軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.闇の残渣

アルロの誕生日に忙しくしている間に、国王夫妻待望の第二子が誕生した。

今回は驚くほどの安産で、シンシアの出番はなかった。喜ばしいことに。

しかも産気づいてからほんの数時間で出産となり、シンシアが城に着いてすぐに生まれた。

可愛らしい男の子だった。

髪色は金だが、瞳の色はイエナに似た翡翠色をしていた。王家の血は濃いので炎の赤眼以外は生まれにくいのだが、珍しく風の使い手が誕生したのかもしれない。

何にしても、母子ともに健康で何よりだった。イエナも安産で体力も余裕があるようで、シンシアとお茶を飲みながら歓談する余裕すらあった。

それでも出産後に小姑が居座るものでもないだろうと思い、シンシアは良く休むように言ってすぐに帰ることにした。

ソフィアを連れて来ていなかったから、アレックスのがっかりした後ろ姿が本当に哀しそうに見える。ソフィアの手紙を渡してから、シンシアは早々に城を出た。

こうも慌ただしくしたのには、理由があった。実は気掛かりなことがあったからだ。

城から屋敷までの馬車の道で、シンシアはずっとそのことを考えていた。

生まれた命があるその陰で一人、今にもその命の 灯(ともしび) が消えようとしている。

アルロの父、レノンだ。

シンシアが悩ましく思っているのは、勿論その死を悼んでの事ではない。危篤状態にある事をアルロに知らせるか迷っていたからだった。

とりあえず今日、ライアスが様子を見に向かった。

時間はあまりないだろう。決断をしなくてはならない。

悩む暇もないほどすぐに馬車は屋敷に停車した。扉を開けると、ライアスがいた。

シンシアは深刻な顔を更に曇らせた。思っていたよりも早い帰宅が何を意味するのか想像したからだった。

「——もう、お帰りだったのですね」

「はい。馬でしたので、つい先ほど。シンシアも、お疲れさまでした」

ライアスはそう言ってシンシアに手を差し出した。その手を借りて馬車を降りる。

「お疲れも何もなかったのよ。着いたらすぐお生まれで。何の問題もなかったわ。聞いたかしら」

「はい。王国はしばらく祝祭に湧きそうですね」

「ええ・・・」

めでたい知らせを話しているのに、二人の表情は暗かった。

まだ夏の名残で暑さが残っている。もう夕食の時間だが辺りはまだ明るい。

ライアスに手を引かれながら、シンシアはそのまま執務室へ向かった。

ライアスは人払いをしていた。いくらアルロの父親の話とは言え、人払いまでするのはやけに用意がいい。

シンシアは嫌な予感がした。

「何かあったのですか」

二人でソファに座って、ライアスがシンシアの手を取る。

「レノンはもう話をすることもできない状態でした」

「そう・・・」

ならば会ったとしてもアルロに暴言を吐いたりはないだろう。

しかし、その存在自体がアルロの心を抉るはずだ。つらい面会になるだろう。かといって、死に目に会えなかったことを、いつかアルロが後悔する日が来ないのだろうかとも思う。

