作品タイトル不明
152.自白のみとは怪しいです
ミ・ミルシャ様を捕えたのは、ケルネル公爵のようだった。
耳が早いケルネル公爵はテオドール逃走を知り、公爵家配下の人間を動かし捜索を行っていたらしい。
テオドールの潜伏先と思われる場所を捜索したところ、ミ・ミルシャ様が近くをうろついているのを発見。
不審に思い問いただした結果、テオドール逃走に協力したと白状したそうだ。
……自白のみを根拠にした捕縛って、ちょっと強引じゃないだろうか?
にも拘わらず、ミ・ミルシャ様の捕縛がこの国の人々に受け入れられているのは、それだけケルネル公爵がこの国に長年尽くしてきたからだ。
あのケルネル公爵であれば、まず間違った判断はしないだろう、と。
長年の実績により信頼されているようだ。
加えてミ・ミルシャ様本人が完全に罪を認めているため、表立って異を唱える人間はいないらしい。
あとはいかにミ・ミルシャ様から情報を引き出し、テオドールを追い詰めるかという段階になっているようだ。
「でも、腑に落ちないことも多いのよね」
馬車の中呟く。
お尻の下から、ガラガラと車輪が地面を進む振動が伝わってきた。
私の行き先は、ミ・ミルシャ様の捕えられた牢獄。
今ならまだ、王妃である私の名前を出せば、監視付きとはいえミ・ミルシャ様と会話が可能だった。
これは私の直感だけど、ミ・ミルシャ様はこのような、たいそれた罪は犯さないはずだ。
直感が思い違いならいいけど、もし当たっていた場合がまずかった。
ミ・ミルシャ様をいくら尋問したところで有用な情報は得られず、テオドールが逃げおおせてしまうかもしれない。
到着した牢獄の中、ずらりと並んだ独房の一つに、ミ・ミルシャ様が縮こまり座っていた。
独房の並ぶ区画への出入り口、脱獄するならば必ず通らなければならない要所で、監視官がどっしりと睨みを利かしている。
ミ・ミルシャ様の独房とは十メートルと離れていないし、監視官は耳を澄ませている。
彼女と小声でやり取りしても、すぐバレてしまうはずだ。
「ミ・ミルシャ様。レティーシアです。お話を聞かせてもらえませんか?」
「……レティーシア様?」
ミ・ミルシャ様がゆるゆると頭を上げる。
が、監視官の姿を認めた途端、すぐにまた顔を伏せてしまった。
……怪しい。
本当に自分の意志で自白をし捕えられたにしては、少し態度が不自然な気がする。
ちらと背後の監視官の様子を伺い、こっそりと魔術を発動。
魔術式励起の光は、監視官から死角になる場所で放ったから、バレてはいないはずだ。
この国は魔術師の人口が少ないこともあり、魔術師への対策がザルだ。
魔術師人口が多く、必然魔術師への対策も洗練されていた祖国エルトリア王国では、まずうまくいかないやり方だった。
次に陛下にお会いした時、魔術師対策を進めるよう、こちらから申し上げることにしよう。
「ミ・ミルシャ様。大丈夫です。今なら何を話しても、監視官には聞かれませんよ」
「……へ? そんな都合のいいこと……」
「あります。魔術です。室内の空気の動きを操って、声が漏れないようにしているんです。その証拠に今だって、監視官はこちらを咎めようとはしないでしょう?」
「あ……」
ミ・ミルシャ様にも理解できたようだ。
体を震わせ、今にも泣きだしそうな顔をした。
「遮断できるのは音だけなので、あまり大きな動きはしないでください。そして音を遮断された監視官は、私達が無言で向き合っているように認識しています。私たちの相対が長引けば不審がられるので、話は手短にお願いします」
