作品タイトル不明
22.
翌朝。
ライアスとシンシアはアルロの部屋を訪ねた。
アルロは立ち上がることができるようになっていた。
タンが部屋にいたようでノックをするとドアを開けてくれた。二人の姿を見て、アルロはベッドから急いで立ち上がり、そのまま床に座って両手をついた。
「——まあ、アルロ!何してるの」
シンシアが驚いて駆け寄る。アルロは頭を下げたまま動かなかった。
「ご迷惑をおかけしました」
やっと少年らしい体つきになって来たと思っていたのに、この数日でまた痩せたんじゃないだろうか。
細い肩が頼りなく見えて、起こそうとするも頑なに動かない。シンシアは困ってライアスを見上げた。その視線を受けてライアスがアルロをやにわに抱き上げた。
急に抱き上げられて、アルロは驚きすぎて固まっている。
両脇を手で支えられて、ぶらりと抱き上げられた猫のように無防備なまま。手足をぶら下げて、目も口も開いたまま固まった。
「——うん?軽いな」
ライアスは独り言のように呟いてアルロの体をベッドに乗せた。
ふわりと下ろされて、アルロはまだ驚いたまま固まっていた。
「まあ、ライアス。アルロが驚いちゃっているわ。アルロ、びっくりしたわね。大丈夫?」
「——は、え、あ、はい」
答えてから、アルロの耳が赤くなっている。
14にもなって抱き上げられたのが恥ずかしかったのだろうか。それともライアスに抱き上げられたせいだろうか。
人との接触に慣れてないのだから気を付けてと言いたかったが、確かにそうでもしないとアルロは起き上がらなかったかもしれない。
「色々と話を聞きたいのだけど、しんどくなったらすぐに言ってほしいの」
アルロは覚悟していたようで、黙って頷いた。
タンが椅子を二つ持ってきてくれて、ライアスとシンシアはベッドに座るアルロの向かいにそれぞれ腰かけた。その後タンも出て行って、部屋には三人だけになる。
顔色は悪くなさそうだった。
「体調はどう?動けるようになったのかしら」
「はい。少し体が重いくらいで、もう大丈夫です。今朝から食堂へ行きました」
「ご飯は、食べてる?」
「はい」
あまり食欲はないようだと聞いているが、それでも何とか食べているようだ。
「マリーから聞いた話では、闇の魔力を使えるようになったのはハギノル湖での出来事がきっかけだったんですってね」
「・・・はい」
責めているわけではないのに、アルロはどんどん小さくなっていく。
「倒れたというのも、急に力を使った反動だったのね。危険を冒してまでマリーを助けてくれて、本当にありがとう」
無理に魔力を引き出すのがどれほど危険な事か、学園に通っていたのなら知っていたはずだから。
アルロは必死で首を振った。
「あの・・・ずっと、もう使えなくなったと思っていたんです。でもここに来て少しして、魔力が戻って来た気はしていて。引き出さなければいいと思って・・・黙っていて、申し訳ありません」
「魔力というのは、枯渇してもいずれは元に戻るものだ。ただ、生命維持が優先されるから、普通に成長できていないうちはまた満たされるという事がない。ここに来て食事を摂るようになって、ようやく戻ったんだろう」
確かに、ペンシルニアに来る前のアルロは食事もまともに取れていなかった。成長期に必要な栄養が不足していたから、成長すらままならなかった。魔力を貯めるどころではなかったのだろう。
「ハギノル湖で魔力を使った時・・・いえ、ここで雇っていただく時に、ちゃんと、お話しするべきでした。申し訳ございません」
アルロはまた深く頭を下げた。
どうしたものかとシンシアはライアスと顔を見合わせた。
「難しかったわよね。貴方はマリーヴェルの侍従で、マリーはあの通り・・・なんていうか、支配的というか、暴君気質だから」
アルロは首を振った。
「違います。言わないと決めたのは、僕です。——ペンシルニアに雇っていただいている身で。こんな大事になるかもしれないって、ちゃんとお話ししておくべきでした」
「瘴気の事は知らなかったでしょう?」
アルロの顔を窺えば、すっかり血の気を失ってしまっている。今回の事はもう聞いているのだろう。
「——闇の魔力を持つものは、周りを不幸にするって言われています。僕はそれで母に捨てられました。きっと、これの事だったんです・・・」
「うーん・・・」
シンシアは何と言ったらいいのか、悩んだ。
今回の出来事は確かにアルロが引き起こしたことだ。
自分のせいで多くの負傷者が出て被害があったと思ったら、それは自分を責めて当然だろう。それを気にするなとは言えないし、言ってはいけないとも思う。だが、それはこの14の子供が、一人で背負うべきものなのだろうか。
「アルロ。とりあえず・・・そうね、謝罪を口にするのはもうこれで最後にしましょう」
アルロの前髪の隙間から、黒い瞳がシンシアに向けられる。
「貴方はまだ子供なの。私達ペンシルニアの保護下で育てられている子供だから。貴方によって起きた被害の責任は、貴方ではなくて私たちが負うべきものよ。——ただ、そうね。マリーに何を言われても、貴方の雇い主はペンシルニアだから。相談してほしかったわ。マリーに誠実であろうとするのなら、内緒にしてと言われた時に、それはできませんと、貴方は断らなくてはいけなかった」
「・・・・・・はい」
アルロは暗い声音でそう言って、また下を向いた。
重い沈黙が流れる。
シンシアはどうしたものかとライアスを見つめた。
ライアスは懐から魔道具を出した。
「では、取り敢えず魔力測定をしようか」
