軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19.

アイラをどれほど頼りに思っていたのか、思い知らされた気分だ。

アイラのセリフに頭を殴られたような衝撃を感じた。

「・・・で、できないって・・・こと?」

「うん。だから、待ってたの、エイダンを」

アイラの目は諦めていなかった。その眼差しに少し救われる。

「この黒い気、ここでいくら浄化してもどんどん湧き上がってくる。根源を断たないと私の方が力尽きちゃうし、意味がない」

「根源・・・それって」

「街の外れにあるみたい。だから、そこに連れて行って欲しい」

エイダンは思わず身を乗り出した。

「もちろんだよ。僕の方こそ。アイラ、お願いします。君のことは、絶対に守るから」

エイダンはマリーヴェルらを振り返った。みんな馬上のまま、エイダンの指示を待っている。

「何とかなるかもしれない!マリー」

手を伸ばしてマリーを馬から下ろす。

青白い顔が夜闇の中で一層頼りなくなってる気がする。エイダンはその両肩を掴んだ。

「マリー、もしかしたら、この瘴気の源に、アルロがいるかもしれない。だから、一緒に行こう」

「え、ど・・・どういう・・・」

「ワイバーンを呼び寄せる、この重苦しい空気を瘴気って呼んでるんだけど」

マリーヴェルは瘴気を感じていないかもしれないが。

そう思ったら、マリーヴェルは首の後ろを撫でながら少し辺りを伺うようにしていた。

「瘴気って・・・この、ピリピリしたやつ?」

「——ピリピリする?」

「うん。お城では大丈夫だったんだけど。すごく嫌な感じ。ここがぞわぞわ・・・ジリジリ、しない?それで余計、不安な・・・どんどん膨らんでくるような・・・」

エイダンも肌が過敏になって神経がピリつくような感覚を感じる。

マリーヴェルは魔力が少なくても光の属性だから。闇を感知する力はあるのかもしれない。城には結界があって瘴気を感じにくくなっていたのもその通りだ。

だとするとやっぱり瘴気はアルロから出てるのかもしれない、とエイダンは思った。

「アイラはこれを浄化できるんだ。——あ、これ内緒ね」

ゲオルグもタンも知っているし任務中のことを口外はしないが、ここは外だから。念のため小さな声で言う。

「源に・・・なんでアルロが。アルロの場所、なんで・・・」

「僕も予想だから、絶対じゃないんだけど。いたら 幸運(ラッキー) 。いなくても、根源を断てばワイバーンはいなくなる。そしたら大々的に捜索できる」

マリーヴェルの瞳がエイダンを見返した。希望の光が差したようだ。

「でも、マリー。もし本当に、そこにアルロがいたら・・・もしかしたら、マリーとアルロは離れないといけないかもしれない」

「何で・・・」

「アルロがいるってことは、闇の魔力が、瘴気を生み出すってことだから」

アルロの意思によるものか、制御できるものなのかもまだ分からない。

マリーヴェルは一瞬考えたようだった。それでもいつもの強い意志の宿った眼が戻っている。

「構わないわ。私の側でなくても、アルロが無事だってわかるなら」

自分の我儘で、側にいてほしくてアルロに嘘をつかせた。今度はちゃんと、アルロの望む形で、その人生を護れるのなら。

マリーヴェルはアイラに向き直った。

「よく分からないけど・・・アイラ」

マリーヴェルは頭を下げた。

「よろしくお願いします」

「うん、頑張る」

アイラはあっけらかんと腕をめくって見せた。

エイダンはゲオルグを見上げた。

「——聞こえた?」

「聞こえましたけど・・・街の外に出るんですか?」

どうだろう、と思いアイラを見ると、アイラの視線は遠くの空を見つめていた。こういう時、アイラの目はきらりと光っているように思う。

「——多分、外だね。街を出たすぐそばの、森の入り口くらい」

森の入り口なら、街を出てすぐだ。

軍隊は街の北にある正面入り口と、東門に展開している。ワイバーンがそちらから来ていると情報があったから。正面にライアス、東門は王国副団長のアイザックが兵を率いているはずだ。

