軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

148.夏野菜のラタトウィユ

言葉を発することもなく、妖艶にたたずむイ・リエナ様。

何を考えているか読めず、対応をしばし考えいると、

「レティーシア様、失礼いたします」

部屋にいた三人のうちの一人、雪狐族らしき白い髪の少女が口を開く。

私より少し年下のようで、まだあどけなさを残した、かわいらしい顔立ちをしている。

「イ・リエナお姉様は、暑さに当てられてしまったのです。ダンスの熱気の籠る舞踏会の会場にいては、お体が辛かったようです」

熱中症のような状態らしい。

……妙に色っぽいなと思ってしまい悪かった。

暑さにやられ肌がほてり、汗ばんでしまっていたらしい。

無口なのも単に、口を開きたくない程、体がしんどかったからだ。

『――――灯れ。冬のひとひらよ』

魔術を使い氷を作成。

花の形をした氷を、イ・リエナ様へと手渡す。

「氷をあてれば、少し楽になるかもしれません。額に乗せるか、首筋に添えておいてください」

「恩に着るわぁ」

氷の冷気に癒されたのか、イ・リエナ様の目元が少し緩んだ。

熱中症への処置は体を冷やすことと水分補給、確か塩水が一番いいんだっけ?

手元に塩は無いので諦め、魔術の氷で作ったカップに、これまた魔術で水を入れ渡した。

「生き返りますわねぇ」

白い喉をこくこくと鳴らし水を飲み終え、ほっと一息ついている。

今までそれだけ、体が辛かったようだ。

今は夏とはいえ夜。私はそこまで暑さを感じないけど、イ・リエナ様は雪狐族だった。

雪狐族という名前は、雪のような白や銀色の髪を持つ者が多いこと。

そして雪深い地に、根付き暮らしていることに由来している。

雪や寒さにはめっぽう強い一方、人間よりもずっと、暑さには弱いようだ。

「王都は華やかでいいけど、夏は困りものよねぇ。妾、雪狐族の中でも、暑いのが苦手な方なのよ」

イ・リエナ様はだいぶ復活してきたようだ。

それとない仕草で、くつろげられていた襟元を整えている。

「雪狐族の女は、受けた恩を忘れないものよ。レティーシア様は、何を妾にお望みかしらぁ?」

「いえ、これくらいで別にいいですよ。今日はできたら早めに寝て、ゆっくり体を休めてくださいね」

まだしばらく、夏の暑さは続くはずだ。

今度うちの離宮にイ・リエナ様がやってきた時には、アイスや氷菓子を出すことにしよう。

「無欲ねぇ」

「レティーシア様は、心優しい王妃様でいらっしゃるのですね」

雪狐族の少女が、尊敬のまなざしを向けてきた。

あの程度の処置で大げさな気もするけど、褒められて悪い気はしないので喜んでおく。

「わたし、雪狐族のミ・ミルシャと申します。レティーシア様にお会いでき光栄です」

「ふふ、ありがとう。あなたはイ・リエナ様の家の、分家筋の出なのね。確か、母方の祖母が、イ・リエナ様の祖父の妹でしたわよね?」

「はい、そうです。雪狐族の方でもないのに、よくご存じですね」

「イ・リエナ様の縁者の方ですもの。勉強させていただいていますわ」

貴族間の血の繋がりの把握を疎かにしていると、落とし穴にはまってしまうかもしれない。

私は一番上のお兄様、ユリウスお兄様によって、そこらへんビシバシと教え込まれている

この国でお飾りの王妃となると決めた時も、その経験が生きて、比較的すんなりと、主だった貴族の名前と血統図は頭に入れることができた。

ユリウスお兄様の教育、ぶっちゃけかなりのスパルタで軽くトラウマになっているけど、今は感謝しているのだった。

「レティーシア様のような方が、うちの国に嫁いでいらっしゃって嬉しいです。イ・リエナお姉様とも、仲良くされているんですよね?」

「えぇ、いくどか、食事や料理を共にしたことがありますわ」

もっともその時は、お互い笑みこそ浮かべていたけれど、腹のうちはほとんど明かしていなかった。

険悪な間柄ではないが、仲良しと言うわけでもない。

実際はそんな関係だが、わざわざ口にするようなことでもないので黙っておく。

