作品タイトル不明
第75話 「そっか……。ちょっと寂しくなるね」
「黒っぽくて鉄じゃない鉱石?あと、緑っぽい鉱石?」
「うん。僕もちゃんと実物を見たことはなくて、王都の図書館で絵を見ただけなんだけど」
カイは、ステンレスを作るために材料となるクロム鉱石とニッケル鉱石を探すため、商店で相談していた。
かろうじて、図鑑のようなものでそれらしい鉱物について読んだことはある。
ただし、実物を目にしたことはない。
「鉱石かぁ。うーん、さすがにツーレツト町でちょっと探したくらいじゃ見つかりそうにないわね。鉱山は東の方だから、そっちにあたらないと」
ヒルダは、腕を組んで口を尖らせた。
茶色い耳がぴこぴこと動いている。
「そこまで急がないから、ほかの仕入れのときについでにお願いできるかな?鉱石のためだけにほかの町に行かないといけないなら、その分の依頼料は上乗せしてもいいから」
カイが頼むと、ヒルダは頷きながら首をかしげた。
「別にいいんだけど、そんなに重要なものなの?」
聞かれたカイは、セリスのオルゴールを思い出しながらゆっくりと首を縦に振った。
「うん。あの金属、鉄とクロムとニッケルを混ぜたものだったんだけど、錆びにくくて丈夫で長持ちするんだ。比率が重要みたいで、同じように混ぜて作った金属ならワインの醸造に使う金属ももっと長持ちすると思う。もちろん材料費は高くなるだろうけど、錆びにくさを考えるとその価値はあるはずなんだよ」
滔々と語るカイにきょとんとしてから、ヒルダは尻尾を揺らして苦笑した。
「よくわかんないけどわかったわ。材料を判断できる人がいれば頼んで、『クロム』と『ニッケル』の鉱石を手に入れればいいのね。わからなかったら、似たような特徴のある鉱石をいくつかまとめて仕入れる、で大丈夫?」
「あはは、すごい金属だったからつい。うん、それでお願い」
カイは、思わず握りしめていた手を開き、軽く頬を掻いた。
「いくつもまとめて仕入れたら、それなりに割高になるわよ」
「大丈夫。今後も使うことになるだろうから」
ステンレスを作れるようになれば、需要は必ずあるだろう。
ただし、材料を沢山仕入れることができるかは分からないので、コストは高くなりそうだ。
「わかった。次の仕入れは王都の方に行く予定だから、ついでに見てみるわ。わたしと父さんで行ってくるから、多分仕入れてこれると思う。なかったとしても、手掛かりくらいは持って帰ってくるからね」
腰に手を当てたヒルダは、胸を張って言った。
なんとも頼もしく感じるのは、彼女の自信もあるが、ヤーコブが一緒というところだろう。
そこには言及せず、カイは別の話題を振った。
「助かるよ、ありがとう。王都の方ってことは、戻るまでに結構時間かかる感じ?」
「そうねぇ。年に一回の大掛かりな仕入れだから、一ヶ月ちょっとくらいかしら」
どうやら、かなり長く留守にするらしい。
「そっか……。ちょっと寂しくなるね」
なんとなく思ったままに言うと、ヒルダは耳をピンと立てて目を瞬いてから頬を緩めた。
「別にもう会えなくなるわけじゃないし。カイは村にいるんでしょ?だったら仕入れが終わったらまた会えるわよ。……どこにも、行かないわよね?」
ふと、ヒルダはカイの目を見て言った。
カイは大きくうなずいた。
「もちろん、行かないよ。仕事でツーレツト町に行くことはあるだろうけど、それくらいじゃないかな。あ、でもしばらくは暑いから、あんまり歩きたくないかも。よっぽどじゃないと村からは出ないと思う」
まだまだ夏なので、日差しが暑いし動くだけでも汗をかく。
首からかけた布で額の汗を拭いたカイは、思わず小さくため息を吐いた。
「ふふ。カイは暑いのが苦手なのね。まあ、家もやっと整ってカイの言うところのゆっくりした生活ができているんだもん。また旅に出たりしないわよね」
「そうだよ。やっと落ち着ける村を見つけたんだから。あちこち見るのは嫌いじゃないけど、安心できるベッドには代えがたいよ。野宿が続くのは結構しんどい」
カイが言うと、へにょりと下がりかけていたヒルダの耳と尻尾がぴこんと立ち上がった。
「そっか。うん。じゃあ、ちゃんと仕入れてくるから待っててよね」
「ありがとう。頼むね」
にっこりと微笑んだヒルダの表情に不安が見えなくなり、カイもほっとして口角を上げた。
ヒルダとヤーコブが仕入れのために旅立った次の日、朝から薪拾いのために南の森へ向かおうとしていたカイは、街道をこちらに向かう馬車に気づいた。
街道からは少し離れていたが、開けているので良く見える。
そこに知った顔を見つけて、カイは思わず立ち止まった。
向こうも気づいたらしく、大きく手を振った。
「カイ!久しぶりだな!」
「ライナーさん!!」
カイも手を振り返し、街道の方へと小走りで向かった。
ライナーは、幌付きの馬車の御者台に座っていた。
ちらりと見える中には、家具や箱がぎっしりと積み込まれている。
手綱を引いて、ライナーは馬車を止めた。
「ライ、知り合い?」
家具の隙間から、黒っぽい耳を頭上で揺らす女性が顔を覗かせた。
優しそうに垂れた目には、少し疲れを感じる。
「ああ。村の南の端に住んでるカイだ」
「はじめまして。ヴィーグ村に住んでいる、修理屋のカイです」
「あらご丁寧にどうも。あたしはライナーの妻のグレータや。風魔法使いの冒険者なんやけど、今は子育て中やでな。バンガードの仕事は休んでるわ」
独特のイントネーションで話すグレータは、目元を緩めて自分の横にある箱の中をそっと撫でた。
どうやら、二人の子どもはまだ眠っているらしい。
「長旅お疲れ様でした。今の時間なら、デニスさんはまだ自宅にいると思います。バンガードの皆さんが家にいるかはちょっとわからないんですが」
「ああ、まずは借家に行ってみるよ。なるべくゆっくり来たんだが、やっぱりグレータもエトガーも疲れているからな」
軽く後ろを振り返ったライナーは、グレータと目線で会話していた。
さすが夫婦である。
「あ、そうだ。ライナーさん、おかえりなさい。グレータさんたちも、ようこそ」
思い出したようにカイが言うと、ライナーはニッと笑い、グレータは笑顔でうなずいた。
「ああ、ただいま」
「これからよろしゅうな」
荷物から見るに、なんとか妻を説得できたライナーは、当面ヴィーグ村に住むために引っ越してきたようだ。
グレータも納得しているようで、終始雰囲気は柔らかかった。
村に向かうライナーを見送って、カイは改めて森に向けて足を進めた。
きっと、ヒルダが戻ってきたらバンガードのメンバーが全員揃ったと知って喜ぶに違いない。
飛び上がるヒルダを想像して、カイは思わず頬を緩めた。