軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32.革命家ヘルムト

ライアスとアルロはしばらくして、応接室へ向かった。

部屋に入ると、ヘルムトは立ち上がってお辞儀をしてきた。

丁寧な仕草だ。ボロをまとった身なりからは少し違和感がある程に。

初めて会った時も今も、ヘルムトは掴みどころがない。

ここは敵地とまでは言わないが、ヘルムトは完全なる余所者である。それなのにたった一人でここまで来て、少しも怖じる様子も、敵意、のようなものも全く感じない。

帽子は外していたが、髪はボサボサで無造作に後ろで一つに括られている。高価な調度品の中でそこだけ異質な雰囲気で不似合いだった。

「お目通りいただき、ありがとうございます」

「用件を聞こうか」

ライアスは座りもせずに尋ねた。

「その様子では・・・私の事はご存知のようで」

「——本拠地を放置してふらふらと遊び歩いていてもいいのか?」

「まあ、優秀な部下がいるもので」

ライアスは黙っていた。さっさと用件を言え、という態度でヘルムトを見つめた。

「あのぉ、アルロ君と話したいんですが」

ライアスの陰に隠されたままのアルロを窺うように、ヘルムトが苦笑混じりに言った。ライアスの威圧感に少しも気圧される様子がないのは流石だ。

どうにも緊張感のない男だった。

「この子はまだ未成年だ。話があるなら保護者である私に言え」

「未成年?その子はもう十五ですよね」

「ファンドラグで十八からが成人だ」

「アルロ君はシャーン国人でしょう?」

シャーン国では十五で成人とみなされる。

「私の子供なのだから、ファンドラグの国民だ。——そもそもこの子の国籍はファンドラグにある」

ライアスは一歩も譲らなかった。

私の子供、と言われてアルロの胸はじんと熱くなった。

ヘルムトが困ったようにうーん、と言ってから、一歩踏み出す。その一歩に騎士二人が反応して即座に剣に手を伸ばすから、ヘルムトは両手を挙げて止まった。

「ここまで警戒なさらなくとも。私は丸腰なんですよ」

「まだ名乗ってもいないが、それがシャーン国の礼儀なのか?」

ヘルムトは、あ、と緊張感のない声を上げて、ふっと笑った。

「失礼しました。ご存知の通り、私はシャーン国で解放軍の指揮をとっています。ヘルムトと申します」

「解放軍」

「あ、革命軍、反乱軍と呼びたかったらそれでもいいですよ。私はこだわりはないんですが、まあ仲間達がね。圧政からの解放だって言って」

「それで、用件は」

ヘルムトはじっとアルロの方を見つめた。

「ヴェリントの動きを探っていたら、王家に潜入した密偵が非常に興味深い話を持ち帰ってきまして。——どうやらペンシルニアに、闇の魔力の能力者がいるらしい、と」

アルロは体を強張らせた。

ファンドラグに来てからは、黒髪黒眼であることを差別されたことはなかったが。

シャーン国で、この見た目だけで嫌われて石を投げられ、厄介者のように扱われてきた記憶が蘇る。

この人は迫害されなかったのだろうか。灰色の隻眼とはたと目が合う。

「作戦を台無しにした、強力な闇の魔力の能力者——これ、アルロ君の事ですよね」

「・・・・・」

ライアスは答えなかった。

「そう警戒しなくても、私もですから。——そもそもね。古代、闇の魔力は王家の専売特許だったんです」

「え」

唐突に、ヘルムトの口から出た言葉に、アルロは思わず反応した。

ヘルムトは単調な口調のまま続けた。

「前王朝ブラントネル——今は闇に葬られた古代の小さな国の名前だ。ブラントネルは闇の魔力によって治められてきた。シャーン国の記録にちゃんと残っているんですよ。禁書にはなってますが、王族と高位貴族はみんな知ってる事です。ブラントネル最後の王が闇に堕ち、世界を混沌に陥れたってね。今の王家は、ファンドラグから現れた光の勇者がそれを 斃(たお) した隙に、現王朝の祖先がかっさらっただけ。生き残ったブラントネルの王族を悉く処刑し、それ以来、闇の魔力がどれほど恐ろしく忌まわしいかを吹聴することにより、シャーン王朝はその権威を保ってきた」

