作品タイトル不明
130.美味しい料理の条件は
たっぷりと苺のお菓子を食べ、満腹で眠るいっちゃんを観察した後。
自室でくつろいでいると、扉が控えめにならされた。
「どなた?」
「レレナです。入ってもよろしいでしょうか?」
許可を出すと、レレナがおずおずと入室してくる。
誘拐事件以降は忙しくて、こうしてじっくると話すのは久しぶりだ。
顔を青くしたレレナが、がばりと頭を下げてきた。
「本当に本当にっ‼ 申し訳ありませんでしたっ‼」
震える手でエプロンを掴みながら、レレナが謝罪をしている。
「勝手に離宮を飛び出して誘拐されてしまってっ……‼ ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでしたっ……!」
「……謝罪は一度で十分よ」
相談もせず、離宮を脱走したのは少し怒っているけれど。
そうせざるをえなかったレレナの気持ちはわかるし、その後の誘拐事件について、レレナに非は存在しなかった。
「誘拐は色々と間が悪かっただけで、レレナは悪くないもの」
「……ですがっ……!」
私の言葉に、レレナは納得できていないようだ。
やけに頑なな様子に、私は少し、踏み込んでみることにした。
「……レレナが離宮から出ていったのは、メランのせいでいっちゃんが、家出してしまったと誤解したからと言っていたわよね?」
レレナがこくこくと頷いている。
本当はいっちゃんは、王都の庭師猫の勧誘に言っていたわけだけど……。
あの時点ではレレナが、メランのせいだと思い込んでも仕方ない面があった。
「自分がメランをつれて離宮から出ていけば、いっちゃんが帰ってくるはず。……そう考えて、離宮をでていったということよね?」
「……はい。そのつもりでした……」
頷くレレナの言葉は、きっと嘘では無いはずだ。
……嘘では無いが全てを、語っているわけではないのかもしれない。
「ねぇ、レレナ。怒ったりしないから教えて欲しいことがあるの」
私の問いかけに、レレナが身をすくませた。
心当たりがあるようだった。
「……なんでしょうか?」
「レレナがあの日、離宮を出ていったのは、寂しかったのも理由の一つでしょう?」
「っ……!」
図星だったようだ。
レレナが金色の瞳を見開き、かわいそうなくらい顔色を蒼くしている。
「そ、んなことありません……。レティーシア様も離宮の皆様も、とても私に親切にしてくれています」
「……親切にされても、寂しさは消えなかったはずよ。だってここはレレナの住み慣れた家じゃなくて、家族のクロナもいないんだもの」
見知らぬ場所に連れられ、新しい生活が始まって。
ホームシックになって当たり前の毎日に、簡単に慣れることは出来ないはずだ。
「私は……」
「責めているわけじゃないわ。レレナは侍女見習いとして、この離宮に馴染もうとしてくれていたもの。頑張っているレレナを褒めこそすれ、怒る人は誰もいないわ」
レレナは張って頑張って……頑張りすぎてしまったのだ。
弱音をこぼすこともできず、寂しさを抱え込んでしまっていたようだった。
「……少しだけ、タイミングが悪かっただけだと思うわ。いっちゃんの家出の原因かもと自分を責めていっぱいいっぱいになってしまって……。クロナと住んでいた家に、逃げたくなったんじゃないかしら?」
今はクロナのいない、空っぽの家だとしても。
生まれ育った家に、故郷に、帰りたいと願うのも自然だった。
……冷静に考えると、幼いレレナが王城を抜け出し、故郷に向かうのは難しいのだとしても。
それに思い至らない程、追い詰められていたようだ。
「……レレナの気持ち、私も少しだけ理解できるわ」
「レティーシア様が、私なんかの気持ちを……?」
信じられないと、レレナが呟いていた。
「私も、住み慣れた故郷を出てこの国に来ているわ。幸運にも、陛下にこの離宮を与えられて、毎日楽しく暮らしているけれど……。それでもたまに、故郷が懐かしくなってしまうもの」
お父様にお兄様たち。それに数は少ないがいた友人もいた故郷エルトリアを、恋しく思う夜があるのだった。
「私は自分で選んで、準備してこの国にやってきたけど、それでも寂しさは消せていないわ」
「レティーシア様も寂しさを……」
「そうよ。だからね、私より小さいのに大変な目に会っているレレナが、寂しいと感じるのも当たり前のことだと思うわ」
労わるようにそっと。
レレナの頭を撫でてやった。
猫耳の生えた頭はまだ、私よりずっと低い位置にあるのだ。
「私じゃレレナの寂しさを癒せないだろうけれど……。代わりに少しだけ、美味しい料理を出そうと思うわ」
「……美味しい料理を?」
「川魚のトマト煮込みよ」
レレナの顔がくもった。
離宮へやってきた日、川魚のトマト煮込みを食べ、レレナは涙を落としていた。
「心配しないで。今日これから作るのは、この前のトマト煮込みとは違うわ」
「え……?」
「クロナに手紙で、レシピを聞いてみたのよ」
牢にいるクロナとは一か月に一通だけ、手紙のやりとりが認められていた。
検閲が入るとはいえ、詳しいレシピを聞くくらいはできるのだった。
「お姉ちゃんのレシピのトマト煮込み……」
「えぇ、そのつもりよ。……レレナが食べたかったのは、そのトマト煮込みなんでしょう?」
レレナがこくりと頷いている。
この前出したトマト煮込みは、私とジルバートさんが作ったレシピを使っていた。
川魚の風味を引き立てる、自信作の味付けだったけれど……。
レレナにとってのトマト煮込みは、姉のクロナが作ったレシピなのだ。
あの日レレナが泣いていたのはきっと。
今まで食べていたトマト煮込みとの味の違いに、驚き寂しくなってしまったからだ。
美味しい料理の条件は、決して味だけではなかった。
料理にまつわる記憶や、こめられた思いがあるからこそ、食べたいと思う料理もあるのだ。
「安全の問題上、レレナを今、家に帰してあげることはできないけれど……。ここで思い出の料理を食べながら、クロナが刑期を終えるのを待つことはできるはずよ」
「……私はこれからも、この離宮に置いてもらってもいいんですか?」
おずおずと尋ねたレレナへと、
「もちろんよ。レレナさえ良ければ、侍女見習いとして歓迎しているわ」
安心させるように、私は笑いかけたのだった。