作品タイトル不明
33.夏の遊び
数日後、子供たちは夏の遊びの締め括りにと、敷地の隅にある果樹園へ向かった。
エイダンも働き始めて少し頻度は減ったものの、相変わらず週に一度はこの子供会は開催している。子供達にとって、大人のいないこの時間は貴重な息抜きの時間でもあった。
今の果樹園にはブルーベリーと桃の木に、実がたくさん成っている。
取れたての果物は冷えている訳ではないから生ぬるくて甘ったるいが、その分みずみずしくて完熟で、取って食べる楽しみもある。中には渋かったり酸っぱかったり、ハズレも混ざっているのもこの果物狩りの醍醐味だ。
マリーヴェルとソフィアは低木に成るブルーベリーを摘んで食べた。
「あれ?姉さま、ラズベリーしかだめでしょう?」
「いつの話よ。 淑女(レディー) はね、好き嫌いなんてしないの」
ソフィアはマリーヴェルをまじまじと見つめた。
「えっと・・・なんだっけな、むりやりのやつ」
「は?」
「——あ、思い出した!やせがまん」
「失礼ね、してないわよやせ我慢なんて」
確信をもって言われるから、マリーヴェルはむっとして、それからふとソフィアを探るように見た。
「あんた、まさか『わかった』の?」
「なんのこと?お姉さま、やせがまんするときこの、目の端っこがぴくぴくする」
「なっ、してないわよ」
ちょっと酸っぱいのに当たった時に、目をぎゅっとしただけだ。誰でもなるはずだ。
この生意気な妹に指摘されたのが癪で、マリーヴェルはそっぽを向いた。木陰が涼しそうでそっちに目が行く。
「あー暑い。ちょっと休憩」
マリーヴェルはそう言って、木陰に敷いてある敷物にすとんと座った。
すかさずアルロが飲み物を用意してくれる。髪の毛を持ち上げたら、ハンカチを揺らし、首筋に風を送ってくれた。
「ああ、気持ちいい・・・」
「姉さまも、かみ、切ればいいのに」
「冗談でしょ」
言い方はそっけないが、マリーヴェルは心地いい風と外の空気の解放感にご機嫌だった。目を閉じて深呼吸している。
とはいえ、目の前で涼しそうにしている妹が、短髪でズボンを履いているとさすがに少し気になる。
「あんた、この先ずっとその恰好で行くつもり?」
最近ずっとスカートを履いていない。
「いけない?」
「いけないでしょ。その格好でお茶会行くの?カーテシーするの?」
「このかっこなら、普通におじぎじゃない?」
「なに当然、みたいな言い方してるのよ。違和感しかないんだけど」
ソフィアはマリーヴェルの目の前に座った。男の子がするように胡坐までかいている。
「お姉さまって頭がかたいのね」
「はあ・・・?」
「まあまあ」
エイダンが桃を持ってきてマリーヴェルとソフィアの間に見せた。
「いいじゃない、今だけでしょって母上も言ってたし。——それより、この桃甘そうじゃない?」
マリーヴェルは目の前のピンクの桃をじっと見つめた。
「・・・虫食いがあるわ」
「え、うそ」
慌てて見て、大きな虫食いにがっかりするエイダンに、アルロが手を伸ばした。
「虫が食べるほど甘いと言いますし。僕が頂きます」
「それは悪いよ。これは僕が責任をもって」
「いえ、大丈夫ですよ。慣れてますから」
「ちょっと、兄様!自己責任で食べてよ。——アルロは私に飛び切り甘い桃を取って来てちょうだい。きれいなやつね」
「あ、はい。承知いたしました」
アルロが立ち上がる。木を見上げて探してくれているようだ。
手をかざしながら眩しそうに上を見上げるアルロを、これまた眩しそうにマリーヴェルが眺めていた。それもいつもの光景だ。エイダンはすっと桃にナイフを入れて、器用に切り分けた。
一口食べてから、甘い!と叫んでいる。
たとえ甘くとも、マリーヴェルは虫食いの実をアルロに食べさせるものかと思った。ああ言えば、アルロは一番きれいで美味しそうな桃をマリーヴェルに取って来てくれるはずだ。それを二人で分けて食べる。
桃の木は背が高いから、エイダンとアルロに任せてマリーヴェルは休憩して待つ。
「よし、アルロ、勝負しよう!」
エイダンが桃を置いて、ハンカチで手をぬぐった。
「勝負ですか?」
「うん。先においしい桃三つ採った方が勝ち!」
クルクルとナイフを掌で回しながらエイダンは言った。
すぐ勝負したがる、とマリーヴェルはげんなりした。ソフィアはエイダンの残した桃をマイペースに食べている。
「おいしい桃・・・ですか」
「みんなで食べて判定しよ」
身体強化を使って跳んだり、その手のナイフを投げたりするのならエイダンの方が圧倒的に有利だ。アルロはきっと木に登って採るしかないだろう。
