軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

151.仲が良くないようです

「だいぶ涼しくなってきたわね」

離宮の裏庭、植えられた木の幹を背に、私は座っていた。

ヴォルフヴァルト王国の夏は短い。

昨日今日は昼間でも少し肌寒いほどで、私も夏用の薄手のドレスの上に、モスグリーンのカーディガンを羽織っていた。

お体が冷えては大変です、と。

ルシアンが持ってきてくれたのだ。

「気がつけばもう秋、って感じよね」

「この夏はエルネスト殿下の件もあり、いささか慌ただしかったですからね」

ルシアンが言うように、気がつけばあっという間に、短い夏は過ぎ去ってしまっていた。

狼番が世話をする狼達も、今では春と同じ日中に、散歩を行うようになっている。

もう間もなく、離宮の裏庭にやってくる時刻だ。

裏庭に面した森、葉を茂らせた灌木ががさがさと音を鳴らす。

お待ちかねの、狼達がやってきたのだ。

「わふっ!」

最初に飛び出してきたのは、今年の春に生まれたテラだ。

半年弱ですっかりと大きくなり、ここ一月ほどで特に、顔立ちが精悍さを増していた。

マズルが伸び顔全体が細長くシャープな印象の、大人の狼になりつつあるのだ。

「でも、中身はまだまだ甘えん坊ね?」

「きゅふふっ!」

テラの頭を撫でてやると、ちぎれんばかりに尻尾を振っている。

きゅんきゅんと喉から、甘え鳴きを漏らしているテラ。

体つきは立派になっても、まだまだ中身は子供だ。

うりうりと頭を撫でていると、ふと異変に気がつく。

いつもならここで、ジェナや人懐っこい子が次々に寄ってくるはずだった。

なのに今日はテラ以外、こちらに近づくことなく立ったままだ。

どうしたのだろうと思っていると、獣道を通り狼番のエドガーがやってきた。

「エドガー、今日の狼達、少し様子が変じゃないかしら?」

私の言葉に、エドガーが狼達を見回した。

「あぁ、それでしたらきっと――」

「ぐうっ」

森から響く、低い狼の鳴き声。

狼達が一斉に頭を下げ、王を迎え入れるようにしている。

「ぐー様……」

久しぶりに見る、銀狼の姿のグレンリード陛下だ。

こちらの姿でお会いするのは、初夏に魔術局関連の事件で行動を共にした時以来だろうか?

ぐー様の正体がグレンリード陛下であると知ってしまったから、もう銀狼の姿では、会いに来ることはないだろうと思っていた。

久しぶりの訪問に、しかし狼達はぐー様への敬意を忘れていなかったようだ。

しずしずと道を空け、ぐー様の歩みを邪魔しないようにしている。

「ぐるっぐぅ!」

『こちらの姿では久しいな』と言うように。

鳴き声をあげ、ぐー様が横にやってくる。

「なぜ、今日はこちらにいらしたのですか?」

つい敬語になってしまう。

正体を知った今、さすがに以前のように、他の狼達と同じように接することは難しそうだ。

『この王城の主である私が、どこに歩みを向けようが自由だろう?』とでも言うように、ふんと鼻を鳴らすぐー様。

よくわからないが偶然などではなく自分の意志で、銀狼の姿となりこちらへやってきたようだ。

「変なぐー様」

くすりと笑ってしまう。

どちらの姿であれ、陛下が会いにきてくれたのは嬉しかった。

『おまえはまた、いきなり何を笑っているのだ?』と、怪訝そうな表情を浮かべるぐー様に、またもや笑みが込み上げてくる。

「ぐー様、こちらの姿の時の方が、人間の時より表情豊かですよね?」

「ぐぅぅ……!」

「ほら、そうやってすぐ不機嫌そうな顔をし――あいたたたたっ⁉」

「がるっぐう‼」

人間の言葉を喋れない代わりにぐー様が、ごんごんと頭をぶつけ抗議してくる。

そうだ。ぐー様は結構、すぐに手が出るタイプだった。

確か、この姿は人間の姿の時より、感情の制御が利きにくいと言っていた。

意外と素の陛下は、怒りっぽい性格なのだろうか?

