軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36.トーマ・カーランド

ベラはまた三日後にペンシルニア邸を訪問した。

今度は兄のトーマと一緒だった。

表向きは、エイダンとトーマでやっていた事業をアルロに引き継ぐ——といった内容だった。

表向き、と言うのには、トーマには今日、別の目的があったからだ。

応接室でアルロと二人机を挟んで向かい合って、必要な仕事の話をしている。

トーマはベラと同じ黒髪に青い瞳の、いかにも貴族の子息といった雰囲気がある。穏やかな話し方をするが、人を使うことに慣れている、アルロが良く知る、一般的な貴族らしい性格だ。会話の主導権は常にトーマにあった。

一通り終えたところで、トーマは唐突に切り出した。

「マリーちゃんさ、綺麗になったな」

「・・・は」

突然何の話かと思って、アルロは変な返事になった。

「最近会うたびに綺麗になっていってる。まだ十歳なのに、堂々としていて、すっかり一人前のレディーだ。あれじゃあ求婚状も絶えないだろうな」

「——そういった事は、私の口からは・・・」

ふうん、とトーマは穏やかな顔で笑みを浮かべた。

「僕も送ろうかな」

「は・・・」

「求婚状。昔からの付き合いだし、それなりに気心も知れている。同じ高位貴族だから育った環境も似ているし、両家の発展につながる。そして何より、僕の家ならマリーちゃんを守ることができる」

カーランド侯爵家は古くからの付き合いがある、かなり裕福で中央政権において力ある貴族家である。

「僕と夫婦になったら、ベラとも義理の姉妹になって、お互い喜びそうだし。エイダンも、家が近いからあっさりいいって言うんじゃないか」

マリーヴェルの婚姻の最難関ともいえるのがライアスとエイダンだ。その点において、このトーマは他の求婚者たちより何歩もリードしている。

「——どう思う?」

「どう、とは・・・」

「僕たちの婚姻さ」

トーマはにっこりと微笑んだ。この顔こそ貴族らしいものの最たるものだ。何を考えているのか全くわからない。

「ぼ——私が口を挟むことではありませんので」

「という事は、いいって事だな」

「・・・・・」

なぜ自分にそんなことを聞くのかが分からなくて、アルロは困った顔のまま返事を返せなかった。

カーランド家は武術家門ではなく、代々内政で活躍している。現侯爵も宰相位だ。それでなのか、トーマはスリムで、すらりと伸びた手足にフリルの沢山ついたシャツをしっかりと着こなしている。こういうオシャレなセンスの部分は、もしかしてマリーヴェルと気が合うのだろうかと、アルロの頭にそんな考えがよぎる。

もしカーランド侯爵家にマリーヴェルが嫁げば、今までのように侍従としては仕えられないかもしれない。トーマの態度を見ていると、身分に相応の仕事に着くのではないかと思う。——いや、そもそもここまでたくさんの教育を施してもらっておいて、ペンシルニアから離れるという選択肢が許されるのだろうか。

「ちょっと似てるところあるから、気も合うと思うんだよな。——どう思う?」

「マリーヴェル様は、素晴らしい御方です。きっとどこへ行っても、そこでご活躍されると思います」

トーマはじっとアルロを見ていた。

「ふむ。これは、なかなか手強い」

そう呟いた時、部屋にノックの音が響く。

アルロが扉を開けると、エイダンだった。

「エイダン様、お帰りなさいませ」

「ただいま。トーマが来てるって聞いて。挨拶をね」

「や、エイダン」

トーマは立ち上がってエイダンの前まで歩いてきた。

「今ちょうど、いいことを思いついてさ」

「うん?」

トーマは気安い様子で腕をエイダンの肩に回して笑いかけた。

「マリーちゃんに求婚しようかと」

「はあ!?」

エイダンが変な声を上げる。

肩を組んだままトーマはおかしそうに笑った。

「何だよその言い方。何か問題あるかな?」

「問題って・・・急じゃないか。マリーはまだ十歳だよ」

「あちこちから求婚されてるだろう?僕も名乗りをあげておこうと思ってさ」

エイダンはトーマの腕を振り払った。

「そういう話は家を通してしてくれるか」

「もちろんそうするけどさ。その前に、君とも長い付き合いだから言っておこうかと思ってね。——どう思う?」

「どうって・・・言われても。急だから」

「反対はしないだろう?」

念を押されるように言って、エイダンはしばらく考えてからまあ、と頷いた。

反対する理由はない。マリーヴェルの魔力なしへの偏見もなく、裕福で、強大な家門。しかも屋敷も近い。仲の良い友人の兄だし、親同士も懇意にしている。普通であれば最も最適な嫁ぎ先と言えるかもしれない。