ミ・ミルシャ様と少しおしゃべりし、イ・リエナ様の様子をうかがった。

「お加減いかがですか? まだ、ここから動け無さそうなら、誰か呼んできましょうか?」

「お気遣いありがたいけど、妾なら大丈夫よぉ。もう少し涼んで体調が戻ったら移動するわ」

「そうです。心配ないですよレティーシア様。イ・リエナお姉様には、ガイ・グルトお兄様もついてますから」

ミ・ミルシャ様が部屋の隅に立った、雪狐族の男性を見ている。

鍛えられた体の、長身の男性だった。

イ・リエナ様の銀の髪よりくすんだ色合いの、灰色に近い髪をうなじで一つにくくっている。

アイヌの民族衣装や着物に似た独特な衣服の上に、鎧を身に着け佇んでいた。

「ガイ・グルトだ。普段は雪狐族の居住地で、武官として働いている。今日はミ・ミルシャの付き添いとして、舞踏会に参加していた」

無骨な声音で、自己紹介がなされた。

ヴォルフヴァルト王国の夏は社交シーズン。

いつもはそれぞれの領地で暮らしている貴族たちが、揃って王都へとやってくる時期だ。

舞踏会に出席したミ・ミルシャ様とガイ・グルト様の二人は、昔馴染みであるイ・リエナ様が熱中症でふら付くのを見て、介抱していたらしかった。

簡潔にそう説明されたが、少し腑に落ちないこともある。

私がこの小部屋にやってくる直前。

かすかに聞こえてきた声は穏やかではなく、怒鳴り声の気がしたのだ。

何か三人の間で、口論になっていたのかもしれない。

気になりつつも、私はその場を後にすることにした。

じきに、舞踏会の閉幕の時間となる。

イ・リエナ様に挨拶をするという、当初の目的は果たせた。

あとは陛下を探し合流することにしよう。

メインの会場に戻り、陛下と共に閉幕の言葉を告げる。

帰っていく人々を見送ると、私も離宮から回された迎えの馬車へ向かうことにした。

ルシアンが馬車の扉に手をかけると、瞬間。

勢いよく内側から扉が開け放たれた。

「ぴよちゃん⁉」

「ぴっ!」

飛び出し突進してきたぴよちゃんを、咄嗟にルシアンがせき止めていた。

「なぜぴよちゃんが馬車の中に?」

「レティーシア様、申し訳ございませんでした」

御者がぺこぺこと頭を下げている。

「このくるみ鳥が、馬車に押し掛けてきて引かなかったんです。レティーシア様のお帰りの時間が迫ってきたので、やむなくここまで乗せてくることになり申し訳ございません」

「ぴきゅっ!」

御者の言葉を肯定するように、ぴよちゃんが嘴を上下に振っていた。

「もう、ぴよちゃん。私の帰宅を待ちきれなかったのね」

苦笑しつつ、飼い主として反省する。

今日私は、昼間から舞踏会の会場設営に協力していた。

昨日も舞踏会先日と言うことで忙しく、あまりぴよちゃんに構う暇がなかったのだ。

「ごめんね、ぴよちゃん。帰ったらたっぷり魔力をあげるから、着替えるまではちょっと待っていてね?」

「……ぴ!」

ぴよちゃんは少し考えると、仕方ないなぁと言うように頷いた。

「レティーシア様は、毛玉鳥に優しすぎですよ。レティーシア様が忙しくて寂し思いをしているのは、毛玉鳥だけではないというのに……。毛玉鳥も、少しは自重を覚えたらどうですか?」

ルシアンが眉を寄せ、ぴよちゃんへ小言を言っていた。

小言を理解しているのかしていないのか、小さく首を傾げるぴよちゃんに、ルシアンはため息をついている。

「……やはり毛玉鳥は一度きっちり絞めあげ、いえ、道理を教えこんだ方がよいかもしれませんね」

ぐいぐいとぴよちゃんを馬車へと押し込みながら、ルシアンが呟いていたのだった。

◇ ◇ ◇

「ごきげんようレティーシア様! 舞踏会ぶりですね。お茶会にお招きいただけ嬉しいです!」

離宮へとやってきたミ・ミルシャ様が、狐耳をピンと立て華やいだ声をあげた。

ここのところ離宮では、定期的にお茶会を開き招待客を招いている。

元を辿れば、私がケイト様とナタリー様の二人を招いたお茶会がきっかけであり、今では獣人と人間の令嬢が一緒にお茶を楽しみ縁をつなぐ場として、参加希望者も多くなっていた。