「は、はいっ……」
ミ・ミルシャ様は反射的に頷こうとして取りやめ、必死に考えを巡らせ始めたようだ。
「……私、伴獣の二つ尾狐を人質に取られて、嘘の自白を強要されたんです」
「どうやって二つ尾狐を人質に取られたの?」
「わかりません。気絶させられ、意識がない間に、この独房へ入れられていたんです」
強引に誘拐され自白を強要させられてしまった。
そこまでは予想できていたけど……。
だとしてもそんなあっさり、向こうの思惑通り、自白を行うものだろうかと少し気にかかった。
「残酷なことだけど、あなたが自白をしても、二つ尾狐が戻ってくるとは限らないわ。なのにどうしてこんなに早く、嘘の自白をすると決めてしまったの?」
「……イ・リエナ様のためです」
「イ・リエナ様の? それはどういう――」
言い差し、私は口をつぐんだ。
監視官が、訝し気な表情でこちらを見ている。
タイムリミット。長く喋りすぎてしまっていたらしい。
「ごめんなさい。私はもう行くわ」
「あ、待って――――」
遮音魔術を打ち消す魔術を行使し、何ごともなかったように独房に背を向ける。
ミ・ミルシャ様とは一言も会話することができなかった、と。
そう誤魔化して、私は独房の設けられた建物から出ていった。
ルシアンと合流し馬車に乗り込み、御者へと次の行先を指示する。
「北の離宮、イ・リエナ様の元へ向かってちょうだい」
遮音魔術が切れる寸前、ミ・ミルシャ様が言っていたのだ。
『イ・リエナ様を頼り二つ尾狐に協力してもらってください』、と。
時間切れで詳しい話は聞けなかったので、まずはイ・リエナ様の元へ急ぐことにした。
「……でも、ミ・ミルシャ様はなぜ、二つ尾狐についても言っていたのかしら? あの限られた時間で、わざわざ名前をあげたなら、何か意味があるはずよね……?」
考えていると、やがて北の離宮へと到着した。
訪問を告げると、向こうも焦り情報を求めているのか、すぐに応接間へと通される。
長椅子にイ・リエナ様が、五本の尾を持つ二つ尾狐を侍らせ腰かけていた。
遮音魔術のことは伏せ、ミ・ミルシャ様とのやり取りを説明していく。
ミ・ミルシャ様がケルネル公爵の手のものに捕らえられる寸前、偶然私の配下の人間が、ミ・ミルシャ様の訴えを聞いていた、という形で説明をしていた。
「……そう。あの子が、そんなことを言っていたのね」
イ・リエナ様は長いまつ毛に囲まれた瞳を伏せ、しばし考えこんでいた。
「……妾と二つ尾狐を頼れ、ね。それは確かに、あの子が言いそうなことねぇ」
「……信じてくださるのですか?」
我ながら、怪しいところばかりの説明だったのに、あっさり信じられ拍子抜けしてしまう。
驚き訝しんでいると、イ・リエナ様がゆるりと朱い唇の端を持ち上げた。
「二つ尾狐を頼ろう、なんて、普通は思わないものでしょう? それで十分ですし、妾は人を見る目はあるつもりですもの」
言いつつゆるりと指先を持ち上げ、イ・リエナ様が二つ尾狐を指し示した。
「この子のこと、撫でてもらえないかしらぁ?」
「はぁ……?」
目的が読めないが、反発しても仕方ないため、ひとまず従うことにする。
二つ尾狐の金茶の背中に指先を埋め、滑らかな毛並みの感触を堪能していく。
……こんな時だけど、ちょっとだけ心癒された。
よく手入れされた毛並みは撫で心地抜群。
頬ずりしたらそのまま、枕代わりにして眠ってしまえそうだ。
《ヤダよー。ボク、枕になんてされないからね?》
「……え?」
今の声はいったい?
