軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43.

この日アルロがマリーヴェルの荷物を運びに部屋を訪れると、マリーヴェルはレナと共にドレスを選んでいた。

ドレスを選ぶと言うことはどこかから招待を受けたのだろうが、アルロは聞いていなかった。

わざわざ誂えるのではなくあるものの中から選ぶと言うことは、急な招待か、内輪の気安いお茶会だろうか。

「いつのお召し物ですか」

「二週間後のパーティーの招待状が来たの」

マリーヴェルが答えて、アルロは不思議に思った。

「——パーティー、ですか」

「うん。ごくごく内輪の、ね」

マリーヴェルはまだ十一だから、デビュタントはまだである。あまりパーティーというものに誘われることはない。お茶会ばかりだった。

ファンドラグでは、成人は十八。その前に、十六歳になる年に王城で貴族の子女は集められ、デビュタントを行う。エイダンもアルロも今年参加する予定だ。それ以降は成人はしていなくとも大人の仲間入りで、パーティーにも積極的に参加し始める。婚約が本格的に成立し出すのも、ここからである。

エイダンが十六までに、と宣言したのはそういう事情もあった。

マリーヴェルはドレスを次々に流し見しながら、あまり気乗りはしていないように言った。

「プレデビュタントもどき、お遊びよ。まだデビュタントを迎えていない子供が集まって、パーティーの練習をするの」

「練習・・・」

「アルロ、ソフィアをエスコートしてあげてくれる?」

それは思いがけない頼みだった。

マリーヴェルはソフィアにだって、今まで一度もアルロを譲ったことはなかったから。

「姫様は」

「トーマにエスコートを申し込まれたから・・・」

アルロは驚愕して、一瞬固まった。

マリーヴェルが誰かのエスコートを受けることは今まで一度もなかった。これまでもお茶会などで誘われることはあったが、マリーヴェルはちょっとそこまで行くエスコートでさえ、毎回アルロに頼んでいた。

どこかで、これからもそれはずっとアルロの役目だと思っていたのだろうか。

何かが滑り落ちていくような不思議な感覚を覚えた。

「トーマ様に・・・」

「うん。今回、お兄様は仕事で、参加しないって。トーマは・・・ほら、求婚状の事があるでしょう?それを待ってくれてるのに、トーマにソフィアをお願いって言うのは、ね・・・。ソフィアはあんなだし」

確かに、年齢差から言っても、侯爵家という家格から言っても、トーマがマリーヴェルをエスコートするのが順当だ。それにソフィアはまだ男の子の格好をすることも多いし、髪も短い。

それでも、その普通を破ってでもアルロを指名していたのに——今までは。

「姫様はそれでよろしいのですか」

言ってから、アルロははっとした。

こんな言い方。侍従として正しくない。

「あ、その——」

「もちろん、アルロがいいけど」

マリーヴェルは本当に残念そうに肩をすくめた。

「私も、いつまでも子供みたいなこと言ってちゃだめだから」

少し大人びたような顔だった。マリーヴェルは近頃こういう顔をする。

「——ねえレナ。やっぱりもっと地味なやつでいいわ」

「あら、でもベラ様もお越しになるでしょう?」

「あの子はね、意中の君にめでたくエスコートしてもらえることになったから、私の方になんか来ないわきっと」

ベラが兄ではなく大好きな伯爵子息にエスコートしてもらえると聞いて、マリーヴェルも嬉しくなった。しかしそうなると、トーマが浮いてしまう。

ベラはマリーヴェルの気持ちを知っているはずなのに、くれぐれもトーマをよろしく、という手紙まで寄越してきたくらいだ。ベラにどういう事か尋ねても、未だに返事はない。

トーマ自身も現在ペンシルニアへ求婚中と言って他の婚約を断っている。それなのにここでトーマのエスコートを受けないわけには行かない。

アルロと一緒じゃないと思うと、マリーヴェルは途端にやる気をなくしていた。

「もう何でもいいわ。そこのでいいわ」

適当に手をフリフリとしていた。

「アルロ、元気ない」

話しかけられて、アルロは自分がぼうっとしていたことに気が付いた。

はっとして声のする方を見れば、ソフィアがじっとアルロを見上げていた。今日も男の子の格好をして、髪を後ろで一つに括っている。そうすると本当に凛々しくて、どこからどうみても王子様だ。