ミ・ミルシャ様は二週間ほど前の舞踏会の一件で、私を気に入ってくれたらしい。

お茶会への参加を希望されたため、今日お招きすることになったのだ。

ちょうど今は社交シーズンということもある、お茶会への新規参加者も増えている。

今日も十数名の令嬢が、離宮へと足を運んでいた。

雪狐族であるミ・ミルシャ様は、イ・リエナ様ほどではないが暑いのが苦手らしい。

庭先に出した5つのテーブルのうち、風通しのいい位置にあるテーブルに席を割り振ってある。

二つ尾狐を連れたミ・ミルシャ様が着席したのを確認し、令嬢達へお茶会の説明を始めた。

「皆様には本日、氷菓子の一種である、パフェというお菓子をお出ししたいと思います。初めて食べる方も多いかと思いますが、まずは皆さんで一緒に、テーブルの上にある紙の束をご覧になってください」

「この紙よね? わぁ! 美味しそうな果物の絵が描かれているわ」

ミ・ミルシャ様が隣の人間の令嬢と一緒に、紙束を覗き込んでいる。

テーブルごとに一部ずつ置いてある紙束は、イラスト付きのメニュー表のようなものだ。

私の祖国もこの国も、平民の識字率は低水準に留まっている。

平民向けの飲食店には文字の記されたメニュー表はなく、店内にかけられ料理を描いた板を見るか、店員にメニューを尋ね注文をする形式だ。

貴族はお抱えの料理人に作らせるか、招待された先で用意された料理を食べることがほとんどなので、やはりメニュー表は存在していない。

私のお茶会は参加者が増えてきており、前世の知識を元にして作った、この国の人たちにはなじみのないお菓子を出すことも多かった。

お茶会のたびに、一からお菓子の説明をするのは大変になってきたため、メニュー表を作ることにしたのだ。

メニュー表の文章や構成は私が考え、イラストはヘイルートさんに描いてもらっている。

ヘイルートさん、画力が高くて仕事も早いし、お値段も良心的なので贔屓にしていた。

この前の天馬のスケッチに引き続き、依頼を受けてもらったのである。

「紙の束の五ページ目と六ページ目に、今日お出しすることができるパフェが数種類描かれています。簡単な説明も書いてありますので、その中からご希望のものをお選びください」

