作品タイトル不明
18.アイラ頼み
裏の城門からひっそりと出発することにして、エイダンは装備を整えていたゲオルグとタンに声をかけた。
鎧は身につけず、革でできただけの軽装備でいくことにした。城から新しい剣をもらいそれを身につける。
「坊ちゃん、正気ですか」
裏門なので人気はない。エイダンは用意された馬の装備を確認しながら顔をしかめた。
「何、ゲオルグまで坊ちゃんって」
「子供じみたことをいうから、坊ちゃんに逆戻りなんです」
「何それ・・・」
エイダンはやれやれと無視した。これ以上取り合っても反対されるのは分かっていた。
ゲオルグの視線の先には、タンに手伝ってもらいながら支度をしているマリーヴェルの姿があった。さっきエイダンが手を引いて連れてきた時には、流石のタンも驚いていたが、今は一緒に準備を進めてくれている。
乗馬用の服に着替え、髪もまとめ上げて帽子の中に入れている。遠目には男の子に見えなくもない。
「公爵様のお許しは本当にあったんですか?」
「言ったでしょ。僕達に任されたのは、アイラに情報を聞きにいくこと、以上」
支度を終えたマリーヴェルとタンが側までやってきた。
「よし、出陣前でバタバタしてるから。このどさくさに紛れてさっさと出発しちゃおう」
「ほら、どさくさって言ってる。やっぱりだめなんじゃないですか!」
「別にだめとは言われてないよ」
連れて行くと言っていないだけだ。
「俺は見直してたんですよ。命令は絶対。騎士たるもの、個よりも全を考えて動く。強くなるとどうしても自分の力を過信して、突進したりしがちなのに、エイダン様はちゃんとそれが分かってるって」
「あー・・・僕まだ騎士になってないから」
ゲオルグが唇を尖らせた。中年男性がそういう顔はあまりしない方がいいと思う。
「僕もいつもゲオルグから学んでるよ」
命令の中でどうすれば自由に動けるか。援護すると言いつつ一番効率のいいワイバーンの倒し方を選んだところとか。
わかってる、危険なことを一人でしないと誓った自分からすれば、これは相当危うい。
——でも。
だって僕は、お兄ちゃんだから。マリーヴェルの泣き顔に、何とかしてあげたいと思ってしまったんだ。
それからアルロのことも。
手紙を見て真っ先に思ったのは、アルロの心が壊れていないか、その心配だった。
どんな思いで隠していて、——いや、どこまで知っていたのか。そして、それを知ってどれほど傷ついただろう。
まだ一年しか一緒にいないけど、あいつはすごい奴だって思う。
どんな逆境にあっても、腐ることをしなかった。傷つけられているのに、相手じゃなくて自分を責める奴だ。それを弱いからだって本人は思っているけど。
それは強さだと思っていた。
父親と決別した日から今日まで、一度も父親が悪いなんて言わなかった。自分にもっとできることがあったはずなのに、とすら言っていた。
ああいう性格だから、マリーヴェルの我儘に真正面から向き合って、更には勉強させたりできるんだと思う。
マリーヴェルは鋭いところがあるから、アルロのそういう、なんていうか綺麗な所に安心して、信頼できるんだろう。
ゲオルグがまだぶつぶつ言いながら、馬に乗った。
「反抗期ですかねまったく・・・」
まるで親のようない言い方をする。もっとも、騎士団の皆はエイダンの事を小さい時から知っているので時折親や兄のような気安さで話してくることはある。
「ゲオルグだって、アルロが心配でしょ?」
「いや、そりゃそうですよ。助けてやりたい。でもそれにお嬢様を連れて行く必要はないでしょうって言ってるんですよ」
「アルロは僕が説得しても帰って来ないよ」
「そんなもん、ふん縛って連れてくりゃいいんですよ」
でも、アルロは闇の能力者だから。
エイダンはその言葉を飲み込んだ。闇の能力については、慎重にとライアスからも言われている。言われなくても重々承知している。
魔力無効の魔道具はあるが、それが闇に効くかどうもわからない。闇の魔力の事を事前に伝えていなくても、この二人なら臨機応変に動いてくれるという信頼もあった。
アルロを見つけてその力を使われたら、自分に跳ね返せるだろうか。魔力の衝突だから、それ以上の力で跳ね除ければいいと聞いたけど、それはお互いにとってリスクが高い。
でもきっとマリーヴェルの言うことなら聞くだろう。
まあ、それもこじつけみたいなところは、確かにある。
エイダンは放っておけなかっただけだ。いつもは我儘放題のマリーヴェルが、色んな言葉を飲み込んで不安に押しつぶされそうになっているところを。
だから、一緒に探しに行こうと言ってしまった。
驚くマリーヴェルに、何でもないことのように言ったのだ。
——僕はワイバーンの首も落とせる。三体も倒したんだよ。マリー一人くらい守ってあげられるよ、と。
甘いよな。分かっている。自分はとてつもなく、マリーヴェルに甘い。普段マリーヴェルに口うるさく説教している立場で。
