軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.

ソフィアの能力については、すぐに家庭教師がつけられる事となった。

学園へはまだ行かない、とソフィアが言うから、力の使い方や魔法の注意点などを急ぎ教えてもらう事とした。

とにかく魔力が発現し、それも王家の十八番、お家芸とも言える火の魔力。

「王家の血って、やっぱり濃いのねえ」

シンシアはそうしみじみと言った。

昼の執務室である。

自分にもライアスにも火の魔力の片鱗もないのに、こうして高魔力で発現するというのは、何とも不思議な感じがする。

「発現が早いのはライアスの血かと思うけど。遺伝だけなのかしら。不思議ね」

発現が早まったり遅れたりは環境因子が強いように思うし、でも属性についてはやはり遺伝因子のみなのか。

「ねえ、アルロ。——アルロ?」

「っは、はい!」

「どうしたの?何か考え事?」

アルロは執務室の少し離れた入り口近くに机を置いてある。大きな声を出さなくても聞こえる距離だ。

珍しくぼうっとしていたようで、シンシアの声に、アルロは慌てた。

「いえ、申し訳ありません」

その時。ノックの音がして、ルーバンが執務室に入ってきた。

「あら、どうしたの?」

「失礼致します。この書類について、お伺いしたく」

相変わらず堅苦しいが、もう慣れたものなのでシンシアは黙って書類を受け取った。

「どれどれ・・・」

それはアルロが作った報告書だった。

「あら、そうね。0の数が一つ多いわね」

金額がおかしなことになっている。

アルロはまだそれが自分の書類と思ってもいないようで、手元の作業に没頭していた。先日の重臣会議で出てきた報告書の整理だ。

「アルロ」

ルーバンが大股に歩いてアルロの前に立った。

「一体どういうつもりだ?上の空でできるほどこの仕事は甘くないぞ」

「ルーバン」

シンシアの制止も聞かず、ルーバンが書類をどさりと置く。アルロがはっとして顔を上げた。

話を聞いていなかったのだろう、アルロは動揺したまま立ち上がって、その書類を見た。

「考え事が出来るほど仕事に慣れているのか?まだまだ覚えなければいけない事の方が多いだろうが——」

「ルーバン!!」

バン、とシンシアが机を叩いた。少々荒っぽいかもしれないが、勢いに乗ったルーバンはこれくらいしないと止まらない。

「アルロは私の補佐よ。その書類にサインしたのは私」

慣れてきて流し読みで済ませてしまっていた。反省である。

「二人で見てサインをする意味がなかったわね。ごめんなさい」

「い、いえ、奥様では・・・」

「もしアルロにミスがあったのだとしても、それを指摘するのは私の仕事よ」

シンシアはアルロの前まで歩いてきて、そっとその書類をもう一度受け取った。

「気づいてくれてありがとう、ルーバン。迷惑をかけたわね」

ルーバンはまだ何か言いたそうだったが、シンシアが机を叩いた辺りから話すのはやめたようだった。

物言いたげな視線をやるのは仕方ないとして、シンシアはルーバンをにっこりと笑顔で黙らせた。

はっきりと言わなければわからないものの、ルーバンは人一倍自尊心が高い。ルーバンの仕事ぶりを無視したい訳ではなかった。

「貴方が丁寧に教えてくれるから、今日まで一度だってミスはなかったのよ?感謝しているわ」

「いえ・・・では、私はこれで」

ルーバンは黙って部屋を出て行った。

この数年でルーバンとの付き合い方もだいぶ分かった。

後に残った執務室で、アルロが青い顔をしていた。

「珍しいわね」

シンシアはそれだけ言って、それ以上は何も言わなかった。

「あ、あの・・・」

アルロはシンシアに頭を下げた。

「申し訳ありません」

「アルロ」

「僕、こんな間違い・・・」

「アルロ」

シンシアはゆっくりとアルロの名前を呼んだ。

「ミスをしない人間なんていないわ。私は見たことない。だから二人で確認するようにしてるのに・・・ごめんなさいね、うっかりしちゃった」

「そんな・・・」

シンシアはぽん、と軽くアルロの肩を叩いた。

「いつもありがとうね。アルロが手伝ってくれてから私すごく楽になったのよ?こんな事で、まあ落ち込むなって言うのは難しいだろうけど、落ち込みすぎないでね」

シンシアはそう言ってくれたが、アルロが補佐の仕事をしているのがごくごく一部だと言う事も分かっている。あくまでこの時間はアルロが勉強するための時間であって、シンシアはいつも教えてくれている。アルロはやはり、情けないと思った。

