軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

154.かっこつけたい時もあります

陛下と話し合い、どう動くべきか二人で考えた結果。

私は翌日、一連の黒幕、ケルネル公爵の元へと向かっていた。

王妃として、きちんと名前を出しての来訪だ。

王都でのレナードさんの襲撃のように、力任せにこちらの口を防ぐことはできないし、させるつもりもないのだった。

「ようこそ、レティーシア様。貴女様がこうして、訪ねてくださるのは初めてのことですね」

「えぇ、そうですわね。そして今日が、最初で最後の訪問になるかと思います」

目の前に座るのは、穏やかな笑みを浮かべたケルネル公爵だ。

温厚で誠実そうな姿はしかし、外見に限られるのだと私は理解していた。

「単刀直入に言います。ケルネル公爵、今のうちに自ら、罪を認めるつもりはありませんか?」

「罪とはいったい? なんのことを指しているのでしょうか?」

「ミ・ミルシャ様の仕業に見せかけテオドールの逃走を手助けし、天馬騎士であるテオドールの持つ知識ごと、天馬を手に入れようとしたことです」

一直線に切り込むも、ケルネル公爵はあくまでとぼけた様子だ。

「そこまで断言なさるのなら証拠は? もちろん取り揃えておられるのですよね?」

「えぇ、当然ですわ。ミ・ミルシャ様の伴獣の二つ尾狐、こちらで保護させてもらいましたもの」

庭師猫達は、今回もとてもいい仕事をしてくれている。

速やかな二つ尾狐の確保と、イ・リエナ様の協力。

ミ・ミルシャ様の二つ尾狐から、ミ・ミルシャ様誘拐の実行犯の情報を得ることができ、捕らえることができたのだ。

そうして一つ糸口を見つけたら、どんどんと捜査は進んでいくもの。

誘拐犯の中に、テオドールの逃走に関わっている人間がいて。

その証言を元に陛下は配下の兵を、私は庭師猫達を動かし、テオドールを追い詰めていった。

既に捜査は大詰め。

私が今、こうしてここに来たのも、陛下がテオドールの身柄を確保しにいく間、ケルネル公爵が動き手助けをしないよう、留め置くのが役割だった。

「――遅くなったな」

応接室の扉が、外側から陛下により押し開かれた。

陛下がここへやってきたということは、無事テオドールを確保できたということ。

ケルネル公爵はこれで詰みだった。

「ケルネル、私は残念に思っている。父の代からの忠臣と知られるおまえが、国益を損ねる愚行に出るとはな」

「国益を損ねる、ですと?」

ケルネル公爵が首を傾げた。

自分が追い詰められていると、理解できない程に愚かではないはず。

なのに顔には焦りも狼狽もなく、いまだ穏やかな表情をしている。

「それはどういったことでしょうか? えぇ、確かに、私はレティーシア様の仰る通り、テオドールと天馬の確保をもくろみました。しかしそれのどこが、愚行だと仰られるのでしょうか?」

「愚行以外のなんだというのだ? いたずらに他国とのいさかいを引き起こし、自国の人間に濡れ衣を着せ処断する。どこに誇れる点があるというのだ?」

陛下のごくまっとうな正論。

しかしケルネル公爵に、堪えた様子は見受けられなかった。

「それにより、得ることのできる結果に決まっております。軍事上、天馬騎士は強大な力を有しております。その一端でも、我が国の力として取り入れられれば、成果と呼び差し支えないかと思いませんか? ウィルダム翼皇国とて、自国の天馬騎士であるテオドールの過失を考慮すれば、一方的に我が国を批判することはできないでしょうからな。私はただ、この国がより強くより豊かになるよう、非力ながら動いていたにすぎませんよ」

「……そうか」

陛下がゆるりと、瞳をつぶってしまった。

「陛下、どうなされたのですか? まさか今の無理のある説明を、正しいとお思いなのですか?」

「違う」

陛下が小さく首を振っている。

「私は、正しいなどと思っているわけではない。だが、ケルネル公爵は違うのだ。ケルネル公爵は確かに、自らの正当性を信じている。自らが国のため動く人間だと、心の底から信じているのが、その言葉に嘘が無いのが、私の鼻でわかってしまったからな」

