作品タイトル不明
155.部屋で陛下と二人きり
「レティーシア様、ありがとうございます! おかげで助かりました!」
ケルネル公爵が捕らえられた三日後。
北の離宮を訪ねると、ミ・ミルシャ様が駆け寄ってきた。
テオドールの逃走を助けた黒幕がケルネル公爵だと暴かれたため、ミ・ミルシャ様はいくらかの事情聴取の後、晴れて自由の身となったのだ。
ちなみに。
ケルネル公爵が濡れ衣をなすりつける相手として、ミ・ミルシャ様を選んだのは、二つ尾狐が理由だったようだ。
偶然、二つ尾狐の持つ不思議な力を知ったケルネル公爵は、自らの手足として使うための二つ尾狐を、手に入れようとしていたのだ。
二つ尾狐の捕獲に成功すればそれで良し。
捕獲に失敗しても、罪人に仕立て上げたミ・ミルシャ様の身柄を利用し、雪狐族から二つ尾狐を強請り取ろうとしていたようだ。
「一見無事落着、妾もこの子も、レティーシア様に感謝してますわぁ」
事件解決から三日目の今日、私はミ・ミルシャ様達の元を訪れていた。
同席するイ・リエナ様は横に二つ尾狐を侍らせており、更にその横には、ガイ・グルト様が立っている。
「ふふ、ありがとうございます。撫でてお話させてもらってもいいですか?」
「もちろん、どうぞ撫でてやってくださいませ」
『どうぞだよ~~』
イ・リエナ様の許可を得て、五つ尾の二つ尾狐をモフり会話していく。
たっぷりと毛並みを堪能し話をし終えると、イ・リエナ様が瞳を細めこちらを見ていた。
「レティーシア様にはほんとうに、お世話になりましたわ。ミ・ミルシャの二つ尾狐のことも助けてもらいましたし、恩返し頑張りますわぁ」
「恩返し、ですか……」
「あらん? 何か妾に、して欲しいことがあるのかしら?」
「……質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何かしら? できる限り、答えさせてもらうわ」
イ・リエナ様の許可を得て、私は気にかかっていた点を切り出した。
「ミ・ミルシャ様はなぜあれ程までに早く、嘘の自白をしてしまったのですか?」
少し不思議だったのだ。
ミ・ミルシャ様は嘘の自白をしないと、イ・リエナ様にまで迷惑がかかると脅されていたらしい。
が、少し考えれば、ミ・ミルシャ様が嘘の自白をして罪を被った方が、縁者であるイ・リエナ様にかける迷惑は大きいとわかるはずだ。
イ・リエナ様をお姉さまと慕うミ・ミルシャ様が、イ・リエナ様に不利となる選択をした理由。
私には一つ心当たりがあり、確認してみることにしたのだ。
「わ、私は、そのっ、……脅されて怖くなって、流されて自白をしちゃっただけで……」
目を泳がせながら、しどろもどろに言うミ・ミルシャ様。
腹芸は苦手なようだった。
「ふふ、そろそろ観念しましょうか? 妾はもう、あなたの考えていたことはお見通しよ?」
「え……?」
びくり、と。狐耳を揺らすミ・ミルシャ様。
叱られることに怯える、子供のような姿だった。
「ミ・ミルシャは妾のために。より正確に言えば妾の恋のために、動いていたのでしょう?」
「っ……!」
ミ・ミルシャ様の尻尾が、針金を通されたようぴんとなった。
「……やはり、ミ・ミルシャ様は、イ・リエナ様の恋を叶えようと考えていたのですね」
「ふふ、レティーシア様もお気づきだったのね?」
「いくつか手掛かりがありましたので」
まず一つ目は、舞踏会の日のこと。
イ・リエナ様たちのいる小部屋から漏れてきた声は、
『なぜイ・リエナお姉様がお心を殺して』という、穏やかでないものに聞こえたのだ。
二つ目は、ミ・ミルシャ様がイ・リエナ様のためにと、早すぎる嘘の自白をしたこと。
そして三つ目。以前陛下がイ・リエナ様に対して、
『あいつは嘘をついている』『その嘘を責めるつもりはない』と言っていたのを思い出したのだ。
これら三つを合わせ浮かんでくる、次期王妃候補であるイ・リエナ様がついていた嘘。
すなわち、陛下の王妃を目指す身でありながら、心に他に思い人がいるということだ。
「イ・リエナ様の恋のお相手はガイ・グルト様であり相思相愛。私の推測、あたっていますか?」
「ご名答。よくわかったわね」
イ・リエナ様に思い人がいる。
それを念頭に過去のイ・リエナ様の姿を思い返すと、ピンとくる相手がいたのだ。
