軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第78話 「本当に、カイはときどきハルトと似たようなことを言うな」

「気を使わせてすまない。我の感傷であって、それだけのことだ。村では、『エルフ以外が先に亡くなるのは普通なのだから、早く忘れて近くにいないだけだと思え』と言われたし、その通りだと思う。だが、喪失感が薄れないものでな」

「……大事な人が亡くなったことは、忘れられないものだと思います。僕はまだそういった経験はありませんが、忘れる必要もないんじゃないかと」

カイが思い出したのは、イーリスだ。

彼女は笑って夫のことを教えてくれるが、その向こうに亡くした傷を抱えたままだと感じることがある。

「忘れずとも、いいのだろうか」

「僕は、そう思います。無理に忘れようとしても、感情は付いてこないでしょうし」

大切な人なら会いたいはずだし、会えない理由を忘れることもできないだろう。

「そういう、ものか」

セリスは、ぼんやりとそう言った。

先ほどから納得するような言葉を口にしているが、セリスはその内容を飲み込むことができずにいるようだった。

双子の弟が 寿命(・・) で先に亡くなった、というのが、きっとセリスの心を深く傷つけているのだろう。

「すみません、本当に僕が偉そうに言えることじゃないんですけど。大切な人が亡くなって悲しいという感情は、当たり前のものだと思います。だって、もう会えないんですよ?」

ただ、その悲しみに引きずられて現在を生きられなくなるなら、違う方を向いてほしいとカイは思う。

もちろん、過去に生きる方が幸せだというなら、無理強いはできないのだが。

しかし、少なくともセリスは今を生きているし、エアハルトを思い出して話す様子は楽しそうに見えた。

彼の死を受け入れられない、受け止めきれないという風に感じられる。

そのうえで、セリス自身が『受け入れていない自分はよくない』と考えているようだ。

「当たり前」

ぽつりと言いながら、セリスは胸元に手を置いた。

「故人を悼むことは、悪いことではありません。生きている人の権利だと思います」

何とか伝えようと選んだ言葉がこれだった。

悲しむことが、悪いわけがないのだ。

他人に押し付けるならともかく、自分の感情を認めて何が悪いというのか。

「権利」

カイの言葉を繰り返したセリスが、ぱちくりと瞬きをしてからふと微笑んだ。

「ふふ、ははは。権利か。本当に、カイはときどきハルトと似たようなことを言うな」

「そう、ですか?考え方が似てるんですかね。あはは不思議ですね」

カイは誤魔化すように笑った。

その表情を見て、セリスは一つうなずいた。

「もう一つ、思い出したな。いつだか酔っぱらったときに、『俺と似た奴がいたら、夢じゃねぇしオトメゲエムでもねぇしラノベでもねぇ、今を受け入れて生きろと伝えてくれ』と言っておった。夢はわかったが、ほかはよくわからなかったな」

前世にあった乙女ゲームやライトノベルの世界ではない、ということだろう。

そのうえで、この世界が現実だと伝えたかったようだ。

やはり、エアハルトの前世は同郷の、しかも同じくらいの時代に生きた人だったのだ。

「そうなんですね。今を生きろ、っていうのは、なんとなくわかる気がします」

「確かにな。珍しくまっとうなことを言うものだと思ったものだよ。まあ、それもあのときだけで、我も深くは聞かなかった。今思えば、もっとあやつの言うことをきちんと聞いておけば良かった」

セリスの言葉から感じられる通り、彼は愛すべきお調子者だったのだろう。

そして、亡くなってからの後悔は、カイにも何となく理解できる。

「あの、余計なことかもしれないんですが」

「む?」

カイが迷いながら言うと、セリスは静かに続きを待った。

「思い出す、というのはとても大切なことだと思うんです。だから、良ければこれからも僕に、エアハルトさんのことを教えてください」

誰かに話すことで、より明確に思い出せることもあるだろう。

その相手がカイである必要はないが、少なくとも自分は聞きたいと思う。

思い切って提案したが、セリスがどう感じるかまで考える前に言ってしまったので、カイはそっと拳を握りしめた。

暑さだけが理由ではなく、手のひらがしっとりしている。

セリスは、少し考えてからゆっくりとうなずいた。

「……ありがとう、カイ。これまで、我はあやつのことを誰かに話すことがあまりなかったように思う。忘れなくては、と思い込んでもいたしな。だがなぜか、カイには話せるのだよ。不思議だ」