支度を終えて、タンとマリーヴェルが側まで来る。
「マリーは僕と乗る?」
マリーヴェルは緊張したままの顔で頷いた。
いつも乗っていた愛馬は休ませている。城に借りた軍馬はかなり大きかったので、先にエイダンが馬に乗ってマリーヴェルを引っ張り上げた。タンが下から支えてから自分の馬に乗る。
「とりあえず、まずはアイラに会いに行くから。アルロはその後で、一緒に探そう」
「俺が探してきますけどねえ。坊ちゃんと嬢ちゃんは戻っててくれた方が」
ゲオルグがまだ言っている。エイダンはそれを無視して 舌鼓(ぜっこ) を鳴らし、馬を歩かせ始めた。
なんだかんだ、絶対駄目だとは言わないから、何とかいけると思ってくれてるんじゃないだろうか。
「分かってるよ、ゲオルグ。無理はしないから。危険だったらちゃんと考える」
「ゲオルグ卿。お願い」
マリーヴェルが必死の形相でゲオルグを見つめた。初めて見る表情にゲオルグもグッと反論できなくなる。
「——その時は、お許しいただけるのなら、私が探しに行きます」
珍しくタンが口を挟む。タンもアルロの捜索には積極的だ。味方がいないのを察してゲオルグは口を閉ざした。
四人はひっそりと裏の城門を潜った。
こんなに大切に思われてるんだぞ、アルロ。
それを教えてやりたい。
エイダンはアルロの顔を思い浮かべた。悲しそうにしている顔ばかりだったのが、最近よく遊ぶようになって、笑顔もたくさん記憶に残っている。
あたりはすっかり夜の闇に包まれていた。街の明かりを頼りに一向は馬を走らせた。
一行は暗闇の中、葡萄亭近くの水路へ向かっていたが、そこへ到達するまでもなかった。
戒厳令により、辺りは不気味な程ひっそりとしている。
王都の街の人々は息を潜めて、様子を伺っていた。
時折騎乗した騎士が見回りために駆け抜けるだけ。ゲオルグとタンがペンシルニアの騎士のマントを身につけているから呼び止められることはなかったが、基本的に人の外出は制限している。
それなのに、街道を駆け抜けていると一人の影がこちらに向かって手を振っていた。
「——と、止まって!」
エイダンが慌てて停止の合図を送る。
アイラだった。
珍しくズボンを履いている。たった一人で、ひっそりと道の端に立っていた。
髪が少し伸びて肩の下あたりになっている。相変わらず硝子のような綺麗な目が、夜なのにきらりと光った気がした。
エイダンは驚いて、手綱を隣のタンに預けて馬を降り、駆け寄った。
「アイラ!どうしたの!」
「そろそろ会えるかと思って」
「あ、あのさ・・・えっと・・・久しぶり」
春に別れて以来、久しぶりの再会だ。こんな非常時だというのにそんな挨拶をしてしまって、何を言ってるんだ自分は、と後悔する。
けれどアイラもニコリと笑って答えてくれた。
「久しぶり、元気だった?」
「うん・・・アイラは?」
「大丈夫だよ。ずっと隠れてた」
「みんな、無事・・・?」
「街のみんなは大丈夫だよ」
街があちこち潰れて燃えたことを考えると、かなり奇跡的な事だろう。もしかしたらアイラが事前に何かしてくれたのかもしれない。
街の子供達の顔を思い浮かべて、エイダンはほっとした。
ほっとして辺りを見渡すと、向こうの方に、松明の灯りが延々と続いているのが見えた。
おそらくその先頭には、ライアスがいる。
王都のメイン通りを粛々と、王国軍が王都外へ向かって進軍している。
エイダンは唾を飲み込んだ。時間がない。もうすぐ戦闘が始まる。
「——この、空気さ」
「うん。あの時と一緒だね」
アイラはすぐに察してくれた。
「これのせいでワイバーンが来たの?」
「多分。引き寄せられてきたみたい。何かしてやろうってわけじゃないんだよ。猫がネズミを追いかけるのと一緒で、物を壊して人を喰うのが、単純に本能だから。この黒い気に引き寄せられてきて、ただ暴れてるだけ」
「黒い気・・・」
「何て言うかは分からないんだけど」
これが瘴気というやつなんだろうか。
シンシアの言葉を思い出す。
——魔王が現れ、植物は死に絶えた。瘴気が満ち、人は病に、獣は魔物に。
「この気が満ちたらどうなっていくと思う?」
「うーん・・・獣が暴れ出す?それから、ワイバーンみたいな、普段人目に触れない魔物みたいなのが増えて・・・」
「人が病気になったり」
アイラは少し考えた。
「・・・かも?わかんない」
「だよね」
そこまでわかれば苦労はない。
「それで・・・浄化しに出てきたの?」
何でここにいるの、とか、戒厳令があるのにどうやって出てきたのとかの問いが、アイラに無意味なのはもうこれまでの付き合いでわかっているから。
エイダンはただ手伝うだけだ。もしアイラがリヴァイアサンの時みたいに浄化してくれるのなら、それこそ、これで決着がつく。
しかしアイラはうん、とは言わなかった。
「できるならとっくにやってるんだけどね」
アイラは困ったように笑った。