作品タイトル不明
29.
結局それ以上の会話はなく、三人はケーキ屋に到着した。
葡萄のタルトがあるか見てくる、とアイラが先に入った。
「・・・・・」
「・・・・・」
少し気まずい、いや、かなり気まずい沈黙が流れる。アルロは意を決した。
「——エイダン様、もっと他に、アイラ様に言いたいことがあるんじゃないんですか?」
「ある」
エイダンは即答したが、その後は一呼吸置いた。そしてきゅ、と唇を結んだ。
「でもさ・・・言えないよ」
「なぜ・・・」
「僕——話題と言えば剣術ばっかりだし、せっかちで、気が短くて、葡萄の事全然わかってなくて、お化けが苦手で、アイラの前では意気地なしで、ペンシルニアの後継者で・・・」
エイダンがつらつらと上げる理由は、アルロから見てもしょうもない事ばかりだった。最後のペンシルニアの後継者に至っては、それは短所なのか、何の理由なのかも謎だ。
「エイダン様・・・」
「ちょっと!そんな目で見ないで。わかってんだよ、僕が残念な奴だってことは。誰よりも僕が分かってる」
何も言っていないのに、エイダンは言い訳を連ねた。でもさ・・・と呟くもののエイダンはそれ以上何も続かなかった。アルロはガラスの扉から、ケーキ屋の中でショーケースを見ているアイラの後姿を見た。
「アイラ様は、エイダン様の事をどう思ってるんでしょう」
「どっ・・・どうって。しらないよ。き、き、聞けないよ」
「でも、平民同士でも、普通男女で手なんて繋ぎませんよ?」
「え、そうかな。——ん?たしかに」
「好きでもない相手のために毎日時間を作ったりしないのでは」
一体何に自信がないのか、アルロには全く分からなかった。
アルロからすると、エイダンは完璧だ。
強くて賢くて、公爵家の長男で。人としても尊敬している。妹思いで、光の能力者で魔力も強い。
平民だからって分け隔てなく接してくれる。
それがアイラの前になるとたちまち小さくなっているようで、アルロには不思議だった。
「アイラから見たら、僕はまだまだ子供なんだよ」
身長もエイダンの方が高いし、体格もいい。それでも十四歳と十七歳の差は、少なくともエイダンにとってはかなり大きい。
「未だに頭撫でられたりするし」
「それは・・・子供扱いとは限らないのでは」
「・・・・・」
エイダンは変な顔をした。ひどく頼りない、情けない顔だった。
ここ最近、急にアイラは大人びてしまった。ぐっと距離を開けられて取り残されたようで、エイダンは近頃、ますますどうしていいかわからなかった。
アイラは何を考えているのか。仕方なく付き合ってくれているだけなんじゃないか。弟としては見てくれているけど、思いを告げたりなんかしたら、もしそれで——。
エイダンはそこまで考えて頭を下げた。
「言っただろ。僕は意気地なしなんだよ。拒絶されるのが、怖いんだ・・・生きてけない気がする」
消えそうなエイダンの声に、アルロは不敬ながら、こんな可愛いところもあるのかと意外だった。いつも年上のような存在なのに、今日は年相応に見える。
それだけアイラに本気なのだろうか。
「では、今日のあれは相当頑張ったんですね」
君に会いに来ている、とはっきりと言えていた。
「アイラ様は嬉しそうでしたし」
「え、そうかな・・・アイラの顔覚えてないよ」
「嬉しそうでしたし、あの続きは、もう一歩エイダン様の方から言っていただかないと、アイラ様からは言えないんじゃないでしょうか」
「え・・・えぇー?そうかな。うーん・・・」
エイダンはあれこれ思いを巡らせているようだった。
アイラがリードしてあれこれと決めたりするようだが、それでもやはり身分の差が大きすぎる。アイラの方からエイダンにどうこう言うことはないと思うのだが。
あの続きを待っていると思うが、それを伝えるのもプレッシャーになりそうで、アルロはそこまでで口を閉じた。
店の中からアイラが手招きしている。目的のものがあったらしい。
エイダンが中に入って行ったので、アルロは少し遠慮して外からその様子を見ていた。