頭の内側から響くような不思議な、小さな男の子の声が聞こえた気がする。
周囲を見回すが、私とイ・リエナ様、そしてルシアンしか部屋にはいなかった。
《ボクだよ。こっちこっち。キミが撫でてるボクだってば》
再び脳内へと届く声。
もっふりとした五本の尻尾を揺らす二つ尾狐を、私は無言で見下ろした。
「……狐が喋った……?」
《狐じゃないよ二つ尻狐だよー。キミ、そんなことも知らないでいたの?》
高い声がまたしても、頭の声へと直接響く。
三回続けば間違いない。
不思議な声は確かに、二つ尾狐が発しているようだ。
「ふふ、驚くでしょう?」
呆気にとられる私を、イ・リエナ様がくすくすと笑い見ていた。
「二つ尾狐の中のごく一部、尻尾の本数が多い子は、人の心に声を届ける力を持っているの」
イ・リエナ様の説明に、私はじっと二つ尾狐の、その尻尾を凝視した。
「もう一度、喋ってもらえませんか?」
《いいよお安い御用だよ~~。これでいいんでしょう?》
「はい。ありがとうございます」
二つ尾狐が喋った時、かすかだが尻尾が光っていた。
あれは魔力の光だ。
この世界に生息する、魔力を用いる動物のことを、人は幻獣と総称している。
尻尾の数が多いだけの、狐に似たただの動物だと思っていたけれど……。
「二つ尾狐、幻獣だったんですね……」
「正解よん。これ、雪狐族でも知らない人がほとんどの、秘密の中の秘密なのよねぇ」
「……でしょうね」
もし、雪狐族全員が知っているなら、とっくにどこかから情報が漏れ、秘密でもなんでもなくなっているはずだ。
先ほどイ・リエナ様は、二つ尾狐の中でも限られた個体、尻尾の数が多い子だけが、不思議な力を持っていると言っていた。
きっと、不思議な力を持つ二つ尾狐の個体は、雪狐族の上層部が集め情報を漏れないようにしているのだ。
「ミ・ミルシャ様も二つ尾狐のこの力について、もちろん知っていたんですね?」
「知っていたわぁ。だからこそ、二つ尾狐を頼れって言ったんでしょうし」
「……どういうことですか?」
「ミ・ミルシャの連れていた二つ尾狐の、尻尾の本数は覚えていて?」
かつて私の離宮を訪れた時、ミ・ミルシャ様は二つ尾狐を連れていた。ふ
わふわと揺れていた、金茶の尻尾の数を思い出す。
「三本、だったと記憶しています」
「ご名答。よく覚えてるわぁ。あの子の二つ尾狐のように、三本の尾の子じゃ、人に声を届けることはできないけど……。二つ尾狐同士で、声を届けることは可能よ」
「!」
それは心強い、かなりの手がかりになるはずだ。
ミ・ミルシェ様の二つ尾狐とどうにか接触し、誘拐犯の名前や特徴について、イ・リエナ様の二つ尾狐に伝えてもらうのだ。
「あなたの考えてること、たぶん正解だと思うわぁ。それにきっと、ミ・ミルシャの二つ尾狐は、捕まってなんていないはずよ。二つ尾狐は賢く素早い生き物だもの。危険を察して、どこかに隠れ潜んでいるだけじゃないかしらぁ?」
「そんなことが……」
あるわけない、と。言い切ることはできなかった。
むしろ可能性としては、十分考えられる。
ミ・ミルシャ様はいきなり捕縛され、かなり混乱し怯えたはずだ。
そんな時、伴獣の二つ尾狐も一緒に捕まえた、と聞かされたら、酷く動揺し信じてしまうかもしれない。
自白後に、騙された可能性に気が付いても後の祭りだった。
真実、二つ尾狐が捕まっていないという確信を得ることもできないため、下手に抵抗することはできないままのはずだ。
……つまり、整理すると。
ミ・ミルシャ様はケルネル公爵に囚われ、二つ尾狐を人質に取られたと信じてしまった。
加えておそらく、ミ・ミルシャ様が偽の自白を躊躇えば、同じ派閥のイ・リエナ様にまで、累が及ぶと脅されたはずだ。
……とはいえ、自白するのが早すぎる気はするけど、突如捕えられ恐慌に陥った状態では、信じてしまっても仕方ないのかもしれない。
「……ならば、これからミ・ミルシャ様を救うためには、真犯人の証拠を見つけるしかないわね」
強要されたものとはいえ、一度なされた自白を覆すのは難しい。
強要された、ということ自体を、証明するのが困難だからだ。
だからこそ、ミ・ミルシャ様の無罪を主張するためには真犯人と、確たる証拠を確保しなければいけない。
鍵となるのは、ミ・ミルシャ様の二つ尾狐の居場所だ。
ケルネル公爵の配下より先に見つけ、保護してやらなければいけない。
「二つ尾狐の、捜索を始めたいと思います。協力してもらえますか?」
イ・リエナ様へと、私はそう告げたのだった。