軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23.

「僕は・・・」

アルロはそれだけ言って黙ってしまった。

しばらく待ってから、シンシアはそっと話しかけた。

「あのね。例えばマリーだけど。あの通りの見た目だから、周囲の大人が勝手に期待して勝手に失望して。心無い言葉や態度を取られることも多かったわ。特に学園でのことは、貴方も知っているでしょう?魔力が雀の涙だしね」

「そんな・・・」

「エイダンも、生まれた時はペンシルニア待望の第一子なのに、瞳の色が茶色くて土の能力と思われて。勝手な大人たちに、早く次の子をだとか、マリーが生まれてからは更に、あの子も色々言われたりしていたの」

親がどれほど可愛がっても、たった一人の心無い言葉で深く傷つくこともある。

「でもうちの子達は、そんな言葉に振り回されることなく、自信をもって育ってくれてる——と、思っているの。もちろん思うことは色々あるだろうけれど」

シンシアはわざと明るく言った。

アルロの闇の魔力が人に知られれば、おそらく世間の目の厳しさはその比ではないだろう。

「アルロにもそうなってほしいわね。そのためにどうすればいいのか、私も考えておくわね」

「そ、そんな・・・」

アルロの問題なのに、シンシアが自分に責任があるような言い方をするから。アルロは混乱して何と言っていいかわからなかった。

屋敷の人たちが温かくアルロを見守ってくれているのをいつも感じている。あの誕生日の日、おめでとうと祝われて、生まれてきてよかったのだと、初めて思えた。

それをシンシアの言う、価値ある人間とどうつなげられるのか、まだ答えは出ないから、何も言えない。

けれどシンシアは答えを求める事はなかった。いつも、この人は返事を待ってくれる。

シンシアは気にする様子もなく、今度はじっとライアスを見つめていた。

「・・・貴方は、メンタルが強いのか弱いのかよくわからないところがあるから」

参考になることを言えるのか少し疑問だ。

「そうですね。貴方のことになると自信がありません」

ライアスも真剣に考えているようだった。

「騎士の間では、厳しい訓練を行うことで精神も鍛えられるとされていますが」

「体を鍛えて心もっていう・・・?」

どこかで聞いたような話だ。確かに騎士の皆は心が強い。強いと言うか、鈍くなっているというか。

ペンシルニアの騎士は特に筋肉至上主義なところがあるから、簡単に言えば脳も筋肉みたいになってしまいつつある。

例えば真冬に寒中水泳を強行して凍傷者が多数出たり、痛みに強くなるためにと針の岩山に座って怪我をしていたり。それも笑いながらしているから、シンシアが嫁いできていまだに馴染めない部分でもある。

ライアスは真剣な顔でまだ続けていた。

「厳しい訓練を耐え抜く際は己との戦いですから。それを乗り越えた時、自分はやり遂げたのだと、自信が持てたりもします。そうですね。今度、強化合宿訓練を——」

「ライアス。アルロは騎士を目指しているわけではないですから」

病み上がりの時にする話ではない。

シンシアは話を戻した。

「アルロは昔、シャーン国にいたのね」

「はい」

「7年前の事は、何か覚えているの?」

アルロがごくりと唾を飲むのが分かった。

「その・・・国を出たことも、覚えていなくて・・・ただ、父に言われるままに襲撃に加わり、闇の能力で人を操った事は、なんとなく・・・」

6歳——時期的には7歳直前か。とはいえ、あの人数を。驚異的な力だ。

「無理をしたので、暴走して、闇の魔力が人を二人飲みこみました。父の足もその時」

「そう」

暴走すると攻撃に転じるということだ。飲みこんで消し去ると言うのは随分と恐ろしい能力だ。

シンシアは顔に出さないようにしながら聞いていた。

「あの・・・僕、は・・・犯罪を、犯した人間で」

「——ペンシルニアの法律ではね。未成年の犯罪に対しては、更生の機会を与えることに重きを置いているの。知っているかしら」

「・・・・・はい」

「貴方は主犯でもないし、父親の支配下にあって、逆らえる状況ではなかったわよね」

「・・・・・」

「もちろん、罪は罪だし、犠牲者もいたことだし。なかったことにすることはできないけど。たった6歳の子どもに背負わせる罪ではないと、私は思っているの」

ライアスも一緒に頷いてくれた。

これは昨日、二人の間で話したことだった。アルロに罪はない、そう言い切ってしまいたかったが、簡単に言ってしまってはアルロも納得しないし、しこりが残る。

「大人の方が、一層罪深いわ。罪の意識をまだ知らない子供を使って、犯罪に手を染めさせたのだから」

もう死んでいるとはいえ、思い返すと腹立たしい。

シンシアはレノンを見たことはないが、もっと罪の意識をわからせる形で余生を過ごさせてやればよかったと思ってしまう。でもそれをすればアルロの方が傷ついただろうから、結局正しい最期だったのだろうけれど。