「ワイバーンがいないことを祈りましょうか」

意外にもあっさりとゲオルグは了承してくれた。それが意外で、エイダンはまじまじとゲオルグを見た。

「——何です」

「いや、反対するかと思って」

「俺も、半分くらいは勘を大切にすることにしてるんでね。そのおかげで今日まで生き残って来れたので」

ゲオルグはちりちりになった髭を撫でた。

この男はライアスと共に戦争を経験している。髯を伸ばしているのは古傷を隠すためだと、以前聞いたことがあった。

「ゲオルグの勘では、この少人数でも行っていいって?」

「一刻も早く、そこにいく方がいいかもしれないと思ったんですよ。少人数は不安ですし、お嬢様を連れてと言うのも、大いに、大いに心配ですがね——タン」

「はい」

タンは声をかけられて、マリーヴェルに手を伸ばした。両手でマリーヴェルを抱き上げ、鞍に跨らせる。

エイダンはアイラと一緒に馬に乗った。

「——最速で駆け抜けましょう。エイダン様と俺が先頭に並びます」

「わかった」

ゲオルグとエイダンの後ろにタンが続く。

遠くに戦闘の開始を知らせる鐘の音が鳴っている。

それに急かされるように、暗闇の中、一行は馬を走らせた。

街を出てすぐ目の前に森がある。

そっちに近づくにつれ、息がしにくいほどに瘴気が濃くなっていた。

エイダンは口元を押さえながら馬を走らせたが、目に見えるものでもないし、それで防げるものでもなかった。ただ、どうしても息苦しくて、自然とそうしてしまう。

街を出ると灯がなくて、闇に包まれている。それぞれ火は持っているが、いつもより照らす範囲が狭いように思う。

そもそも夜に移動をするものじゃない。街であれば少なくとも歩けるだけの灯はあった。王都を出たら途端に真っ暗になるから、走らせていた馬も今は並足になって慎重に進んでいる。

エイダンは目を凝らした。

「——見える?」

この中ではタンが一番夜目がきく。尋ねるとタンは森の方に目を凝らした。

「・・・あそこ、闇が、うごめいていませんか」

言われてみるとそんな気もする。

何となく誰からとも無しに馬を止めた。

タンの指した一点に、黒く塗りつぶしたような闇が、僅かに空気の流れのように動いているような気がする。

「アルロ!!」

マリーヴェルが叫んで、馬からすべり降りた。

「あ、お嬢様・・・!」

タンも慌てて降りて、今にも走り出しそうなマリーヴェルを引き止める。

「マリー。見えたの?」

「声がした!」

「え・・・何か聞こえた?」

エイダンの問いに、皆首を振った。

「アルロの声よ。呻き声、苦しそうにして——」

瞬間。

恐ろしい、地面を揺らすような低い獣の咆哮が聞こえた。

「な、なに・・・」

ワイバーンとは違う。そこまでは大きくないが黒くてもぞもぞと動く、よくわからないものがこちらに向かって来るようだった。

アイラが馬から降りた。

「あの黒く淀んだところ。エイダン、光で切れるかな」

「えっ、光で?」

「うん、光を放つの」

光の魔力は練り上げて怪我を治す。人や動物に向けて放ったことはあるが、無機物にただ放ったことはなかった。

炎や土と違って具現化するようなものでもない。空中に向けて放っても、普通なら何の変化も見られない。

——でも、あれが闇の魔力の具現した物なのだとしたら、それを光で打ち消せるのだろうか。

エイダンは試しに一筋の魔力を森に向けて放った。

空気をすうっと切り分けるように、光が通り抜けていく。光の軌跡のようなものが可視化されていたが、やがてその光も闇に飲まれて消えた。その時にもぞもぞと揺らめくものが見えた気もする。

「何か・・・見えた」

「あそこ、地面に塊が」

タンが指を指したところに向けてエイダンは今度は巨大な魔力を放ってみた。

決して眩しいほどではないが、柔らかな光が闇を蹴散らすように広がっていった。

光では闇は消えない。弾き返すだけだ。

しかしそのおかげで、森の入り口に無数の影がうごめいているのがよりはっきりと見えた。

「——あれは・・・?」

なんの形、とも形容しづらいものの集団だった。紙にインクをこぼしたような、もやもやとした狼より少し大きい物。それが無数にこちらに近づいてくる。足が6本くらいあるから、獣より早いように思う。

「魔物と言うなら、ああいうものの事を言うんじゃないでしょうかね」

底知れぬ、嫌な気のする も(・) の(・) 。

ゲオルグが剣を抜いた。左手にたいまつ、右手に剣を持っている。どうしようか迷っていたエイダンも、遅れて同様に剣を構えた。

その得体の知れない集団は、それぞれに意思を持っているもののようだった。

「こっちに向かってきます」

タンがそっちを見ながらマリーヴェルを背後に庇った。

「いくぞ!」

エイダンの合図に、三人が駆け出す。とにかく魔物を切り倒さないと、その向こうにも行けない。

ワイバーンも巨大で厄介だったが、この魔物も相当厄介だった。

闇の中で素早い動きで襲い掛かってくる。

人でもなく、獣でもない動きは予測がしづらい。幸い、剣で切ることはできた。

赤く光るものが複数あるから、どうやらそれが目のようだった。それを目印にすれば比較的斬りやすい。斬った感触は、獣とそう変わらない。ただ魔物は息絶えると、またすうっと闇に溶けてなくなるようだった。

四方八方から襲い掛かってくるものを、エイダンは次々に切り落としていった。

さほど強い相手ではない。数が多いだけだ。

斬りながらどんどん進んでいった時。

森の入り口にうずくまる人影を見つけた。

「アルロ!!」

エイダンは叫んだ。黒い髪が見えた気がしたから。

遠いからだろうか。それとも、闇に眼が慣れすぎたからだろうか。

エイダンの叫びにその人影がゆらりと動いたように見えた。人だと思ったそれは、今まさに斬り続けている魔物たちと同じ、ゆらゆらとした黒いもので覆われた、赤い眼をしたもののように見えた。