マリーヴェルには想っている人がいるからなんて絶対に言えないし。

「良かった!じゃあ、義兄上の許可もいただいたし。マリーちゃんにも挨拶してこようかな」

トーマは軽い足取りで部屋から出て行こうとする。

エイダンは戸惑ったままアルロを見た。

アルロも、その目は珍しく動揺していた。しかし、だからといってアルロが何かを言える立場でもない。

「義兄って・・・はあ。もう、話はいいのか?」

エイダンはアルロにそれだけ尋ねた。

「はい。もう終わりましたので」

アルロは一見すると普通に返答していた。トーマがひらひらと手を振る。

「じゃあね。アルロ。仕事の方は、また二週間後」

「はい。どうぞ、よろしくお願いいたします」

アルロが頭を下げ、そのまま二人は出て行った。

しばらく後、アルロはトーマとベラを馬車までいつものように見送った。マリーヴェルもついてきていた。トーマはマリーヴェルにばかり視線を送り、別れの挨拶にその手の甲にキスをした。

マリーヴェルは驚いていたようだったが、気心の知れている仲だし、にこりと笑われたので微笑み返して見送っていた。

アルロはその様子を、いつもの侍従の顔で見ていた。その顔に表情はなかった。

季節はすっかり秋になり、少し肌寒い日も増えてきた。

この日は子供達だけで、貴族街まで遊びに来ていた。最近ではもう、エイダンとアルロがいれば屋敷の外にも自由に四人で出かけていくようになっている。

今日の目的は五歳になるアレックスの誕生日プレゼントを自分で買いに行ってみたいというソフィアの付き添いだ。

エイダンとアルロが付き合うと言うと、マリーヴェルも何だかんだついてくる。

エイダンとソフィアが手をつなぎ、アルロとマリーヴェルがそれに続く。

「付き合ってくれて、ありがとうね、アルロ」

ソフィアが嬉しそうに、にこにこと振り返った。

「いえ。僕の方こそ、ご兄妹の仲間にいつも入れていただき、ありがとうございます」

アルロも微笑み返した。

普通なら、きっと平民の自分など入れずに三人で遊ぶだろうに。そう思い言った台詞だったが、ソフィアは不思議そうな顔をしていた。

「アルロがいなかったら、お兄さまと二人だけになってたよ?」

「そうね。アルロがいなかったら参加してないわ」

「だから、アルロのおかげー」

「あ・・・ありがとうございます」

ソフィアはこうやって、ごくごく自然にアルロの気持ちを軽くしてくれる。

アルロも笑みがこぼれた。

「ネロにふかふかの寝床を買ってあげられたらいいんだけど・・・」

「あんた一緒に寝てるじゃない」

「ダリアがね。いつまでも一緒に寝ちゃだめだから、ネロにはネロのベッドをあげましょうって」

ダリアは猫が苦手だから、毎朝のソフィアの朝の支度もなかなかの苦行となっているのだろう。

「そうだね。羊毛を買って作ってもいいし。猫を飼っている貴婦人も多いから、専門店があるんじゃないかなあ」

「今日のよさんはね、100シルバー!」

「100!?それじゃあベッドのシーツしか買えないわよ。アレクの誕生日プレゼントかどっちかにしないと」

「ええー、そうなの?」

社会勉強もかねて、予算が決められているらしい。シンシアの教育方針なのか、こういったお出かけの時は良くお小遣いが設けられる。マリーヴェルはよく超過しつつも何食わぬ顔でつけ払いをしているが、基本的にはその中で収めていらっしゃい、と送り出される。

ソフィアはほとんど初めての買い物なので、律儀に守ろうとしているのだろう。

「せめて1ゴールドはもらってこないと」

「母さまが、100でじゅうぶんでしょって」

「今回の目的をちゃんと伝えたの?アレックスは王子なんだから粗末な物はあげられないし、ネロはまだ子猫だから温かくしてあげたいって言って交渉するのよ。母様はね、情に弱いんだから。そこを突くのよ」

「こら、マリー。変なことを教えないで」

エイダンが止めた。ソフィアが頷きながら聞いているから心配になる。

「ソフィー。上手に買い物すればいいんだよ。ここは貴族街だからちょっと高いし、もう少し先の商店街の方まで少し足を延ばそうか」

「いいの?」

「大丈夫だよ。アルロと僕がよく行く所だし。どうせ影から護衛もついてるしね」

そう言ってエイダンは建物の影に目をやった。

今までは魔力無効化の魔道具がなければマリーヴェルもなかなか外出できなかったが、それこそアルロがいれば、それもいらない。かつての誘拐事件の全貌もほぼ明らかになって、今、ペンシルニアの子供達はこれまでで一番自由を感じていた。

「よし、行こう!」

「やったー!」

ソフィアだけでなくマリーヴェルの声も重なる。

わくわくが止まらなくて、誰からともなく走り出した。