軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18.誕生日

ソフィアの拾った子猫はネロと名付けられ、ちゃっかりソフィアによって飼われることとなった。耳は片方が少しちぎれているものの、他は至って健康な子猫だった。探してみたものの、母猫の姿もない。

シンシアは猫を治療した後、特に反対もせず執事長に諸々依頼していたが、その日の夜はしっかりライアスと話し合いをした。

勝手に猫を飼うと決めたことではない。

以前から度々言っているが、ライアスは娘二人に甘すぎる。

「もう既にソフィアまで親を使い分けるようになるなんて」

「あの泣き声は・・・本当に、泣いているようだったんです。アルロも騙されて——」

「ライアス。そういう事を言ってるんじゃないわ」

「はい」

寝室でベッドの上だったが、ライアスは姿勢を正した。

「常日頃から、気をつけてほしいっていう話よ。あれ取ってだとか、抱っこしてだとか、必要のないことまで言う事を聞いているでしょう」

「はい」

「ただでさえ周囲の大人が頭を下げることが多いのに、私達まで言いなりになったら、どんな大人になるのか・・・今から心配でならないの」

「はい」

「・・・・・」

シンシアは不満な顔を隠そうともせず、ライアスを見据えた。

「ちゃんと考えてくれていますか?」

「もちろんです」

シンシアがお説教のような空気にすると、ライアスはいつも正座してはいと返す殊勝な態度を徹底する。どうにも手ごたえがない。

言った事に対する理解をしてくれたのか今一つわからないが、とにかく本当に反省しているようなライアスの顔を見ると、シンシアの方もそれ以上詰め寄ることができなかった。

普段は堂々として、向かう所敵なしのようなこの男が、こうしてシンシアの前では途端に弱腰になって見せるのが、どうにもシンシアは、弱い。

後はこの顔だ。

結局この顔が好きなのだ、シンシアは。今まで幾度となく許してきた。許せてしまう。

真剣な目で許しを請うように見つめられたら、何をされても諾と言ってしまいそうになる。

「——分かってやってるのかしら」

「はい?」

「ちょっと目を閉じて」

そうすれば少しは言いやすくなるかと思ったが、全くそんなことはなかった。

言う通り目を閉じたライアスはあまりに無防備で、これ以上何かを言う気にもなれなかった。

シンシアは観念して、ライアスの体に寄りかかる。ライアスは言われたとおりに目は閉じたまま、慣れた仕草でシンシアを抱き寄せた。そうするといつもの位置にフィットする。

「シンシア、目を開けてもいいですか?」

「・・・・・」

「シンシア?」

「貴方に見つめられたら、怒れなくなるから、駄目です」

ライアスはふ、と小さく笑った。

部屋は魔道具で涼しくしていたが、シンシアには少し冷やしすぎだったのかもしれない。露出していた腕が冷たくて、そこをライアスの熱い掌が温めるように滑る。

しばらくその温かな心地よさに身を委ねていた。

その手がすす、と袖口から侵入し、くすぐったい場所にまで入って来る。シンシアは身をよじった。

「ちょ・・・ライアス?」

「目が見えないので、手探りになります」

「はっ・・・」

反省はどこに行ったのか、ライアスの唇が首筋から耳の後ろの方へ優しく撫でるように触れてくる。もう片方の手で本当に手探りのように頬や額を撫でられた。

逃げようとしてバランスを崩して、シンシアはそのままベッドに倒れ込んだ。

「ライアス・・・」

ライアスは目を閉じたまま、それでも楽しそうな顔をしていた。見えてなくても不自由のなさそうな手つきだ。

こういう所だけは図太くなったものだ。

初めの頃、ライアスがあまりに自信がなく折れてしまいそうで、とにかく拒絶してはいけないと思い色々許したのが良くなかったのかもしれない。

