軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

146.舞踏会に参加しましょう

「レティーシア様、仕上がりました。もう動いても大丈夫ですよ」

侍女の声に、私は姿見で服装を確認した。

舞踏会のため、珍しく気合を入れ着飾ったのだ。

身にまとうのは、深く鮮やかなブルーのドレスだった。

縫い付けられた真珠と粒宝石、光沢のある刺繍が、光を受け星のように煌めいている。

肩と胸元には薔薇の飾り。腰から下はふわりと広がり、中に身に着けた純白のスカートが覗き美しかった。

デコルテは見せすっきりと。腕は絹の長手袋で覆われていた。

髪はサイドの一房ずつを残し後頭部でまとめ、巻いた二房を後ろで垂らしている。

踊ると髪が揺れ靡き、動きと華やかさを演出する髪形だった。

「すごい! すごくお綺麗ですレティーシア様……!」

ドレスの着付けの勉強のため見学していた、レレナが感激していた。

「青いドレスに宝石や金の髪がきらきらと輝いて、まるでお星様みたいです!」

「ふふ、ありがとう。舞踏会へ行ってくるわね」

「はい! 行ってらっしゃいませ!」

王城の本城に用意された控室を出て、ルシアンを従え歩いていく。

廊下を進み、中庭に面した回廊へと出た。

「あ……」

陛下だ。

月明りに影を落とし、陛下が一人佇んでいる。

銀の髪が月光に淡く輝き、秀麗な顔立ちにかかっていた。

均整の取れた長身を、黒の正装が一際際立たせている。

艶やかな黒の布地には金の縁取りと装飾が施されており華やかで、長い手足を包み込んでいた。

気が付けば、呼吸を止め見入ってしまっている。

息を吸いこみ足を進め、陛下へと近づいていった。

「陛下、お待たせいたしました。陛下のお姿が麗しくて、つい見とれてしまいましたわ」

「そうか」

陛下がふいと視線をそらした。

気が付かないうちに、何か粗相をしてしまったのかと心配になる。

「……美しいのはおまえの方だ」

「え?」

陛下の呟きが、聞き間違えではないとしたら。

こちらを褒める言葉だった。

「何でもない。じきに舞踏会の開幕だ。会場へ向かうぞ」

差し出される陛下の手。

右手を重ねると、そっと包み込まれた。

壊れ物を扱うような手つきに、鼓動が一つ飛び跳ねる。

早鐘を打つ心臓を抱え、陛下のエスコートで進んでいった。

日はとうに落ちているが、舞踏会の会場は眩い光があふれるようだ。

シャンデリアが煌めき、蝋燭の光を反射し散りばめている。

天井の高い広々とした空間には楽隊の演奏が流れ、参加者たちが笑いさざめいていた。

舞踏会は立食形式で始まり、しばらくするとダンスのための音楽が演奏される予定だ。

壁際に並べられたテーブルのいくつかには、私が指示を出し準備させた料理が並んでいる。

シフォンケーキにハムサンドなど、片手で食べられる軽食が中心になっていた。

チーズファウンテン用の紋章具も設置されており、物珍しさから参加者の注目を集めているようだ。

「陛下、念のため最終確認がしたいので、あの紋章具の近くへ行ってもらっても?」

「わかった。行くぞ」

陛下と共に、紋章具の設置されたテーブルへと近づいていく。

ちょうどそこには、開発者であるリディウスさんもやってきていた。

「こんばんは。リディウスさんも最終確認に来たのですか?」

「…………」

挨拶を告げるも、一向に答えは返ってこなかった。

おかしい。

こちらへと顔を向けたところで、リディウスさんは固まってしまっていた。

「リディウスさん?」

「…………」

再び話しかけるも、やはり返答はなかった。

完全にフリーズしてしまっている。

もしや引きこもり体質が祟って、人に酔いグロッキー状態なのだろうか?