令嬢達がさっそく、メニュー表を見てきゃいきゃいとしている。

パフェは見た目もかわいくて、テンションあがるものね。

メニュー表のパフェはヘイルートさんの筆で、トッピングの果物も瑞々しく描かれている。

見ているだけで楽しく、お腹が減ってくる出来栄えだ。

ミ・ミルシャ様もはしゃいだ様子で、両隣の参加者とメニュー表を眺めている。

これがいい、でもあっちも気になる、と。

メニュー表が会話のきっかけになり話が弾んでいるようだ。

私も同じテーブルについた令嬢と歓談しつつ、頃合いを見てルシアンに合図を送る。

離宮の使用人がテーブルを回り、令嬢達から丁寧に注文を聞いていった。

パフェは注文を元に、これから厨房でジルバートさん達に作ってもらうことになる。

食材は前もって準備されており加熱などは必要ないため、調理時間は短く抑えられた。

シャーベットに果物、砕いたクッキーなどを順番に器に入れていき、生クリームとアイスクリームをトッピングして完成だ。

器はパフェを見映え良く盛りつけられる、『整錬』で作ったガラス製になっている。

厨房から運ばれてくると日差しを弾いて、キラキラと輝きを放っていた。

「綺麗……! それに氷菓子をこんなにたくさん贅沢に!」

見てうっとり。食べてひんやり。

ミ・ミルシャ様はさっそく、パフェの虜になっているようだ。

オレンジなど柑橘類がふんだんに使われた、爽やかな甘さが口の中に広がる一品だ。

舌の上ですっと溶けていく、オレンジアイスの甘さと冷たさ。

ミ・ミルシャ様は夢中になっていて、スプーンが止まらないようだった。

「今日も美味しかったですわ」

「この離宮のお菓子は、どれも絶品ですものね」

他の令嬢達にもおおむね、パフェは高評価のようだ。

お茶会の常連になりつつある令嬢もいて、彼女たちを中心に人間と獣人の隔たりを飛び越え、交友関係が築かれつつあるようだった。

和やかな雰囲気のなか、お土産のアイスクリームを渡し令嬢達を見送る。

アイスクリームを自宅でも食べてもらえるように、と。

箱は改良を重ね、すぐにはアイスクリームが溶けないようにしてある。

外側の木箱を開くと、中から現れる氷の塊。

魔術で作られた氷は一部がくぼんでいて、アイスクリームを乗せた皿が入れられている。

今日くらいの気温ならおおよそ明日いっぱい、ひんやりとしたアイスクリームが食べられる計算になっていた。

一晩寝かし、明日のお楽しみにと取っておいて良し。

早めに食べ、残った氷の塊で凉を取っても良しのお土産なのだった。

「さてと、後片付けの指示を出さないとね」

念のため忘れ物などないか確認させてから、庭に広げたテーブルセットを片付けさせていく。

庭先でぴよちゃんをモフりながら見守っていると、レナードさんがやってくるのが見える。

吟遊詩人であるレナードさんには、何人か懇意にしている貴族がいるらしい。

そんな貴族から王城への入場許可証を与えられているため、時々この離宮へ、ふらりと姿を現すことがあった。

「出遅れてしまい残念だ。先ほどまでここで、麗しの乙女たちの集いが開かれていたんだろう?」

「ふふ、ただのお茶会ですよ」

レナードさんは職業柄か、芝居がかった言い回しをよく口にしている。

そのせいかいまいち本心がわかりづらく、感情を読めないところがあった。

今もレナードさんは気まぐれにか、ぴよちゃんへとリュートをつまびいている。

ぴよちゃんはリュートのことを、変わった鳴き声を出す生き物だとでも思っているらしい。

不思議そうな顔で、震える弦をじっと観察している。

「レナードさん、今日も離宮で弾き語りをお願いできますか?」

ぴよちゃんを撫でつつ尋ねる。

レナードさんの弾き語りは、離宮の使用人達に人気があった。

朗々と歌い上げる美声に、たれ目がちの甘く整った顔立ち。

女性の使用人の中には、レナードさんの訪れを待ちわびている人もいるのだ。

「あぁ、弾かせてもらおう。今回も料理を用意してくれるんだろう?」

レナードさんは、私や離宮の料理人が作る料理を気に入ってくれているらしい。

弾き語りの対価は金銭に加え、ちょっとした料理を出す形になっていた。

「もちろんです。サンドイッチと、それとちょうど新鮮なセロリが手に入ったので、夏野菜のセロリスープはいかがですか?」

離宮裏の畑で収穫された、庭師猫産のセロリだった。

鮮度は抜群、シャキシャキとした食感が楽しい採れたてだ。

そう思いおすすめしたのだけど、レナードさんは憂いを帯びた表情をしてしまった。

「セロリ。それは我が宿命の敵にして、机上からの駆逐を決意せし仇敵さ」

「……つまり、苦手なんですね」

わざとらしい憂い顔と無駄にシリアスな表現に、つい笑ってしまっていた。

セロリは香りが強いため、苦手な人がそれなりにいる野菜だ。

特に子供は、セロリを嫌う子が多いらしかった。

「わかりました。セロリは抜きで、何か作っておきますね」

「麗しき君の慈悲に感謝だな」

わざわざ一礼をしてから、離宮の建物へと入っていくレナードさん。

「ぴっ? ぴぴよちっ?」

レナードさんの持つリュートを追いかけるように、ぴよちゃんもついて行ったのだった。

◇ ◇ ◇

レナードさんに出す料理はハムとチーズのサンドイッチと鶏肉の香草焼き、夏野菜のラタトゥイユに決定した。

弾き語りが終わるまで、いつも通りなら四十分ほど。

それに合わせ出来立てを食べてもらえるよう、ジルバートさん達と手分けして作っていく。