たまにはこうして、ぐー様の姿で気ままに振る舞う方が、ストレス解消に良いのかもしれない。

「ぐぅうぅぅ……」

『おまえ、また何か失礼なことを考えていないか?』とでも言いたげに、半目になっているぐー様。

一つため息をつくと、私の横にぼすりと腰を下ろした。

「……ぐぅ?」

首を傾げ、ぐー様がこちらを見上げてくる。

青みがかった碧の瞳は、どこか不満げな色をしていた。

「えぇっと、何でしょうか? 何か気になることでも?」

「……ぐっ」

聞き返すと、ぷいと視線を逸らされてしまった。

私に不満がある割には、離れていくわけでもないのが謎だ。

疑問符を脳内に浮かべていると、エドガーが声をかけてきた。

「ぐー様、すねてるんじゃないでしょうか?」

「すねる? どうして?」

「だってレティーシア様、まだ今日は一度も、ぐー様を撫でていないじゃないですか」

「あ……」

エドガーの指摘に、ぐー様の尻尾が一瞬びくりと止まった。

図星だったのかもしれない。

「ぐぅあぅぅぅぅうう?」

「ひっ⁉」

不機嫌さも露なぐー様のうなり声に、エドガーが身をすくませた。

「……ぐー様、八つ当たりは良くないと思います」

苦笑し、そっとぐー様へと手を伸ばす。

「失礼しますね」

一言告げ、背中をゆっくりと撫でていく。

換毛期のないぐー様は、晩夏の今でもフワフワのもふもふだ。

指の間を銀色の毛が滑っていき、ぐー様が瞳を細めている。

人間の姿の時には、数えられるほどしか陛下の体に触れたことはなかったのに。

ぐー様の姿の時は、私に撫でられるのを受け入れ、心地よく思ってくれているようだ。

……撫でていてやっぱり、少し恥ずかしくはなってしまうけれど。

多忙でお疲れの陛下を癒すためと自分に言い聞かせ、私はぐー様を撫でていった。

「へくしゅんっ!」

風が吹き体が冷えた。

いよいよ本格的に、気温が下がってきたのかもしれない。

体を小さく震わせていると、ふわり、と。

銀色の尻尾がマフラーのように、私の首へとかけられていた。

「ぐー様……」

優しい。

ボリュームのある毛並みが、首元を風から守ってくれていた。

「がるぐぅ」

「ふふ、ありがとうございます。王妃の私に、風邪をひかれては困ってしまいますものね」

私のお礼の言葉に対して、感謝されるほどのことではない、とばかりに鳴くぐー様。

そっぽを向きつつも、マフラー代わりの尻尾を外しはしないのが、ぐー様なりの優しさだった。

お返しに撫でていると、やにわにぐー様が、尻尾を外し立ち上がった。

「ぐー様?」

「ぐるぅぅぅぅぅう」

空を睨みうなり声をあげるぐー様。

やがて風を叩く音と共に、天馬に乗ったエルネスト殿下がやってきた。

「こんにちは、エルネスト殿下。どうなさったのですか?」

今日はエルネスト殿下から、フォンの上手な飛ばせ方を教えてもらう日ではないはずだ。

天馬を着陸させると、マントを翻し鞍から降りてきた。

「別れの挨拶に来てやった。五日後、俺達はこの国を出ることになった。これから、出立の準備で忙しくなるからな」

「急な話ですね。確か出立は、二十日ほど後の予定だったはずでは?」

「今年は秋の訪れが早い。のん気にしていては、ジルベリア山脈を越えられなくなるからな」

「なるほど。道理で今日、肌寒さを感じたわけですね」

私の気のせいではなく、今年は秋が来るのが早いらしい。

自由に空を舞う天馬と言えど、嵐の中を突っ切るのは無謀だ。

ジルベリア山脈は、ヴォルフヴァルト王国とウィルダム翼皇国の間に横たわり、国境線にもなっている山脈だ。

毎年、秋の半ばから初冬にかけては、ジルベリア山脈周辺を強風が吹き荒れると聞いている。

王都からの出立が遅れれば、一月以上の足止めを食らってしまうのだ。

「シルファとも、もうお別れなのね」

エルネスト殿下の愛馬シルファは、真っ白な毛並みの美しい天馬だ。

首元を優しく、名残惜しさを感じながら撫でていく。

シルファも別れを理解しているのか、長いまつ毛を伏せ気味にしていた。

「この短い間で、ずいぶんと懐かせたものだな。誉めてやろう」

「ふふ、ありがとうございます。エルネスト殿下が、許可を出してくれたからですわ」

通常、天馬騎士は滅多に、自分の愛馬を他人に触れさせなかった。

私の場合は、チョコレートのシルファを気に入ったエルネスト殿下が、特例として触らせてくれたのだ。

おかげでエルネスト殿下がやってくるたび、シルファと触れ合うことができ、こうして仲良くなれたのだった。

「シルファと会えなくなって、寂しくなってしまいますね」

「そんなにシルファのことが気に入ったのか? ならばいずれ、おまえの方が俺の国、っ⁉」

「がうっ!」

私とエルネスト殿下の間へ、ぐー様が割り込んできた。

喉からは唸り声があがり、不機嫌そうに尻尾を揺らめかしている。

