軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9.マリーヴェルのプレゼント

メモに書かれた場所を一通り回って、アルロは最後にマリーヴェルの勉強部屋をノックした。

マリーヴェルはそこで、珍しく課題に取り組んでいたらしい。机の上には昨日出された課題が並んでいた。

「課題をされていたのですか」

1人でちゃんとやっているなんて、とても珍しい。

「アルロにお遣いを頼んだのに、私がちゃんとしないと、安心して回れないかと思って・・・」

手元を見れば、課題はまだ半分も終わっていない。

何も言っていないのに、マリーヴェルは恥ずかしそうにノートを閉じた。

「——っこれから!これからちゃんとやるから」

「お手伝いします」

「ううん!今日は、アルロの誕生日だから」

座って、と言われて、アルロはいつもの席に座った。背中に背負っていた大きな袋はそっと絨毯の上に置く。

マリーヴェルはバサバサと雑に教科書とノートを片付けて、向こうの棚に置きに行く。代わりに何か箱のようなものを持ってきた。

近づいてくると、それが包装された箱だとわかる。

「私からはね、これ」

マリーヴェルがそれを差し出した。

黒の包装紙に銀のリボンが巻かれている。

「開けてみて」

じっと見つめたまま手を動かさないアルロにマリーヴェルは不思議そうに首を傾げた。

「アルロ・・・?」

「あ、すみません。なんだか 解(ほど) くのが勿体無くて」

そっとリボンを取ると、包みは簡単に開いた。中から出てきた蓋を開けると、そこには小さなピンが入っていた。ジャケットのボタンホールに留めるラペルピンだ。

小ぶりで、何かの葉を模しているような素朴なデザインだった。

「あの、これは」

「侍従の印みたいな。ほら、執事長もしてるでしょ」

確かに執事長、侍女や上級メイドになるともなると、所属を表すのに支給される。

ただそれは、ほとんど永年雇用な職位の人のものだ。本来侍従には特にないものだが・・・。

「裏を見て」

裏返すと、小さな葉の土台にペンシルニアの紋章が刻まれていた。小さいが、よく見れば間違いなくペンシルニアの、獅子と剣の紋章だ。

「こ、これは」

咄嗟に見れば、マリーヴェルは嬉しそうに笑っていた。アルロは驚きを通り越して青くなった。

「僕が身につけてはいけないものだと思います」

思わずそのまま箱に戻してしまった。

家門の紋章を身に付けるのが許されるのは、直系のペンシルニアの者だけだ。そしてそれに連なる者。忠誠を誓った騎士、あとは余程の側近や家臣だけだ。

この紋章を示すという事は、ペンシルニアの権威を見せるという事。その者の身分をペンシルニアが保証するという事でもある。

「ちゃんとお父様の許可は得てるわ。当主が認めたものに所持が許される、でしょう?」

アルロはそれでも、このブローチを身に付けるのは恐れ多いと思った。

「姫様の頼みだから、公爵様は——」

「発案は私じゃないの」

そっと箱の蓋を閉めようとするアルロの手をマリーヴェルが遮った。

「悔しいけど。紋章を入れたらいいんじゃないかって言ったのは兄様よ」

マリーヴェルはアルロの反応を見て瞬時に察した。

自分が考えてライアスに強請ったと思われたら、アルロは受け取ってくれない。ここは正直に話すしかない。

マリーヴェルは悔しそうにため息をついた。

「アルロは今までも、きっとこの先もペンシルニアを支えてくれるだろうし、騎士になるのはまだ先だろうから、紋章を持っておいてもらうのがいいんじゃないかって」

「エイダン様が・・・」

アルロは更に驚いてしまった。

良くしてくれるが、家門の事にはシビアな性格だと思っていたのに。そのエイダンが紋章を渡せと言ったとは、すぐには信じ難い。しかしこんなことでマリーヴェルが嘘をつくとも思えなかった。

「だから、ね?受け取って。今すぐ使わなくてもいいから」

そもそもアルロは普段シャツだけで、ジャケットを着ることがない。マリーヴェルの付き添いで出かける時のためにとベストを支給されているが、まだ一度もそれを使ったことはなかった。

