作品タイトル不明
144.猫がトラウマになっているようです
白、黒、茶、灰色、三毛猫。
離宮へとやってきたのは様々な毛柄の、庭師猫の集団だ。
よく見ると庭師猫達は、一匹の犬を追いかけているようだった。
「ジョゼちゃんっ⁉」
絶叫し、わき目もふらず走り出すニーディア伯爵夫人。
ジョゼも主人の存在に気が付いたのか、必死でそちらへ向かい走っていった。
「ジョゼちゃんっ!」
「わんわんっわん!」
一人と一匹の再会。
主人と伴獣による感動の場面のはずだけど、にゃあにゃという鳴き声がうるさかった。
感動の場面の周りをぐるぐるにゃあにゃあと、庭師猫達が歩き回っている。
庭師猫が間近を通るたび、ジョゼはびくりと体をすくめていた。
「ジョゼちゃん、そんなに怯えてどうしたの? この猫達はいったい……?」
「私の飼い猫のようなものです。この子たちが、ジョゼを見つけここまで連れてきてくれたんです。そうよね、いっちゃん?」
「にゃっ!」
庭師猫の集団から抜け出してきたいっちゃんに声をかける。
私の言葉に頷くいっちゃんに、ニーディア伯爵夫人が戸惑っていた。
「猫にそんなことができるの……? いえでも、ここに確かにジョゼちゃんはいるものね……」
「ジョゼちゃんに、大きな怪我は無さそうですか?」
「え、えぇ。ちょっと待ってちょうだい」
ジョゼを抱き上げ、全身をチェックしている。
「少し痩せたし、毛並みも汚れてしまっているけど……。骨を折ったり、大きな怪我はないみたいね」
「無事で良かったです。……あ、でも」
「でも? 何か心配なことがあると言うの?」
食いついてくるニーディア夫人に、一歩後ずさり答えた。
「ちょっと、その、猫が苦手になっているかもしれません」
庭師猫達に囲まれ、ジョゼはぷるぷると震えている。
大量の庭師猫に追いかけまわされたら、トラウマになるのも仕方ないかもしれない。
私は数日前、庭師猫達にお願いをしていた。
王都で探している犬がいるから、それらしい迷い犬がいたら教えて欲しいこと。
そして可能であれば、離宮までその犬を、連れてきて欲しいというお願いだ。
差し出す対価は暇を見て丸一日、庭師猫達の望む料理を続けるということ。
庭師猫は了承し、さっそくジョゼを探し始めてくれた。
離宮に住まう猫は、もともと王都に隠れ住んでいた個体がほとんどだ。
裏道や抜け道、人では見つけられないような、隠れ場所にもとても詳しいのだった。
加えて庭師猫達は、普通の猫も巻き込んだ独自のネットワークを作っていたらしい。
頻繁に猫集会を開き、情報を交換していたのだ。
そんな庭師猫達の手にかかれば、明らかに周囲から浮いている迷い犬一匹、探し出すのは時間がかからなかったようだ。
私が頼んだ翌日には、目撃談があがってきていた。
そしてついに今日、ジョゼを追いかけ誘導し、王城の門番たちを驚かせながらも開いていた門を走り抜け、王城の敷地内へ入り離宮までやってきてくれたのだ。
ニーディア夫人はジョゼを抱き、周りの庭師猫達を眺めていた。
「ジョゼちゃんがこうして帰って来てくれたなら、猫を怖がるくらい許容範囲よ。怖がり怯えた分だけ、私がかわいがり愛情を注いであげるわ」
「そうしてあげてください。こうしてニーディア伯爵夫人と再会できて、ジョゼちゃんも安心し嬉しく思っているはずです」
「えぇ、本当に。またこうして再会できてよかったわ。レティーシア様、どうもありがとうございます。今日はまず、ジョゼちゃんを家に連れ帰ってあげたいので、また後日、改めてお礼に参りたいと思います」
「はい。お待ちしていますね」
一件落着、一安心だった。
笑顔でニーディア夫人を送り出し、庭師猫達にもお礼を言っていく。
「ありがとう。おかげで助かったわ。これで任務完了、お疲れ様でした」
「にゃっにゃにゃにゃにゃーにゃ!」
「みゃみゃうにゃみゃみゃみゃっ!」
「にーににににーにににっ!」
どうもいたしまして、と言うように一斉に鳴く庭師猫達。
ジョゼ捜索隊は解散。
離宮裏手の畑を見に行く、離宮内の飼い主に料理をねだりに行くなど、思い思いの場所へと向かう庭師猫たちを見守っていると、
「く、くくくっ……」
小さな笑い声が聞こえてきた。