陛下はどこか、エルネスト殿下を好いていない様子があった。

人間の姿の時はそれでも、失礼な態度にならないよう振る舞っていたけど、ぐー様の姿では我慢が利かないのかもしれない。

「何だこの駄犬は? 王城の中に、野良犬が迷い込んできたのか?」

「ぐぁああんっ⁉」

エルネスト殿下の悪態に、ぐー様が負けじと吠え返す。

一触即発。

まさかの形での一国の王と皇太子の直接対決に、頭が痛くなってしまう。

「ぐー様、落ち着いて、落ち着いて。エルネスト殿下も、どうか冷静になってください」

「先に吠え掛かってきたのはそいつだ。駄犬には、躾けを施さなければならないだろう」

「がるあっ!」

『誰が駄犬だ!』とばかりに、ぐー様が吠え掛かっている。

大きな狼の姿をしたぐー様に吠えられ唸られてなお、エルネスト殿下はまるで怯えた様子もなく挑発を続けている。強い。とても図太かった。

かわいそうなのはシルファや他の狼達で、ぷるぷるがたがたと震えてしまっている。

完全なる巻き込まれ事故だった。

どう収集をつけようか悩んでいると、

「……がう……?」

ふいにぐー様が体を強張らせ、唸り声をだすのも止めていた。

エルネスト殿下から視線を引きはがし、離宮の門の方へと鼻先を向けている。

「ぐー様、どうかしたんですか?」

私の問いかけに応えることなく、ぐー様は走り出した。

みるみる加速し、あっという間に木々と草むらに阻まれ見えなくなってしまう。

「……?」

何か、急を要する公務でも思い出されたのだろうか?

首を捻っているとやがて、離宮の門の方からレナードさんが歩いてきた。

「レナードさん、ごきげんよう。こちらに来る途中で、銀色の狼に何かされませんでしたか?」

「狼? 見ていないぞ。それとも君を狙う男を、狼にたとえて言っているのかな? そう、例えばそこの黒髪の皇子様は、立派な狼だろうね」

皇太子であるエルネスト殿下を前にしても、レナードさんはいつも通りの調子だ。

いっそ感心してしまう。

「ほざけ。俺を駄犬などにたとえるな。よく回る口が死因になることもあると、その身で学ばせてやろうか?」

狼呼ばわりに、エルネスト殿下はカチンと来たようだ。

先ほど、ぐー様と険悪な雰囲気になっていたせいか、狼全体が嫌いになったのかもしれない。

「ぐー様がちょっと変わっているだけで、狼はいい子が多いですよ」

苦笑しつつ私は言うと、狼のフォローをしておいたのだった。

◇ ◇ ◇

ぐー様にエルネスト殿下、レナードさんとたくさんの来訪者が離宮にやってきた日の翌日。

予想外の知らせに、私は早朝から叩き起こされることになった。

「元天馬騎士のテオドールが、天馬に乗り逃げ出した……?」

騒動の中心は、私が決闘で打ち負かした相手だった。

決闘の後、元同僚の天馬騎士達に軟禁されていたはずのテオドールが、隙をつき愛馬だった天馬に乗り逃げ出したようだ。

「後先を考えてなさすぎでしょう……」

「それは間違いない。だが奴にとっては、あのまま国に連れ戻されるのは、到底耐えられなかったようだ。天馬騎士としても一人の男としても、嘲笑を受けるようになってしまったからな」

私の呟きに答えたのは、離宮へやってきたエルネスト殿下だった。

逃亡中のテオドールが、私に逆恨みを抱いているのは明らかだ。

恨みを晴らすべく、もしかしたら襲撃があるかもと、エルネスト殿下が注意喚起と事情説明にやってきてくれたのだった。

「テオドールの逃走先に、心当たりはありませんか?」

「いくつかあり、既に捜索させているが、現時点では芳しい手ごたえは無いようだ。逃走はおそらく、テオドール一人の力によるものではない。協力者が、間違いなくこの国の人間にもいるはずだからな」

「……でしょうね。土地勘もなく知り合いもいないテオドール一人の逃走なら、今頃とっくに捕まっているでしょうし」

悩ましいところだ。

最悪、テオドール逃走の手引きをした人間の方が重罪に問われ、こちらの国が責められる立場になるかもしれない。

天馬はウィルダム翼皇国の宝だ。

天馬騎士は天馬の御し方や運用方法など、軍事上の機密情報を大量に知っている。

もしテオドールが天馬ごと逃げおおせた場合、ウィルダム翼皇国はかなりの痛手を受けることになるのだ。

「天馬について一番詳しいのは俺達天馬騎士団だ。テオドールの向かいそうな場所を、今も空から捜索している。そちらも何か、有力な情報が掴めたら連絡を入れろ」

「わかりました。エルネスト殿下もお気をつけてください」

天馬のシルファに跨り飛び立つ姿を見送る。

何はともあれ、まずは情報を集める必要があった。

国内の怪しい人間を、どう洗い出そうかと考えていたところ。

雪狐族のミ・ミルシャ様こそがテオドール逃走の共犯者だと、知らせが回ってきたのだった。