もやもやの正体が分からなくて、アルロは仕事が終わるとそのまま訓練所へ向かった。むしゃらに剣を振り回すくらいしか、このもやもやの発散法が思いつかない。

「何だ?アルロじゃないか・・・あんなになるの、珍しいな」

「おお、ほんとだ。なんか鬼気迫るものがあるな」

「しかしこの光景、よく見てたような・・・既視感あるぞ」

そう言って団員らは首を傾げ、あ!と声を揃えた。

「エイダン様も一時期あんな感じじゃなかったか?」

「ほんとだな。お年頃に剣術で発散って・・・なんていうか、健全だなあ」

「——よし、いっちょ、付き合ってやれよ」

「は?そこは付き合ってやるか、じゃねえのか?」

ざわざわと団員らが譲り合い、押し付け合いをはじめた。

魔術なしでアルロに勝つのは難しい。いつもは同じく剣術馬鹿なタンが相手をすることが多いのだが、今日はあいにく休暇を取っている。

「——何やってるの?」

「あ、エイダン様」

エイダンは呆れたようにそう言っただけで、団員らの脇を通り抜け、アルロの方へ近づいた。

「アルロ」

エイダンはアルロの様子に気付いたのかどうか、わからない。

「やる?」

いつものように尋ねると、アルロもまたいつものように答えて頭を下げた。

「よろしくお願いします」

いつもはエイダンが先攻なのに、今日はアルロの方が素早く地面を蹴った。珍しいなと思いつつ太刀筋を受ける——いつもより、随分と重い。

初手から本気でぶつかってくるつもりなんだ、そう思いエイダンも動きを加速させる。

アルロの勢いは増していく。練習の打ち合いというには、あまりにも激しい。

素早い動きに、重い剣。

右手に持つ剣だけではなく、体を反転させて蹴りが入る。それを避けた方からアルロの剣が閃く。エイダンがそれを受け流すと、同時にアルロの左手の拳を受けた。アルロがまた体をくるりと回転させて剣を薙ぎ払う。

ペンシルニアらしい、激しく動く剣術だ。

それにしても、動きが早すぎる。

「えっ、ちょ・・・あぶなっ」

何とか受け止められているものの、このままではお互いに怪我をしそうだった。攻撃の間隙がなかなかない中、エイダンはアルロの剣を受け止め、空いた手をアルロに立てた。

「アルロ!!」

蹴りを入れようとしていた時だった。目の前にエイダンの手のひらが見えて、はっとする。

エイダンはもう剣を手放していた。そんな事にも気づかず、あと一歩で、エイダンに傷を負わせるところだった。

「あ。・・・申し訳ありません」

エイダンもアルロも肩で息をしていた。お互いに呼吸を整えるのに時間がかかる。

しばらくたってから、エイダンはその場に座り込んだ。

「あのさ。何が、あったの?」

「いえ、ただ僕が未熟で——」

「そんなの前からじゃないか。——あ、アルロが未熟者って言ってるんじゃなくて。アルロは前から自分の事をそう言うけど、こんな風に荒れたりなんてしなかったじゃないか」

「・・・・・」

そう言われると、ここ数日のもやもやをこんな形で発散させようとして、できなくて——こんなことは初めてだ。

どんなに体力を削っても、仕事に没頭しようとしても打ち消せない——。

「わかりません。こんな・・・暗い感情が、いつまでも消えないのは——」

「えっ、なに?闇のアレ?」

「違います」

エイダンは一瞬身構えたが、きっぱりと言われて肩の力を抜いた。しかしすぐに不思議な顔になる。

「心当たりはあるの?嫌な事をされたとかじゃ・・・ないよね」

アルロは人に何か言われたりされても、あまり気にしない。それで傷ついたり落ち込んだりといったところを見たことがなかった。だからこそ、その強さが羨ましいとエイダンは思っていた。

アルロはエイダンを見つめていたが、何かを考えているようで実際にエイダンを見ているわけではなさそうだった。そのうち視線を下げて、自分の手をじっと見つめていた。先ほど無理に剣を握ったせいで、少し擦れて切れている。

血が出るほどに訓練をすると少し胸がすっきりするのは、以前もそうだった。これは良くない傾向だとアルロは思った。

アルロはもう一度エイダンを見つめた。自分で解決できないのなら、言ってみようか。

「その・・・いつかはそうなると分かっていたはずなのに・・・変わってゆくかもしれないことが耐えられないのでしょうか」

「うん・・・?」

「——いえ、違います。なぜあんなにも、引っかかるんでしょう。悪い方ではないと分かっているのに」

「引っかかる?」

「トーマ様です」

エイダンは結構素早く、アルロのその不穏な感情の正体に気づいた。気づいてしまった。

それはつまり、マリーヴェルに求婚中のトーマの存在が引っかかる、と。そんなの理由は一つしかないじゃないか。