発生源はエルネスト殿下のようだ。
「大量の猫を手足のごとく使役し、グリフォンに跨れば天馬騎士を決闘で打ち倒し、そして時には平民の小娘に変装し町へと抜け出しているのか……」
「エルネスト殿下?」
くつくつと笑いながら、瞼を伏せ何やら呟くエルネスト殿下。
怪訝に思い近づくと、正面からカッパーの瞳と視線がかち合う。
「おもしろい。おまえのようなおかしな女は初めてだ。見ていてとても痛快だな」
「はぁ……?」
どうやら珍獣認定されたようだ。
何がツボにはまったのかはわからないが、エルネスト殿下は楽し気にしている。
「納得だ。おまえのような愉快極まり女に、テオドールごときが敵うわけがないからな」
「テオドールですか……」
決闘の興奮が抜け冷静になると、気になることがいくつか出てきた。
「エルネスト殿下は、テオドールを天馬騎士から解任し、ニーディア夫人に謝罪をさせると言っていました。……決闘を受け勝利した私が言うことではないかもしれませんが、本当にエルネスト殿下の一存で、テオドールの処遇を決められるのでしょうか?」
「父上は反対しないだろうな。じじぃども……。テオドールの父親たちも、表立って異を唱えることはできないだろうな。なんせテオドールは自ら決闘をしかけ反則まで犯したのに、それでも天馬騎士ではないおまえに勝てず自らの天馬を痛めつけただけだった。天馬騎士としても男としても人としても、尊敬できるところのまるでないあいつを、擁護するのは難しいだろうからな」
ならばとりあえず、テオドールのことで私が気をもむ必要はないのかもしれない。
しかしこの情け容赦のない酷評ぶり、エルネスト殿下も内心かなり、テオドールを疎ましく思っていたのではないのだろうか?
「テオドールは、以前から問題が多い天馬騎士だった」
私の心を読んだかのように、エルネストが語りだした。
「それでもなお、奴が天馬騎士の任を解かれなかった最大の理由は血筋にあった。三翼家の持つ特権を、おまえならば知っているだろう?」
「直系の子に与えられる、天馬騎士団への入団資格ですね」
天馬騎士は、ウィルダム翼皇国内の職業で最上位に位置するエリートたちだ。
当然、入団試験は極めて厳しく倍率は優に数十倍にのぼるが、何ごとにも例外というのはあるもの。
エルネスト殿下のような王家の直系、そして建国の際に大功のあった三翼家の直系のみは、肉体さえ健康ならほぼ無条件で、天馬騎士団へ入団できるのだ。
「通常、天馬騎士団の入団試験では武芸の腕や身体能力だけではなく頭脳や教養、人柄や性格も審査されるものだ。テオドールのような人間は、まず間違いなく落とされるだろうな」
「三翼家の威光とは、それほどまでに強いものなのですね」
「加えてテオドールは幸か不幸か、天馬を駆る才能はあったようだ。俺の隊でも俺と副隊長につぐ、三番目の腕前を持っていた。だからこそ、多少の不祥事では辞めさせられなかったんだ。俺も奴のことは好いていなかったが、隊長としての責務で、助け舟を出したことは幾度かある。しかし今回は庇い切れないし、庇いたいとも思えなかったな」
「……厄介な部下を持たれていたのですね」
身分と実力は抜群だが、性格に難があり命令に従わない部下。
考えただけで、胃が痛くなってしまいそうだ。
「同情は不要だ。あぁ言った奴と一緒にされないよう、血筋だけで天馬騎士になったと軽んじられないように、俺は力を磨き責務を果たしている」
「まだお若いのに、とてもご立派だと思います」
お世辞ではなく、素直な賞賛の言葉を口にした。
気が強くプライドが高く口が悪いエルネスト殿下だけど。
高いプライドは積み上げてきた努力と、強い克己心の裏返しなのかもしれない。
「まだ若い? おまえは俺より一つ年下だろう? 妙な言い回しをする女だな」
「……そうかもしれませんね」
十七歳の「私」ではなく、二十代で死んだ前世の「わたし」の感覚が強く出てしまったようだ。
エルネスト殿下は目ざといのだった。
「おまえだって、十七歳にしては優秀だと思うぞ? 王妃として振る舞うに不足ない知識と教養、回転の
速い頭に魔術の腕。それに何より、グリフォンに乗る才能もありそうだ」
「お褒め戴きありがとうございます」
