軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

158. みかんと言ったら

アティアルド殿下とお話し、用意してあったブッシュ・ド・ノエルなどを食べてもらった後。

私はクロードお兄様に与えられた部屋へと向かっていた。

「クロードお兄様、入ってもいいかしら?」

「あぁ、いいよ」

中に入ると予想通り、クロードお兄様は本を読んでいるところだった。

昔から、クロードお兄様は本の虫で、私が小さい頃にはよく、読み聞かせもしてくれていた。

そのおかげか私も本は好きだし、兄妹関係は良好なのだった。

「改めて久しぶり、レティ。元気にしてたかい?」

「楽しく過ごしているわ。クロードお兄様はどう?」

「ぼちぼちだね。国に帰った時には、兄上達によくどつかれてるよ」

「ふふ、そちらも変わりないのね」

故郷での日々を思い出し、私はくすりと小さく笑った。

わが公爵家の四人兄弟は仲が良かったのだ。

上二人のお兄様はスパルタだけど、なんだかんだ私とクロードお兄様を可愛がってくれている。

お父様もお顔は怖いけど子供思いで、家族関係はおおむね良好だ。

懐かしく思っていると、クロードお兄様が笑みを消しこちらを見ている。

珍しく真顔だった。

「フリッツ殿下に婚約を破棄され、レティを取り巻く多くのことが変わったはずだ。……でもやっぱり、レティ本人は変わっていないようで安心したよ」

「クロードお兄様……」

少しどきりとしてしまう。

フリッツ殿下に、婚約を破棄された直後。

強い精神的ショックを受けたせいか、私は前世の記憶を取り戻している。

だからと言って別人になった感覚はなく、どちらも同じ私だと認識していた。

性格は、どうなんだろう?

全く変わっていないことはないけど、一人の人間の性格の振り幅として、普通にありえる範囲だと思う。

早くに母上を亡くしている私は、目の前のクロードお兄様に可愛がられて育っている。

ルシアンをのぞけば、今まで一番長く一緒に過ごしているのはクロードお兄様だ。

そのクロードお兄様はこの通り、マイペースでのんびりとした性格で、一般的な貴族とはややズレた価値観の持ち主だ。

私も影響を受け、やはり普通の貴族とはズレている自覚があった。

自覚があるからこそ私は、外では立派な公爵令嬢として振る舞おうと頑張っていた。

特に婚約破棄されるまでの数年は、フリッツ殿下の婚約者として、未来の王妃として相応しくあろうと気を張っていて、精神的な余裕がなかったのだ。

前世の記憶を取り戻した影響は、素の能天気な性格と、公爵令嬢として磨き上げた性質の、表に出る割合が変わったことくらいな気がした。

その程度の違いだけど、長年一緒に過ごしたクロードお兄様には気が付かれたのかもしれない。

クロードお兄様はこう見えて、時々怖いくらい勘が鋭いのだ。

「私は私よ、クロードお兄様。何か気になることでもあるの?」

「いや、ないよ。レティが楽しくやれてるならそれで十分だよ」

レティは俺の可愛い妹だからね、と。

クロードお兄様がへらりと口元を緩め笑った。

「この国に来て、グレンリード陛下にはよくしてもらってるのかい?」

あっさりと話題を変えるクロードお兄様。

少し拍子抜けしつつも、私は会話を続けた。

「とてもよくしてもらっているわ。お飾りの王妃だと軽んじられることもないし、誠実に向き合ってくださっているもの」

「へぇ、だいぶ気に入られているんだね」

常緑樹の瞳を細め笑うクロードお兄様に、私は苦笑を浮かべてみせた。

「うーん、そこまでじゃないかも? あ、でも、料理は気に入ってくださっているわ。私、婚約破棄されて吹っ切れて、よく料理することになったの。今度お兄様も食べてみる?」

