作品タイトル不明
第76話 『もしかして俺はヒト族だからと疎まれていたのか?』
ライナーが妻子を伴って戻ってきたことは、ちょっとした村のニュースになった。
元々家族を連れて帰ってくるつもりだ、と聞いてはいたものの、少なくとも数年以上は住み着く予定で小さな子どもも連れて引っ越してきたのである。
ライナーたちは、村人たちに驚きと喜びとともに迎え入れられた。
バンガードのメンバーたちも喜んでいたが、一番嬉しそうだったのはセリスであった。
「幼子は愛いな。どれ、抱かせてもらえるか?」
「ええよ。ほらエト、セリスおばちゃんが抱っこしてくれるて」
エトガーを抱き上げていたグレータは、ひょいとセリスの腕に息子を任せた。
一歳を過ぎたところだというエトガーは、人見知りもせずに大人しくセリスに抱っこされた。
母親の顔を不思議そうに見ながら、セリスの服をしっかりとつかんでいる。
「エトガーというんだったな。ほれ、顔を見せておくれな。おぉ、目元はグレータそっくりだ。髪はライナーと同じ色か。うむ、健康な良い子だ」
エトガーを抱き上げたセリスは、目尻を下げて微笑んだ。
もはや神々しい。
「セリスにそう言うて 貰(もろ) たら安心やわ。あたしの血を濃いめに引いとるみたいやから、魔法系のスキルでも貰うんちゃうかって言うとってん」
グレータはエトガーと同じ形の丸っこい耳をピコンと動かし、嬉しそうに言った。
「どうだろうな。スキルに遺伝はあまり関係ないらしいから、何を貰うかはそれこそ神のみぞ知るというやつだ」
セリスが体を軽く揺らすと、エトガーの茶色いふさふさの尻尾が揺れる。
グレータとエトガーは狸獣人なのだそうだ。
二人ともたれ目なので、イメージに合う。
「でも、貴族の方が珍しいスキルを貰うことが多いんでしょう?」
セリスの隣でエトガーを見ていたブリギッテが言った。
赤ん坊が可愛いらしく、視線がずっとエトガーのところにある。
「まあ絶対じゃないけれども、貴族の方がそういう適性が高いとは言われていますね」
カイはその意見に同意した。
夕方になってから商店へ買い物に来たところ、グレータたちとセリスと鉢合わせたのである。
もっとも、この時間は人通りが多い。
「そうね。カイくんだって相当珍しいスキル持ってるんだし」
「はい。まあ珍しいですけど、すごい大掛かりだったり万能だったりってわけではありませんから」
何もかも修理できるわけではないので、人によっては使えないと感じるだろう。
もちろん、カイにとって十二分に有用なスキルである。
「我の片割れも、エルフには珍しい金属加工のスキル持ちだった。あちこち見てきて思うに、どうやら本人の性質や適性が一番関係しているようだな」
とんとん、とエトガーの背中を叩いたセリスは、赤ん坊を母親の腕の中に返した。
「だーだーぁ」
エトガーは、機嫌良さそうに声をあげた。
「うん、せやなぁ。本人の性格とかやな。ああ、せやから、ある程度成長してからスキルを授かるってことなんかいな?」
グレータは、エトガーを見たまま言った。
確かに、十歳くらいなら自分のこともある程度わかってきているころだろう。
カイの場合は、前世のゴミ収集業者だった記憶が影響しているような気がしないでもない。
セリスの片割れであるエアハルトも、前世の記憶があるからエルフには珍しいスキルを得たのかもしれない。
確信はないが、なんとなくカイはそう思った。
「そういうことだろう。それに思い至ってから、ハルトがかなり変わっていたことにも納得したのだよ」
「そんなに変わっていたんですか?」
思わず、カイはそう質問していた。
「ああ。あやつは人として成人してすぐの十六のとき、一度里を出たのだ。エルフの成人は特に決まっておらなんだが、一応三十年くらい生きればおおよそ成人だと認められる。成人しても、里を出ることなどほぼない。それだけでも、相当異質な存在だったな」