「……」

疲れた顔をする陛下の気持ちが、私にも嫌と言う程わかった。

ケルネル公爵はただの悪人ではない。

私利私欲で動いているわけではなく、あくまで国のためと思い行動している。

ニーディア伯爵夫人を陥れようとしたのだって、国のため動く自分の邪魔になる相手を、排除しようとしただけに違いない。

自分は正しい行いをしているという自負があるため、後悔も反省もありえないのだ。

ある意味、欲望のまま勢い任せに動くテオドールよりずっと、たちが悪い相手だった。

手段は無茶苦茶でも国を思う心自体は本物であるため、周囲の信頼を集め権力が集まってしまうのだ。

「私も残念ですよ。陛下には私の、国を思う気持ちは理解できないようですからな」

「国を思うのは良い。やり方が問題だと言っている」

「甘いですな」

ケルネルがどこか、哀れむような表情を浮かべている。

「陛下は、この国の置かれた状況を、正しく把握されておりません。内側においては五つに分かれ相争い、魔術の研究も大きく他国に遅れを取っております。近年勢い著しい、帝国とかち合えばいずれ滅ぶ未来しかありえませんよ。破滅の未来を避けるためにこそ私は、汚い手であろうと使おうと思ったまでのことです」

罪を突きつけられてなお、ケルネル公爵は持論を変えることはなかった。

あくまで自分は、国のため必要なことをしただけと考えているのだ。

「――ケルネル公爵」

陛下が唇を開く。

最終通告を突きつけるつもりだ。

「いい加減諦めてくれ。おまえがテオドールの逃走を手助けした証拠は揃いつつある。頼みの綱のレナードも、もはやおまえの味方ではないのだぞ」

「……レナードが、どうかいたしましたかな?」

ほんのわずかだけど。

レナードさんのことを聞いた瞬間、ケルネル公爵に、動揺が見られた気がした。

「おまえはレナードを頼りにし、右腕のように使っていたようだが……。大きな勘違いだ。レナードは今、おまえを破滅させるため動いているからな」

「陛下、いきなり何を仰られ――」

「よし、これで全部だな」

ケルネル公爵の言葉を遮る軽薄な声。

書類を手にやってきた、レナードさんのものだった。

「これにこれ、それにこれも、っと。陛下に手渡しておこうか」

「なっ、それは……」

書類の文面を見たケルネル公爵が、小さく呻くようにしている。

レナードさんが手にするのは、ケルネル公爵が決して明るみには出せない、国のためにという大義名分の元行った、後ろ暗い取引や指示の内容を記したものだ。

飼い犬に手を噛まれたように、ケルネル公爵は信じられないといった表情をしている。

「レナード、なぜおまえが? 死ぬ定めだったおまえの命をすくいあげ国のためにと使ってやったのは、他でもないこの私なのだぞ?」

「恩、ですか」

レナードさんが皮肉気な笑みを浮かべている。

「恩! 恩! あぁ、感じていたともさ。だからこそ何年も、あんたの下で汚い仕事に動いてやったんだろう? 恩を返し終えたら、あとはどう動こうと俺の勝手だ。いい加減、あんたに命令される身の上は面倒でな。これからは風の向くまま気の向くまま。美声にして美貌のただの吟遊詩人として、自由に暮らしていくつもりさ」

「自由だと……⁉」

ケルネル公爵が拳を握りこんだ。

「っ、ふざけるなっ! おまえは、国に仇なすことしかできない身の上だ! おまえがおまえである限り、自由に生きるなど決して許されるわけがない!」

激昂し、ケルネル公爵が断言した。

「忘れたのか⁉ おまえは、おまえこそは、この国で生きていてはいけないにんげ――」

「黙れ」

短くも凍えるような言葉が陛下から放たれ、ケルネル公爵の動きを凍り付かせた。

「っ⁉ 陛下⁉ なぜこいつを庇うのですか⁉」

「生きていてはいけない人間だと? もしやそれはレナードが、かつてのレオナルド王子が、父王の血を引いていないことを言っているのか?」

「っ⁉」

ケルネル公爵が息をつまらせ、体を硬直させていた。

「なぜ、陛下がその事実を……?」

「レナードが言っていたからだ。『俺には血の繋がった弟はいない』。つまり、私とレナードは異母兄弟ですらなく、血縁上は他人ということだ」

父親の違う不義の子。

レナードさんの母親は王妃でありながら、国王以外の子を宿したということだ。

「だからこそ、王家の血統を乗っ取りかねない、托卵の子であるレナードは母親と共に殺されかけたのだろう?」

淡々と告げる陛下から、私はこの国の王家で起こったであろう事柄の推測を聞かされていた。

托卵を最初に嗅ぎつけたのは、陛下の母上の可能性が高いらしい。

レナードさんの母親を脅そうとして、逆に殺されてしまったのだ。

けれど陛下の母上もただ殺されたわけではなく、国王に托卵を告発する文章を残していた。

国王は激怒し、レナードさん親子を葬ることにしたのだ。

「公式の記録では既に、兄上は亡くなっている。お前は処分される寸前の兄上を助け恩を着せ、都合のいい駒として使い潰そうとしたのだろう?」

「王家簒奪を行おうとした不義の子ですよ? 殺されなかっただけ上等です」

自らの正当性を叫ぶケルネル公爵を、陛下は冷ややかに見下ろす。

「不義の子であろうと、親を選べず生まれてきた子供本人に罪は無い。兄上にだって心はあるのだぞ? おまえが不義の子と見下し道具扱いしたからこそ、兄上も裏切ったのだろうが」