そう思い、マリーヴェルが審判を買って出た。
「じゃあ位置について。用意——ルールは能力使っていいから早く採って持って来るってことね。はい、スタート」
パチン、と手を鳴らした。アルロは驚いていたが、マリーヴェルに目線で指示されて、頷く。
近くの木にいる鳥とリスを操作して、桃の実を採った。
「あっ、ずっる・・・!」
「どっちが」
結局アルロの方がずっと早く桃を取って、勝負は終了となった。
あとは味で勝負だとエイダンは言っていたが、どの桃も甘くて甘くて、全部は食べられなかった。
「——ああ、おなかいっぱい!」
ソフィアが大の字で寝転ぶ。その口元を拭いてやりながらエイダンも頷いていた。
「私はアルロが採ってきたこれが一番美味しかったわ」
しかもきれいだし、と指を指せば、アルロが嬉しそうに笑った。
「食べてみないと分かりませんから。美味しくて良かったです」
勝負に勝ったことより、マリーヴェルが美味しかったと言った事を喜んでくれているようだった。
おなか一杯になったらまた遊んで、四人は夕方になるまで果樹園で過ごした。
残った桃はお土産にして屋敷に帰った。
*****
一週間後、野営訓練の日がやって来た。
熟練の騎士らと並んで走るのはアルロにとってはなかなか難しいことだったが、以前も長距離の移動に付き添ってくれたのはオレンシアだったから、何かと世話を焼いてくれた。
馬の方がアルロよりよっぽど優秀で、疲れ知らずに障害物を避けて、しかも安定して走ってくれた。遅れず抜かさず一行に付いてひたすら走り続け、一行は森の小川の側に野営地を定めた。
みんなが手際よく火を熾し料理を作っていき、アルロも何とか流れに乗って手伝う。
狩りの方は能力を使えば苦労はしないが、殺すために操作するというのはなんとなく気が引けて、エイダンと騎士に任せた。
それに感謝しつつ一緒に捌いて食べ終わった頃には、辺りはすっかり暗くなっていった。
そして、薪を六人で取り囲んでいると、オレンシアの例の怖い話が始まる。恒例行事らしい。みんな取り囲んで待っているようだ。
「——坊ちゃん、怖いならそう言ったらどうですか」
「怖くない」
タンに向かってそう言い放つエイダンの表情は、すでに暗い。
「あ、あの——」
「いいんだ」
アルロが出した声を、エイダンが制する。
「え、でも・・・」
「見てよ、あのオレンシア達の生き生きした顔。——空気読むよ、僕は」
そう言ってエイダンは膝を抱えている。そんなに丸まって言われても、と思う。
だったらエイダンの代わりに、アルロが怖い話が苦手と言おうかと思ったのに。言えばオレンシアも怖い話なんてしないと思うのだが。
タンもタンで、間を取り持つという事はしないようだ。
そうか、とアルロは気づいた。
——なるほど。主人の自立を見守るのも侍従の仕事だって、前言っていたから。
アルロは、タンのすることはとにかく何でもちゃんとした理由があると思って肯定するようになっていた。今日も勝手に深読みして、同じく空気のようにオレンシアらの怪談話を聞くことにした。
夏とは言っても、夜の森は涼しい。薪の火を囲むとちょうどいいくらいだ。そこに座ってゆっくりと話しながらお茶やお酒を飲んでいると、一日馬に乗って疲れた足に徐々に血が巡っていくようで心地良い。至福の時ってこういうのを言うのかなと思うくらい、アルロにとっては楽しい時間だった。
そして、話が三つくらい終わった頃。
そろそろ寝ようという事になって、各々天幕に引き上げて行った。
「——あっ。しまった」
「どうしたんですか」
「水がなくなった」
エイダンは空っぽの水筒を振った。
水はすぐそこの小川で適宜汲んできている。マリーヴェルらといる時はいちいち煮沸していたが、騎士等はそのまま飲んでいた。多少石や葉っぱが混じっても気にしない。
「はあー・・・今回は歯磨きもして、完璧だったのに」
怪談話の間、怖さを紛らせようとちびちび飲んでいたから。そんなに飲んだらトイレに行きたくなるんじゃないかとアルロが心配したくらいだ。
「エイダン様、先に入ってて下さい。汲んできますから」
「え、悪いよ」
「僕の分も汲みに行くので、ついでです。夜中に喉が渇いたら嫌だから」
「アルロぉ」
エイダンは情けない声を上げた。
普段のエイダンとは別人のようである。アルロは笑みがこぼれながら、水筒を受け取った。
野営だからだろうか。肩ひじ張っている感じがなくて、エイダンはかなり子供らしくなる。屋敷を離れ、騎士等といる時はいつもそうだ。
だから野営訓練とかが好きなんだろうな、とアルロは考えながら、エイダンと自分の水筒を持って川に向かった。