そう言って微笑んだ私へと、
「だからこれから、俺自らグリフォンへの騎乗を教導してやろうと思う」
「……はい?」
いきなりの提案をするエルネスト殿下に、私は疑問を浮かべた。
「エルネスト殿下がなぜ、私にフォンの乗り方の指導を?」
「俺は天馬騎士団全体でも五指に入る腕前だが不満か? 俺以上に、空を飛ぶ幻獣への騎乗の教導役に適した人間はそういないはずだ」
「いえ、そうではなくて。まずどうして、私がフォンの乗りこなし方を教わる前提になっているのですか?」
「空を飛んでいる時、おまえが楽しそうにしていたからだ」
当たり前のことを告げるように、エルネスト殿下が断言した。
「多くの人間は、いざ機会を与えられても空を飛ぶことを恐れてしまうものだ。しかしおまえは違った。テオドールとの決闘中も、空を舞う喜びを感じていたはずだ」
エルネスト殿下の言葉は当たっている。
フォンと共に自由に空を飛ぶ快感は、他では決して味わえないものだ。
もっと上手くフォンに乗れたらきっと楽しいだろうな、と。
考えている自分は確かにいるのだった。
「おまえだけではない。おまえのグリフォンも喜んでいたはずだ」
「フォンが?」
「くあっ?」
名前に釣られたのか、フォンがとすとすと近づき嘴をこすりつけてきた。
かわいい。
少しひんやりとした嘴の感触が、頬っぺたへと押し当てられている。
「グリフォンは滅多に人に懐かない幻獣だと聞いている。人に慣れた場合でもほとんどは、地上でゆっくり走らせるのが限界だそうだが、おまえのグリフォンは違った様子だ。おまえを心から主人と認め尊重し、背中に乗せ飛ぶことに生きがいを感じているのだろうな。おまえの騎乗技術が上がればそれだけ、グリフォンも喜び生き生きとした姿を見せるはずだ」
「フォンが生き生きと……」
呟き、フォンの金茶色の瞳を覗き込んだ。
何を考えているか、詳しくはわからないけれど。
私のことを慕って、信頼してくれていることは伝わってくる。
そんなフォンが喜んでくれるなら、飛行技術の向上に努めたいと思った。
「……わかりました。エルネスト殿下のお手すきの際にでも、私にフォンへの騎乗のコツを教えていただけたらと思います」
エルネスト殿下はゆくゆくは、ウィルダム翼皇国の国王となる人間だ。
今の内から縁をつないでいくのもいいだろうと、内心で計算を弾いた答えでもある。
「あぁ、引き受けよう。おまえと過ごす時間は、退屈と無縁だろうからな」
エルネスト殿下はそう言うと、楽しそうに瞳を細め教導役を引き受けてくれたのだった。
◇ ◇ ◇
「料理って、ある意味、行き着く先は体力勝負になるわよね」
筋肉痛に苛まれながら、私は寝台の上で呻き声をあげた。
フォンに乗って飛び、決闘に勝利してから八日ほどが過ぎたところだ。
私は予定を調整し、昨日一日をフリーにしていた。
庭師猫達の約束を、果たすための一日にしたのだ。
「朝から晩まで、怒涛の一日だったわね……」
ジョゼ捜索の対価として庭師猫達に約束したのは、丸一日庭師猫達のために、料理を作り続けると言うことだった。
当然、それなりに体力を持っていかれるのは覚悟していたけれど……。
予想より遥かに、庭師猫達の要求は貪欲だったのだ。
「食べることが好きで、前からよく料理を作ってくれと頼まれてはいたけど……」
全身の筋肉痛と共に、私は悟ってしまっていた。
庭師猫達はあれでも、普段はそこそこ自制していたのだ。
昨日、料理を求める庭師猫たちの勢いは凄いものだった。
約束の対価だからと自制なく遠慮なく、食材を手に厨房に押し掛けてきたのだ。
作っても作っても、次々に持ち込まれる食材たち。
料理人たちと協力し調理していったけど、作れども作れども全く終わりが見えなかった。
朝一から厨房に立ち、竈の火を落としたのは日付が変わる寸前。
一日中ほぼフル稼働で、料理を作ることになったのだった。
ずっと調理器具を持ちっぱなしで、腕が鉛みたいに重くなっている。
少しでも動くと、体のどこかしらが筋肉痛で悲鳴をあげる状態だ。
こちらの離宮に来てからは、『整錬』で作った自家製ダンベルなどを使い、コツコツと筋肉作りに励んでいた。
おかげでここ1,2か月は、体力不足に悩まされることも減ってきていたから、昨晩は久しぶりに、疲れ果て泥のように眠ったのだ。
