」

「ソフィーが城に出た魔物を即座に滅して回っているらしいです」

「・・・・・」

「・・・・・」

「——そっちは、ティティに任せましょう」

シンシアは一先ずそれを置いておくことにした。

「今回もうまくやりましょう。やれるわ、私達なら」

シンシアはエイダンにまた笑いかけた。前回のワイバーンの時とは違い、シンシアは冷静だった。そのせいか、屋敷にざわざわと不安が広がりつつあるような雰囲気だったのが、何となく落ち着きを取り戻している。

自分がそう構えることが影響すると分かっているのだろうか。屋敷の雰囲気まで変えてしまえるのは、やっぱりさすがは女主人だなと思う。

慣れなのか、それとも前回のような脅威をあまり感じないからなのか。エイダンもそれほど恐ろしくはなかった。シンシアが落ち着いているからなのか、瘴気が薄いのを見てきたからか。

「母上、水門には何があったんですか」

「それが分からないの。血で書いた魔法陣があっただけで」

ただ事ではなさそうだからこそ、ライアスが自ら調査に出向いているのだろうが。

「とにかく、留守をありがとう。あとは私が引き受けるわね。貴方達は——」

「水門、私も見たい」

アイラが突然そう言った。

少し迷いエイダンはシンシアを見た。好きにしなさい、というように頷かれる。

「行こう」

「気を付けてね」

シンシアはそれだけ言って、急いで屋敷の奥へ向かった。以前のようにはあまり心配されていないようだ。あっという間に指示を求める使用人に囲まれている。

エイダンとアイラも再び屋敷を出た。

水門へ向かうにつれ、瘴気は濃くなって行った。重い空気に、過去の記憶が思い出される。

瘴気って、アルロ以外でも作り出せるのだろうか。そんな事ばかり、脳裏をかすめる。

「父上!」

腕を組み、手前で水門を見下ろしているライアスを見つけた。舗装された道沿いで、水門までは少し距離がある。

「エイダン」

エイダンは近くまで行って馬を降りた。ライアスの横に並び水門を見下ろせば、魔術師が何人か群がっていた。そこから一人が、ゆっくりと歩いてくる。

王城の魔術師団長、ヨシファだった。

「おお、公子も来てたのか」

「はい」

軽く挨拶を交わす。

「ヨシファ、どうだった」

「ありゃあ、禁術だな」

ヨシファは重い口を開いた。

「かなり古い術式だよ。儂も実物を見たのは初めてだ。魔法陣から瘴気が漏れ出てるだろう?」

「・・・・・」

エイダンらは、魔法陣が見える所まで歩いた。見たこともない魔法陣が描かれている。確かにそこから、覚えのある重く暗い空気が生じているようだった。

「——あれが術式を展開する向きでな」

ヨシファの指し示す文様は、矢印に少し似ている。それは水門から暗い王都の水路に延びていた。ライアスが遠くに目を凝らした。

「・・・町に向かっているように見えるが」

「その通り」

ライアスらの顔に緊張が走る。

水門はそのまま、王都の全水路と直結している。防衛上、人は入れないように狭かったり鉄格子がはめられていたりするが、瘴気はゆるりとその隙間を通り抜けてゆくだろう。

「街にも既に瘴気はありました。薄かったですが。魔物も弱くて」

「これは闇の魔力者の血で描かれた魔法陣でな」

ヨシファがライアスとエイダンを交互に見つめた。

エイダンはぎょっとして、地面に描かれた巨大な魔法陣を見た。

「それって・・・まさか」

「この手の術式は、発動するまでがややこしい分、一度展開すると魔法陣自体を破壊しても意味がない」

この際、誰の血かという事にヨシファは関心がないようだった。

「湧き上がり続けるという事が問題じゃな。今は薄くとも、この調子で流れ続けたら、一日、いや半日で王都は——」

「私が消す」

そう言ったかと思うと、アイラは魔術師の間をすり抜け、その魔法陣の方へ走った。

急いでエイダンもその後を追う。暗い瘴気が次々と土から湧き上がってきている。そしてそれは、引き込まれるように水の上を流れて行った。

アイラは地面に手を当てて、深呼吸をしたように見えた。硝子色の瞳が美しく光り、一瞬、風が吹いたようだった。爽やかな風が過ぎた次の瞬間には、あっという間に魔法陣ごと瘴気まで跡形もなく消えていく。

「——こりゃ、すごい。なんだこりゃ。魔力じゃねえ」

「魔力では、ない?」

「ああ。全く異質なもんだ。測定してないのか?何もんだ」

「それについては——また」

ライアスがそう言えば、ヨシファはそれ以上聞かなかった。大体はもう察しているだろう。

闇の魔力についてはワイバーンの一件以降、オルティメティらの他、魔術師団長であるヨシファの耳にだけは入れていた。ペンシルニアが責任を持つからと言えばそれ以上の干渉はせず、それでも役に立ちそうな古文書を見つけたと言っては情報をくれていた。本人曰く、古文書漁りはただの趣味ということだが。きっと闇と光、聖女についての知見はかなり深い。

はっとした顔をした後、まじまじとアイラを眺めていた。オッドアイの瞳がきらりと光る。

「長生きするもんだな。まさかこの目で見れるとは」

それだけ言うに留めて、余計な事は言わないし、聞かない。ヨシファのこういう所をライアスも頼りにしていた。

「流れ出たのまでは消せなかったよ。ちょっと遠くて」

アイラが視線を遠く水路の奥までやる。暗くてその先は見えないが、何か感じるものがあるようだった。

「十分だ。——街の井戸を中心に配置をし直す。ダンカー!」

ライアスはダンカーを呼んで指示を出した。街に展開している騎士団らに対し展開する順番を簡単に打ち合わせた。瘴気がどこから発生するのかが分かれば効果的に対応できる。

「父上は」

「この水路は王城につながっている」

ライアスの言わんとすることを察してエイダンは重く頷いた。既に王城にも魔物は出ている。結界で守られた城の内部まで。

地下水路は、実は王城からの秘密通路とつながっている。エイダンもまだその全貌は把握していなかった。公爵位を継げば、ゆくゆくはライアスから伝えられる予定ではあるが。何しろ複雑で相当広い。

「——アイラ、私と共に、地下水路から王城まで浄化をしてもらえるか」

「はい」

ライアスの言葉にアイラは即答した。

確かに、流れ出た瘴気を追っていけば効率よく王都を浄化できるだろう。地下水路から秘密通路までを把握しているライアスが連れてゆくしかない。分かってはいるが、エイダンは少し複雑だった。

「そんな顔をするな」

ぽん、とライアスはエイダンの頭を叩いた。

「危険なことにはならない」

きっぱりとそう言われると、この父は本当にその通りにしてくれるのだろうと思える。そもそもアイラは聖女で、その名の通り神に愛された子だ。アイラのいるところは不思議と危険な事にはならない、と思う。

分かってはいても、この有事にアイラと別行動というのも、アイラを護るのが自分ではないというのも少し引っかかってしまう。

「王城に着けばそのまま総指揮を取る。それまでは、任せた」

エイダンはゆっくりと頷いた。

「根源は絶ったんだ、気負い過ぎず、着実に倒して行こう」

ライアスが落ち着いてそう言った。