「お酒にあう料理はあるかい?」

「あるけど、飲みすぎないでね? 昼間からお酒臭いのは嫌よ」

釘を刺しておく。

クロードお兄様は読書と同じくらい、お酒を飲むのも好きだ。

お酒に強くもあるため、気がつくとどんどん酒杯を乾していた。

「昼に飲んでも夜に飲んでも酒は酒。お酒に罪はないよ」

「だとしても、酔い潰れる人間にはあるわ」

「酔い潰れるのが罪なら、大人の多くは罪人だよ」

肩をすくめるクロードお兄様。

酒飲みのへ理屈を、ぶつぶつと口にしていた。

「もうっ、お兄様ったら」

いつも通り、変わらないクロードお兄様に笑ってしまう。

久しぶりの会話を楽しく進め、そろそろ帰るかという時に、今後の予定を確認することにした。

「俺は明日にも、この離宮を発たせてもらうつもりだよ。ここへは、レティの顔を見にきただけだからね」

「今日来たばかりなのに慌ただしいわね」

「ここには本がないからね。持ち込んだ手持ちの本も、もう読み終わってしまうところさ。王都の適当な場所に下宿して、仕事しつつ読書しているよ」

クロードお兄様の所属は、エルトリア王国の蔵書局だ。

任されている仕事は、各国の図書館や個人所有の書庫に赴き書物を読み解き、エルトリア王国の歴史についての記述を収集し体系化すること。

と言うと真面目に聞こえるけど、実際はかなりの閑職かつ不人気職だった。

職務の性質上、各国に飛ばされるのが主な理由だ。

長い歴史を持つエルトリア王国の貴族は、他国を下に見ている人間が多かった。

これといった外交の権限や華々しい役割もなく、各国へと派遣されることになる仕事は、避けようとする貴族が大半のようだ。

「俺はしばらく王都にいるから、遊びに来てくれたら嬉しいよ」

「えぇ、もちろん! お兄様が本で埋もれていないか、ルシアンと共に見に行くわ」

のんびりと笑顔のクロードお兄様と、私は再会の約束をしたのだった。

◇ ◇ ◇

森の離宮での滞在は、アティアルド殿下の先祖返り発覚以外トラブルもなく過ぎていった。

私が王都へ戻ってからは時折離宮で、アティアルド殿下とお茶をする関係になっている。

アティアルド殿下は、獣人への偏見が薄かった。

他国の人間を下に見ることもなく温厚なため、この国の住人にはおおむね好意的に迎えられているようだ。

「クロードお兄様の方も、この国で上手くやれてるかしら」

王都を走る馬車の中。私は窓から進行方向、クロードお兄様の下宿先がある方向を見た。

クロードお兄様は私の離宮に遊びに来た時、庭師猫に気に入られ、飼い主になっている。

その庭師猫が寒さが苦手な子だったため、飼い主となったクロードお兄様に、私は一つ贈り物をしていた。

今日はその贈り物の使われ具合を確認しに、クロードお兄様の下宿へ向かっていた。

「来たわよ、クロードお兄様。入るけどいい?」

「入って来てくれ。鍵は開けてあるよ」

王都にある単身者向けの建物の一階で、クロードお兄様は暮らしていた。

交通の便はよくないところだが、その分家賃は安いようだ。

浮かせた家賃分で、さっそく書物を購入しているようで、下宿には早くも、書物の山がいくつも築かれていた。

「あら、ヘイルートさんもいらしてたのね」

「お邪魔してるっす。いやぁ、この紋章具、いいものですねぇ」

クロードお兄様の友人でもある、画家のヘイルートさんだ。

くつろいだ様子で座り、足を布団の中へと入れている。

ヘイルートさんが使っているのはコタツだ。

より正確に言えば、コタツによく似た紋章具。

天板の下に熱を発する紋章具が取り付けられてあり、熱を逃がさないよう、外側を綿入りの布団で覆ってあった。

コタツにはクロードお兄様とヘイルートさんが、のほほんと足を入れている。

ヘイルートさんが座るのと反対側の布団の上では、白黒ハチワレ模様の庭師猫も丸くなっていた。

「みーちゃんも、コタツを気に入ってくれたみたいね」

みかんが好きだからみーちゃん。

そして、みかんといったらコタツだよね、という連想ゲームによって、寒がりのみーちゃんのためにコタツ(に似せてリディウスさんと一緒に作った紋章具)を贈ることになったのだ。

コタツの恵みに私もあやかろうと、いそいそと座り布団へと足を入れる。

じんわりぽかぽかとした温かさに包まれ、心までほぐれていくようだ。

「コタツ、いいわよね……」

「わかる」

「わかるっす」

「にゃにゃぁ~」

三人と一匹、温かなコタツを満喫する。

冷え込みが強まる晩秋、コタツはとてもありがたかった。

「みかん、一個もらうわね」

「にゃっ!」

頷くみーちゃんの許可を得て、みかんの皮をむいていく。

筋をとったら半分に割って、片方をみーちゃんに渡してやる。

みかんを育ててくれたお礼だ。

向かいに座るクロードお兄様も、みーちゃんにみかんをむいている。マイペースなお兄様だけど、昔私に読み聞かせをしてくれたりとなんだかんだ、面倒見はいい方だった。

「みーちゃん、クロードお兄様との生活はどう?」

「にゃうみゃうにゃ~~~~」

みかんをむき献上してくれるので満足です、と言うように頷くみーちゃん。

庭師猫の肉球じゃ、綺麗にみかんをむくのは難しいものね。

クロードお兄様とはのんびりとした気性のもの同士、上手くやれているみたいで安心なのだった。