作品タイトル不明
35.
野営訓練から帰って数日して、アルロはシンシアに呼ばれた。
「——聞いたわ、ヘルムトがまた来たんですって?」
「はい」
「きっとどこの国にとっても貴方の力は魅力的なんでしょうけど・・・」
まさか反乱軍に目を付けられるとは、といった様子だ。
「正直なところ、実は、そこまで心配はしていないの。力づくであなたをどうこうすることなんてきっとできないと思うのよね」
力を使わせたくて連れて行きたいのなら、能力を封じるわけにはいかない。だったら人を操れるアルロに無理強いはできない。こういう場合の定石は人質だが、アルロの大切な人たちはそれこそ鉄壁の守りの中にいる。
方々の出方を窺っていたが、ヴェリントも息をひそめていた。
「大丈夫?」
尋ねたいのは、ヘルムトと対話したことについてだ。革命家の言葉というのは、子供には少し、刺激が強い。
「話が通じない所はありますが・・・脅威には感じないというか。対処できます」
シンシアはふっと笑った。
「そうね。貴方は本当に強くなったし、そういう意味でもそこまで心配はしてないの。それで・・・窮屈な思いをさせていたから、屋敷を出る時の貴方の護衛は解こうかと思うの」
「いいんですか」
「ええ。いい機会だから、貴方には明日から、私の補佐についてもらおうと思っていて」
「奥様の、補佐・・・」
「ライアスにはルーバンがついてるでしょ?私も最近、仕事が増えてきちゃってね・・・これまではルーバンが兼任したり、それぞれの部署と直接やり取りしていたんだけれど。それもそろそろ無理を感じて」
アルロは驚いて固まった。そんな重要な仕事を担っていいのだろうか。
「もちろん、ずっとというわけではないのよ。何をするのか決めかねているようだったから、取り敢えず始めてみたらいいかと思って」
「僕に、できるでしょうか・・・」
「できるわよ。補佐に着くのが一番色々仕事を覚えられていいと思うの。ルーバンは領地を回ればどうかって言うけど・・・」
そうなると何ヶ月も屋敷を離れることになる。マリーヴェルが荒れそうだ。もちろん、必要だと言われれば我慢はするだろうが。それはアルロも望んでいないように思った。
騎士の訓練もそつなくやってはいるが好きとは違うようだし、補佐の仕事につけば、そのうち興味の先も見えてくるだろう。
「侍従の仕事も続けられたら・・・嬉しいです」
アルロが珍しく希望を口にしたが、予想はしていたことだった。
「それはいいけど・・・仕事は減らしてね。執事長にも言っておくから」
「はい」
そうは言っても、今は侍従の仕事もさほどしていない。勉強の補助と出かけるマリーヴェルに付き添うくらいだ。
「ありがとうございます。誠心誠意、努めさせていただきます」
「こちらこそ、よろしくね」
シンシアはにっこりと笑った。
*****
この日、ペンシルニアに、久しぶりにマリーヴェルの親友ベラが訪ねてきていた。
いつものようにマリーヴェルの部屋でゆっくりと二人でお茶を飲んで過ごしていた。マリーヴェルが訪ねた時もベラが来た時も、二人は本当に飽きることなく何時間でも喋っていられた。
ベラは水属性を生かして治癒師の道に進もうとしており、現在も学園に残って勉強している。
ベラは侯爵令嬢だから、少し珍しい進路だ。
想い人であるブリジェンド伯爵子息も同じ治癒師のコースだと聞いて、マリーヴェルは即座に納得した。
「——それで、いい感じなの?」
「いい感じって何を指すのかわからないけれど・・・一緒に課題をするようにはなったわ」
「素敵!友達にはなったのね」
「それが難しい所よマリー。友達になってしまったら、恋人にはなりにくいと思わない?だから、何だろう。不思議な関係よ。友達になろうって言葉をちょっと避けてるの」
「あー・・・」
マリーヴェルは頷いたものの、わずかに表情を曇らせる。ベラはそれを見逃さなかった。
「マリー、どうしたの?」
「え?」
「何かあった?アルロはヴェリントを招いた晩餐会でも同席したんでしょ?ペンシルニアの被後見人として地位を固めつつあるじゃない。頑張ってマリーと同じところまで上がって来てくれるんじゃないの?」
「ううん」
