軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.別れ

顔合わせの結果は、収穫があったというかなかったというか微妙なところだった。

誘拐犯はレノンの顔を知っていた。知っていたようだが、それだけだった。

「こいつが、上手い話があるって持ちかけてきた・・・」

すっかり痩せ細り七年前とは別人ではないかというほどに変わり果てた誘拐犯は、反抗する気力も皆無でただ従順にそう証言した。

元々、酒場で飲んでいたところに話を持ち掛けられたというだけだ。

三人組の男の内の一人がレノンだった。おそらくシャーン国人。

引き出せた情報はそれだけだった。三人組の1人がレノンだということが分かっただけで、新しい情報はない。

レノンはその数時間後に息を引き取った。

誘拐犯に間違いない。闇の魔力を使用したのは三人組のうちあと二人の誰かなのかもしれないし、レノンなのかもしれない。

今までレノンのことは一般的な調査しかしていなかった。かつて他国にいた流れ者。一度アルロを捨ててまた現れた、アルロの父を名乗る人物。それだけだった。レノンの調査をもう少し深く行うことにしたが、手がかりが少ない。

捜査は再び膠着状態となるかもしれない。そうなると、悪い知らせだけが残った事になった。

しかも、結局、レノンが死んでからアルロに告げることになってしまった。

シンシアはライアスと相談して、葬儀を行うのに参列するかどうか、アルロに聞いてみることにした。

アルロを執務室に呼べばすぐに現れた。

白いシャツに黒いズボンといういつものスタイルで。アルロは夏でも長袖が多い。

父親につけられた傷はすっかり治っているが、どうも人との接触は得意ではないようだ。

対面に座ってレノンの死をライアスが告げた。

「そうですか」

アルロは表情も動かさず、静かにそう言っただけだった。

しばらくして、はっとして顔を上げた。

「あ、お葬式ですよね。いくらくらいいるんでしょうか」

「お金のことは気にしないでいいのよ」

「でも、入所費用も全部、払っていただいて・・・」

「福利厚生の範囲内よ」

シンシアは言ったが、アルロは不思議そうな顔をしていた。福利厚生という言葉はそういえばこの世界にはなかった。

説明しようと思ったが、アルロの方が先に口を開いた。

「僕・・・結局、息子らしいこと何もできてなくて。なので、送ることくらいは、僕の持っているお金でできたらと思います」

アルロの視線は自分の手元にあったが、はっきりとした口調だった。

「そう・・・そうね」

結局話し合った結果、火葬にして、遺骨を教会に委ねることにした。お墓を買うお金のない、低所得の平民の一般的な葬儀形式だ。アルロの給料からも無理のない出費だろう。

アルロは少し迷っていたようだったが、火葬には立ち会うと決めた。

あまりにも淡々と言うから、シンシアにはそれが決別できているからなのか、感情を押し殺しているのか判断がつかなかった。

「ごめんなさいね、もっと早く、伝えられたら良かったんだけど・・・」

「いいえ」

アルロは涼しい顔でそれだけ答えた。

レノンの事をたった1年で本当に見切りをつけたのだとは思えないが、少なくとも以前よりはずっと落ち着いているように思えた。

「アルロ、少し・・・お父様のこと聞いてもいいかしら」

「はい」

「お父様から闇の魔力のことを、何か聞いていない?」

「——いいえ」

「以前住んでいた場所の事とか、どんな仕事をしていたとか、聞いたことはない?」

アルロはいつもの無表情のままだった。

しかし、シンシアはアルロの手が硬く握り込まれていることに気づいた。

「アルロ、ごめんなさい。今のは忘れてちょうだい」

シンシアは慌ててそう言った。

まだ一年だというのに。馬鹿なことを聞いてしまった。

アルロの心の傷がたった一年で癒えるはずがないというのに。

「変なことを聞いてごめんなさいね。葬儀には騎士を付き添わせるから。ゆっくりしてくるといいわ」

「ありがとうございます」

咄嗟に騎士をつけることにしたのは、アルロを案じてのことだった。

アルロは深く頭を下げて、硬い表情のまま出ていった。

「シンシア・・・」

「あー・・・失敗しました」

シンシアはアルロの出て行った扉を眺めながら、悲愴な顔をしていた。

アルロが元気に、前を向いて生きて行けるように、それを何より助けたいと思っていたのに。気が逸って、聞いてしまったから。

「大丈夫です、アルロは」

ライアスは慰めでもなく、確信をもってそう言った。

ライアスは父親と決別した時のアルロを見ていた。過去の傷から次第に立ち直り、前を向いて歩き始めた強さも側で見てきた。

父親の過去を聞かれたくらいで大きく傷つくことはないと思っていたが。

