作品タイトル不明
112.画家と鱗馬
「ヘイルートさん、それにニムルもこんにちは」
「ぎゃうっ‼」
鱗馬のニムルが、頭を上下させ挨拶らしきものをしてきた。
ヘイルートさんはなぜか、犬猫や馬に嫌われやすい体質らしい。
かわりに、二本脚で立つトカゲのような姿をしたニムルとの相性はいいようで、馬の代わりに乗用に連れているようだ。
全身が鱗で覆われ、人の背丈より大きいニムルだけど、黒い瞳はつぶらでぱっちりとしている。
小さな前足を前で揃え、長いしっぽを左右に揺らす姿は犬のようで、仕草が剽軽でかわいらしかった。
「ぎゃぎゃっ?」
ニムルがすんすんと鼻先を、テーブルへ寄せ匂いを嗅いでいた。
シフォンケーキなど、この国では見慣れないお菓子が多いので、興味を惹かれたのかもしれない。
「気になるの? 今日はお菓子の余りが多いから、いくつかヘイルートさんにも持って行ってもらいましょうか?」
「やった! ありがたいですね‼」
「ぎゃっ‼」
甘党なのか、ヘイルートさんがずいぶんと嬉しそうにしている。
ヘイルートさんが喜ぶとニムルも嬉しいのか、尻尾をくねくねとくねらせていた。
仲の良い一人と一匹のようだ。
「せっかく来てもらったのですし、少しお茶をしていきませんか?」
「オレなんかがいいんですか?」
「ライオルベルン王国のお話や、クロードお兄様の話を聞かせてもらいたいんです」
ヘイルートさんはヴォルフヴァルト王国出身では無かった。
私の祖国・エルトリアの西にある大国、ライオルベルン王国からやってきている。
ライオルベルン王国では、若くして貴族相手の画家として成功していたこともあって、話題が豊富で会話が楽しかった。
ヘイルートさんはヴォルフヴァルト王国に来てからは、クロードお兄様とも親交があったようだ。
クロードお兄様はここ数年、仕事で色々な国に派遣されている。
妹の私も、なかなか顔を合わせることができていないので、どんな様子か知りたかった。
「喜んで参加させていただきますよ。レティーシア様考案のお菓子の相伴は、大大歓迎ですからね~」
人懐っこく笑いながら、ニムルを繋ぐため厩舎に向かおうとしたヘイルートさんだったけれど、
「うわ、見つかっちゃいましたね……」
「どうしたんですか?」
苦笑を浮かべるヘイルートさんに問いかけると、がさりと茂みが音を立てた。
「ぐぅぅ……!」
現れたのは、不機嫌オーラ全開のぐー様だった。
どうしたんだろうか?
鼻先にしわが寄り心なし毛が逆立っていて、見るからに機嫌が悪そうだ。
「ぐぐっ‼」
芝生を踏みしめやってきたぐー様が、ヘイルートさんをぎろりと睨みつける。
相変わらず動作の一つ一つが、偉そうなのがぐー様だった。
『さっさとこの場から去るがいい』
と言わんばかりの様子で、ヘイルートさんと私の間に立っているぐー様。
無駄に威厳あるその立ち姿に、ニムルが「きゅるる……」とか細い声をあげ、尻尾を丸め縮こまってしまっている。
「ぐー様、もっと穏やかに穏やかに。ニムルが怯えてしまっているわ」
「ぐぅ……」
ぐー様の翠の瞳がニムルを一瞥した。
それだけで、ニムルはますます小さくなってしまい、ぐー様がため息らしきものをついている。
「ぐあぅあ。ぐぐぐぅ……」
『おまえの主人は気に食わないが、罪も無いおまえを怖がらせ悪かった』
と謝罪するように鳴き声をあげると、ぐー様の気配が丸くなった。
「すごいですね、レティーシア様。あのへい、いえ、ぐー様を制御できるなんてびっくりです」
ヘイルートさんが驚いたような、愉快そうな顔をしている。
にやりとした笑顔で、不満そうなぐー様を見ていた。
「ぐー様はこう見えて意外と、筋の通った言葉は受け入れてくれる狼ですよ」
「ぐあっ?」
『おいおまえ、こう見えて意外ととはどういう意味だ? 色々と失礼な奴だな』
と言うように鼻先に皺を寄せ、ぐーは不服そうにしている。
とても表情豊かな狼だった。
「はは、わかりましたよっと。今日のところはこのまま帰らせてもらいますね。お邪魔虫は退散することにしますよ」
「ぎゃぎゃっ‼」
ニムルの手綱を取ると、ヘイルートさんがひらりと身を躍らせた。
危なげなく鞍へ座り、ニムルの首筋を撫でている。
細身に見えるヘイルートさんだけど、身体能力は高いようだ。
画家も極めると体力が重要らしいので、鍛えているのかもしれない。
ニムルに乗り駆けていくヘイルートさんを見送りながら、そんなことを考えたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヘイルートさんと会話した翌日。
私はグレンリード陛下に招かれ、夕食を共にすることになった。
陛下も忙しそうな中、定期的にお会いし会話して、お食事を一緒にできているのが嬉しくありがたかった。
今日持ってきたのは、ローストビーフを挟んだサンドイッチとミネストローネスープだ。
こちらも持参した網の上にサンドイッチを乗せ、魔術の炎で温めていくことにする。
「香ばしい匂いだな」
陛下の翠の瞳が、炙られるサンドイッチを見ている。
表情に変化は無いけど、期待しどこか楽しそうにしている……ように感じた。
「いい匂いでしょう? こうするとパンがこんがりとして、焼き目がさっくりして美味しいんですよ」
網目模様のついたサンドイッチを、陛下の前へ並べた。
陛下は手に取り少し観察すると、サンドイッチを口へ運んでいく。
「あぁ、これは美味いな。香りがいいし、パンの表面に歯を立てると中から柔らかい部分が出てきて、肉とよく合っているぞ」
ほんの三口ほどで、陛下はサンドイッチを食べ終えたようだ。
気に入ってもらえたかな?
出会ったばかりの頃の陛下は、食への関心が薄いお方だった。
なのに今、サンドイッチに対しては、自然と感想を述べてくれたのだ。
陛下の変化に、嬉しくなってきた。
「……どうした? なぜそんなに笑っているのだ?」
「ふふ、なんでもありませんわ。美味しくいただいてもらえい良かったと思っていたんです」
食事の時間は、美味しく食べてくれる人と一笑に過ごしてこそだ。
私は上機嫌で、追加のサンドイッチを炙っていったのだった。