唐突だった。でもまあとにかく魔力について知らないと話が進まないのも確かなので。シンシアはライアスに任せることにした。
「ここに手を当てて」
「は、はい」
小さな箱のような魔道具だった。ライアスが差し出した掌に乗るほどの大きさだ。
神殿から借りてきた物だ。持ちだし禁止だが、そこはペンシルニアの権限を行使した。
シンシアは見方が分からないのでライアスに任せる。
ライアスは魔道具をのぞき込んでいるが、表情が動かないので何を考えているのかわからなかった。
「——もういいぞ」
言われてアルロが手を放す。
「どう?」
「測定不可です」
「えぇー・・・」
あまりにもあっさり言われて、シンシアは思わず声を上げてしまった。
この魔道具を借りるのに神殿に散々渋られて、それでも何とかそれっぽい理由をつけて借りて来たのに。何も分からないとは。
「闇の魔力には使えないのでしょうか」
「いえ、測定不能なほど魔力量が多いという事です。測定不可となるのは、全く無いか、針が振り切れているかのどちらかです」
「よくある事なのですか?」
だとしたらあまり使えない道具だ。
「いえ。魔術師団長のヨシファと・・・エイダンもでした」
「え、エイダン?でも子供の時検査した時には——」
「はい。使ってみたいと言うので、先程試しに測定してみました」
魔力量は生まれた時からほとんど変わらないと言われているのに。エイダンは増えているらしい。
「かなり珍しいケースですね。エイダンは少し雑なところもあり、あまり効率のいい魔力の使い方をしないので、多いような気はしていました。二属性になったのも途中からでしたし」
勇者になる予定の人間だから、その辺は特別な何かがあるだろうか。
「エイダンも驚いたでしょうね」
「どうでしょう。よし、と叫んでました」
シンシアは思わず噴き出した。まるで勝負に勝った時のように、無邪気にガッツポーズをしている姿が目に浮かぶ。
まだまだ子供らしいところがあるエイダンに少しほっとする。
今回、ライアスと同じようにワイバーンを倒したと聞いている。本人は色々と課題が見つかったと言って、より一層訓練に精を出しているけれど。
「では、魔力の質の方はどうですか?」
「そちらも同じく分かりません。この道具は闇魔力を感知できないので、測定不可という事は闇なのでしょう。他の属性ではないようです」
なるほど。役に立つのか立たないのか分からない道具だ。
心配そうにするアルロにシンシアはできるだけ優しく話しかけた。
「闇の魔力については、色々手を尽くして調べているのだけれど分からないことが多いの」
アルロの手がぐっと握りこまれる。
「人や獣を操るということしか、今までは知らなかったんだけど。今回、瘴気を生じるというのが分かって。アルロの中では、どんな感じ?」
「僕・・・わかります。瘴気が、どうなったら出てしまうのか」
出てしまう、と表現するという事は、不可抗力だったのだろう。
「今回、エイダン様になぐ——魔力を注いでいただいて、抑え方も分かりました」
アルロの唇は切れてかさぶたになって、まだ痛々しい大きな青痣が残っている。
話には聞いていたが、息子のつけた傷を見ると言うのは、何ともいたたまれない気持ちだ。必要な措置だったとは聞いているが、それにしてもひどい。
治してやりたいのに、アルロには固辞された。これも頑なだ。確かにアルロの治療には魔力を多く消費するので、目の前で治癒してあげても倒れたりなんてしたらそれこそ一生気に病んでしまいそうだから、無理強いはしていない。
「瘴気は制御できるのね」
「はい。感情のままに、不安を押し殺しているというか、どす黒い気持ちを・・・見て見ぬふりをしていると、漏れ出してしまうような。口で説明するのは難しいのですが。——でも、それじゃ駄目だって意識すれば、気持ちに乗せて魔力を流すようなことはありません。今は少し努力が必要ですが、慣れればもっとうまく自然にできると思います」
それは朗報だった。思わずライアスと頷き合う。
瘴気を制御できるのであれば、とにかくすぐに何か対策を講じなくてはならないという事はない。最悪アイラと過ごしてもらわないといけないかと思っていたから、これは本当に良かった。
「心に依る所が大きいのね」
それは、訓練でどうなるというものでもない。難しいと言えば難しい事に思われた。
シンシアは、小説の中での世界線を考えた。
ペンシルニアが崩壊し、マリーヴェルが生まれていなければ。そもそも誘拐事件は起きていなかっただろう。
そうしたらシャーン国で、アルロはずっと父親に虐待されながら暮らしていたのだろう。闇の魔力であることは知られていたから、無理に力を使わされたりして。——そうして、暴走したのだろうか。
「浄化をした子、アイラって言うんだけどね。彼女が言っていたの。瘴気は普通、生み出されたら直ちに広がっていくはずなのに。アルロは意識がない中で、それを全て取り込もうとしていたんですって」
どうしようもないながらも、瘴気で誰かを傷つけるんじゃなくて、自分を消してしまおうとしてたんじゃないか、ということだった。
まあ、その結果瘴気に飲まれて魔物みたいになりそうだったらしいが。
「ここに来た時からの、貴方の宿題だったわね」
ボロボロでやせ細った、今にも死んでしまいそうだった子供で。自分が生きていたら迷惑を掛ける、自分はどうしようもない人間だと信じ込まされていた。
「自分が無価値な人間だって、まだ思っているのかしら」
シンシアはできるだけ淡々とした口調でアルロに尋ねた。