調子に乗ってシンシアの体に触れようとする手をぺちんと叩き落とす。

「——ライアス」

「はい」

「まったく。分かってるんですか?——もうすぐパーティーがあるでしょう?」

「はい。使節団の」

あとひと月くらいで、ヴェリントの王族が来訪することが決まっている。国を挙げての歓迎パーティーが行われる予定だ。今はその準備に少し、お互い忙しくしている。

「晩餐会には子供達も参加することになりますし。本当に頼みますよ」

歓迎パーティーは子供不参加の貴族らとの交流だが、晩餐会はもっと内輪の王族とだけの食事会だ。

マクシミリアンはまだ小さいから出られないが、王家の三人と、ペンシルニアもそろって参加する予定だ。

しかも、この機会にアルロも参加させて、ぐっとその足場を固めさせたいと思ってもいる。マナー教養の講師からも太鼓判をもらっている。

「承知しております」

妙に返事がいい。

——駄目だ、これは。

シンシアはやれやれと思って、ライアスに背を向けた。

*****

夏も盛り、日増しに気温が上がってゆく。

7月の半ば、マリーヴェルは十歳の誕生日を迎えた。

朝早くから目が覚めて、ご機嫌で身支度をする。乳母のレナもいつもより早い時間から部屋を覗きに来てくれた。

「今日から十歳!」

嬉しそうににこにこと鏡の前で言うマリーヴェルに、レナも顔が綻ぶ。

「おめでとうございます」

鏡越しに、髪を梳きながらレナが言った。

「ありがとう」

「嬉しいですね、お誕生日」

「うん。お誕生日だから授業もないし、たくさんプレゼントは届くし、夜にはみんなでディナー!」

「おめでとうございます。ドレスはピンクでいいですか?」

レナはマリーヴェルのお気に入りのドレスを用意してくれていた。

「うん。ディナーの時にはまた着替えるでしょ?」

「注文していたドレスが昨日届きましたから。そちらでいかがでしょう」

「あ、あのエメラルド色の?やった!」

「髪もその時にまた結い直しますね」

そう言ったレナは緩く髪を留めてくれた。

「ありがとう!」

マリーヴェルは立ち上がって振り返り、レナにお辞儀をしてみせた。

「いつもありがとう。これからもよろしくね」

乳母から専属侍女になって、今までずっと側で支えてくれた。あれこれ振り回したこともあるけど、いつも真剣に向き合ってくれた。

なかなか感謝を伝える機会がないけど、今日は言っておきたかった。

レナは深くお辞儀をして返した。

「私の方こそ。お嬢様の成長を近くで見守る事ができて、私は幸せ者です」

二人で笑い合った。

「さて」

レナが部屋を出て、マリーヴェルは一人になった部屋で腰に手を当てた。

今日は何から始めようか。

十歳になった自分は、少し特別なような気がした。

大人の仲間入りをしたような、そんな気もする。

だってアルロとは、四歳差。

ほんの一か月程度の間だけど、年の差が縮まる。

「来てくれるかな・・・」

授業がないから、明日はアルロも休日ね、と昨日のうちに言っていた。

期待しちゃいけないけど。

でも同じ屋敷にいるんだし。

わざわざ会いに来て、誕生日おめでとうって、言ってくれたり、しないだろうか。

去年のアルロは、誕生日当日には会いに来なかった。翌日のいつもの授業で会った時に、真っ先に言ってくれたけど。

アルロはしっかりとした用事がないと二階には来ない。本当は後見人となった時に、使用人の部屋からこっちの空き部屋に移ってはどうかと言ったのに、アルロが頑なに遠慮した。アルロの中で、そこには明確な線引きがされているようだった。

「今日も会えるといいな・・・」

どこに行けば会えるのかは分かっているけれど。

おめでとうを言ってもらいに会いに行くのって、なんだか欲しがりだし負担な気がして。

マリーヴェルは部屋の中を何度か行ったり来たりして、結局いつも通りに朝食のダイニングへ向かった。