作品タイトル不明
156.種族を超えた友情は良いものです
閉じられた部屋で陛下と二人っきり。
いかにも、艶っぽい何かが始まりそうだけど。
「ぐぅあうっ!」
始まるのはもふもふタイムだ。
ぐー様の姿になった陛下が、長椅子に座る私の横へ来た。
ちょうど撫でやすい高さに、銀色の首筋から背中がきている。
「では、失礼しますね」
「ぐっ」
『撫でるがよい』
という陛下の許可を得て背中を撫でていく。
先祖返りである陛下は、定期的にぐー様の姿で過ごす必要があるらしい。
ずっと人間の姿でいると息苦しさのような感覚を覚え、ちょっとしたきっかけでぐー様の姿に変化してしまう状態になるのだ。
ぐー様が私の離宮に来ていたのも、時間の有効活用のためだったらしい。
定期的にぐー様の姿になる必要があるが、ぐー様は人と喋れない。
肉球では羽ペンを持つことも、一人では書類をめくるのも難しかった。
国王である陛下は多忙だ。
ぐー様の姿の間でいる間、ただまんじりと過ごすのは時間がもったいない。
そこで王妃である私の様子を観察し問題を起こしていないか確認するために、ぐー様の姿で離宮にやってきていたらしかった。
しばらく毛皮を撫でさせてもらった後、ローテーブルの上に書類を広げる。
「ぐあっ!」
「はい。次の書類にいたしますね」
陛下の合図で、重ねられた書類をめくっていく。
黒い鼻を時折ぴすぴすと動かしながら、真剣なまなざしで文字を追うぐー様。
……陛下には言えないけど、ちょっとだけおもしろい。
書類を読む狼、というレアな光景を見守りながら、陛下の指示を受け書類をめくっていく。
普段はこの役目、陛下の腹心のメルヴィン様が手すきの時にしていたらしい。
しかし今は、陛下の代理人としてメルヴィン様が王城に留まっているため、私は代役を務めることになったのだ。
目を通し終わった書類が小さな山になった頃、陛下は人間の姿へと戻った。
「助かった。これであと数日は、狼の姿にならずともすみそうだ」
「良かったです。では、私は失礼いたしますね」
陛下は書類の確認の続きを行うようだ。
私は一礼すると、扉の外に控えていたルシアンと共に、すぐ隣にある自分の居室へと戻った。
万が一があってはならないから、と。
陛下と私の寝室は別にされている。
扉を開けると、すぐさまいっちゃんとぴよちゃんが走り寄ってくる。
「にゃぁ! にゃにゃぁにゃあ!」
「ぴぴよっぴー!」
二匹とも目的は食事だ。
種族は違えど、食べることが大好きなのは同じだった。
いっちゃんには取り分けておいた、ブッシュ・ド・ノエルを出してやる。
クリームに入っている苺は、いっちゃんが育てたものなのだ。
「にゃにゃっ!」
どこから取り出したのか、いっちゃんが苺をいそいそと上にのっけている。
切り株の上に並ぶ苺に満足すると、さっそく食べ始めた。
「ぴぴっ!」
「よしよし、ぴよちゃんもご飯ね」
ふわふわの羽毛に手を当て、魔力を流してやる。
今回、フォンや他の庭師猫達はお留守番だ。
私の離宮に集まったもふもふのうち、いっちゃんとぴよちゃんだけを連れてきている。
「にゃあ……」
「ぴぴよぴ……」
満腹になり、幸せそうに身を寄せるいっちゃんとぴよちゃん。
私の近くで一緒に過ごすことの多い二匹は、種族の違いを超え仲良くなっていたのだった。
◇ ◇ ◇
「やっぱり、雨になってしまいましたね」
アティアルド殿下がいらっしゃる当日。
私は色づいたイチョウを思わせる黄色のドレスで、離宮の玄関ポーチに立っていた。
天候はあいにくの土砂降り。
雨音にかき消され、近づいてくる馬車の音も聞こえづらそうだ。
道がかなりぬかるんでいるようで、アティアルド殿下の到着は予定より遅れている。
