作品タイトル不明
125.誘拐犯たちの目的は
「眠たいわね……」
翌朝。
私は自室で、欠伸をかみ殺していた。
ぴよちゃんのもふもふ効果のおかげか、気づいたら眠っていたけれど。
精神的な衝撃が抜けきらないのか、体が重く睡眠不足を感じた。
「レレナの方は、まだ眠っているのね?」
「はい。確認させましたが、ぐっすりと眠っているようです」
報告をくれたルシアンは、眠気の欠片も無い完璧な立ち姿だ。
昨晩私と一緒に、遅くまで行動していたようにはとても見えなかった。
「レレナも疲れているでしょうから、自然と目覚めるまで寝かしておきましょう」
いくつか確認したいことはあるが、第一はレレナの体調だ。
誘拐事件の後始末があるので、先にそちらに手を付けることにする。
眠い目をこすりつつ朝食を食べ終えると、手紙を携えたボーガンさんがやってきた。
「陛下から、お手紙が参っております」
「……グレンリード陛下から?」
訝しみつつ、ボーガンさんから手紙を受け取る。
陛下には近いうちに、改めてお話の時間を設けてもらうつもりだったたけれど……。
こんなに早く、手紙がくるのは意外だった。
「『王家の薔薇園に来てくれ』……?」
よっぽど急いでいたのか、走り書きのように記されていたのだった。
◇ ◇ ◇
「これは……」
薔薇園の入口で、私は絶句してしまった。
目の前に広がる光景は、以前来た時とまるで異なっていた。
ほぼ全ての薔薇の花が散り、花弁が地面に散乱している。葉が千切た蔓や、折れ曲がった茎が何十本も、あちこちに落ちているようだ。
「昨晩のうちに、荒らされてしまったようだ」
グレンリード陛下の声は、いつもよりワントーン低くなっている。
薔薇園の惨状に、鋭く瞳を細めていた。
「どうやらこれも、レレナ誘拐犯の一味の仕業のようだ」
「……レレナ誘拐犯の本来の目的は、誘拐以外にあったということですね」
そもそも、レレナの誘拐は、突発的な事故のようなもののはずだ。
偶然、離宮から脱走したレレナを誘拐犯が見つけたせいで起きた事件であり、計画性が無かったからこそ、レレナ監禁場所にも満足な見張りがいなかったに違いない。
「……ベレアスさん達誘拐犯は、こちらの薔薇園を荒らすことが、本来の目的だったんですね」
「そのようだな」
無残な薔薇を前に、陛下は眉を寄せている。
陛下は朝早くからさっそく、ベレアスさんの尋問を行わせたらしい。
まだ全ての自白は取れていないが、それでもベレアスさん達が何を企んでいたのか、おおよその輪郭は掴めたようだった。
「ベレアスはやはり、ディアーズの縁者たちと手を組んでいるようだ」
「……ディアーズさんの縁者ということは、獣人を嫌っている人たちですね」
この薔薇園は王家所有の格が高いものだ。
当然、警備もしっかりと精鋭の騎士団が行っている。
この国の精鋭騎士団は、獣人たちで構成されているのだ。
「犯人たちは薔薇園を荒らすことで、警備の担当者を、ひいては獣人全体の名声を落とそうとしたのですね」
言いつつも私は、オルトさんの言葉を思い出していた。
――――この国の軍事面の予算の多くは、獣人の兵士たちへと割かれている。
そのせいで魔術局は資金難だと、オルトさんは嘆いていたのだ。
あの時、同席していたベリアスさんもオルトさんの言葉を否定していなかった。
ベリアスさんも内心、魔術局の資金難の現状に、不満を募らせていたのかもしれない。
「ベリアスさんは犯人に協力することで、獣人の兵士の評判を損ね、魔術局により多くの資金を回してもらおうとしたのでしょうか?」
「そのつもりだったようだ。加えて計画に協力すれば、デイアーズの縁者たちから魔術局への資金援助も約束されていたらしい」
「……そんな裏取引があったのですね……」
ため息をついてしまった。
ベレアスさんのやったことは許せないが、魔術師である彼が、現状に不満を持つ気持ちも理解できてしまう。
世の中金……とまでは言わないけれど、魔術の研究をするにせよ何にせよ、手元に資金が無いと始まらなかった。
「……許せませんね。ディアーズさんの縁者たち、獣人の兵士を貶めようとしただけではなく、陛下の評判にも、傷をつけようとしているんですよね?」
ディアーズさん投獄に至る過程では、陛下も大きな役割を果たしている。
ディアーズさんの投獄に伴い、その縁者たちの政治的な地位も激しく下落しているため、陛下が逆恨みを買ってしまったようだ。
国王である陛下に嫌がらせをするなんて、一歩間違えば破滅ものだけど……。
今までの地位を無くし逆恨みで動く人たちに、常識は通用しないようだった。
「薔薇の集いまであと三日……。薔薇園がこの状態では……」
万全には程遠く、開催さえ難しくなりそうだ。
「……薔薇の集いが間近に迫った今だからこそ、無謀ともいえる行動に出たんですね」
薔薇の集いは長く続けられた伝統行事であり、国内の主要人物が招かれている。
直前で中止となっては、陛下の威信にもかかわってきた。
「犯人たちにとって、レレナ誘拐を行ったのはただの偶然だ。元々は、あの炎を生み出す紋章具で大規模な火災を起こし、そちらに警備の兵士たちの目が向いている間に、この薔薇園を荒らす計画だったようだ」
「昨日のあの火災は、陽動のためだったんですね……」
警備の兵士たちが精鋭揃いとはいえ、王城内での突然の火災に、動揺はゼロでは無いはずだ。
犯人たちはその隙をついて、薔薇園に侵入したらしい。
外から見えやすい、入口近くの薔薇にはわざと手を出さなかったせいで、朝になるまで犯行が発覚しなかったようだ。
「レレナの誘拐も許せませんが、薔薇への仕打ちも酷いですわ」
手折られた薔薇を見つめた。
以前ここへ来た時、薔薇たちはそれは美しく、大輪の花を咲き誇らせていた。
庭師たちが丹念に世話をし、長く愛情を注いだからこその美しさだ。
ここまで荒らされてしまった以上、簡単には元に戻らないはずだった。
「……今年の薔薇の集いは、中止することになるのでしょうか?」
尋ねると、グレンリード陛下は難しい顔をしている。
「今、薔薇の様子を庭師たちに詳しく確認させているが……。望みは薄そうだ。今日一日、庭師たちの意見を聞き対応を考え、それで難しそうなら正式に、中止の通達を出す予定だ」
◇ ◇ ◇
「……良くないことが続くわね……」
薔薇園を後にした私は、馬車の中でため息を抑えられなかった。
レレナの誘拐に始まり、今度は薔薇の集いへの妨害だ。
私個人としてもここのところ、いっちゃんが家出してしまったり、ぐー様の衝撃の事実を知ってしまったりと、心安らかでないことが続いていた。
「いっちゃん、どこに行っちゃったんだろう……」
馬車から離宮へ降り立ち、ため息の代わりに呟いた。
いっちゃんのサバトラ模様が懐かしかった。
うすいグレーに濃い灰色。縞々のもふもふに、ゆらゆらと気まぐれなしっぽ。
肉球と鼻は黒くて、ちょうどあんな風に歩いていて……
「にゃあ」
「……え?」
目をしばたたかせる。
え? えぇ?
寂しさのあまり、ついにイマジナリーいっちゃんを見てしまったのかと、私はまばたきを繰り返した。