軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.お見舞い

「まぁた、ここにいる」

部屋に入るなり、エイダンは呆れたような声をあげた。

アルロのお見舞いに来たら、ベッド横には椅子に座ったマリーヴェルがいた。

ベッドに座っていないだけましだ。あまりにもべったりだから、注意したのが、昨日。

「今日の課題はおわったもーん」

そう言いながらマリーヴェルは花瓶に花を生けていた。

「まったく。——はい、アルロ、お土産。なんか、栄養が多いらしいよ」

温室から摂ってきた実を手渡す。

エイダンも毎日様子を見に来ている。昨日よりは顔色が良さそうで少しほっとするが、それでも一回り痩せたような気がする。

そう思って高栄養だというフルーツを二つほどもぎ取って来たのだ。

「あ、ありがとございます」

「リンゴみたいに皮ごと食べて。それで、どう?調子は」

「今日は歩けました」

「だめよ、まだまだ安静に、って治癒師は言ってたわ」

「ちょっとずつ動いた方がいいんじゃないか?体がなまるだろ」

マリーヴェルはガン、と花瓶を置いた。

「とんでもない!見てよ、この頬!」

「・・・・・・」

マリーヴェルが指さすのは、アルロの真っ青になった頬。エイダンが気まずそうな顔をする。

「アルロの綺麗な顔がこんなになっちゃって・・・」

「いや、でもまあ、顔怪我してても、体は動くだろ」

マリーヴェルが更に信じられない、と目を丸くした。

「何言ってるの?口の中も切れて、食べるのも、水を飲むのだって痛いのよ。口の中はまだものすごく腫れてるんだから!」

マリーヴェルの台詞にアルロが赤くなってるのを見て、エイダンがさっと眉を寄せた。

「マリー?もしかして、アルロの口の中を毎日確認してるんじゃないだろうな」

「当然でしょ?悪くなってないか見ないと」

「・・・・・っと、当然じゃないでしょ!」

なんてことを言うんだ、とエイダンが思わず声を荒げる。

「アルロもアルロだよ。嫌なことは嫌ってちゃんと断らないと」

「は、はい・・・」

「アルロ、嫌だったの?」

マリーヴェルがショックを受けて唖然としている。アルロは慌てた。

「い、いえ、嫌と言うわけでは・・・でも、その。お見苦しいものをお見せしては」

「そんな事——」

「とにかく!」

エイダンは前のめりに白熱するマリーヴェルの腕を引いた。アルロと近いのが気になったのだ。

「 淑女(レディー) がやることじゃないからね。そういうのは治癒師の仕事なんだから」

「・・・はあい」

比較的素直に言う事を聞いたという事は、マリーヴェルもまずかったと思っているのだろう。

やれやれと思いながらエイダンはアルロの頬に手を伸ばした。

「——母上の治療を断ったんだって?」

「あ、はい」

「マリーがうるさいから治しとくよ」

「えっ・・・」

アルロが返事をするよりも早く、エイダンの手から魔力が放たれた。

みるみるうちにアルロの頬が白さを取り戻し、痛々しかった顔はすっかり綺麗に治った。

呆気に取られているアルロにエイダンは肩を竦めた。

「僕も光の魔力持ちだからさ。——闇の魔力と相性が悪いのかな。アルロの治療は魔力をごっそり持っていかれるね」

「も、申しわけ——」

「いや、僕のつけた傷だからさ」

アイラは殴って、と言ったが、あれは光の魔力をぶつけろという意味だった気がする。物理的に、身体強化を込めてまで力を入れて殴りすぎた。骨が砕けなかっただけ上等だ。

「傷は治っても、体力回復したわけじゃないから。無理はしないでね」

体力を回復するためにも、しっかり食べられるようにならないといけないだろうから。

「ありがとうございます」

いいなあ、とマリーヴェルが小さく呟いた。エイダンがそっとその頭を撫でる。

自分も光の能力者なのに、大好きなアルロを治してあげられなくてもどかしい思いなのだろう。

「——あ、僕が光の魔力持ちだって事は公然の秘密と言うか・・・あえて公表してないんだ。ペンシルニアの皆は知ってるけどね。陛下も見て見ぬふりしてくれてて」

「はい」

目の色もすっかり金になったし隠すほどのものでもないのだが、公にはしていない。学園でも基本的には土の魔力で修練していた。

色々な軋轢、つまらない小競り合いを避けるため、だそうだ。光かもしれない、くらいにしておこうというので、のらりくらりと今日まで来ている。

面と向かってわざわざ聞くものもいない。もしかしたらライアスが圧力をかけているのかもしれない。