待っているとやがて、一台の馬車が近づいてきた。
車輪が止まり、開かれた扉から現れたのは。
「やぁ、レティ。久しぶりだね」
「……え?」
驚き、そして喜び、懐かしさ。
クロードお兄様だ。
馬車から降りてきたのは、私をレティと愛称で呼ぶ、クロードお兄様だった。
ダークブラウンの髪に、常緑樹の緑の瞳。
私を可愛がってくれていたクロードお兄様が、ゆるい笑顔でそこに立っていた。
「クロードお兄様? なぜいきなりこちらへ?」
私より、五歳年上のクロードお兄様。
王立学院卒業後は従軍義務を果たし、今は仕事で各国を転々としている。
とはいえ、使者だとか外交官だとか、そんな要職ではなくむしろ閑職。
上二人のお兄様と比べ凡人、地味、と。
陰口を叩かれることも非常に多かった。
クロードお兄様本人は気にしていないので、特に問題はないけどね。
他人や外野に何を言われようが、気に病むような繊細な神経をクロードお兄様はしていない。
のんびりと、趣味の読書を楽しみ本に埋もれる生活をしているようだ。
「ちょうど仕事で、この国に来ることになったんだ。レティがこの離宮に滞在すると聞いてね。会いに来たら道中で、アティアルド殿下の一行と出会った。行き先が同じだから、合流させてもらったんだ」
「そうでしたの……、アティアルド殿下は今どちらに?」
クロードお兄様の降りてきた馬車の後に、やってくる馬車はいない。
叩きつけるような雨が、木々や道へと打ち付けているだけだ。
「雨脚が強いだろう? 運悪く、アティアルド殿下の乗っていた馬車が、ぬかるみにはまってしまったんだ」
軽く事情を説明すると、クロードお兄様は陛下へと顔を向けた。
「レティーシアの兄、クロードです。グレンリード陛下が、この離宮の今の責任者ですよね? 馬車をぬかるみから引き出すための、工具と人を借りられませんか?」
一国の王である陛下を前にしても、クロードお兄様はどこか気の抜けた笑顔のままだ。
私以上に、マイペースな性格だった。
「わかった。人を回そう」
陛下が指示を出していく。
すぐに馬を走らせ、アティアルド殿下の元へ向かわせている。
しばらくすると、四頭立ての馬車がやってきた。
降りてきたのは茶色の髪に黒い瞳の、王弟アティアルド殿下だ。
馬車に酔ったのか雨の冷気がこたえたのか、顔色があまり良くないようだった。
「……陛下?」
傍らの陛下を見上げる。
歓待の言葉をかけるはずが、アティアルド殿下を凝視していた。
何か気にかかることがあったようで、しばの沈黙の後にようやく、唇を開くことになる。
「……雨の中よく来てくれたな、アティアルド。長旅の疲れを癒すため、まずは少し体を休めるか?」
「ありがたいお言葉です。甘えさせていただきますね」
アティアルド殿下が頷く。
やはり体調が優れないようで顔色が青白い。
横になり寝転がることもできる、ゆったりとした長椅子の設置された部屋へ案内していく。
部屋へ入ったのは私と陛下、クロードお兄様、そしてアティアルド殿下とお付きの従者だ。
扉が閉められ、外からの冷気が遮断されると、アティアルド殿下が息をついた。
「すまない。これからお見苦しい姿を見せる。もう耐えられなさそうだ」
「どうされたのですか? もしや吐き気で、もっ……⁉」
驚き、声をあげ固まってしまう。
何ごと⁉
突如、アティアルド殿下の体が光り輝き始めたのだ。
光が収まると、アティアルド殿下の姿は消え去ってしまっていた。
「……鹿?」
「鹿だねぇ」
のんびりと笑顔で言うクロードお兄様と、戸惑う私の前には。
濃い茶色の体に、ゆるやかに湾曲し上を向く一対の角。
すらりとした四本の脚で、一頭の鹿が立っていたのだった。