軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

145.猫社会は面白いです

離宮の裏手に向かうと、一定の間隔で鳴く、庭師猫達の声が聞こえてきた。

「にゃー」

「なー」

「にゃー」

「なー」

「にゃー」

「なー」

「にゃー」

「なー」

十数匹の庭師猫が鳴き声とともにざっくざっくと、リズミカルに鍬を振り下ろしている。

人間の使う鍬のミニチュア版、肉球にジャストフィットする大きさの鍬の金属部分は、私が『整錬』で作ったものだったりする

美味しい収穫はまず土づくりから。

植物を急成長させる力を持つ庭師猫だったけど、水を用意し土壌を整えておいた方が、少ない魔力で高品質な収穫物を得られるらしい。

おかげで庭師猫達はここのところ毎日のように、農作業を行っているのだ。

「今日も農作業が捗っているわね」

昨日一日、思う存分食べた庭師猫達は、やる気がみなぎっているようだ。

猫に似た姿の庭師猫は、自分の好きなことには一直線。労働もいとわない性格の子が多いようだった。

元はいっちゃんが苺を育てていただけの一帯は、庭師猫の農場へと作り変えられていた。

おのおの思い思いに働く庭師猫だったが、一応まとめ役のような子は存在している。

農場の中心あたりに陣取り、やってくる庭師猫達と会話をし指示を出している薄茶の子。

どうやらあの庭師猫が、今の庭師猫達の集団の、トップに君臨しているようだ。

「あ、レティーシア様もこちらに来ていたんですね」

籠を手に、離宮からジルバートさんがやってきた。

すると目敏く、まとめ役の薄茶の庭師猫が駆けつけてくる。

自分で育てた小麦の束を、二本足で立ち上がりジルバートさんへと差し出していた。

「にゃ! みゃみゃうにゃ!」

「おっ、ありがとう。今日の小麦もいい出来だね」

小麦を手渡した庭師猫が、えっへんと胸を張っている。

ジルバートさんは薄茶の頭をなでてやると、次々と運ばれてくる小麦を受け取っていった。

「ありがたいです。これでまた、新しい小麦を使った料理を試せそうです」

「ふふ、楽しみにしているわ。庭師猫産の小麦を使った料理、どれも美味しいものね」

「えぇ、すごいです。庭師猫は本当に、とてもとても素晴らしい生き物ですよ」

ガチめなトーンで、真面目な顔で言うジルバートさん。

手元の小麦を、じっと凝視している。

「この小麦、このあたりで広く作られている小麦と同じ品種に見えますが……。品質が明らかに、数段上になっています。同じ品種でも庭師猫の手が加わると、こうも食材としての質が上がるのですね」

「不思議よね。庭師猫の魔力が、いい具合に働いているのかしら?」

詳しい原理は不明だけど。

庭師猫の持つ魔力が、それぞれの植物ごとに最適な成長を促し、秘めたるポテンシャルを余すことなく引き出すものだとしたら。

庭師猫産の食材が、高品質揃いなのも納得なのだった。

「私達料理人にとっては、本当にありがたい存在ですよ。旬の外れた食材でも、庭師猫の手にかかれば数日で、作ってもらうことが可能ですからね」

「作れる料理の種類を、ぐっと増やすことができるものね」

日本と違い、この世界では温室栽培や、冷凍設備による食材の保存技術は発達していなかった。

必然、使用可能な食材は旬のものに限られてくる。

夏に収穫できるトマトと、新鮮な冬野菜を一緒に使うことは難しく、料理の幅も限られることになる。

そんな状況での庭師猫の存在に、ジルバートさんが深い感謝を捧げるのも自然な流れだった。

「庭師猫はすごいです。ほら、あちらのトマトを見てください。一見、普通のトマトと同じようですが、よく見ると葉のつき方が少し違います。食べてみると、甘みが強く濃厚な汁がぎっしりと詰まっています。私も食べたことが無い品種。もしかしたら今まで、人間が口にしたことがない多くの品種を、庭師猫は独自に育てているのかもしれません。この先いずれ、庭師猫のもたらした品種によって、料理界に革命がおこる可能性もあります」