とりあえず持っていろと言われて、アルロは箱を握りしめた。

「・・・姫様。ありがとうございます」

「うん」

マリーヴェルは満足そうに笑った。

「本当に・・・過分なお心遣いです。姫様のおかげで、僕は今日まで来れたのに。それなのに——」

「それね!」

マリーヴェルがびしっと遮った。

「アルロはすぐ、私のおかげとか、ペンシルニアのおかげとか言うけど。そうじゃないって、思ってほしかったの」

本当は、エイダンに相談したのもそれだった。

アルロにもっと自信をもって、ペンシルニアの一員として胸を張って暮らしてほしいと思っている。一年経つのにアルロはまだどこか遠慮がちで、自分を卑下することも多い。

アルロが一生懸命、誠実に働いているからこそ、みんなからこれほど大切に思われているということを思い知ってもらいたかった。自分自身の仕事ぶりが評価されるものだって自信を持ってほしかった。

上手くは言えなかったが、そういう事をエイダンに相談すると、紋章を付与したらどうかと提案してくれた。

——自信をつけるっていうのは難しいことだけど。信頼を形で示すのは、主人として必要なことだと思うから。

と言われた。もちろん信頼している。それ以上だ。だからその足でライアスに相談に行ったら、こちらもすぐに承諾してくれた。

それだって、アルロが今日まで積み重ねてきたおかげだ。マリーヴェルのお気に入りというだけでライアスが紋章を許可するわけがない。

そういう色々なことを伝えたいのに、上手く伝えられない。

いつも文学の教師に指摘されつつもそれまで気にしていなかったが、今日ほど語彙力のなさをもどかしく思ったことはなかった。

「ありがとうございます、姫様」

アルロはマリーヴェルの眉間の皺に気づいた。

これは、言いたいことがうまく説明できないときの顔だ。

いつまでもこんな顔をさせるわけにはいかない。

「いつか、姫様のお供を、これをつけてできるようになりたいです」

「ええ」

マリーヴェルがにっとほほ笑む。机に肘をついて顎を乗せている。少し行儀が悪い格好だが、そうしてアルロに笑いかけて、満足そうにしていた。

この笑顔を、絶対に守りたいとアルロは思った。

命に代えてでも守りたいと思う。

マリーヴェルの視線は大きな袋に移った。

「袋の大きさ、大丈夫だったみたいね」

「はい。本当に驚きました・・・姫様、大変だったのでは」

各使用人の動きを把握して、下調べをしないとこのメモは書けないだろう。その上、それぞれに話を通しておいてくれた。それもアルロにとっては、形がないマリーヴェルからの大きな贈り物だ。ずっとマリーヴェルの顔が思い浮かんでいた。

「みんなの方がお祝いしたいって言ってたのよ?私は順番を決めただけ。みんながお祝いしたいって気持ち、伝わった?」

アルロは脇に置いたたくさんのプレゼントの袋を見た。

「はい」

「やった!」

アルロの返事に、マリーヴェルは自分の事のように喜んだ。

アルロに、生まれて来てくれてありがとうと言いたかった。みんなそう思ってるんだよって、少しでも伝えられただろうか。

マリーヴェルが嬉しそうにプレゼントを指した。

「——ねえ、何もらったの?教えてくれる?」

「はい」

自分のプレゼントのようにマリーヴェルはアルロのプレゼントを一緒に見て喜んだ。

腰のベルトはかっこいい、絵師を呼びたいと大袈裟に褒めた。

家庭教師については、それのどこが嬉しいの、と心底嫌そうな顔をして、アルロを笑わせた。

他にも、万年筆を使って一緒に字を書いてみたり、石鹸の匂いを嗅いだり。

お昼ご飯の時間を少し過ぎるまで二人はそうやって過ごした。

この温かくて幸せな時間を、アルロは一生忘れないと思った。

マリーヴェルのためならどんなことでもできる。

本当にどんなことでもできるだろう。

そう思うと、幸せなはずが胸も痛くなるような気がするアルロだった。