作品タイトル不明
149.手伝ってもらいたいことがあります
「わぁ、壮観ですね」
ヘイルートさんが離宮にやってきてから二時間ほどした後。
空き部屋だった一室は、ヘイルートさんの絵の展覧会場に様変わりしていた。
壁にはぎっしりと絵がかけられ、いくつもの簡易イーゼルにも絵が立てかけられている。
「どうですか? これで問題ないっすかね?」
「えぇ、大丈夫だと……」
言いかけ、部屋の隅に置かれた、布をかけられた数枚の絵が気になった。
「あの絵は飾らなくていいんですか?」
「……あー、あれはですね……」
ヘイルートさんが頭をかき、眉を下げ笑っている。
「迷って一応、持ってきてはみたんですけど……。やっぱり、すみっこの方とはいえ、王城の敷地内に立つ、離宮に飾ってもらうような絵じゃないかなって思ったんですよ。展示場をお借りする、レティーシア様の評判を傷つけるのも悪いですしね」
「……どんな絵なの?」
気になった。
画材がものすごく残酷とか性的とか、人を選ぶ絵なのだろうか?
ヘイルートさんは画家だが、どちらかといえば芸術家というより、依頼主の望み通りの絵を作成する、職人としての性質が強い画家に見えた。
そんなヘイルートさんが描いた、人に見せるのに躊躇する絵がなんなのか、どうしても気になってしまった。
「私が見てもいいかしら?」
「どうぞ。あんま引かないでくださいね?」
苦笑しつつ、ヘイルートさんが部屋の隅から絵を持ってきた。
布が引き払われ見えたのは、
「……すごい色使いね」
人は赤や黄色、背景はのっぺりとした青や水色。
描線は不安定で、けばけばしい色彩で画面全体が塗りこめられている。
辛うじて人間らしき何かが描かれている、とわかる絵ではあったが、なかなかにインパクトが強かった。
目の前にあるものを見たままに、あるいは実物より美しく描くことが求められるこの世界の絵画とは、明らかに一線を画す異質さだった。
「う~~~ん。あと二百年くらいしたら、認められそうな画風かも?」
「俺が生きてる間には、絶対無理ってことじゃないっすか」
「ちょっと、今の時代には早すぎると思うわ……」
地球の前衛芸術のカテゴリなら勝負できるかも?
……いや、やっぱ無理かな?
きっと芸術って、そこまで甘い世界でもないよね。
少なくともこの国では、目の前の絵画の価値は、ほぼゼロにしかならないはずだった。
しげしげと絵を見ていると、不思議な感覚に陥る。
既視感だ。
この絵に似た何かを、私は見たことがあるような気がしてきた。
「どこで……? この国に来てからじゃないし、エルトリア王国で……?」
いや、違う。
きっともっと遡り、私が生まれてくる前のこと。
日本のどこかで似たような絵、もしくは映像や写真を――――
「あ……!」
思い出した。
人の肌は赤く、衣服は黄色、背景が青となるこの見え方は、
「サーモグラフィーよ!」
「へっ⁉」
既視感の正体が判明し、つい叫んでしまっていた。
私の叫び声に、ヘイルートさんがぽかんとしていた。
「さーもぐら……? いきなり何ですか、それ?」
「熱よ。この絵は熱の分布図を、視覚的に表現しているんでしょう?」
「っ⁉」
ヘイルートさんが目を見開いている。
当たりだろうか?