「庭師猫、まだまだ底が見えないですよね」

立て板に水と語るジルバートさんに相槌を打つ。

彼の言う通り、庭師猫のもたらす食材にはいくつか、この辺りでは見たこともない植物が混じっていた。

例えば、日本ではお馴染みだったみかんの木。

例えば、チョコレートの原料になるカカオの実。

加えて前世の知識にも見当たらない、真っ赤な皮を持つ梨のような植物などが、庭師猫達によりもたらされていた。

誇張表現ではなく現実に、料理界を激変させる可能性を持つのが庭師猫だ。

料理に情熱を注ぐジルバートさんはここのところ、庭師猫に夢中になっているのだった。

「にゃっ!」

小麦を渡し終え一鳴きすると、薄茶の庭師猫が農場の監督に戻っていく。

すると待ちかねていた、庭師猫達が周りを取り囲んだ。

「コムギちゃん、周りから頼りにされているようですね」

庭師猫同士はもっぱら、お互いの育てている植物の名前で相手を呼んでいるらしい。

私達もそれにならって、庭師猫達を呼び分けているのだ。

コムギちゃんが庭師猫のまとめ役となった理由はいくつかあった。

一つは、コムギちゃんがまじめで、まめな性格をしていること。

そしてコムギちゃんが育てているのが、小麦だったからだ。

庭師猫達はそれぞれ、自分の一押しの植物を育てている。

自分は自分、他人は他人……いや違う、この場合は他猫は他猫、になるのだろうか?