「レティーシアを見つめたままどうしたのだ?」

陛下がリディウスさんに声をかけた。

どことなく、機嫌が悪そうな気がする。

リディウスさんははっとして、ぶんぶんと頭を振った。

「いや、何でもない。舞踏会の空気にあてられて、少しぼんやりしていたようだ」

やはり人酔いしていたようだ。

紋章具の最終確認のため、無理をして出席してくれたのかもしれない

「無理はしないでくださいね。いつもの魔術局の制服と違って、服も着慣れないもののようですし、慣れないことの連続で、疲労がたまっているのだと思います」

今日のリディウスさんは首元にグレーのクラヴァット、上着として黒のジェストコールを身に着けている。

舞踏会に相応しい華やかな装いだが、リディウスさんが着慣れているとはとても思えなかった。

衣服を準備したのもリディウスさん本人ではなく、魔術局の同僚のオルトさんあたりの気がする。

「……やはりこの服は似合っていないか? これを着て行けと、オルトに押し付けられたんだが」

「いえ、オルトさんは良い審美眼をされているかと。その服装、よくリディウスさんに似合っていると思いますわ」

「…………そうか」

またしても、リディウスさんが固まってしまっている。

少し心配だが、じきに舞踏会の開幕時間だ。

陛下と共に、入り口から反対側の壁際、薔薇で飾りつけられた段の上へ向かった。

薔薇は生花で、庭師猫たちの協力もあり瑞々しく花弁を広げていた。

到着し少しすると、一旦音楽が鳴りやむ。

参加者達の視線が、やにわにこちらへと集まってくる。

王妃らしく微笑む私の横で、陛下が口を開いた。

「本日は、よくぞこの場へ集まってくれた。我が国の貴族に重鎮、異国より来し貴人たち。美しき夏の夜を、思う存分皆楽しんでくれ」

よく通る陛下の声が開幕を告げる。

拍手が鳴り響き、ゆるやかに楽の音が流れ始めた。

陛下と私はしばらくここで、主賓であるエルネスト殿下を歓待する予定だ。

しばらくすると、エルネスト殿下がマントを翻しやってきた。

今日の舞踏会の目的の一つは、ウィルダム翼皇国からの使者らをもてなすことにある。

使者はエルネスト殿下率いる天馬騎士団の一隊と、同数程の文官達で構成されている。

エルネスト殿下に付き従い、今は背後に控えていた。

「お招きにあずかり感謝しよう、グレンリード陛下。レティーシアも、一昨日ぶりだな」

「よく来てくれた、エルネスト」

歓迎の言葉を紡ぎながらも、陛下の声には感情の色がなく硬質な響きだ。

陛下らしいといえばらしいけど、いつもはもっと愛想がいい……と言う程ではないけれど、もうほんの少しだけ、声に温かさがあったような?

エルネスト殿下とは、あまり相性が良くないのかもしれなかった。

「レティーシアとは、友好関係を築いているのだな」

「あぁ。天馬騎士として、グリフォンへの騎乗の練習を見ている。筋が良く先が楽しみだぞ」

「……そうか。エルネストとは、上手くやれているようだな」

陛下がこちらへと話をふってきた。

「ふふ、エルネスト殿下からは本日の舞踏会で出している、チーズもいただいています。評判は上々のようですわ」

視線で、チーズファウンテン用の紋章具が設置されたテーブルを示した。

紋章具の前には使い方を説明するために、離宮から連れてきた侍女が立っている。

侍女の説明を受け、さっそく何名かの参加者が、チーズファウンテンを体験していた。

チーズの噴水に一口大の食材を差し入れ取り出し、舌鼓を打っているようだ。

結構な好評のようで、既に人だかりができ始めていた。

「あそこで使っているチーズは、エルネスト殿下からいただいたチーズの風味と良さを生かし下処理を行ったものになります。名高きウィルダム翼皇国のチーズだけあって、多くの参加者を虜にしているようですわ」

