作品タイトル不明
153.怪しいとは思っていました
ミ・ミルシャ様が捕縛されたのは、王都の一角だったようだ。
今回も私は、庭師猫達の力を借りることに成功。
庭師猫達のネットワークを使って、ミ・ミルシャ様の二つ尾狐を探してもらうことになったのだ。
「時間との勝負ね……!」
ケルネル公爵側より早く。
そして、ミ・ミルシャ様の罪が確定し、ひっくり返せなくなくなるより前に。
なんとか二つ尾狐を見つけ出さなければならない。
「このまま、テオドールや真犯人が逃げ切ったら、ウィルダム翼皇国との関係も悪化してしまうものね……」
呟きつつ、私は手早く変装を行う。王都へ私自ら向かうためだ。
二つ尾狐の捜索は、ケルネル公爵側からの妨害が予想される。
もしかしたら庭師猫達が攻撃を受けてしまうかもしれず、すぐ駆け付け守ることができる場所にいたかったのだ。
急ぎの手紙で陛下の許可を得るや否や、私はすぐさま王都へと向かった。
ルシアンと共に馬車から降り、寝静まった王都を、庭師猫達と歩き回ることしばらく。
月光の中、こちらへとやってくる人がいた。
「王妃様、こんなところで会うなんて奇遇だな」
「レナードさん……」
気さくに声をかけてくるレナードさん。
しかし決して、気を許すことはできなかった。
私は護衛の兵の位置を確認しつつ、レナードさんへと向き直った。
「レナードさんは奇遇と言いましたが、偶然ではないのでしょう? 今回だけではありません。王都でテオドールが騒ぎを起こした日も、レナードさんは偶然、私と出会っています。それにそもそも私と出会ったのも、お忍びに中に王都でごろつきに絡まれた私を、これまた偶然、レナードさんが助けてくれたからです。偶然が続きすぎだと思いませんか?」
偶然も三度続けば、必然と考えた方が自然だ。
私が王都に出るたび、毎度のように顔を合わせるのは不自然が過ぎるのだった。
「蜜を求める蝶のように、吟遊詩人は美しい女性と、自然と出会うようなっているんだよ」
歯の浮くようなセリフで、煙に巻こうとするレナードさん。
今までは深く追求することは無かったけれど、今日は引けなかった。
「レナードさんは最初から、王妃である私の周りを探るため近づいてきたんでしょう?」
元から、ただの吟遊詩人ではないだろうなと感じてはいた。
初対面時、数人のごろつきをあっさり倒していたし、王城にも頻繁に出入りしていたのだ。
加えて、このタイミングで私の前に、姿を現したということは。
「レナードさんの雇い主、上官にあたるのは、ケルネル公爵なんですね?」
「……それは誰だい? って、そう言えたら良かったんだがな」
愛用のリュートを、左手で持つレナードさん。
右手にはいつの間にか鋭い短剣がある。
甘い笑顔はそのままに、楽器を持つように自然に、短剣の柄を握っていた。
「勘が良すぎるのも考え物だな。そこまで言われたら、君を、野放しにできなくなってしまうだろう? 美しい君と会う機会をこの先失う、とても悲しい出来事さ」
「レティーシア様、こちらへ」
前に出たルシアンと、護衛の兵達に周囲を守られる。
緊張を帯びた空気の中、私はレナードさんへと問いを投げかけた。
「レナードさんは前から、ケルネル公爵の指示で動いていたんでしょう? テオドールが王都で騒ぎを起こすのを、あの日も確認しにきていたんだと思います。私、不自然だと思っていました。国政に影響力を持つニーディア伯爵夫人の伴獣ジョゼを散歩させていた人が、異国の天馬騎士であるテオドールと一悶着を起こし、更には偶然、リードが脆くなっていたせいでジョゼが逃げ出してしまう。まるで誰かの作為が、働いているかのような出来事でした」
ジョゼを散歩させていた人間は、現在行方不明になっている。
ジョゼを逃がしてしまった過失から逃げるためかとも思えたけど、そもそも過失ではなくわざとで、最初から身を隠す予定で動いていたのかもしれない
あらかじめ、リードに目立たない切れ目を入れるなど細工をし脆くしておく。
タイミングを見計らいリードを強く引けば、ぶつりと千切れてしまうはずだ。
リードに細工が施されていた証拠こそ無かったが、私も陛下も、逃げ出した散歩係のことは疑っていた。
今ならわかる。
散歩係はきっと、ケルネル公爵の指示で動いていたのだ。
「ケルネル公爵は独自に持つ情報網によって、テオドールが先遣隊として、王都にやってくると知ったのでしょうね。そのテオドールと騒動を起こさせることで、ニーディア伯爵夫人、およびニーディア伯爵家の評判を落とし足を引っ張ろうとしたんじゃないかしら?」
事実、逃げ出した伴獣ジョゼが戻ってくるまでニーディア伯爵夫人は、テオドールと彼の属するウィルダム翼皇国を恨み敵視していた。
もしあのまま、ジョゼが行方不明のままだったとしたら。
ウィルダム翼皇国を頑なに敵視するニーディア伯爵夫人は、厄介者として扱われたはずだ。
ケルネル公爵は、ニーディア伯爵家とは仲が良くなかった。
潜在的な政敵の力を削ぐために、人を動かし企んでいたのだと考えると納得だ。
「ケルネル公爵はあの日、ジョゼの散歩係だけじゃ無くて、レナードさんのことも動かしてたんでしょう?」
テオドールが騒動を起こした場に、レナードさんも来ていた。