闇の者が魔王になることは、シャーン国では一部の者には周知の事だった。実際に世界が滅びかけたから、黒を排斥することに王家と国民が一丸となっていた。王家にとっても自らの権威が盤石になり都合がいい。

「闇を悪とし光を羨望した。——これまでの歴史で、幾度となく光の魔力の能力者を手に入れようと画策してきたのもそのせいです。ファンドラグの光の能力者が狙われていたのもシャーン王朝の方針ですし」

ライアスがかすかに反応する。

ヘルムトの言葉は更に熱をもって加速した。

「アルロ君、君も私も、もとはブラントネル王家の人間だったんだ。迫害され、何とか逃れた王族の末裔だ。系譜をたどれば、私と君はつながっている」

そんなことを言われても。アルロにとってはもう、過去の故郷の話だ。

だから何だと思ったところに、ヘルムトの声が朗と響く。

「単刀直入に言うと、私はアルロ君、君に仲間になってほしいと思っているんだ」

ヘルムトは拳を握りしめた。この男の声には、どこか人を引き付ける響きがある。声が大きいわけではないのに、つい聞き入ってしまう。

「元の形に戻そう。君と私で、ブラントネル国を取り戻し、国民に安寧を——」

「そこまでだ」

ライアスの低い声がピシャリと割って入った。

「妄言だな。高貴な血筋と闇の魔力があるのならば、お前一人でやればいい」

ライアスの言葉は突き刺さるような冷たさだったが、ヘルムトは動じなかった。

「できればそうしたいですが。私の魔力は少なく、残念ながら人を操作することはできません。小動物一匹がせいぜいで。——それに引き換え、アルロ君。過去、人間をあれほど長時間、しかも複数人を操作できる闇の能力者など聞いたことがない。君ならきっとやり遂げられる」

「そこまでだ、と言っただろう」

ぴり、と部屋の空気が凍り付いたような気がした。

アルロはライアスの怒った所を見たことがなかったが、きっと今、ライアスは怒っている。空気が重苦しく感じた。

「私はアルロ君に話しているんです」

「聞く価値もない。十五の子供を戦争の最前線に駆り出そうという事を、まるで正しい事のように言い放つんだな」

「ですから、うちの国ではもう成人で。その子の力があれば、内乱を即座に収めることができる。そのためなら私は——」

「黙れ。今回の訪問の目的がアルロならば、直ちに帰国することだ」

取り付く島もなく、結局ライアスの陰からアルロが出て来ることもさせなかった。広い背中に庇われる安心感はアルロにとってはものすごく大きい。

それ以上何かを言えば本当に舌でも切り落とされそうな雰囲気に、ヘルムトはやれやれといったように息を吐いた。

「ちょっと・・・過保護なんじゃありませんかねぇ」

「過保護・・・?」

ライアスは思いもよらないことを、というように言った。

「この程度でそう思うとは、貴国は余程冷淡な国らしい。——こんなものじゃないぞ、うちの過保護は」

ライアスの目線によって、騎士が二人、ヘルムトの横に歩み寄った。

「あ、ちょ・・・」

そのままヘルムトは半ば強引に屋敷を追い出されるように帰っていった。

「アルロ」

しばらく呆然としていたアルロは、名前を呼ばれて弾かれたようにライアスを見上げた。

「急なことで混乱しているだろう。ブラントネル王朝の事はこれから調べるが、質問にはいつでも答える用意がある。気がかりに思うことがあればいつでも言いなさい」

「僕は・・・」

結局、ヘルムトの誘いや前王朝の話はともかく。やっぱり闇の能力者は魔王になるんだ。

知る人は知っていることだったのだろうか。アルロは幼い頃にシャーン国を出たから、知らなかったが。

そんな自分がここにいて、迷惑をかけるようなことにならないのだろうか。アルロはそれだけが心配だった。

「アルロ。君がいないと困るというのは、以前も伝えたな?」

「・・・はい」

「それが分かっているのなら、いい。今にも滅びそうな国の、革命家一人の言葉だ。ここはペンシルニアで、そんなそよ風に屋台骨が揺らぐことはない。あまり深刻に受け止めすぎないようにしなさい」

ライアスがそう言うと本当に大したことのないように聞こえる。

アルロは、もう自分なんかが、とか、迷惑になるからとか、そういう考えをするのはやめると決めた。

ここにいる意味がある、役に立てると思えている。

「はい」

アルロははっきりとした声で返事をした。