「でも、僕がいなければ・・・起きなかった事件です」

「貴方自身がどう向き合うのかは、 ペンシルニア(ここ) で考えてもらいたいと思うの。でもね、これは、罪悪感を背負って生きてほしいという意味ではないのよ。貴方のこれからの可能性に委ねたいという意味なの」

アルロは分からないといった顔をしている。

何と言っていいか。シンシアは言葉を探した。

「領地や国を豊かにしたり、何かを護ったり。闇の魔力があるからこそ、できることがあると思うの。これからもっと勉強して、それをゆっくりと探していってほしい」

「でも、そんな・・・僕は、怖いです。また誰かを傷つけてしまうんじゃないかって」

「そうね。そう思うのは・・・当然よね」

それでも、頑張ってほしい。

「闇の魔力が瘴気を生じさせるから、暴走するかもしれないからと恐れて殻に閉じこめるようなことはしたくないの。貴方には、それを力に変える術を身に付けてほしい」

難しいことを言っているとはわかっているけれど。

「ペンシルニアなら、私達の側でなら、それができると思うの」

生まれ持ったもので人生を諦めてほしくなかった。

幸い屋敷内は人の目が多い。ペンシルニアに帰属する一人一人が信頼のおける人物だし、一つ屋根の下だからこそ、注意して見守ってやれると思う。

アルロはしばらく胸の辺りを押さえて、考え込んでいた。

「僕・・・」

何と言ったらいいのか、うまく言葉にはできなかった。胸が熱くなったのは、エイダンに殴られ、マリーヴェルに助けてと縋られた時と同じだ。

「役に立ち、従順で——魔力なしの人間でなければいけないと思っていました」

父親から言われ続けた言葉は、澱のように身体中に溜まっていた。

「でも。汚くても、不吉でも——怪物のようだった僕でも、一緒にいたいと言って下さいました。きっと僕が怪物でも、平凡でも、同じことを言ってくださったと思います」

それを思うと今でも胸が熱くなって、涙が出そうになる。

「僕は、そのお言葉を大事にしたいと思います」

「ええ・・・そうね」

自分の事はまだ自信が持てなくても。

大切な人の言葉を信じてくれるのなら、きっと自分を大事にできるだろう。

伝えたい事は伝えた。

ライアスがところで、と切り出した。

「闇の魔力については、まだ皆には内緒でいてくれ。もう少しこちらで調べてから、今後どうするかを決めたい」

「はい。——あの、僕、仕事は・・・」

「今まで通り、ゆっくり休養したら侍従に復帰してもらうわ。家庭教師の先生も決まったし」

アルロは驚いているようだった。

「期待しているわよ、アルロ」

思ったより長く話してしまったので、ライアスとシンシアはこれくらいで立ち上がった。

もうすぐお昼ご飯の時間なので、タンに後を託して部屋を出た。

マリーヴェルにも、部屋で待っているように言っているから声をかけてやらねばならない。

シンシアとライアスはその足で共に執務室に入った。

黙ってライアスを見上げれば、ライアスはいつもと変わらない顔をしていた。

「大丈夫でしょうか。これで・・・」

一番の懸念は、ペンシルニアの安全が、守られるかどうかだ。

とりあえずは元の生活を、という事を二人の間で決めていたが、思い返すと不安が頭をもたげる。

「間違いなく闇の魔力で・・・アルロの心次第だなんて」

「大丈夫です」

ライアスはきっぱりと言った。

「魔力感知能力の高いものに注視させます。対処もいくつか分かりましたし」

不安そうにするシンシアの腰を引き寄せて、念を押すようにライアスは見つめた。

「暴走が起こり得るのは、魔力を持つものならば誰にしても言えることです。これが最善だったと思います」

最善、その言葉を選んだのは、ライアスがシンシアと同じことを思っているからだろう。

これまでの情報を統合すると、簡単な答えに行きつく。

——魔王は、アルロなのだろうという事実に。

あまりにも小説とかけ離れた世界になったここで、魔王になるかもしれないアルロがこれからどうなっていくのか、予測はつかない。

何が正解だったのか、きっとそれは終わってみないと分からない。恐れながらも見守るしかないのだと思った。

とにかく迷いに迷って、シンシアは何も決められなかった。そんなシンシアの考える一つ一つに、ライアスがそれで行こうと決断を乗せてくれた。公爵として同意してくれたから、アルロにああ言うことができただけだ。

それでもアルロに話しながら、より覚悟は決まった。

不幸な子供を作り出すようなことだけは、絶対にしたくなかった。

前世、病気のせいでたくさんの未練を遺してその命を終えた時、痛みより苦しみより、悔しくてやるせなくて。だから治癒の力をもって今生に生を受けたのは、何か意味があるのだと思って今日まで来た。

だったら、アルロがペンシルニアにいる意味もきっとあるはずだ。