セリスは、亡き人を思い出すように目を細めた。
「エルフが里を出るなんて、聞いたことありませんもの。私はセリスさんが初めてですよ」
ブリギッテが興味深そうに言った。
グレータも同意するようにうなずいている。
「そも、ヒト族としての特性が強く出ていたことに加えて、言動が変わっておったからな。親はまぁ、あやつを可愛がってはいたがそのあたりを是正しようとはしておらなんだ」
つまり、本人が育ちたいように育ててくれたのだろう。
エアハルトは、転生してから良いご両親のもとで育ったようだ。
「何度か里帰りはしておったが、我の成人となる三十くらいのころにしばらく村に滞在してな。そのときに初めて『もしかして俺はヒト族だからと疎まれていたのか?』と言いだした。遅すぎるわ。随分と心が強いと思っておったが、まさか気づいていなかったとは思わなんだ」
セリスは、おかしそうに言った。
「そのころには、エアハルトさんは村に馴染んでいたんですか?」
セリスの言葉から悪い印象は受けなかったので、カイは少し考えてから聞いた。
「ああ。もうハルトは『変わった性質の、ときどき戻ってくる仲間』だと認識されて、受け入れられておった。外では発明王として名が知られていたようだが、村にそのことが伝わってきたのは、奴が終の棲家を故郷に定めてからのことだったな」
懐かしそうに目を細めたセリスは、面影を追うように遠くを見た。
「そういえば、セリスさんが里から外に出たのって」
笑顔でエトガーを眺めていたブリギッテが、顔だけこちらに振り返って聞いた。
「ああ、ハルトが言ったからだ。奴は、『時間が足りない。もっと世界を見たい』と何度もぼやいておった。発明王としてはあちこちに滞在したらしいから、かなり多くの国を訪れたはずなのだがな。空へ渡るときに、我に『代わりに見てこい』と言ったのだ」
セリスは肩をすくめた。
空へ渡るとは、こちらの言い回しで『亡くなる』という意味だ。
つまり、遺言のようなものだろう。
「それなら、お子さんとかは?」
ブリギッテがさらりと質問を口にした。
それはカイも気になっていたことだ。
「ハルトは、結局結婚せなんだ。なんだったか、『エルフの実態を見てしまうとそういう対象ではなくなる』とかなんとか言っておった。それならエルフ以外で気の合う者と結ばれれば良かったものを」
セリスは、眉を寄せて首を横に振った。
その様子を見たカイとブリギッテ、それにグレータは、一様に首をかしげた。
彼女の言葉の内容もだが、表情にも呆れのようなものが見えるだけだ。
疑問が口をついて出そうになったが、デリケートな内容なのでカイは黙って視線を落とした。
「セリスさんは、だめだったんですか?」
一つ息を吸い込んでから、ブリギッテが思い切ったように聞いた。
グレータも興味津々である。
「我はまだ先が長いからな。焦らずおるよ。エルフの平均的な結婚年齢は六百歳前後であるし」
つまりセリスはまだ六百歳にはなっていないようだ。
しかし、多分ブリギッテが聞きたかったのはそういうことではない。
カイは代わりに質問しようとしたが、グレータの方が早かった。
「ちゃうちゃう。セリスの片割れとセリスが結婚するんじゃあかんかったんかって聞いてんねん。あたしはてっきり、片割れぇ言うしセリスの夫や思い込んどったわ」
カイは思わず大きくうなずいた。
ブリギッテも、長い兎耳まで揺らしながら首を縦に振っている。
「ああ、そういうことだったか。すまなんだな、言葉が足りなかったようだ。ハルトは、我の双子の弟だよ」
セリスは、プラチナ色の髪をさらりと揺らした。
「えっ!」
「弟?!」
「双子の?!」
「だうだうだーぁ!!!」
驚く大人たちの声を、もっと大きなエトガーの声がかき消した。