ウィルダム翼皇国はこの国の南西部と国境を接する、山がちの国土を持つ国だ。

平地が少なく農地こそあまり広くないが、代わりに酪農業が発達している。

チーズは名産品の一つで、人気と長い歴史があるのだった。

「お返しに、こちらからはお菓子を用意させていただきました」

「どんな菓子だ? おまえが用意したんだ。期待させてもらおう」

「こちらですわ」

控えていた侍女ら数人に合図すると、銀の覆いを被せた盆を運んできた。

「ヴォルフヴァルト王国で収穫された最上級の小麦を使ったクッキーと、チョコレートというお菓子ですわ」

「ちょこれーと? 初めて聞く菓子の名だな」

「まだ一般には、広く知られていませんわ。独特な風味ですが、気に入られた方にはたまらないようです」

庭師猫産のチョコレートを、離宮の人々に試食してもらった結果。

食べ慣れない味で好きになれないと答えたのが三割弱、まぁまぁ好きと答えたのが四割ほど、そして残りの三割はチョコレートが大好きだと答えてくれていた。

この国に今までなかった味だからこそ、はまる人はとことんはまるようだ。

今のところ、チョコレートは庭師猫産に限られているので、チョコレート好きの中には、庭師猫をあがめ称えている人もいる。

軽いチョコレートジャンキーだった。

「ただやはり、ある程度好みが別れる食べ物ではありますので、味が好みでもない方にも楽しんでいただけるよう、工夫をさせていただきました」

「ほぅ?」

興味深そうに盆を見るエルネスト殿下。

侍女らに合図し、一斉に覆いを外させた。

「! これは、天馬、か……?」

よしよし。

狙い通り、エルネスト殿下は驚いてくれたようだ。

盆の上に並べられたのは、チョコレートの天馬たちとクッキーだ。

チョコレートの天馬はクッキーと同様に平面状だが、表面にはレリーフのように凹凸がつけられている。

大きな翼、細く長い四本の脚、たてがみのたなびく長い首など、細部に至るまで天馬の姿かたちを凹凸で忠実に再現してあった。

「なんだ、これは? 出来の良いレリーフ彫刻にしか見えないが、本当に菓子なのか?」

「きちんと食べられますわ」

「どのように作っている?」

「そこは秘密です」

私の魔術、『整錬』を活用しているのだ。

『整錬』を用い、金属で天馬を象った型を作成。そこへチョコレートを流し入れている。

試行錯誤を経て、今ではかなり綺麗に、精密な造形のチョコレートを作れるようになっていた。

「秘密、か。これ程の技術、秘するのも当たり前だな」

エルネスト殿下も納得してくれたようだ。

しげしげと、チョコレートの天馬たちを観察している。

「ん? このチョコレートは、ガルス副隊長の天馬か?」

「はい。ガルス副隊長の天馬の外見を模していますわ」

「なんと! 私の天馬をですか?」

エルネスト殿下の背後で、ガルス副隊長が感激している。

近くで見てみたそうにしていた。

「陛下、彼を近くへ呼んでもよろしいでしょうか?」

「許そう」

陛下の許可が下り、ガルス副隊長がさっそくやってくる。

「おぉ……! 確かに私の天馬です! 私の天馬に、とてもよく似ています……!」

ガルス副隊長からのお墨付きを得ることができた。

そっくりになるまで、何度もリテイクを繰り返した努力が実ったようだ。

「よくできているな。こちらの天馬はビルツの、あの天馬はアスレイの、そしてあれはクルージの天馬を模したものだな?」

エルネスト殿下が順番に、チョコレートの天馬を指し示している。

「その通りです。さすが殿下、一目でどなたの天馬がお分かりになるのですね」

「ふっ、これくらいは当然だ。一頭一頭、体つきや毛の色合いもきちんと再現されているからな」

一口に天馬といっても体の細部や、毛の色は一頭一頭異なっている。

私が作ったチョコレートの天馬もできる限り、モデルとなった天馬の特徴を再現していた。

チョコレートに加えるミルクの配合をいじって、白から薄茶、黒に近いこげ茶までの色が使用可能になっている。

もちろん、私一人で作ったのではなく、何人もの人に協力してもらっていた。

まずは、画家であるヘイルートさんだ。

初めてエルネスト殿下ら天馬騎士隊が離宮に訪れた時にも、ヘイルートさんには離宮に来てもらっていた。

画家の目と腕ですばやく、各天馬の特徴をとらえたスケッチを作成してもらったのだ。

スケッチを元に、私はチョコレート型の作成を開始。

『整錬』の魔術は細部までイメージがしっかりしているほど、理想通りの品を作ることができる。

最初に作った型を使ったものは、かろうじて馬とわかる程度の粗い出来上がりだったのだ。

そこからはイメージを練り込み、トライアンドエアーあるのみ。

なお、失敗作も全てきちんといただいている。主にチョコ好きの庭師猫がだけどね。

私は失敗を重ねながらも、スケッチ作成者のヘイルートさんのアドバイスを受け、納得できるクオリティに到達することができた。

その作業と並行して、ジルバートさんら料理人と、チョコレートそのものの改良も行っている。

白からこげ茶までの色を作ることができるチョコレートだったけれど、見た目だけではなく食べてもきちんと美味しいように、ジルバートさん達と配合や作り方の研究を繰り返したのだ。

天馬のチョコレートは努力の結晶、立派な作品なのだった。

「待て。俺の天馬はどれだ?」

一通り天馬のチョコレートを確認したエルネスト殿下が、片眉をひそめていた。

「この中に、俺の天馬を模したものは無いようだが?」

「もちろん、エルネスト殿下の天馬についても、用意していますわ。今持ってこさせましょう」

合図を送ると侍女が、大きな箱を被せられた盆を手にやってくる。

箱を取り去ると甘い香りが広がり、エルネスト殿下の顔に感嘆が浮かんだ。

「まるで今にも、動き出しそうだな……!」

現れたのは高さ三十センチほどの、チョコレートでできた天馬の立体像だった。

しっかりと自立しており、翼を広げながら、右前足を軽く曲げたポーズをしている。

色はホワイトチョコの白。

大きさはだいたい、本物の六分の一くらいだろうか?

羽の一枚一枚まで、しっかりと立体で再現している。

土台部分には飴細工の薔薇も飾られていて、華やかな作品に仕上がっていた。

立体ということもあり、完成まで他の天馬チョコレートの十倍以上の時間がかかっている。

たぶん、チョコレートの冷却待ち時間なんかを除いても、優に二十時間はかかってるんじゃないかな……。

正直、作業中いくどかくじけかけていた。

まず自立するよう、だいたいの形を作るまでもそれなりに時間がかかっている。

その後も右の翼の形を直したら、他の部分とのバランスが悪くなってしまったり。

快心の造形だと思ったら、脚の強度が足りず私の心ごとぱっきり折れてしまったり。

失敗の連続に、造形を監督してくれていたヘイルートさんの目も途中から半ば死んでいた。

付き合わせたお礼に、謝礼は多めにだしておいたのだった。

「エルネスト殿下、いかがでしょうか? ご満足いただけましたか?」

「あぁ、もちろんだ」

エルネスト殿下が、チョコレートの天馬を見つめている。

「おまえは本当に、驚くことばかりだ。……やはり、俺の国に欲しいな」

何やら呟くエルネスト殿下。

後半が聞き取れず、なんだろうと思っていると。

「レティーシア、いくぞ」

ぐいと左手を陛下に引かれたのだった。