作品タイトル不明
123.駆け巡る走馬灯
「……ぐぅ」
グレンリードは鼻を鳴らすと、碧の瞳でレティーシアを見つめた。
(……火傷はしていないようだな)
銀狼の姿のまま、グレンリードは安堵の息を漏らした。
――――レレナ誘拐犯を捕らえようと、自ら行動を起こしたレティーシア。
その情報を掴んだグレンリードは銀狼の姿になって、こっそりあとをつけてきたのだ。
(傍観したまま、手は出さないつもりだったのだが……)
つい、予定が狂ってしまったようだ。
燃え盛る森を前に、何やら考え事をするレティーシアを見てしまって。
今にも火の粉を浴び火傷してしまうかもと、知らず動いてしまっていた。
理性の箍が緩んでいる、銀狼の姿だからこその行動だ。
「どうしてぐー様がここに……? もしかしてこの氷も、ぐー様がやったことなの?」
「ぐっ‼」
肯定の意思を示すため、グレンリードは頭を縦に振ってやった。
ついでに頭の動きに合わせ、氷の柱を足元から生やして見せる。
雪と氷を操る力は、グレンリードの持つ異能の一つだ。
詠唱も紋章具も不要で、思うがままに凍らせることができる力だった。
「ぐー様、本当にすごい聖獣だったのね……」
氷で覆われた森を見つめ、レティーシアがしきりに感心している。
魔術師である彼女だからこそ、目の前で起こった現象が、とんでもないことだとわかるようだ。
(……この力を、見せるつもりはなかったのだが)
グレンリードは切なげに瞳を細めた。
この先この姿で、レティーシアに会うことはできなくなってしまった。
聖獣の力はあまりに大きく、この国の王家の秘密にも関わっている。
いくらレティーシアが気にしないとしても、聖獣の力を知られた以上、今までのように共に過ごすことはできなかった。
「ぐぐぅ」
さらば、と別れの意思をこめ、グレンリードは喉を震わせた。
その思いが伝わったのか、レティーシアが悲しそうな顔をしている。
「ぐ―様、もう会えなくなってしまうの?」
「…………」
グレンリードは無言で、レティーシアから遠ざかる一歩を踏み出した。
(そんな顔をするな。銀狼の姿の時に会いに行けなくなるだけだ。これからは人の姿のみで、王とお飾りの王妃として、たまに顔を合わせる間柄になるだけで……)
……それは嫌だ、と。
グレンリードの心のどこか、奥の方が囁いた気がした。
揺らぐ思いを押し殺し、その場を去ろうとしたグレンリードだったが――――
「えっ?」
間抜けなレティーシアの声に、つい振り返ってしまった。
「おまえ、その声はなん、だ……」
言葉の途中で、グレンリードは顔を強張らせた。
喉から飛び出したのは、狼の唸り声では決してなく。
まぎれもない、人の声帯によるものだった。
「なっ…………」
絶句し、グレンリードは事態を悟ってしまった。
――――銀狼の姿である時は理性が弱まり、感情が強く出てしまうのだ。
レティーシアを悲しませたくない、傍を離れたくない、と。
願いに気を取られていたせいで、変身の制御が緩んでしまったようだった。
◇ ◇ ◇
「なっ…………」
呆然とした様子の、この場にはいるはずの無い人物。
「……グレンリード陛下?」
信じられない思いで、私はその名を呼んでしまった。
わからない。
わからなかった。
なぜここに陛下がいるのか、ぐー様がどこへ行ってしまったのか。
わからなくて理解できなくて、頭がパンクしそうだった。
「もしかして、ですが……」
「…………」
陛下は口を噤んだまま。
沈黙がひたすらに怖かった。
「グレンリード陛下が、ぐー様に姿を変えていたんですか……?」
そうとしか、考えられない現象だった。
ぐー様=グレンリード陛下。
まさかまさかの一致に、ぐー様との思い出が走馬灯のように脳内を駆け巡った。
『ぐー様は今日もイケ狼ね‼』
『もっふもふもふっふもふ~』
『ぐー様の肉球は世界を救う……!』
『ふふ、このスリッカーブラシ、気持ちいいんですね?』
『あぁ~~~もふで生き返る~~~~』
今までぐー様に向けた言葉が、ゆるみきった笑顔が。
全てあますことなく、グレンリード陛下に見られてしまっていたのだ。
「嘘でしょうっ⁉」
私終わったな、と。
魂からの叫びをあげてしまったのだった。