「でも、おかげで、庭師猫達は満足してくれたのよね」
存分に食欲を満たした庭師猫たちは、それはもう喜んでいた。
もふもふにゃぁにゃあと騒ぐ姿を見ていると、筋肉痛も吹き飛ぶ……なんてことはなかったけれど。
頑張った甲斐はあったと思えたのだ。
「レティーシア様、お体の加減はいかがでしょうか?」
扉越しにルシアンが声をかけてきた。
そろそろ朝から昼へと移る時間帯だ。ぼちぼち、寝台の上から離れることにしよう。
「よっこい、あっ、アイダタタタタタ……」
筋肉痛に呻きつつ、よろよろと立ち上がった。
だいぶ痛いが、動けないというほどのことではない。
侍女の助けを借り身支度を整え廊下を歩いていると、向こうからジルバートさんがやってきた。
「レティーシア様、おはようございます。お体は大丈夫ですか?」
「えぇ、どうにか動きそうよ。ジルバートさんの方は、筋肉痛は無いのかしら?」
「慣れていますからね。一晩寝たら元通りです」
ジルバートさんに強がった様子はなく、あくまで自然体だった。
すごいなぁ。
私と同じように、ジルバートさんも昨日一日中、庭師猫たちのリクエストを叶えるべく、厨房で立ちっぱなしだったのだ。
にも拘らず、今日は疲労の影もなくピンピンとしている。
細身で、どちらかと言えば頼りない印象のジルバートさんだけど、若くして料理長を務めるだけあって、体は鍛えられているようだ。
料理とは体力勝負でもある、と。
昨日から何度も実感しているのだった。
「レティーシア様は、この後どうなさるご予定ですか?」
「昼食までは、離宮の周りで過ごそうと思うわ」
もうすぐ、今日の狼たちの散歩の時間だ。
もふもふと癒しを求め、私は前庭へと出ていった。
「わふふっ!」
まもなく、狼番のエドガーに連れられ狼たちがやってきた。
私の姿を見ると走り寄り、頭を差し出し撫でられ待ちのポーズをとっている。
私が撫でやすいよう、耳を倒し気味にしているのが愛らしさ倍増だった。
「よーしよしよし。ジェナは今日もかわいいわね~」
狼たちの中でも、一際人懐っこいのがジェナだ。
私はわしゃわしゃと、頭のてっぺんを撫でていった。
ジェナは気持ちよさそうに、尻尾を振り振りしている。
撫でているうち、僕も僕も、と。
次から次へと狼たちがやってきて列になっている。お行儀のよい子たちだった。
順番に撫でてやり、列がなくなると、私は周囲を見回した。
「ぐー様を探しているんですか?」
「正解よ、エドガー。よくわかったわね」
「レティーシア様は、ぐー様のことを大変お好きですからね」
「…………その通りね」
なんてことはないエドガーの言葉に、つい返答が遅れてしまった。
ぐー様のことは好きだ。
けど、ぐー様の正体はグレンリード陛下であるわけで。
素直に好き、と。口にするのは少し恥ずかしいのだった。
「ぐー様、ここのところ僕も見かけませんね」
「きっと忙しいのよ」
正確には、その正体である陛下がご多忙なのだ。
私もいくらか、エルネスト殿下達一行の歓待を受け持っているとはいえ、国王である陛下にしかできない仕事も多いのだった。
「狼のぐー様が忙しい、ですか?」
きょとんとした顔で、疑問を浮かべているエドガー。
私は苦笑すると、ちょうど近くへ寄ってきた狼を撫でてやった。
「なんとなく、そんな気がしただけよ。エドガーは、仕事が忙しかったりしないかしら?」
「僕ですか? そうですね、狼たちの子育ても一段落してきましたし、次の換毛期までは、だいたい落ち着いていると思いますが……あ、そうだ。明日から、散歩の時間が早くなると思います」
「じき夏の盛りだものね」
日本のような真夏日になることは珍しいとはいえ、日々気温はゆるやかに上がってきている。
狼たちは夏毛とはいえ、人間や獣人よりは暑さに弱いらしかった。
昼間の日差しを避け朝早くと夕暮れ時に、散歩をすることになったようだ。
明日からの散歩のおおよその時間を伝えると、エドガーは狼を連れ帰っていった。
昼食まではまだ少し時間があるため、庭師猫達の様子を見に行くことにする。
離宮の裏手に向かうと、一定の間隔で鳴く、庭師猫達の声が聞こえてきたのだった。