作品タイトル不明
126.いっちゃんは本物のようです
「にゃあ」
「……え?」
その姿に、私はまばたきを繰り返した。
ついにイマジナリーいっちゃんを見てしまったのかと思っていると、
「にゃにゃにゃ?」
もう一度、いっちゃんが鳴き声をあげている。
とてとてと寄ってきて、足に体をすり寄せてきた。
幻でも夢でもない証拠に、横でルシアンが驚いているようだ。
「いっちゃんっ……‼」
「にゃぎゅっ⁉」
ぎゅっと強く。
座り込みいっちゃんを抱きしめた。
頬を灰色の毛がくすぐり、ぐんにゃりとした体温を腕の中に感じた。
「お帰りなさい! 今までどこへ行っていたの?」
サバトラの毛並みを思う存分撫で、久しぶりの抱き心地を堪能していると、いっちゃんが話しかけてきた。
「にゃにゃうにゃ‼」
「え、待って。なになに……」
いっちゃんの仕草、そして表情から、言わんとすることを読み取っていく。
「『どこへ行っていたか、教えることはできない』……?」
「うにゃうにゃ」
「え、違う? 少し間違ってる?」
「にゃっ‼」
首を縦に振るいっちゃんの様子から、どうにか意図を推察していった。
「『今はまだ教えられない。いずれ教える時がくる』……であってる?」
「にゃにゃっ‼」
今度は正解のようだ。
……今はまだって、どういうことだろうか?
いっちゃんは私の腕から抜け出すと、乱れた毛並みを直すように、丹念に毛づくろいをしている。
久しぶりの再会にドライな態度だけど、尻尾の先がゆらゆらと、上機嫌に揺れているのがわかった。
「……人騒がせな猫ですね……」
マイペースないっちゃんに、ルシアンが呆れ半分の目を向けている。
いっちゃん不在時の心配そうな様子は、欠片も表に出していないようだ。
「こうして戻ってきてくれたならそれで十分よ。……これから先、何日か遠出することはあっても、この離宮に帰って来てくれるのよね?」
「にゃっ‼」
もちろんです! ここには苺料理がありますからね!
と言うように、いっちゃんが大きく頷いている。
この様子なら、離宮から本格的に離れる心配はなさそうだった。
「いっちゃんの方は、これで一安心ね。あとは薔薇園の方が、どうにかなればいいのだけど……」
「……にゃうっ?」
今なんといいました?
と言うように、いっちゃんが鳴き声をかけてきた。
以前いっちゃんも、薔薇園にお邪魔している。
そのせいか、薔薇園と言う単語に反応したようだ。
こちらを見上げ、詳しい話を教えろと催促している。
「実はさっき―――――」
薔薇園が荒らされたことについて、いっちゃんに説明をしていく。
じっと聞いていたいっちゃんは、何やら考え込むようにしていた。
「いっちゃん、どうしたの? もしかしていっちゃんの力を、貸してくれるつもりなの?」
いっちゃんは庭師猫という種族の幻獣だ。
苺を育て食べている印象が強いが、植物全般の成長を、うながす力を持っている。
いっちゃんがその気になれば、傷んだ薔薇を癒し、再び花を咲かせることも可能だろうけど……。
「薔薇園は広大よ。いっちゃんが頑張っても、全部の薔薇を元に戻すのは難しいと思うわ」
「……にゃにゃにゃ……」
それはその通りですが、と。
相槌を打つように鳴きつつも、いっちゃんは何か考え、迷っているような気配があった。
「にゃうにゃうにゃにゃ、うにゃにゃにゃにゃ…………にゃっ‼」
どうやらいっちゃんの中で、何か結論が出たようだった。
髭を揺らすと、踵を返し走り始める。
「どこへ行くつもり?」
いっちゃんが、ついてこいと言うように振り返る。
四本の足を動かし、離宮の裏手へ向かうようだ。
しばらくついて行くと、いっちゃんが立ち止まった。
特になんということも無い、森の中の小道だ。
「どういうこと? そろそろ説明を――――」
「にゃあっ‼」
説明を求める私の声を遮り、大きくいっちゃんが鳴き声をあげた。
どうしたのだろうと見守っていると―――――
「みゃあ!」
「ににゃっ‼」
「みゃうみゃうにゃ‼」
何重にも、猫の鳴き声が重なって聞こえた。
ガサガサと茂みを揺らしながら、たくさんの猫が集まってくる。
「いっちゃんのお友達? それと、も……」
私は目を見開いた。
視線の先、いっちゃんの周りで猫たちが、二本足ですっくと立ちあがっている。
「猫、いいえ違う、あなたたち全員、もしかして庭師猫なの……?」
私の問いかけに、たくさんのにゃあという鳴き声が上がって。
庭師猫の集団が頷いたのだった。