作品タイトル不明
第77話 「別の大陸ですか」
もっと話を聞いてみたかったが、エトガーがぐずりだしたのでそんな雰囲気にならず、買い物も終わっていたので帰らざるを得なかった。
村において、赤ん坊は最優先なのである。
驚きのニュースは、小さな村を一日で駆け抜けた。
「ふぅん。発明王エアハルトが双子の弟ってことは、セリスは三びゃくぐふっ!」
「エルフの年齢は禁句やっちゅーねん」
ライナーとグレータのどつき漫才のようなやりとりが、あちこちであったようだ。
カイとしては、セリスにエアハルトの話を聞きたい。
多分転生者だろう彼が、どういう人だったのか。
もっといえば、セリスが魂の片割れに前世の記憶があったことを知っているのかどうか。
それに、カイと似ていると言った理由も、なんとなく察してはいるが気になる。
しかし、村で行き会ったときに聞くのもおかしいし、家にセリス一人を招待するのも、訪問するのも大げさな気がする。
腰を据えて聞くというよりは、ちょっと世間話のついでに聞きたい程度なのだ。
前世というものがエルフの文化でどう扱われているのかわからないし、無理に聞き出したいわけでもない。
いつどこで話を切り出そうと考えていたが、数日後にその機会が訪れた。
「カイ、こんにちは」
「こんにちは、セリスさん」
暑さのピークも過ぎた夕方、カイが庭で薪割りをしていると、南の森の方からセリスがやってきた。
彼女が籠を背負っているのが見える。
「素材を採りに行かれたんですか?」
確か、南の森には薬草が豊富だと言っていた気がする。
カイが聞くと、セリスはうなずいてから軽く籠の方を振り返った。
「ああ、色々と採取してきた。時期も良い。特に星香草は、夏の終わりには種が採れる。種も素材として使えるのだが、それよりも、来年のために少しだけ種を植えてきたのだ」
よく見れば、セリスの指先は汚れていて、ズボンや靴にも土がついていた。
「そうだったんですか。上手く育ってくれるといいですね。あ、どのあたりに植えたのか、デニスさんに言っておいた方が良いかもしれません。きっと村の人たちも気を付けてくれるので」
一応村で管理している森だ。
森に何かを植えるなんて誰も考えていなかっただろうから、一言伝えた方が良いだろう。
「そうだな。かなり奥の方だから、狩人でもなかなか行くことはないだろうが……。どこにあるのか知っておけば、後々村で管理もできるだろう。わかった、デニス村長に伝えておこう」
うなずいたセリスの頬にも、土がついている。
汚れていてなお美しいのだから、エルフは自衛の意味でもあまり村の外に出ないのだろう。
「そういえば、オルゴールの調子はどうですか?」
どう切り出そうかと考え、結局カイは仕事につながる質問をした。
「ああ、とてもいい。おもしろいものでな、音楽を聞くだけで思い出されることが増えたのだ」
「音も記憶につながるものらしいですね」
イーリスにも、似たようなことを聞いた覚えがある。
「そうなんだ。あのオルゴールを渡してくれたときは、『俺の経験をもってすればこんなもんよ』とかなんとか言ってふんぞり返っていたな。まだ二十を過ぎた程度の年齢で、経験も何もないだろうと思ったものだ」
おかしそうに目を細めたセリスだったが、カイは思わず目を瞬いた。
(もしかしたら、前世の経験も含めて言ってたんじゃないかな)
だって、どう見ても知っているオルゴールに知っている曲なのだ。
「ヒト族なら、二十歳は少しは経験を積み始める年齢ですから」
カイはまだ十九歳だが、成人をとうに過ぎているし、誰も子ども扱いなどしない。
獣人族も魔人族も、年齢による扱いは似たようなものだ。
エルフだけが、違う時間軸で生きている。
「そう。そうなのだよ。それに加えて、あやつは生き急いでいた。百年ほどの人生で、何もせずただ生きた時間などなかったのではないか?常に何か作ったり、見に行ったり、聞きに行ったりしておった」
「とにかく何でも知りたかったんでしょうね」
カイにも覚えがある。
この世界を知りたくて、成人してすぐに町を出て旅をしていたのだから。
もっとも、カイはそこまで情熱が続かず、落ち着いて暮らす方に変化していった。
そのあたりは、個人の性格や趣向にもよるのだろう。
「多分、そうなのだろうな。あやつは、ほかのエルフの村にも出入りしておったし、他国はもちろん、別の大陸にまで足を伸ばしたこともある」
「別の大陸ですか」
カイは目を丸くした。
この大陸から船で数日のところに、別の大陸があるというのは知識として知っている。
しかし、海には水棲の魔物がいて、陸棲の我々では対応しきれない。
ほんの数日の船旅だが、文字通り命がけなのだ。
「ああ。我も行ってみたが、文化的にはそう変わりはなかった。気候は多少雨が多かったくらいか。一番大変だったのは、船に乗せてもらうところだったぞ。なにせ、国のやり取りで使われる巨大船しかないからな」
「え、それじゃあ国に交渉したんですか?」
個人が国に交渉など、できるものなのだろうか。
驚くカイに、セリスは楽しそうに笑って見せた。
「だから大変だったんだ。我はエルフだからな、ほかの大陸の植生を知りたいとか何とか、適当に理由をつけてどうにか一席もぎ取った」
「許可を貰えたんですね」
「うちの村の村長にも口添えを頼んだのだよ。あのときは、船の予定に合わせて数ヶ月滞在した。次の往復がいつになるかはわからないし、また交渉するのも面倒だったからな。ハルトは、十年ほど帰ってこなかった」
どうやら、エアハルトはかなり行動力と実行力のある人物だったらしい。
きっと、一歩引いて見ている分には楽しいだろうが、直接関わっていたら振り回されて、なかなか賑やかな生活になったに違いない。
そのあたりの感想は胸にしまい、カイは静かに言った。
「思い切りのいい方だったんですね」
カイの言葉を聞いたセリスは口を開きかけて止まり、一つ息を吐いてからうなずいた。
「ああ。決めたらすぐに実行していた。エアハルトがいると、静かなはずのエルフの村が随分と騒がしかったよ。あの頃は商人もいつもやってきてはエアハルトに何か作ったかと聞きに来ていたし、何かしら作っては爆発することもあった」
「爆発」
まさかのマッドサイエンティストのような騒動を起こしていたとは。
「そうそう、初めて作業小屋を爆発させたときには村中が総出でハルトを助け出して、心配して叱ってと大変だった。一年もすれば慣れてしまって、我しか助けに行かなかった。あやつは何とかして身を守っておったから、大した怪我もしておらなんだ」
「僕も会ってみたかったです」
楽し気に語っていたセリスは、カイの言葉にうなずいてから視線をすとんと落とした。
「……そうだな、会わせてやりたかったよ。あやつと一緒にいると煩く感じることもあったが、唯一の、大切な片割れだった。母は乗り越えられると言っていたが、我には難しいらしい。いまだに、ハルトが戻ってくるような気がしているのだ」
セリスは、ふいと森の方を見た。
前世であれば祖父母を亡くした記憶はあるものの、カイのきょうだいが亡くなった覚えはない。
今世では血縁者はいないし、孤児院の子どもたちは片割れといえるほど近しい関係ではなく、少なくともカイが所属している間に亡くなる子どもはいなかった。
何をどう言えばいいのかわからない。
カイは口をつぐみ、セリスの髪が風に揺れるのを見ていた。