「でも、随分と硬い表情をしていました。——ここのところ和らいでいたと思っていたのに」

「実の父親が亡くなったのですから、無理もないでしょう」

どんな関係性であれ、肉親の死というのは心乱されるものだ。ライアスもそう考えた。

「同行する騎士には慣れたものをつけましょう」

ライアスが葬儀に参列すると大事になってしまうから、昔からいるベテラン騎士に任せることにした。

数日後、施設の近くでレノンの火葬が執り行われた。

事前に連絡をしていたため、火葬場所に到着した時には既に準備は整っていた。

アルロは父親の顔を一瞥しただけで、火葬場の人にあっさりと始めるよう依頼した。

「——いいのか?俺達のことは気にせず、ゆっくり別れをしてきたらいいんだぞ」

あまりの速さに付き添ってきたオレンシアがそう気遣ってくれたくらいだ。

「いいんです」

アルロは心からそう言った。

久しぶりにレノンの顔を見ても、こんな顔だっただろうかと不思議な気分になった。やがて火葬場から登る黒い煙を見ても、やっと終わったというような、薄情とも思える妙な感覚があるだけだった。

あとはしておきますと言われて火葬場を後にしたから、結局滞在したのは30分程度だった。

「わざわざお付き合い頂いて、ありがとうございました」

出立する段になってアルロは2人の騎士に改めて頭を下げた。

オレンシアももう1人の騎士も、相当なベテラン騎士だ。実力も高い2人は、訓練で会うことはあってもそれほど言葉を交わす仲ではない。

訓練も兼ねて騎馬で行こうと言われ、乗馬を教えてくれながらここまで来た。それがうまく気を紛らわせてくれているようで、やっぱり流石だと思ってしまう。

たくさんの心遣いを感じた。

「ほんとはお嬢様が来たいって言って、迷ってらっしゃったけどな」

「いえ、とんでもないです」

「まあ、お嬢様は警備の事があるから」

オレンシアが馬に乗り、アルロも続いた。オレンシアが身を屈めて、ぎゅ、と手慣れた仕草で鞍のベルトを締める。アルロも同じように装備を整えた。

「また、あんなことがあってもって思うんだろうなあ」

「あんなこと・・・?」

軽く走り出しながら、オレンシアは続けた。アルロも慌てて馬の腹を蹴った。

「知らないのか?お嬢様が2歳の時の事件」

「姫様の、2歳の時・・・?いえ、何も」

「襲撃があったんだ。ヒュートランへの旅行の帰り、雨の中馬車が襲われて」

雨の中の、馬車。ぞくりと、アルロの背筋に寒いものが這った。

「そ、れは・・・どういう」

乾いた声が出たが、幸いアルロの変化には誰も気づいていないようだった。

「あれは闇の魔力だって、言われてる。結局わからずじまいだったんだが、騎士の体の自由が奪われて襲われたんだ。手練れが厳重に守ってたのにな。——それ以来、お嬢様の移動には魔力無効化の魔道具と、更に厳重な騎士がお供するようになってな」

「お嬢様はやっぱり気兼ねなさってるんじゃないかなあ。気にせずに出かけていただきたいが。いちいち大ごとになるから」

「エイダン様と一緒なら比較的身軽に動けるんだが」

「いつもってわけにもなあ・・・」

「言ってたぜ、エイダン様と公爵様、二人より強くないとお嬢様の夫としては認めないって」

「それ、人間か?」

そんな事を言って、二人は笑い合っていた。

最後の方は、アルロの耳には入ってこなかった。

手が震えそうで。手綱を握るのが精一杯だった。

アルロが乗馬に集中していると思ったのか、オレンシアらは軽口を叩きながら走り続けていた。

何度もバランスを崩しそうになりながら、なんとかしがみついて走り続けた。

——僕、だ。

僕が、襲った馬車。黒くて、大きかったことしか覚えていない。

今の今まで忘れていた。

父の命じるままに、騎士の動きを封じて・・・御者も。正直、何をしたのか覚えていない所も多い。

魔力を使って、弾き返されては、また使って。

とにかく必死だった。必死で、雨と泥に塗れて、結果、何がどうなったのか——。

わからない。でも確実に自分のせいで襲撃は行われた。

屋敷に到着した時のアルロの顔色があまりに悪くて、オレンシアが慌てて治癒師の元へ連れて行こうとした。

馬に酔ったからだと言い訳をして、アルロは後片付けも委ね、その場を離れた。

「片付けたら様子見に行くから、寝てろよ!」

オレンシアの声が後ろからする。頭を下げることができたか、どうか。

屋敷に入るより前に、アルロは吐きそうになってその場にうずくまった。

自分の中のもの全て吐き出してしまいたかった。

ほら・・・やっぱり自分は、許されない人間だった。

とんでもない罪を犯していたのに、それを忘れて、のうのうと暮らしていた。

ここにいてはいけない。

手も足も、冷たく固まって自分のものではないようだった。

アルロは必死でそれを動かした。