「じゃ、僕もう行くね。元気そうでよかったよ」

エイダンが出て行くのをマリーヴェルが引き留めた。

服の裾を掴まれて、エイダンが止まる。

「どうしたの」

「あのね・・・」

マリーヴェルが立ち上がり、深々と頭を下げた。

ちょっとびっくりして、エイダンが目を見開く。

「お兄様、ありがとう・・・」

「どうしたの」

マリーヴェルは顔を上げた。常になく神妙な顔をしている。

「アルロを助けてくれて。ありがとう、お兄様」

そう言って、マリーヴェルは目を伏せた。

改まった様子に、傷を治したことを言ってるんじゃないのは分かった。

「私じゃ、何もできなかったから・・・」

いいなあ、とさっき呟いたマリーヴェルの様子が思い出された。

エイダンはわざと肩をすくめてみせた。

「僕も、僕だけの力じゃないからさ」

「でも、お兄様が言ってくれたでしょ。兄ちゃんに任せろ、って。私あの言葉を聞いて、すごく気持ちが軽くなったの」

エイダンは優しい兄の顔でマリーヴェルの頭にポン、と手を置いた。

にいちゃ、と言って自分の後を追いかけていた頃から。いや、エイダンのぎこちない抱っこで泣き止んだ、小さな赤ん坊の頃から。絶対に守るんだと誓ったし、そうしたくてしている。

だから何も気にしなくていいし、これからも守って行くと決めているのだ。

「私では、どうしようもなかったから」

マリーヴェルは悲しそうにまた目を伏せた。

「本当にそうなの?」

「え?」

エイダンはアルロが目を覚ました時の事を思い浮かべた。あの時アルロは、確かにマリーヴェルに反応した。エイダンの力だけで引き戻せたかはわからない。

「アルロ、闇の意識の深淵から引っ張り上げたのはなんだったのか覚えてない?」

問われて、アルロがマリーヴェルを見つめた。

「姫様が、助けて、と言って下さったからです。僕はずっとこの一年、たくさんの方に助けていただいてきました。でも姫様だけは、ずっと昔から、僕に、助けて、と仰います」

あの時の虚な眼が嘘のように、今のアルロの目は光っていた。

「僭越ながら・・・僕にも、できることがあるのだと思えるのは、いつも姫様のおかげです」

「アルロ・・・」

「だからあの時も、助けてという言葉に、絶対起きないとと思ったんです。それに、姫様が触れていたところが、ずっと温かくて。その温もりをもっと感じたいと思ったら、体を取り戻せた気がします」

そんな事を聞いたら。何か言うと泣いてしまいそうで、マリーヴェルは唇を結んだ。

しばらく沈黙が流れる。

「——僕はさ、結果、良かったと思うよ」

エイダンがとん、とマリーヴェルの背中を叩いた。

「アルロに、闇の魔力を内緒にしてって言ってたこと」

「でも、そのせいで・・・」

「うん、まあそうなんだけど」

エイダンは、シンシアらが闇の魔力や瘴気についてずっと調べていたのを知っている。それもかなり本格的に人手を割いていた様子だ。

あの時にアルロが闇の魔力の使い手と分かったら、色々と変わってたんじゃないだろうか。とりあえずマリーヴェルとアルロが今ほど親密にはなっていないんじゃないだろうか。この1年の、あの楽しい時間はなかったかと思う。

なんだかんだ、マリーヴェルはアルロのおかげで成長しているし、アルロもマリーヴェルがいるから立ち直れていると思う。

エイダンにとっても、今日までのアルロとの時間はやっぱり大事でかけがえのないものだったし、これからもそうだと思っている。

それはやっぱり、間違いなくマリーヴェルがその時秘密を飲み込んだからで。正しいかはともかく、これまでの時間はあって良かったと思っている。

「細かいことは言えないけどさ。僕は、良いタイミングだったと思うよ」

マリーヴェルはうん、と小さく頷いた。

それがただの、エイダンなりの慰めなのかもしれない。それでもマリーヴェルからすると、賢いエイダンがそう断言すると、そんな気もした。

「お兄様がそう言うなら、そうなのかも」

「——それはともかく。父上と母上にもちゃんと話したのか」

「忙しそうで、あんまり話せてないけど・・・」

「そりゃ忙しいけど、その忙しい原因の一つを作ったのはマリーでしょ。マリーがこれからもアルロと一緒にいられるように、父上と母上がどれほど難しい決断をしたか、わかるよね」

本当なら、即座に引き離されてもおかしくない。

「うん・・・」

「ちゃんと話してきなよ。マリーのために色々考えてくれてるんだからさ」

マリーヴェルはアルロを見て、うん、と頷いた。