この世界でも一般的に、温かい、暑いといったイメージには赤色を。
冷たい、寒いといったイメージには青色を連想する人が多かった。
その連想を元にヘイルートさんは、熱を視覚化して絵に描いてみたのかもしれない。
「もしかしてヘイルートさんの目には、人や物の持つ熱の高低が見えているのかしら?」
ヘイルートさんの目には、他人とは違う世界が映っているのかもしれない。
その一端が、この絵画に現れているのだ。
人間の目の機能、見え方というのは、実は人により結構違っているらしい。
脳みその認識機能による差異、とか、確か前世ではそんな風に言われていたはずだ。
「熱を見る……。そんなこと、本気で言ってるんですか?」
「違うの? そう考えると、この絵について、すっきり説明がつくのよね」
熱を見る瞳。
とんでもな発想だけど、ありえないとは言い切れないはずだ。
この世界には魔力が存在し、様々な不思議な現象を引きおこす源になっている。
魔力が存在しなかった前世にさえ、数字に色が見えるとか、音に匂いを感じるとか、他人とは異なる感覚の持ち主の存在が確認されていた。
ならば、人間が魔力を宿すこの世界になら。
見たものの熱がわかる。そんな瞳を持つ人間がいてもおかしくないのかもしれない。
与太話として一蹴されかねない仮説だけど、現に今こうして、サーモグラフィーそっくりの絵画が存在しているのだ。
絵画の作成者であるヘイルートさんが、熱を見る瞳を持っていると仮定しても、矛盾は生じないはずだった。
「ヘイルートさんには今も、私の肌と髪の温度の違いなんかが、はっきりと見えているんじゃないかしら?」
再度の私の問いかけに対して。
ヘイルートさんが長く長く、息を吐き出していた。
「……正解です。まさか、オレの瞳の特徴に気がつく人間がまた現れるなんて、びっくりしてしまいましたよ」
私の推測は当たっていたらしい。
ヘイルートさんがぱちぱちと拍手をしている。
「いやぁ、すごいっすね、レティーシア様、鋭すぎやしまませんか? まさかあの絵を見ただけで正解にたどり着くなんて驚きです。どんな風にして、正解に思い至ったんすか?」
「……ただの勘よ」
前世の記憶のおかげ、と言うわけにもいかないので、全ては勘のおかげということにしておく。
しかしヘイルートさんは、簡単には誤魔化されてくれないようだ。
「いやいや勘って、それはないでしょうよ。勘だけで、これだけ正確に当てられるもんじゃないと思いますよ?」
「そう言われても困るわ……。実際に勘でしかないんだもの。あてずっぽうに言ってみたら、たまたま正解してしまっただけよ」
「あてずっぽう……。本当ですか?」
「本当よ本当。ヘイルートさんだってついさっき『オレの瞳の特徴に気が付く人間がまた現れるなんて』と言ってたじゃない。『また』ってことは私以外に少なくとも一人、正解にたどり着いた人がいるってことでしょう? なら私が偶然、正解を言い当ててもおかしくないはずよ」
「いや、その理屈はおかしいような……?」
ヘイルートさんはなかなか納得してくれないようだ。
誤魔化し有耶無耶にするために、話題を逸らすことにする。
「ちなみに、私の他にヘイルートさんの目の見え方に気が付いたのは、どんな人だったの?」
「……クロード様ですよ」
「へっ?」
素で驚いてしまった。
ヘイルートさんが口にしたのは、私の三番目のお兄様の名前だ。
話題を逸らしたつもりが、あまり逸らせていなかったらしい。
「この国に来て、俺はクロード様と知り合い友人になりました。そのクロード様も、オレのこの瞳の異質さを、言い当てていたんですよね」
「……そうだったんですね」
ヘイルートさんの言葉に頷く。
嘘を言っているようには感じないし、まるきり納得できない話でもなかった。
五つ年上のクロードお兄様は、とんでもなく勘が鋭いことがある。
私と違い前世の記憶なんてなく、当然サーモグラフィーも知らないはずだけど、クロードお兄様なら知らずとも、正解にたどり着けるかもしれない。
「クロードお兄様、妹の私から見ても時々、意味不明なぐらい頭の回転がぶっとんでますからね」
「クロード様、散々な言われようっすね。まぁ、オレも否定しませんが」
ヘイルートさんが苦笑している。
ため息をつくと、ちらとこちらを見つめた。
「それでレティーシア様は、どうなさるつもりですか?」
「何をですか?」
「オレのこの瞳についてですよ。異質さをバラされたくなければ口止め料を払えとか、なんかあるんじゃないっすか?」
「ないですよ?」
ヘイルートさんの言わんとすることはよくわからなかった。
確かに、私はヘイルートさんの瞳の異質さに気が付いたけど、それでどうということもないはずだ。
バラしたところで私に利益も不利益もないわけで、口止め料うんぬんの脅しをするつもりはさらさらない。
しかしヘイルートさんは納得できないのか、探るような目でこちらを見ていた。
「本当に何もないんすか? 変な瞳で気持ち悪いから近づかないでほしい、とか。何か利用してやろうとか、そうは思わないんですか?」
「別に、気持ち悪くは思わないけど……。そうね、利用、ね……」
一つ思いついたことがあった。
断られるかもしれないが、一つお願いしてみよう。
「ヘイルートさんが良ければ、料理に協力してもらえませんか?」
「……料理?」
ヘイルートさんはぽかんとしている。
私の提案が、完全なる予想外だったのかもしれない。
「そう、料理です。揚げ物作りを手伝ってもらえませんか?」
「あげもの、とは一体……?」
相変わらず、腑に落ちないといった表情のヘイルートさん。
あ、そっか。
揚げ物が何か、そこから説明しなくてはわからなくて当然だった。
この辺りにも食用の油は存在しているけど、もっぱら炒め物に使う用だ。
それなりのお値段がする食用油を大量に使用する、揚げ物は普及していないようだった。
「口のみで説明するより、実際に見てもらった方がたぶん早いと思います。ヘイルートさん、厨房へ来てもらえませんか?」