「俺、そこまで難しいことは考えていないぞ? ま、当たらずとも遠からずではあるがな」

ケルネス公爵を断罪する陛下の言葉に、レナードさんが軽く肩をすくめていたのだった。

◇ ◇ ◇

「――でもまさか、レナードさんが元王子で、グレンリード陛下が慕っていた、レオナルド兄上その人だったなんてね」

「驚いてくれたかい? 人生には刺激が必要だからな」

「えぇ、嫌というほど、驚かされたわ」

じろりとレナードさんを見上げる。

ケルネル公爵を捕縛した後、私はレナードさんへと詰め寄っていた。

「陛下のお話しされていた兄上は、優しく誇り高く上品で、まさに素晴らしいとしか言えないお方だったと、そう聞かされていたもの」

「本人である俺に、幻滅してしまったか?」

「驚いただけよ。幻滅するほど、私は陛下の兄上のことを知らなかったし、レナードさんに対しても、幻想を抱いていなかったもの」

「へぇ? 本当にかい? 俺、顔と色気、あと声には、かなり自信があるんだが?」

「その美声で、苦手なセロリへの恨みつらみを語られても、ぐっとくるわけが無いでしょう?」

「はは、手厳しいな」

言いつつも、レナードさんに堪えた様子はない。

いつも通り、掴みどころのない性格をしている。

「兄上……変わられたのだな」

ぽつりと、陛下が呟きをこぼした。

死んだと思っていたレナードさんに再会できた喜びと困惑が、かすかにだが珍しく、氷の彫像のごとき陛下の表情を動かしていた。

「あの頃の兄上は、よく理想の王子と褒め称えられていた。今の性格になったのは、それだけ、王城を追われてからの生活が厳しかったということなのか?」

「褒めてくれてるとこ悪いが、俺はそこまで、繊細な神経はしていないぞ?」

「だが現に、こんなにも兄上は変わってしまっている」

幼い日に見た、かつての兄の面影を探すように。

陛下がレナードさんを見ていた。

「食に関してもそうだ。昔の兄上に好き嫌いなど無かったはずだが、セロリをそんなに嫌うということは、食に困り傷んだセロリを食べ腹を下すかして、苦手になってしまったのだろう?」

「いや、違うぞ? 陛下は真面目に考えすぎだ」

陛下の言葉にはははと笑いながら、レナードさんが否定していた。

「俺がセロリを苦手なのは昔からさ。何か特別嫌なことがあって、嫌いになったわけじゃあない」

「昔から……?」

納得できないのか、陛下が眉をわずかに寄せている。

「そんなはずがない。昔の兄上はセロリだろうと、美味しそうに食べていたはずだ」

「はは、そりゃ、一応は王子様として育てられてたんだ。マズイものを食っても顔に出さないくらい、あの頃の俺にだってできたからな。かわいい弟の前でくらい、かっこつけときたいものだろう?」