まぁ細かいことは置いておいて。

とにかく、庭師猫達にとっては自分の好物こそがナンバーワンだ。

他猫と比べたりはしないけれど、小麦やトマトなど、他の食材と合わせやすい植物を育てている庭師猫は他猫から人気があり、周りへの影響力が強いことがあるようだ。

コムギちゃんが、お見合いで大人気だったジルバートさんの飼い猫になれたのも、その強い影響力のおかげだった。

ジルバートさんの飼い猫の座を勝ち取ったことで、コムギちゃんは周りから更に尊敬されるようになったらしい。

おかげでそのまま、庭師猫達のまとめ役になったのだった。

「庭師猫の間では猫社会が形成されていて、今も発展しているのよね」

乱獲から逃れるため、ひっそりと息を潜めていた庭師猫達。

いっちゃんの呼びかけで離宮に集まり定住し、人間関係ならぬ猫関係が幾重にも交差していき。

畑を広げ農場を作り、人間との交流でより多くの種類の料理を得ていくその流れは。

「……庭師猫の夜明けぜよ?」

幕末偉人の名言を魔改造して呟く。

定住からの農業の拡大、料理文化の発展を見せる庭師猫達の様子は、前世で習った人類史の黎明期のようでとても興味深かった。

このままどこまで庭師猫社会が変化していくのか、ぜひ見届けたいところだ。

「にゃにゃ?」

庭師猫社会の未来に思いを馳せていると、いっちゃんが苺を手にやってきた。

苺を受け取り、サバトラ柄の頭を撫でていく。

「庭師猫社会が発展してきても、いっちゃんは変わらないわね」

「にゃうにゃうにゃ」

自分は苺があればそれでいいですから。

と、いうように鳴くいっちゃん。

離宮に一番最初に住み着いた庭師猫であり、他の庭師猫がやってくるきっかけとなったいっちゃんは、他猫から一目置かれていた。

が、マイペースな性格をしているため、まとめ役にはおさまることなく、毎日自由気ままに苺を育て私と共に過ごしていた。

いっちゃんの期待と信頼に応えるべく、筋肉痛を無視し厨房へと向かう。

その途中で、離宮への訪問者と出会うことになる。

「こんにちはリディウスさん」

「あぁ、邪魔をしている」

黒髪に魔術局の黒の制服とマントを羽織った、黒づくめのリディウスさんだ。

背後には彼に懐いている、水色のくるみ鳥もついてきている。

リディウスさんはうなじでくくった髪を揺らし、箱を手にこちらへやってきた。

「頼まれていた紋章具が完成したから持ってきた」

「ありがとうございます。確認させてもらいますね」

箱の中にあるのは、三段重ねの噴水のような形をした紋章具だ。

魔石を動力に動く装置、紋章具。

リディウスさんはその専門家で、この国トップの実力者だった。

たびたび私の前世の記憶を元にした紋章具のアイディアを聞き、形にしてくれているのだ。

「今回の紋章具は、前に作ったチョコレートファウンテン用の紋章具を元に調整を施したものだ。念のため、動作を確認してみてくれ」

「わかりました。実際にチーズを用意して動かしてみますね」

厨房に指示を出し準備をしていく。

使用人たちは昼前の仕事を行っており手が離せないので、庭師猫達を呼び試食してもらうことにする。

「庭師猫のみんな~~~。チーズはいかが~~~~?」

離宮裏手の農場へと叫ぶと、少ししてたくさんの庭師猫達がやってきた。

手に手に収穫物を持ち、わくわくと瞳を輝かせている。

みんな食べることが大好きなのだ。

押し合いへし合い、紋章具の前でスタンバる庭師猫へと話しかける。

「あ、でもちょっと待ってね。庭師猫達が紋章具を使う前に、せっかくだからリディウスさんも食べてみませんか?」

「……もらおう」

「具材は何がいいですか?」

ルシアンが盆に載せ持ってきてくれた、具材を指し示した。

パンやソーセージ、ベーコンなど、下準備がすぐの具材が並べられている。

「そのパンがいい」

「わかりました。少し大きめなので、よかったら切り分け量を少なくしましょうか?」

お昼ごはん前だし、リディウスさんは食が細い方なので、念のため聞いてみることにした。

リディウスさんは頷いている。

「ではやりますね」

パンに照準をあわせ魔術を発動。

風の刃によって、いい感じに切り分けることができた。

「今日も見事な魔術だな」

「わっ⁉」

パンから顔をあげると、間近にリディウスさんの顔が迫っていた。

キラキラぎらぎらとした緑の瞳で、私とパンを凝視している。

「遅滞なく滑らかな魔力循環のなせる技である速やかな魔術行使により現出する術式は第三階梯とはいえ他の魔術師の練度とは明らかに一画を隔しもはや別物だと言ってもいい名人の魔術だもう一度ここで使用してくれないか駄目だろうかならば他の第三階梯ないし第四階梯の魔術を見せてくれるとありがた―――」

「待って。リディウスさん待って近いです」

息継ぎなく語るリディウスさんの顔はすぐ目の前だ。

見かねたルシアンが笑顔のまま冷えた空気をまとい、リディウスさんを引きはがした。

「リディウス様、落ち着いてください。レティーシア様は王妃でいらっしゃいます」

「……あぁ。そうだったな。レティーシア様はグレンリード陛下の……妻、だったな」

冷水をかけられたように。

リディウスさんがしゅんとしている。

魔術語りを止められ、落ち込んでいるのかもしれない。

「リデイウスさんのお話は、また別の時に聞かせてもらいますね」

苦笑しつつ、準備の整ったチーズファウンテンの紋章具を動かし始める。

とろりとしたチーズがてっぺんから溢れ、滝のように下へと流れていった。

「うん、美味いな。動作も問題なさそうだ」

「わかりました。じゃあ次は、庭師猫達の番ね」

振り返ると、庭師猫達が手にした収穫物をこちらへ差し出していた。

収穫物へ向け、まずは水の魔術を発動。

庭師猫達が器用に肉球を使い、収穫物の表面についた汚れを洗い落としている。

洗浄が終わったら乾燥だ。

火を操る魔術の応用で、熱風を生み出していった。

庭師猫達は余分な水気を乾燥させた収穫物を、我先にとチーズファウンテンに突っ込んでいる。

「にゃー!」

「にゃにゃっにゃー!」

「なうなうにゃにゃうにゃ!」

意訳すると、

『チーズ万歳! 祭りに乗り遅れるな!』

といったところだろうか?

具材はプチトマトといった前世でポピュラーだったものもあるが、生の人参、キュウリ、ジャガイモにほうれん草、苺を突っ込むいっちゃんなどかなりバラエティ豊かのようだ。

「今回も、リディウスさんの作る紋章具は大人気ですね。どうもありがとうございます。こちらの紋章具、予定通り今度の舞踏会で使わせてもらいたいと思います」

「五日後の舞踏会だったな?」

「そうです。リディウスさんも出席されますか?」

主催は王家で、エルネスト殿下も参加する大規模な舞踏会だ。

魔術局の若手筆頭株であるリディウスさんの元にも、招待状は届いているはずだった。

「出席するつもりだ。舞踏会に出るのは、魔術局に入局した年に、長官に無理やり連れられて以来になるが……。レティーシア様が出席するな――――」

「ぴいっ!」

リディウスさんの声に、ぴよちゃんの鳴き声が重なった。

クリームイエローの羽毛をなびかせ、水色のくるみ鳥へと突撃。

羽毛を重ね、互いをくるみあう二羽。

しばらくぶりに顔を合わせたくるみ鳥同士の、挨拶のようなものだったのだけど、

「リディウスさん⁉」

運悪く、間にリディウスさんが挟まってしまっていた。

顔が埋もれ声も出せないのか、うなじでくくった髪が揺れるだけだ。

「ぴよちゃん待って。リディウスさんが窒息しちゃうわ」

「ぴぴっ?」

ぐいぐいと二羽のくるみ鳥を引きはがす。

しかし、ぴよちゃんは遊んでもらえると勘違いしたのか、こちらへと体をすり寄せてきた。

ふわふわとしたクリームイエローの羽毛が、視界いっぱいに広がっている。

「レティーシア様を離しでください。これで何度目です鳥頭なんですか?」

ぴよちゃんを叱るルシアンの声が聞こえる。

リディウスさんに続き私まで、羽毛に埋もれてしまったのだった。