私の担当はラタトゥイユだ。

ツヤツヤしたナスにトマト、ニンニク、庭師猫が育ててくれたズッキーニ。

ベーコンと貯蔵していた玉ねぎも使い、食べやすいよう角切りにしていく。

前世で夏野菜が旬で安くなっていた時、よく作り置きにして食べていた料理だ。

慣れた手つきで具材を刻んでいき、オリーブオイルを引いた鍋ですり下ろしたニンニクを炒める。

香りが立ったら少し火を強め、玉ねぎとベーコンを加えた。

玉ねぎがしんなりとしてきたら、残りの具材も入れざっと炒めていくのだ。

「あとは煮立せて火を弱くして、っと」

蓋をしておけば、野菜から染み出した水分によって、程よい水気になるはずだ。

野菜のうま味が溶け込んだ汁が全体に回り、味わいを深くしてくれる。

しばらく弱火で煮込んだら、塩コショウで味を調えていく。

「うんうん、ちょうどいいくらいかしら」

味見すると口の中でトマトが崩れ、野菜のコクと甘みが広がった。

ふんだんな夏野菜の共演が、舌にも体にも嬉しい一品だった。

「レティーシア様、こちらも出来上がりました」

ジルバートさんがサンドイッチと香草焼きを持ってきてくれた。

ちょうど弾き語りが終わる頃合いだ。

盆に載せ料理を運ばせ、歌い終えたレナードさんの前に並べさせる。

弾き語りは体力とカロリーを使うようで、どんどんと料理が、レナードさんの胃に収まっていった。

皿を空にし立ち上がったレナードさんを、離宮の玄関まで見送ることにする。

廊下を歩いていると、行く先の玄関の扉が叩かれた。

「あら、いらっしゃいヘイルートさん」

「……そちらさんはどちらさまで?」

開いた扉の先で、ヘイルートさんが目をぱちくりさせている。

レナードさんのことが気になっているようだ。

「吟遊詩人のレナードさんです。時々離宮に来て、弾き語りを披露してくれてるわ」

「へぇ、吟遊詩人ですか」

興味深そうに、レナードさんを見るヘイルートさん。

「ふぅん、そういうあんたは画家様かい?」

「正解です。よくわかりましたね」

「鼻はいい方なんでな。気が付かないか? 画材の匂い、体に染みついているぞ」

すれ違いざま、レナードさんがヘイルートさんの肩を叩いた。

馴れ馴れしい仕草にヘイルートさんが驚くが、すぐにへらりと笑い肩を叩き返した。

「……そうっすか。ご忠告ありがとうですね」

「感謝される程のことじゃないさ」

ひらひらと手を振り、レナードさんが去っていく。

「それじゃあな、レティーシア様。次に会う時までに、セロリの全てが、この世から消え去っていることを願っているぞ」

「ふふ、それは無理だと思うわ」

レナードさんに別れの挨拶を返し、ヘイルートさんの方を見た。

「ヘイルートさん、今日はこちらへどうされたんですか?」

「前話していた、オレの絵を運んできたんですよ」

「あぁ、そちらでしたか。うちの離宮に、ヘイルートさんの絵を飾るって話でしたよね?」

ヘイルートさんから提案を受けていた話だ。

天馬のスケッチに、メニュー表のイラスト。

私はヘイルートさんにお世話になっているし、彼はクロードお兄様の友人でもあった。

ヘイルートさんの画家活動で、何か力になれることはないかと尋ねたところ、離宮の一室に絵を飾りたいと言われていたのだ。

離宮の部屋は余っているし、陛下にも問題ないと許可を得ていた。

ヘイルートさんの絵を飾り、離宮を訪れた人に見てもらう。

絵を気に入ってくれた人がいたら、ヘイルートさんを紹介する手はずだ。

「持ってきたという絵はどちらに?」

「ニムルに載せてきたっすよ。な、ニムル!」

「ぎゃぎゃっ!」

名前を呼ばれ、鱗馬のニムルが扉からこちらを覗き込んできた。

よく躾けられているのか、建物内には入り込もうとしないようだ。

つぶらな瞳で、室内の様子を伺っていた。

「ニムルの背中の荷物は全部、ヘイルートさんの描いた絵なんですか?」

括り付けられた荷物が、こんもりと小さな山になっている。

あんなに積んで、ニムルは大丈夫なんだろうか?

「ニムルなら心配ないっすよ。馬に比べれば細っこいですが、見た目より力はあるんです。荷物の中身の結構な割合が、梱包材代わりの古布で占められてるんで、そこまで重くもないですしね」

言いつつ、ヘイルートさんが積み荷を一つ解き開いていく。

「中の絵はこんな感じです」

「へぇ、綺麗な森の絵ですね」

古布の隙間から覗くのは、油彩で描かれた森の風景画のようだった。

ヘイルートさんは器用で、風景画に肖像画、この国では需要がある犬猫などの動物画など、様々なジャンルの絵を描けるそうだ。

実力があり、仕事は早く丁寧。

ヘイルートさんは人当たりも良いから、とっくにどこかの貴族のお抱え画家になっていてもおかしくなかったが、特にそういう話を受ける気はないらしかった。

生活の糧を得るためある程度の仕事はこなすが、それ以外の時間は好きなように、絵を描いていたいようだった。

「持ってきた絵は、あちらの部屋に飾っておいてください」

使用人に命じ、ニムルに載せられた荷物を一室へと運んでいく。

「荷ほどきは、ヘイルートさん一人で行いますか?」

「そうさせてもらいます。中には少し、特殊な梱包をした絵もありますからね」

「では、お任せしますね。荷ほどきが終わったら一度確認したいので、教えてもらえますか?」

「わかりました。手早く済ませちゃいますね」

ヘイルートさんは答えると、さっそく荷解きに取り掛かったのだった。