人間誰しも一つや二つ、苦手な料理はあるものだけど。

苦手なもの、嫌いなものがあることを知られるのが、恥ずかしい年頃もあるのだ。

当時、陛下がレナードさんを慕っていたのと同じように、レナードさんもまた陛下のことを、弟としてかわいく大切に思っていたに違いない。

弟のためにかっこいい兄であろうと、セロリが苦手なことを隠し武術や勉強に励み、理想的な王子として振る舞っていたのかもしれなかった。

そんな微笑ましい背伸びに、弟を思う兄の心に、陛下も気づかれたようだ。

懐かしむように、そして切なそうに。

かすかに目元と口元を緩め、レナードさんを見ていたのだった。

「……兄上はこれから、どうするつもりだ? ケルネルのような者が兄上を利用しようとしないよう、私も協力はしていくつもりだ。密かに誰か、護衛の者をつけておこうか?」

死んだはずの王子が生きてました。

しかも実は王家の血を引いてません、なんて。

バレたら一大スキャンダルで国が荒れるし、陛下としては全力で隠ぺいの一択だ。

レナードさん本人も、今更王族に戻りたいようにも見えないのだった。

「はは、過保護だな。俺なら一人で大丈夫だよ。周りにむさい護衛がいる方が、乙女が寄ってこなくなり困るからな」

「だが……」

陛下は不安を拭えないようだ。

不義の子として命を狙われたレナードさんに対し、心配する気持ちは私にもよくわかった。

「俺は強がってるわけじゃないぞ? 事実、俺はそこらの腕自慢よりずっと、腕が立って頭も回り顔も良く声まで美声だからな。完全無欠の吟遊詩人様だろう?」

「なんて見事な自画自賛……」

私がぼそりと呟くと、レナードさんが自らの瞳を指し示した。

「はは、全て事実だぞ? 疑うなら、俺の瞳を見てみるといい」

「俺の瞳を見て? また古典的な、キザな口説きもん、く、を……」

思わず私は言葉を失ってしまった。

こちらを見る、レナードさんの明るい緑の瞳は。

瞳孔が縦に細長く、獣人と同じ形に変化していたのだ。

「獣人……いえ、違う、半獣……?」

「正解だ。俺の顔も見たことがない実の父親は、どうも獣人だったみたいだな」

この国でも珍しい例だが、獣人と人間が結ばれ、半獣と呼ばれる子供を授かることがあった。

半獣は人間と獣人、両方の特徴を備え生まれてくることになるのだ。

「俺の外見は獣の耳も尻尾も無く、ほとんど人間そのものだが、身体能力は獣人並だ。さっきだってレティーシア様の護衛の獣人達を、華麗にさばいていただろう?」

確かに、どういうからくりか気になっていたことだ。

獣人並の身体能力に、王子として身に付けた武術、そして天性のセンスが、レナードさんを物理的な強者たらしめているようだった。

「俺が王家の血を引いてないってバレたのもこのせいだ。先代国王も俺の母も、引いている血は人間のものがほとんどで、間に半獣が生まれるわけがないからな。よりにもよって、子供の特徴で不倫が発覚しやすい獣人の男と盛り上がるとは、わが母親ながら馬鹿な女だよ」

母親について語る一瞬、レナードさんの瞳は酷く冷え切っていた。

血の繋がりのない弟である陛下に対して向けるのとは、全く違う瞳だった。

「俺だって、自分が半獣であることは隠していたさ。だが、気持ちが昂ったり体を激しく動かすと、瞳孔が獣人のものになってしまってな。運悪くそこを、人に見られてしまったんだ」

俺も迂闊だったよ、と、

レナードさんは最後に言うと、リュートを手に立ち上がった。

「じゃあ、俺はそろそろ行くことにしよう。おまえ達には、ケルネル公爵がやらかしたことの後始末が残っているだろう? 俺は気楽な吟遊詩人があってるから、あとはおまえ達に任せるよ」

気の向くまま思うがまま。

流れる雲のような軽やかさで、レナードさんは去っていった。

「……行かせてしまって、陛下はよろしかったのですか?」

「……あぁ」

私の問いかけに、陛下が小さく息を吐きだした。

「兄上には昔から、大変世話になっている。これ以上、引きとどめ頼るわけにはいかないからな。今回だって兄上は、自分を縛るケルネルから自由になるため裏切ったと言っていたが、決してそれだけではないはずだ」

「……はい。私もそう思います」

たんにケルネル公爵から自由になりたいなら、他にもっと楽なやりようがあるはずだった。

なのにレナードさんはつい昨日まで、ケルネル公爵の指示に従うフリを続けていたのだ。

先ほど私がケルネル公爵の家に私が踏み込む少し前に、ケルネル公爵の悪事の証拠書類を携え、こちらへの協力を申し入れてきたのには理由があるはず。

「レナードさんはきっと、陛下の治世からケルネル公爵を排除したかったのだと思います。周囲の信頼厚いケルネル公爵を、破滅させることができる機会を狙っていたんです。テオドールの逃走にケルネル公爵が関わっていると知られた今なら、悪事をもみ消すのも不可能でしょうしね」

「……だろうな。私は兄上に助けられてばかり、与えられてばかりのようだ」

自嘲するよう、唇を歪める陛下。

私は首を横に振り、レナードさんについての推測を口に上らせた。

「いえ、きっと、助けられてばかりではないと思いますわ。レナードさんは半獣です。秘密を抱え神経をすり減らす毎日に、自分を純粋に慕ってくれる陛下の存在は、かけがえのない宝物だったと思います」

氷の美貌の持ち主の陛下だが、お心は温かいのだ。

飾らない真っすぐな気性の陛下にレナードさんも癒されていたからこそ、ケルネル公爵の指示に従いながらも、陛下の治世のためにと動いていたに違いない。

「……そうか。私でも、兄上の支えになれていたのだな」

陛下はぽつりと呟きを落として。

レナードさんの去った方角を、その行く先を、しばらくの間見ていたのだった、