そんな事を考えていたシンシアは、ふとライアスが自分の手を握ったまま、すりすりと撫でて来ているのに気付いた。

まだ何かあるのだろうかと思いライアスを見上げると、ライアスはまだ難しい顔をしている。

「ライアス?」

「積極的な治療はしない予定でしたが、さすがに危篤状態でしたし、苦痛を和らげようと治癒師を呼びました」

延命処置をするわけではないが、痛みを減らしたり、苦しさを和らげるくらいはする。いくら犯罪者でも人道的に最低限の治療は施すのがペンシルニアの方針だった。

「アルロの父親は元々足を悪くしていたでしょう。その足がひどく痛むという事で、少し詳しく調べさせたところ——そこに闇の魔力を察知したのです」

シンシアは息を呑んだ。

「闇を・・・?なぜ・・・」

「偶然です。感知能力を持つ治癒師だったようで」

稀に、道具なしで魔力の質を感知できる者がいる。いつもと違う治癒師、たまたま巡回に来た治癒師だった。偶然が重なって発覚したのだと言う。

闇の魔力。そう聞くだけで、シンシアは途端に、底知らない不安のようなものを感じる。

魔王と関係があるのかないのかわからない、シャーン国のみに見られる魔力。今まで少しも手掛かりのなかった、誘拐事件の犯人と思しき闇の魔力。

それが、まさかそんなところに片鱗を見せるとは。

「闇の魔力が残るというのも初めてのことです。通常操られた者も、自我を取り戻せば魔力も消え失せるので」

動かなかった足から感知されたという事は、闇の魔力にも攻撃する力があるという事だ。その正体も得体が知れない。

「昔、マリーヴェルを誘拐した者のうち、エイダンが土に埋めた者がいたでしょう」

覚えている。エイダンが土の魔力を覚醒し、犯人を埋めて間一髪で逃れたのだ。

唯一の生存者ではあるが何も知らなかったため、生かさず殺さずで獄につないでいると聞いている。

「その者に一度、レノンの顔を見せようかと思い手配しています」

「ちょっと・・・ちょっと待ってください」

突然のことに頭が追いつかない。

「マリーヴェルの誘拐犯とアルロの父親が、繋がっているということですか・・・?」

「わかりません。ただ、今まで一度も闇の魔力を感知したことはありませんでした。あの7年前の事件以降・・・」

「レノンに闇の魔力がある可能性は・・・?」

「その場で調べさせましたが、レノンの魔力は皆無でした。ただ・・・瀕死の状態で魔力を測るのは難しいので、正確ではないのです」

闇の魔力による負傷か、自身の魔力によるものかわからない。

「アルロは・・・いえ」

アルロは知っているのだろうかとふと疑問に思ったが、すぐにその考えは打ち消した。

知るはずがない。アルロはエイダンと同い年だ。当時はまだ6つ。それに、あれほど真面目なアルロが自分達に隠し事をしているとはとても思えなかった。

誰かに利用されて間者としてペンシルニアに入り込んだだとか、実は元から全てが策略であるだとか、疑おうと思えばいくらでも疑えるとはいえ。

「——ですので、アルロに知らせるのは、顔合わせが終わってからにしたいと思います」

「それは、いつ・・・?」

「明日にでも。どちらにしろ、おそらくもう、レノンは3日と持たないでしょう」

シンシアは頭を抱えた。

——問題が増えた。

ただでさえ頭が痛いというのに。

「シンシア・・・」

そっと肩を抱かれる。

シンシアは頭を抱えたまま目を閉じた。

「アルロに・・・死に目に会わせるべきか、知らせずにおくべきか迷っていたのです。最期は看取りたいか、それとも葬儀だけでも出るか。いっそ知らせない方がいいか・・・」

少し前から堂々巡りだった。

「それなのに、まさか、ここへきて闇だなんて・・・」

ぐっと肩を握りこまれ、ライアスの熱が伝わってくる。

「まだ何もわかっていません。悪いことを考えるのはやめましょう」

「・・・・・」

そうはいかない。これまでずっと警戒していた闇の魔力だ。

シンシアが深刻な顔を崩さないのを見て、ライアスが慎重に言葉を選んだ。

「残渣があっただけです。7年もの間全く気配のなかったものが、現在も存在するのかもまだわからないのですから」

「ええ・・・」

ただ昔受けた傷かもしれない。

けれど考えは悪い方へ、悪い方へと走り出す。

アルロは昔、言っていなかっただろうか。

——父は、自分のせいで足を悪くして・・・。

「言いましたよね。一緒に、万全に備えましょう、と」

耳元で囁かれ、シンシアはゆっくりと顔を上げた。

ライアスの力強い眼と目が合った。

「備えるために、調べます。後手に回ることのないようにあらゆる可能性は考えて、対処してみせます。一緒にと約束したから、その都度こうして話しているのです」

「本当は全て解決してから話したいと言いたそうですね」

シンシアは苦笑して見せたが、ライアスは首を振った。

「いいえ。不安になるのは、私の力不足です。不甲斐ないと思っただけです」

それはあまりに、言いがかりじみてないか。シンシアが勝手に思う不安まで背負うだなんて。

でもライアスはそれが当然とでも言うように頷いて見せた。

「ですから、何が起きても私がいるから大丈夫だと思っていただけるように、もっと頑張ります」

シンシアは努力して肩の力を抜いた。

ライアスがこうしてまだ何も分かっていない状態でも話してくれたのは、ライアスが自分を信じてくれたからだ。

「そうですね。まだ何も分かっていないのですから」

アルロはずっと虐待されていた。全ての怪我も病気もアルロのせいにされていただろう。

徒に疑惑を膨らませるばかりでは見えなくなるものがある。

「貴方を信じてます」

きっとライアスが、あらゆる可能性を考えて調べてくれるはずだ。

だから私は、集中すればいい。子供たちが傷つかないようにどうすればいいかに。

夏が終わろうとしている。あの事件から、7年——突然動き出したかに見えた状況に、シンシアは揺れる不安を押し殺していた。