「いやあ、青春だねえ」
すぐ横から声を掛けられ、アルロはぎょっとして振り向いた。
立っていたのは若い男だった。旅行者だろうか。やや薄汚れた旅装に、帽子を深く被っている。細身で頼りなく見えるのに、その声は不思議と良く通った。
周囲に溶け込んでいるようなのに、注視すると妙に目を引く男だった。
それに、こんなに近づくまで気配を感じなかった。
「君、いくつ?」
男は帽子を取った。アルロと同じ黒髪だ。片目は眼帯をしていて隠れているが、もう片方の目もその長めの黒髪に隠れて色はよくわからない。
ただものじゃないという思いと、怪しさ満点のその出で立ちにアルロは警戒心強く一歩下がった。
「あれ?怪しい者じゃないよ。私はネロ。商団主なんだ」
ソフィアの子猫と同じ名前だ。あまり人には使わない名前だから、偽名なんじゃないだろうか。
その名前を使うという事に、余計警戒心を抱く。
「君、闇魔力の能力者でしょ」
「—————!」
アルロが驚いて、はっとその男を見るのと、男がアルロに手を伸ばすのが同時。
反射的にアルロはその手を避けて、ひらりと軽く跳んで後ずさった。男は不敵な笑みを浮かべたまま、また一歩踏み出してアルロに手を伸ばす。
その二人の間に、また別の男が割って入った。——ペンシルニアの影だ。
即座に手を引っ込めた怪しい男は、一見すると闊達そうな笑みを浮かべた。
「——うわあ、鉄壁の守りだな」
影はいつでも刃物が抜けるように腰に手を当てつつ、男を睨みつける。
「この子に何の用だ」
「やだなあ。ゴミがついてたから、取ってあげようと思っただけだよ」
「お前、ヘルムトだろう」
名を呼ばれて、ヘルムトが驚いたように目を見開いた。髪の間から覗いた眼は確かに灰色だった。影のその言い方に、何か警戒すべき有名な人なのかと不思議に思う。
「——へえ、すごいな。ペンシルニア。私が分かるのか」
「王都に四日前に入ったところからずっと、お前の事は見ている」
「え!——はは、こりゃ敵わないはずだ」
そう言ってヘルムトはおかしそうに笑って、帽子を被りなおした。
「下手なことをすれば斬られそうだな。今日のところはこれで」
ぺこりと頭を下げて去っていく。その動きも滑らかで、きっとまだ若い男なのだろうと思う。
「一体、あの人は・・・」
あっという間に遠ざかる後姿を見送ってアルロが独り言のように呟く。
怪しさ満点で、つかみどころのない男だった。
「私の口から言うことはできないが・・・公爵様にお伝えしておくから、尋ねるといい」
「あ、はい。ありがとうございました」
「気にするな。仕事だ」
顔を合わせるのは初めてだった。本当に陰から守ってくれていたんだ。
アルロは頭を下げた。その後頭を上げた先には、もうその影の男の姿はなかった。
誰もいなくなった場所で、アルロは暗い顔をして考え込んだ。
——あの怪しいヘルムトという男は、自分の事をネロと名乗った。
それは、ソフィアの猫の名前を知っているからじゃないだろうか。
命を狙われたわけではなさそうだったが、ヘルムトは明らかにアルロの事を知っているようだった。闇の能力者、と言ってきた。確信があるように。
やっぱり、外に出ない方がいいんだろうか。
アルロがそんな風に思っていると、エイダンとアイラがケーキの箱を持って出てきた。
その後、怪しい男はあれ以来姿を見せていない。
あれが誰なのか、アルロはライアスに聞こうかとも思ったが、何となく聞けないまま日々が過ぎて行った。
闇の魔力の事で何か迷惑をかけていないのかと気がかりではあるが、それを知るのが怖いような。
アルロはできる限り屋敷の中で過ごしている。
そうしている間に八月の下旬となり、アルロは十五歳の誕生日を迎えた。
今年の誕生日はマリーヴェルもアルロも授業がある日だから、仕事の日でもある。それでも、入れ替わり立ち代わり、いろんな人がアルロに誕生日のお祝いを言いにきてくれた。
アルロは去年に引き続きペンシルニアで一つ年を取ったことが、心の底からありがたかった。