舞踏会の日、暑さにやられたイ・リエナ様の近くに、ガイ・グルト様は寄り添っていた。
イ・リエナ様のような女性が自らの弱った姿を、ただの知り合い程度の異性に晒すのかと疑問を覚えていたのだ。
ぱちぱちと拍手をするイ・リエナ様の一方、ミ・ミルシャ様は、顔を青くしている。
「ミ・ミルシャ様はイ・リエナ様の恋を叶えるために、イ・リエナ様が次期王妃に選ばれなくなるよう、足を引っ張ろうとしたのね?」
だからこそ、イ・リエナ様に不利になる自白の強要も、つい受け入れてしまったのだ。
「ち、違いますっ! 足を引っ張るなんてそんな! 私はイ・リエナお姉さまの幸せを祈って!」
「違わないわ」
自らに言い訳するように必死なミ・ミルシャ様の言葉を、私はばっさり否定した。
「イ・リエナ様がガイ・グルト様を慕っていようと、その恋心を封じ王妃候補になると決めたのはイ・リエナ様の選択であるはずよ。その決意を、他人が勝手に捻じ曲げてはいけないわ」
「っ……!」
ミ・ミルシャ様が黙り込んだ。
彼女も薄々自分の考えが、間違っていると理解できているのだ。
イ・リエナ様もガイ・グルト様も、第三者からはほとんど、お互いを恋い慕っているとはわからない距離を保っていた。
イ・リエナ様は内心どんな思いがあろうとも、自らの一族のため国のため、恋心を封じ次期王妃候補としてこの王城にあがってきたのだ。
「私は……。でも、私はっ……!」
「レティーシア様、そんなに、ミ・ミルシャを責めないであげてね?」
ぽんぽん、と。
黙り込むミ・ミルシャ様の頭を、イ・リエナ様が撫でていた。
「元はと言えば妾が、ガイ・グルトへの思いを隠しきれなかったせいで、ミ・ミルシャが暴走してしまったのよ」
「イ・リエナ様はごく親しい相手以外には、きちんと思いを隠されていました」
「だとしてもやはり、妾の責任よぉ。妾は雪狐族の未来を背負って、王妃候補とし王城に来たんだもの。ミ・ミルシャの暴走だって、雪狐族の代表として責を負うべきだと思うわぁ」
「イ・リエナ様……」
ご立派だった。
自らの恋心より、国と一族のために生きようとしていて。
自らを慕う者の犯した過ちを、受け入れ償おうとする器がある。
妖艶な雰囲気の持ち主で、最初は腹で何を考えているかわからなかったけど、高位貴族の女性として次期王妃候補として、誇り高く在られているようだ。
「ふふ、それにね、ミ・ミルシャの暴走は、レティーシア様も原因の一つだったりするのよ?」
「私が?」
まるで心当たりがなく戸惑ってしまう。
細く白いイ・リエナ様の指が、私を指し示した。
「そう、レティーシア様よ。あなたのこと、ミ・ミルシャはこの国の王妃としてとても気に入っていたでしょう? レティーシア様が王妃のままいてくれれば、妾が次期王妃にならず恋を叶えてもこの国は大丈夫だろうって、そう思ってしまったみたいね」
「……」
咄嗟に答えられず、黙り込んでしまった私へと。
「妾も、ミ・ミルシャと同じ思いですわよ? 少し前までは、ナタリー様達他の王妃候補が頼りなくて、どうにか妾が次期王妃になろうと考えていたけれど……。今はレティーシア様がいてくれますものね?」
イ・リエナ様がゆったりと、含みを持たせ笑いかけたのだった。
◇ ◇ ◇
テオドールの逃走に始まった一連の騒動は、秋を迎える前に終結することになった。
ミ・ミルシャ様に濡れ衣を着せた張本人であり、全ての元凶であるケルネル公爵は生涯幽閉が決定。
テオドールも捕らえられ、今度こそ厳重な監視の元、祖国へと送り返されている。
天馬の盗難は、ウィルダム翼皇国ではかなりの重罪だ。
エルネスト殿下曰く、まだ刑罰は正式決定していないとはいえ、この先数十年の投獄はまず間違いないと言っていた。
ウィルダム翼皇国よりの使者も帰国した今、私の離宮は落ち着きを取り戻している。
週に数回開かれるお茶会の準備以外は、のんびりとした時間が流れていた。
イ・リエナ様から向けられた笑みを。無言で投げかけられた問いかけを。
時に考え悩みながらも、私は料理に精をだしていた。
「――――よしっ! 完成っ!」
目の前にあるのは、厨房で作った洋梨のロールケーキだ。
出来栄えを確認していると、厨房に鳴き声が迫ってきた。
「にゃー」
「なーぉう?」
「みにゃうにゃ!」
