作品タイトル不明
129.お土産の品は
「全部は聞きとれないが、おそらく……『薔薇園は荒らされたはずだろう?』『どんな手を使いこの薔薇を調達したんだ』というような内容を、仲間内で小声で呟いているようだ」
かすかに眉をしかめた陛下が、ディアーズさんの知り合いの会話内容を教えてくれた。
「他には、『忌々しい薔薇だ』『だがどうせ、急場でかき集めただけだ』『土産の品を用意できたかは怪しいな』『いい気味だ』と会話しているようだ」
「……土産用の品、ですか」
どうにか準備することはできたし、品物を見せた陛下にも高評価をいただいていたけれど。
招待客たちに受け入れてもらえるかは、まだわからなかった。
不安を隠しながら招待客たちの歓待を行っていると、薔薇の集いが閉会を迎える。
王家の使用人たちが招待客たちに、順番に土産を手渡していた。
「美しい……! この半透明の薔薇は一体?」
さっそく受け取った招待客の一人が、土産を陽の光に掲げていた。
「何ですかそれ? 細工物ですか?」
「この見た目、ガラスで作られているのか?」
「ガラスではここまで花弁を薄く、本物のように作るのは不可能なはずです」
土産を受け取った招待客たちが、思い思いに言葉を発していた。
――――艶やかな赤い半透明の花弁を持つそれは、飴で形作られた薔薇だ。
薄くのばされた飴には艶が出ていて、光を弾き美しく輝いていた
招待客たちの多くは初めて見る飴細工の薔薇に、興味を惹きつけられているようだ。
この国には金属製の薔薇飾りがあったが、花弁は分厚く色も金属そのものだった。
赤、白、黄に紫、そしてピンク色……。
色とりどりの飴細工で作られた薄い花弁は、高評価を受けているようだ
「……ジルバートさん達のおかげね」
飴細工の作成者はジルバートさん達だ。
この短期間で高品質な飴細工を、招待客の人数分作ってくれたのだ。
「……間に合うのか、正直私はひやひやしていたぞ」
横でぼそりと陛下が呟いた。
陛下の言葉は、この国の人間としてごく普通だ。
この国では飴細工の技術が発展しておらず、陛下も飴細工に馴染みが無かった。
日本でだって確か、江戸時代くらいまで飴細工の技術は限られていたはずだ。
「色々と幸運でしたわ。ちょうど最近、飴細工に手を出していたんです」
きっかけは、王都へのお忍びの際に見かけた、金属でできた細工物の薔薇だ。
あれを見て私は、そういえば飴でも薔薇が作れるなぁ、と、前世の記憶を思い出したのだ。
飴自体はこの国でも一般的なお菓子だし、上手く作れば、この国でも飴細工をつくることができるはず、と。
ジルバートさんに話を持ち掛けた結果、離宮の料理人たちと一緒に、飴細工に挑戦することになったのだ。
「薔薇の飴細工、見た目はとても華やかですが、意外と作りやすいんですよ」
「どのように作るのだ?」
「まず飴を加熱して、少し冷めたら手で伸ばして畳んで、ひたすらこねていくんです。これで飴に酸素が……空気が含まれて、表面に光沢が出てきます。火傷をしないよう気を付けつつ、飴が冷えて固まるまでの時間勝負になりますが……何度か練習すればコツが掴めてきます」
前世で何度か飴細工作りに失敗したおかげで、そのへんは慣れっこだった。
こちらでは細かな器具や材料の違いがあったが、ジルバートさんと相談して解決している。
「そうして出来上がった光沢のある飴をちぎって、花びらの形に薄くのばしていくんです。軽くカーブさせた花弁を中心部分から重ね、温めた飴を接着剤にして形を作って行けば完成になります」
コツは外側の花弁ほど、大きめに作っておくことだ。
中心から花弁の広がる、立体的な薔薇を作ることが可能だった。
「こうして聞いている分には難しく思えないが……。今日用意された薔薇は、花弁の細かなヒダまで再現された、本物にそっくりの形をしている。あそこまでの品は、簡単には作れないのではないか?」
「その点は、私も驚いていますよ。まさかこの短期間で、あそこまで高品質な飴細工を作れるようになるとは、予想外でしたもの」
ジルバートさんたち料理人の才能と、料理人魂に乾杯だ。
……前世と比べて、食文化のあれこれが、発達していないこの国だけど。
材料を揃えやり方を教えると、みるみると上達する人間もいる。
ジルバートさんはその筆頭で、前世で飴細工の経験がある私より既にもう、高い技量に手が届いているのだ。
飴細工を手にし感心したような招待客の様子に、私は目を細めたのだった。
◇ ◇ ◇
「ふぃ~~~~。今日は久しぶりに、のんびりすることができそうね」
つつがなく薔薇の集いを終えた翌々日、私は自室で羽を伸ばしていた。
既にジルバートさん達料理人には、追加で報酬の手配がしてある。
薔薇の集い前、彼らには厨房にこもりきりで飴細工を作ってもらっていた。
彼らの協力あってからこその、薔薇の集いの成功だった。
「光に透かすとすごく綺麗よね、これ」
真紅の薔薇を象った、飴細工を窓に掲げた。
よく練られた花弁は艶やかで、光沢と透明感を両立させている。
角度を変え眺めながら、飴細工の美しさを堪能していると、
「にゃっ!」
「あっ!」
ぱくり、と。
花弁を一枚、いっちゃんが口にしていた。
小さなお口いっぱいに頬張ると、なめて味を楽しんでいるようだ。
「目ざとい……!」
この飴細工の赤は、苺ジャムによって色付けしたものだ。
苺あるところにいっちゃんあり。
花より団子と言った様子で、苺味の飴をぺろぺろとなめていた。
「うーん、あっという間に形が崩れてもったいない気もするけれど……」
儚い造形美だからこそ、価値があるのも確かだった。
生花と同じように、限りある美しさだからこそ素晴らしい、と。
薔薇の集いの土産として配られた飴細工は、無事受け入れられていたようだ。
「にゃっ! にゃにゃにゃっ‼」
追加の苺菓子をください、と。
いっちゃんがこちらを見上げた。
見れば飴細工の薔薇は跡形もなく、いっちゃんのお腹の中に入ってしまったようだ。
「食べるの早いわね……。途中からかみ砕いてない?」
苦笑しつつ、作り置きの苺クッキーを持ってきてやることにする。
いっちゃんは庭師猫たちをつれてきてくれた功労者だ。
しばらくの間は甘やかしてあげようと、そう決めているのだった。