ベラは流石だ。マリーヴェルは苦笑いを浮かべた。
「私の誕生日にね・・・」
この話は、まだしていなかった。マリーヴェルの中で整理がついていなかったのもあって、何となく言えなかった。
「アルロが私に、騎士の誓いを立ててくれたの」
「まあ・・・!」
ベラは驚いて口元を押さえた。深い青の瞳も真ん丸になっている。
「何てこと。早々に!?やだ、素敵じゃない・・・」
「もちろん嬉しかったわ。それに、誓いを立てるアルロは本当に素敵だった。——私、昔から騎士に憧れていたし、嫁ぐなら騎士がいいってずっと言ってたでしょう?だから、好きな人が騎士の誓いを立ててくれるだなんて、本当に理想通りよ。なのに・・・」
「あ・・・」
言葉に詰まったマリーヴェルに、一緒になってしゅんとして、ベラはそっと自分の手を重ねた。
「わかるわ。なんとなく、わかる」
マリーヴェルに向けるアルロの視線にあるのは、純粋な尊敬、忠誠、信頼——。
マリーヴェルは静かに首を振った。
「贅沢よね。あんなに大切なものを受け取っておいて、悲しいだなんて。アルロにも失礼よ」
「そんなことないわ。そんな事・・・」
ベラは何と言っていいか分からなかった。
「貴方の言う通りよ、ベラ。恋人ってやっぱり特別よね。友人とも主従とも全然違う感情だわ。主従の関係になってしまったら、そこから恋人になんて・・・きっとなれないんだわ」
「マリー・・・」
「だからって、ラントンみたいな奴の所に嫁ぐのは絶対に嫌」
アッシャー・ラントンに求婚され子を産む道具のように見られたのは、すぐにベラに話していた。
「あれは特殊よマリー。そんなひどい奴ばっかりじゃないわ」
「私、一生独身でここにいようかしら。アルロと」
「マリー」
ベラはたまらなくなって、立ち上がりマリーヴェルを抱きしめた。
ずっと長い事一緒にいるマリーヴェルだが、こんなに元気をなくすのは初めてだ。
「まだまだ、これからじゃない。貴方が幼い時から見てきたアルロだもの。マリーの事をそんな風に見れなくったって。仕方ないわ。それでも貴方はアルロにとって、別格なのよ。別格よ?本当に特別なのよ。それって、すごい事じゃない」
ベラが何度も強調するから、マリーヴェルは少し笑った。
「——そうね。ありがとう、少し元気が出た。そうよね。今は私、アルロに恥じない主人になろうって思うの」
「そうね。それはもう、ほれぼれしちゃう主人になったらいいと思うわ!」
ベラがぐっと拳を握って見せたから、二人は目を合わせてくすくすと笑った。
ベラは馬車に乗り込むところまで、アルロに見送られた。
「またのお越しをお待ちしております。カーランド嬢」
完璧なお辞儀をするアルロをじっと見つめたまま、ベラは馬車になかなか乗り込まなかった。
「・・・どうかされましたか?」
忘れ物でもしたのかと思って不思議そうにするアルロを、ベラはまじまじと見つめた。
確かに顔は整っている。まじめに仕事もして有能で、優しくて、よく気がつく。正直こんな侍従が側にいたら、マリーヴェルがほれ込むのも、わからなくはない。
「——でもその鈍さだけは、いただけないわ」
「え?」
ベラはアルロを睨むように見上げた。マリーヴェルと同じ髪型のストレートヘアーをさらりと後ろに流す。
親友を悲しませるのなら、やっぱり許せなかった。
「アルロ。前から気になっていたんだけど、貴方マリーの事どう思っているの?」
どこかで聞かれた質問だなと思いながらアルロは答えた。
「素晴らしいお方だと思っています」
「・・・・・」
ベラは不満なようだった。
「あの・・・?」
「この前、ラントンのバカ息子が求婚状を送り付けた時、どう思った?」
少しでも異性としての感情があれば、心乱れることがあるんじゃないだろうか。
このいつも冷静沈着なアルロだって、少しは怒ったりしなかったのだろうか。
アルロはしばらく考えているようだった。
「そうですね・・・万に一つも成婚することはないと思っていました」
「そう・・・」
ベラは深刻な顔で考え込んでいた。
「そう、そうよね。ラントンじゃあね・・・」
考えながら馬車に乗り込んで去っていったので、アルロは首を傾げながらそれを見送った。