作品タイトル不明
159.苺があればどこへでも
お兄様の下宿先へ、みーちゃんとコタツの様子を見に行った翌日。
私は離宮にアティアルド殿下の訪問を受け、お茶菓子を出していた。
「アティアルド殿下は、たいそう評判が良いようですね」
王都へやってきて一月ほど。
アティアルド殿下は社交に精を出し、多くの有力者と縁を繋ぎ友好的な関係を築いているようだ。
そんなアティアルド殿下は茶器を置くと、控えめな笑みを浮かべている。
「レティーシア様のお力添えのおかげです。紹介いただいた方々はみな、レティーシア様をお褒めしていましたよ。早くもこちらの国で、愛され慕われているのですね」
「ふふ、それは料理のおかげかもしれませんわね。美味しい料理は、絆を結ぶよすがになってくれますもの」
「違いありません。このタルトも、とても美味ですからね」
チョコをふんだんに使ったタルトを、アティアルド殿下にお出ししていた。
アティアルド殿下はチョコレートがお好きだ。
森の離宮で出したブッシュ・ド・ノエルで、チョコレートの虜になったようだった。
和やかに歓談し、お茶菓子が胃に消えたところで。
アティアルド殿下が、確認するように言葉を紡いだ。
「レティーシア様はこの国で、心健やかな毎日を送っているのですね」
「えぇ、この国の方々には、とてもよくしてもらっていますわ。この地を既に、第二の祖国のように感じていますもの」
「祖国、ですか。……エルトリアでの婚約破棄の件についてはもう、思い出されることも少なくなっているのでしょうか?」
「あまりありませんわ」
あんなこともあったなぁ、と。時々思い出す程度になっている。
私が婚約破棄された後、国がどうなったかは気になり情報を仕入れてはいるけれど。
婚約破棄そのものや、元婚約者のフリッツ王太子、私の代わりに婚約者になったスミアについて、個人的に思い返すことは滅多になくなっている。
過去の出来事として、割り切っている状態だった。
「料理を作り、陛下とお話し、この国の方々と共に過ごす。そんな日々を送っていると、楽しくもない過去の出来事を、わざわざ思い出す暇はありませんでした」
「……レティーシア様はお強いですね」
アティアルド殿下は笑みを深くすると、一度目をつむった。
「私が今回こちらへやってきたのは、両国の関係を深めるため以外にも目的があります」
「来年の春先にエルトリア王国で開かれる、国王陛下の在位十周年を祝する式典への招待状を、私と陛下に渡し出席を促すためでしょうか?」
「そうです。でも、それだけでは正確ではありません。国王陛下の在位十周年の式典とあわせ、フリッツ王太子殿下の結婚式を開く予定なのです」
「フリッツ殿下の……」
元婚約者の、結婚式への出席。
私にフリッツ殿下への執着はないとはいえ、向こうの行動次第で、一歩間違えれば修羅場になりそうな状況だ。
「それは、私が出席しても大丈夫なのでしょうか?」
「結婚する二人は、レティーシア様の出席を望んでいるそうです。……自分たちはこんなに幸せになったのだと、見せつけたいと思っているようです」
「そう……」
だとしたら断りにくかった。
結婚式の招待客は、結婚する人物の格を測る一種の目安になる。
お飾りとはいえ一国の王妃である私が出席した方が、二人の結婚により箔がつくとあちらも思っているのかもしれない。
国王陛下の在位十周年の式典に出席しておいて、直近のフリッツ殿下の結婚式に欠席しては、どうしても角が立ってしまう。
だからといって、国王陛下の在位十周年の式典まで欠席するのは、外交上よろしくない選択だ。
向こうが結婚式にきてくれと言うなら、断りにくい状況だった。
「私自身は、レティーシア様を結婚式に招待することは反対でした。一方的に婚約を破棄し国から追い出しておいて、結婚を祝福しろなどと虫のいい、レティーシア様のお心を踏みにじる行為に思えてならなかったからです。……ですが、この国へ来てこうして、レティーシア様とお話してわかりました。レティーシア様は婚約破棄について乗り越え、この国の王妃として立派に振る舞われています。そんなレティーシア様なら、結婚式にお呼びしても大丈夫かと、そう考えるようになったのです」
「……そうだったのですね」
考える。
考え、そして選択した。
「わかりました。エルトリア国王陛下の在位十周年の式典と、フリッツ殿下の結婚式。両方出席する方向で、陛下に提案してみたいと思います」
十七年間暮らしていた、故郷エルトリア王国への訪問を。
私は決意したのだった。
◇ ◇ ◇
陛下にお話しし相談した結果、私のエルトリア王国行きは正式に決定した。
ここを発つのは来年の初春。まだ少し先だが、ぼちぼち準備をしていく必要があった。
「にゃう?」
机に座り、今後の予定を考えていると、いっちゃんが近くへと寄ってきた。
身軽に机へと飛び乗り、ライトグリーンの瞳でこちらを覗き込んでくる。
「いっちゃん、今度ね、私、追放された故郷に戻ることになったのよ」
右手を伸ばし、小さな頭を撫でてやる。
気持ちよさそうに、いっちゃんは髭を揺らし瞳をつむっていた。
「しばらくこの離宮を空けることになるけど、いっちゃんはどうする?」
問いかける。
いっちゃんが目を開け、こちらを見上げてきた。
「にゃにゃっ!」
「わっ」
すりすり、もふもふ。私の体に、いっちゃんが頭をこすりつけていた。
近くにいたい、と。意思を示しているのかもしれない。
「いっちゃんも、一緒に来てくれるの?」
「にゃっ!」
勢いよく頷いたいっちゃんは、まるで。
『苺料理を出してくれるなら、どこまでもついていく』、と。
そう告げているようだった。
「ふふ、ありがとね、いっちゃん」
私は微笑み、いっちゃんを一撫でしたのだった。