ケルネル公爵の企みが上手く進むよう見届け、不測の事態があれば動くためだ。
「レナードさんはあの日、テオドールと散歩係の仲裁に向かおうとした私を呼び止めています。私に騒動を収められては、都合が悪かったからじゃないですか?」
「はは、そこまで、君にはお見通しなんだな」
紅茶色の髪を片手でかきあげ、甘い笑みを浮かべるレナードさん。
「これじゃあやっぱり――見逃してあげられないじゃないか」
「ぐっ⁉」
短剣が、護衛兵の肩に突き刺さっていた。
速い。
短剣を投擲したレナードさんへ、護衛兵数人が向かっていく。
突き入れた槍はあっさり躱され、気が付けば護衛兵が一人気絶していた。
一人、二人、と。
精強な獣人の護衛兵があっという間に、意識を奪われ数を減らされていっている。
「強すぎます。レティーシア様、お下がりを」
暗器を構えたルシアンが、私を庇い前に出た。
気持ちはありがたいが、レナードさん相手には厳しいはずだ。
「……嫌だけど」
仕方ない。私の魔術をレナードさんへ、人を傷つけるため使うしかなかった。
あいにく時間がない。手加減をする余裕もなかった。
覚悟を決め高速で魔術の詠唱を行い――
「ぐっ⁉」
うめき声をあげ、レナードさんが吹き飛んでいた。
「陛下⁉」
長剣を手にした陛下の斬撃が、受け止めたレナードさんの短剣ごと吹き飛ばしている。
見たところ、陛下は護衛もなくお一人だった。
おそらく、銀狼の姿で王城を抜け出し王都を駆け、近くの物陰で、人の姿へと戻ったのだ。
王都に出た私のことを心配に思い、追いかけてきたのかもしれない。
激情が渦まく陛下の瞳が、レナードさんへと向けられていた。
「どういうことなのか答えろ。なぜ、死んだはずの兄上が今こうしてここで、レティーシアに襲い掛かっているのだ?」
「……兄上?」
全く予想していなかった単語が、陛下の唇から飛び出してきた。
陛下の兄上、十年以上前に命を落とした王子レオナルド。
それがこの、今目の前にいるレナードさんだと、陛下はそう主張している。
衝撃の事実に、私はレナードさんをじっと見つめた。
顔立ちは、硬質な美貌の陛下と全く似ていない。
兄弟とはいえ、母親が違うなら当然かもしれない。
年齢は二十代後半と合致するが、兄弟である証拠には弱すぎる。
「人違いだろうさ」
「違う。兄上だ。雰囲気も髪形も話し方も違うが、私の鼻はおまえが兄上だと告げている」
長剣を構え、ひたと見据える陛下に、レナードさんは肩をすくめた。
「ないない。あいにく俺には、血の繋がった弟なんかいないからな」
言いつつも一歩、二歩。
レナードさんが後ろへと下がっていった。
「レティーシア様!」
投げつけられる何か。
咄嗟にルシアンが叩き落とすと、ぼわりと勢いよく煙が広がった。
「この匂いは……」
小麦だ。
小麦といくつかの物質の粉を混ぜ作られた、煙幕の元を投げつけられたようだ。
「どこにもいませんね……」
やがて煙が晴れると、レナードさんの姿は消え失せていた。
「レティーシア、怪我は無いか?」
「陛下こそ大丈夫ですか?」
素早く確認する。
幸い、陛下に目に見える怪我は無さそうだ。
最後にレナードさんをいた方角を、睨むよう凝視している。
「ぐー様の姿に変じて、レナードさんの行方を追えませんか?」
「難しい。あの煙玉には、微量の香辛料が混ぜられていたようで鼻が利きにくくなっている。……それにこの場に、おまえを残していくのも論外だ」
陛下はそう言うと、黙りなにやら考え込んでいる。
眉間にしわが寄り、瞳には懊悩が浮かんでいた。
死んだはずの兄が生きていて、しかも私を襲おうとした事実に、心乱されているようだ。
「……先ほど陛下は、レナードさんのことを兄であるレオナルド王子だと言っていました。その理由をお聞かせいただいても?」
「……匂いだ」
「匂い? 見た目や喋り方でなくて?」
私の問いかけに、陛下が頷いていた。
「匂いだ。先祖返りである私の鼻は特別な感覚を持っている。個人個人で異なる匂いを、感じ取ることができるんだ。昨日、おまえの離宮でレナードとすれ違った時にも、兄上と同じ匂いを感じている。間違いなく、兄上と同じ匂いだった」
思い出す。
昨日ぐー様の姿だった陛下は、急に立ち上がりレナードさんのいた方角へ向かっていた。
兄であるレオナルドと同じ匂いをかぎ取り、慌てて確認しに行ったのだ。
「先祖返りの陛下の鼻を疑うわけではありませんが。匂いは確かな判定基準たりうるのですか?」
「なる。なったはずだったんだが……」
陛下の瞳が翳っている。
「だとしたらおかしかった。私の鼻は、他者がつく嘘をも嗅ぎ分けることができるのだ」
「……嘘を?」
「そうだ。以前私はおまえに、『イ・リエナは嘘をついている』と言ったことがあるはずだ。あれは私の鼻が、イ・リエナの言葉に嘘を嗅ぎつけたということだ。同様に先ほどレナードが言っていた、『俺は、血の繋がった弟なんかいない』という言葉に嘘はないと断言していい。……なのに何故か、あいつはレオナルド兄上と同じ匂いを漂わせていたのだ」
「……」
陛下の言葉を受け思考を進める。
兄と同一人物としか思えない、けれど弟はいないという相手。
「兄だけど兄じゃない………あっ」
もしかしたら、と。
思い当たった可能性を、私は陛下へと話したのだった。