てくてくぞろぞろと集まり、厨房のすぐ外でスタンバイする庭師猫達。
食欲旺盛な庭師猫達には、朝昼晩に加えおやつも毎日出していた。
離宮に住み着く庭師猫は、既に六十匹を超えている。勢ぞろいするとなかなかに圧巻で、見ていて飽きないのだった。
「でも、明日からは少しの間、お別れになるのよね」
季節は秋の真ん中。
森の木々が美しく、葉を色づかせる季節だ。
私は陛下と一緒に、広葉樹の森の湖のほとりに建つ離宮で、十日間ほどを過ごす予定だった。
離宮は数代前の国王により建てられたもので、代々の国王夫妻は秋のいくばくかを、離宮で過ごすのが伝統になっている。
国王夫妻の来訪により、地元の村も盛り上がり経済効果が出るため、代々伝統が引き継がれてきているようだ。
森の離宮では、基本的に陛下と同じ建物で寝起きすることになるらしい。
普段、丸一日どころか数日顔を合わさないこともざらにある私達の、初めての夫婦らしい暮らしになるのかもしれない。
楽しみに思っていると、侍女が封蝋の押された手紙を持ってきた。
「エルトリアの、王弟殿下の紋章……?」
現エルトリア国王の年の離れた弟、アティアルド殿下からだった。
アティアルド殿下は国王陛下に代わり、各国を外交で飛び回っている。この国にも、やってくる予定なのかもしれない。
封蝋をはがし中身を読んでいく。
やはり、アティアルド殿下は近くこちらの国へいらすようだ。
まずは同国出身である私に、先ぶれの手紙を出すことにしたらしかった。
陛下へとアティアルド殿下の来国予定を伝えた結果、森の離宮で殿下を出迎えることに決定。
祖国を同じくする王妃の私が中心になり、アティアルド殿下歓待の準備を行うことになるのだった。
◇ ◇ ◇
紅葉が盛りを迎えつつあるその日。
十数台の馬車を引き連れ、私と陛下は森の離宮へと出発した。
馬車で片道一日ほど。
ちょっとした旅行気分で、森の離宮へと到着した。
アティアルド殿下の到着は三日後だ。
私は離宮の女主人として、さっそく準備を指示しはじめた。
王城での大々的な歓待と違い、離宮での歓待は比較的こじんまりとしている。
自然に囲まれた離宮で、アティアルド殿下に居心地よく過ごしてもらうのが目標だった。
「こちらが、アティアルド殿下にお出しする予定のケーキの一つです」
厨房を借り作ったケーキの皿を、陛下の居室へと持ってきた。
ブッシュ・ド・ノエル……からクリスマス要素を引いた、切り株を模したケーキだった。
チョコレートを溶かしたクリームをスポンジで巻き、隠し味にはお酒を入れてある。
表面のクリームには木の幹のように筋を入れ、遠目で見れば本物の切り株にも見える仕上がりだ。
「面白い形をしている。この茶色はチョコレートか?」
「そうです。更に飾りに、本物の落ち葉を使おうかなと思うんです」
「落ち葉を?」
「明日から天気が崩れて、アティアルド殿下が到着する日も雨になり外は出歩けそうにありません。なので室内でも秋らしさを感じていただけたら、と思いまして」
汚れ傷みの少ない葉っぱを拾って、丁寧に洗い乾かしたものだ。
切り株ケーキの周りに散らすと、ちょっとした森のようになっていた。
「うむ。面白い良い趣向だと思うぞ。本番もこれにするといい」
「はい! 味も確認されますか?」
「もらおう」
陛下へとケーキを切り分けていく。
ルシアンが淹れてくれた紅茶をお供に、切り株ケーキを食べていった。
「数種類の、食感の違うチョコレートの味が楽しめるのだな」
表面にまぶされたパウダー、しっとりとしたスポンジ、ふわふわと軽いクリーム。
クリームにはアクセントに、苺が入れられ甘酸っぱさを添えている。
見た目の割に軽めの食べ応えで、もう一切れもう一切れと、つい手が伸びてしまうケーキだ。
他にも数種類、アティアルド殿下にお出しする用のケーキとお菓子を陛下と試食していく。
「ふぅ、たくさん食べました。お腹いっぱいですね」
「あぁ、どれも美味かったな」
陛下と二人、紅茶を飲みまったりとする。
暖炉に入れられた火に照らされ、二人の影が絨毯に落ちる。
陛下の碧の瞳に、ゆらゆらと火が写り込み美しかった。
「……レティーシア、今からいいか?」
「もちろんです、陛下」
閉じられた部屋で夫婦が二人っきり。
いかにも、艶っぽい何かが始まりそうだけど――――