どうやら、余計なお世話とは思われなかったようだ。

ほっとしたカイは、こめかみから落ちた汗を拳で拭った。

◆◇◆◇◆◇

不思議な人物だ。

心の中でひとりごちたセリスは、こぢんまりした借家に戻って籠を背中から下ろした。

初めは、いつも通り、ヒト族という大きな枠でしか認識していなかった。

知り合えば、誰であれ名前を呼ぶようにしている。

しかし、誰もかれもセリスより先に世を去ると理解してからは、その名前はただの記号で、個人を深く見なくなったのだ。

そうなったきっかけは、双子の弟であるエアハルトの死だ。

とても変わった弟は、同じ双子だというのに、エルフの血を強く引いたセリスとは違ってヒト族の特性を強く持っていた。

生きていたころは、そういうものだろうと受け入れていた。

否、受け入れたつもりになっていた。

双子という近さから、セリスはエアハルトのことをとてもよく理解していたし、エアハルトもセリスのことをよくわかっていた。

エルフらしく、感情の起伏の少ないセリスの心の機微を、弟はすぐに気づいた。

ちなみに、エアハルトの感情は表情や声に駄々漏れだったので、気を配るまでもなくすぐにわかったものだ。

セリスにとってエアハルトは特別で、魂の片割れと言えるほどに近しかった。

あるとき、彼はセリスに言った。

「俺に付き合ってばかりじゃなくて、セリスも自分のしたいことをしろよ」

「我は、好きにしているのだが」

セリスが首をひねると、エアハルトは苦笑した。

「確かに、俺が作ってるやつは面白い物ばっかりだけどな。俺が考えた、俺の欲しい物なんだ。セリスも、自分で考えて、自分が欲しいものを探すべきだと思うぞ」

「まだ、見つけられないのだ。見つかるまでは、ハルトに付き合う」

たとえば薬作りはずっと続けているが、多分それは違うと感じていた。

なまじ、人生をかけるがごとく打ち込んでいる弟を見てきただけに、同じくらいはまり込むものだと考えていたのである。

今にして思えば、あの頃からセリスは薬作りが好きで、工夫するのも楽しかった。

けれどそれ以上に、エアハルトが夢中になって何か作るのを見ているのが好きだった。

エアハルトが言いたかったことも、今ならばわかる。

セリスは無自覚であったが、村の異分子のようなエアハルトに依存していた。

それに気づいていたエアハルトは、口にはしなかったが心配していたようだ。

彼が空を渡ってから、セリスは人生を見失った。

だから、最後にエアハルトが言った『俺の代わりに世界を見て来いよ』という言葉に縋った。

ほとんど惰性で旅に出たが、どこへ行っても何を見ても、セリスの心はずっと静かだった。

痛みを抱えた当時のまま、動けずにいた。

エルフの村では、生きていたころのことだけを思い出し、死したことは忘れればいい、という風潮があった。

遠くへ行って会えなくなっただけ、という捉え方をするのだ。

それは長く生きるエルフならではの、死との向き合い方なのだろう。

しかし、セリスには無理だった。

半身が引きちぎられたような大きな喪失感は、いつまでたっても鮮明なまま。

そんな思いをするとわかっていて、エルフ以外の種族と親しくすることなどできなかった。

この村に滞在を決めたのは、魔物の森の植生が変わりそうだと考えたからだ。

さすがに、セリス自身が薬作りを好んでいることくらいはもう自分で理解していた。

気を紛らわせるためにも、珍しい素材が手に入るなら、と思った。

そうしていつも通り、浅く関わって去っていくつもりだった。

まさか、自分がエアハルトのことをあんなに話すなんて思っていなかったし、忘れなくていいと言われてもすぐには飲み込めなかった。

カイは、不思議とエアハルトを思わせる言葉を口にするのだ。

だが、出身はライタ町だというし、二百年も前に亡くなった弟との接点などあるはずもない。

気がつけば、セリスは久しぶりに思い出したエアハルトの言葉をカイに教えていた。

弟が発明したオルゴールを直してもらってからは、さらに記憶が蘇った。

気づいていなかったが、彼を失った傷はそのままに、思い出だけが風化しつつあったのだ。

思い出せたのは、カイのおかげである。

さらには、エアハルトの話をもっと聞きたいとまで言ってくれた。

気を使わせてしまったのかもしれないが、セリスは何の抵抗もなくその申し出を受け入れた。

その気安さは、カイの持つ独特の空気か、彼の人柄か。

何百年も自分の方が長く生きているのに、なぜかカイの方がエアハルトの何かを理解しているようにも感じた。

それが何なのか知りたくなって、カイという個人をはっきりと認識するようになった。

そこから連なって、村の人たちや、これまでうっすらとしか付き合っていなかったアウレリアたちも輪郭がはっきりしてきた。

「……本当に、不思議な人物だ。ハルト、おぬしに会わせてみたかったよ」

セリスは、持ち歩いているオルゴールを服の上からそっと撫でた。