「——あ、ソフィア様、危ないですよ」

アルロは厩舎で自分の馬の手入れをしていた。馬の頭をつないではいるが、馬は小動物が苦手である。その気性の荒さでソフィアを蹴ったりでもしたら大変だ。

アルロはブラシを置いてソフィアの手を取った。そのまま少し離れた所まで歩いていく。

「アルロの馬、ツヤツヤね」

「はい」

ブラシを当てれば当てるほど、ツヤツヤと黒光りする。筋肉の隆起に沿って日の光を反射するような黒い毛が遠目に見ても美しかった。

「何か僕にご用ですか?」

「うん。これ見て」

そう言うとソフィアはとことこと更に広い広場まで走っていった。その後ろ姿を見守っていると、ソフィアは急に両手を上に挙げた。

「見ててね、できるようになった!!」

そう言ったかと思うと、ソフィアの手から文字通りの業火が空に向かって放たれた。

ボウ、と低い燃焼音をさせながらソフィアの手から発生した火柱はまっすぐに空に伸び、その先端が分からないほどだった。周辺の空気を巻き込んで燃え上がっているようで、火柱に向かって微かに風まで感じる。赤と白と黒が入り混じった、顔を押さえたくなるほどの熱気だった。離れていても熱い。相当な火力だ。

驚愕に目を見開くアルロに、ソフィアは炎を消してからにっこりと笑った。

「これで、私もアルロの事、守ってあげるよ」

「あ・・・ありがとう、ございます」

まだ周辺は気温が上がったままだった。

火柱のせいで何人か人が集まってきている。

「すごいですね。こんな火力。見たことありません」

「へへーん」

魔力量が相当あるのか、操作が巧みなのか。それにしても、規模がとんでもない。まだ何の訓練もしていないのにこれとは、末恐ろしいような。

アルロの馬が目を真ん丸にしてソフィアを見ていた。目の周りが白いからぎょっとした表情になるとちょっと面白い顔になっている。

「ねえアルロ、今度わたしのエスコートしてくれるでしょ?」

「え?あ・・・はい」

「よろしくね。それでね、アルロに変な事する奴がいたら、これでやっつけちゃうから!」

「あ、ありがとうございます」

グッと拳を握って見せられる。

ソフィアなりに、他家の者からアルロがあれこれ言われたり、ラントン家のアッシャーのように理不尽な言いがかりをつけられたりするのをどうにかしたいと思ってくれていたのだろうか。やっつけちゃうレベルが消し炭となりそうだ。

「それでね、ドレスがいいか、ズボンにするか、迷ってて」

はあ、とソフィアは困ったように呟いた。

髪がある程度伸びてからはお茶会にも参加していたが、ドレスであったりズボンであったり、自由にしていた。そのうち真似をしてズボンを履いてくる子も出てきた位だ。もちろんまだ幼い子ばかりだが。

しかし、今回はお茶会ではないし、練習でもあるから。ドレスの方がいいと言われるだろう。

「ソフィア様はどちらがよろしいのですか」

「うーん、どちらかというと、こっちかな」

そう言って自分のズボンをつまむ。

「本当に楽なの、これ。びゅんって走れるから」

「なるほど」

アルロは近づいてくる人達に視線を向けた。火柱に驚いて、騎士団員までいる。

「僕は、どちらでもいいと思いますよ。ズボンでもエスコートするのに変わりはありませんから」

そう言うのと、みんなが駆けつけるのが同時だった。

「——今の、何ですか!」

「爆発!?ご無事ですか」

屋敷の人々の慌てた様子に、アルロとソフィアは顔を見合わせた。

「——とりあえず、そのお力の事は、奥様には」

「まだ言ってない。ティティおじ様に、この前見せてもらったの。真似したらできたから、アルロに見せようと思って思いっきり力を出したら、あんなにたくさん出ちゃった」

へへ、とソフィアは屈託なく笑う。

「お怪我がなくて、良かったです」

アルロはとりあえずシンシアに事情を説明しに行くことにした。