作品タイトル不明
110.少し忙しくなってきました
いっちゃんの行く先が気になりつつも。
それからしばらく、私はそこそこ忙しく動くことになった。
侍女見習いになったレレナの様子を見つつ、新入りのぴよちゃんの世話を指示し、ジルバートさんとあれこれ料理し、ケイト様とナタリー様の間を取り持ち、狼たちをもふもふとし、魔術局にも顔を出して……。
祖国で王妃教育に励んでいた頃や、前世のブラック社畜時代には程遠いけれど、この離宮に来た当初と比べるとやることが増えてきている。
やっていることの半分(か半分以上)は趣味なので、忙しくも充実した毎日だった。
「レティーシア様、こちら明日のお茶会にいらっしゃる方の名前です」
ジルバートさんの作ってくれた昼ご飯を食べた後。
私は自室で、ルシアンが差し出してきたリストを受け取った。
ここのところうちの離宮では、結構なペースでお茶会が開かれている。
きっかけは、ケイト様とナタリー様とのお茶会だ。
三人でクレープを作った日以降も、ケイト様たちを離宮に招き、お茶会と料理を楽しんでいた。
おかげでだいぶ、ケイト様とナタリー様も打ち解けてきたわけだけど……。
二人の変化を見ていたのは、もちろん私だけでは無かった。
ナタリー様の実家は王国西部を、ケイト様の実家は王国東部を治める公爵家だ。
公爵家はそれぞれ、王国西部と東部の貴族で作られた派閥の中心に位置する存在だった。
公爵令嬢であり次期王妃候補であるナタリー様とケイト様は必然、令嬢たちに憧れられ注目を集める立ち位置だ。
「そんなお二人が、この離宮で仲良くお茶会をしていると知られたら……。自分もお二人のように、この離宮でお茶会をしたい、って考えるご令嬢が出てくるわよね」
そう考えた令嬢たちは、それぞれケイト様とナタリー様の元へ相談とお願いに行ったようだ。
私の元にも何通も、お茶会に招待していただけませんか? という手紙が来ていた。
この離宮でなら獣人も人間も、一緒にお茶会ができるのも手紙の理由の一つのようだ。
この国、ヴォルフヴァルト王国は元々、五つの小国が寄り集まりできた国だ。
地域ごとの違いが大きく、ナタリー様の出身の王国西部では人間が、ケイト様出身の王国東部は獣人がそれぞれ人口の大半を占めている。
人間と獣人は互いを見下し不仲であることが多く、王国西部と東部の関係も、お世辞にも良いと言えないのが現状だ。
もちろん、別種族へと歩み寄ろうとする人々も存在しているけれど……。
現在のこの国の状況では、歩み寄る意思を大々的に示し、互いの屋敷に別種族の相手を招くのは難しいようだった。
「……そんなところに、私の離宮が登場したのよね」
リストに目を通しつつ呟く。
私はこの国の出身ではなく、王国西部と東部の長年のしがらみにも無関係だった。
そんな私の離宮であれば、王国西部の人間と、王国東部の獣人がお茶会に同席して。
個人的な繋がりを持ち関係を深められるかもしれないと、令嬢たちは考えたようだった。
「私としても、そんなご令嬢たちの願いは尊重したいものね……」
人間と獣人の間には大きな溝が横たわっている。
その溝を埋め、令嬢同士、ひいては貴族同士の関係が改善すれば、国全体も良い方向に向かうはずだ。 そのためならば、この離宮でお茶会を開くくらい、協力したいと思っていた。
「メディーシナ伯爵家のジェリカ様に、バルツ男爵家のラナ様ね……」
リストの名前と頭の中の情報をつなげ確認していく。
明日のお茶会は出席者が多く十人ほど。
その中に二名、大物の参加者が混じっていた。
「明日はイ・リエナ様と、フィリア様も参加なさるのよね」
王国北部と南部出身の公爵令嬢であり、ケイト様たちと同じ次期王妃候補の二人だ。
ここのところもっぱら、私の離宮でのお茶会は好評を博している。
イ・リエナ様たちの元にも噂が届き、参加を希望されたのだった。
「私の離宮に招くのだから、しっかりおもてなしをしないとね」
万が一にも手違いがあったりしないように。
お茶会で出すお菓子の確認をすべく、私は厨房に向かおうと自室を出た。
廊下を進んでいると、向こうから小さな影が歩いてくる。
「レレナ、今日も頑張ってるわね」
布の山が、歩いているような姿だ。
両手でリネン類を持ち積み上げ、一度に十数枚を運んでいる。
まだ十歳のレレナだが山猫族、つまり獣人だった。
既に人間である私と同じか、それ以上の筋力があるらしい。
獣人の身体能力を生かし、侍女見習いとして毎日、よく働いているようだった。
「ありがとうございます! レティーシア様とルシアン様も、お仕事頑張ってくださいね」
布の山を抱えたまま崩すことなく、レレナがぴょこんとお辞儀した。
獣人だけあって、バランス感覚も良いようだ。
レレナは仕事の呑み込みも早く健気な性格のおかげで、離宮の使用人たちにも優しく見守られていた。
「レレナ、そちらのリネン類でしたら今の時間、一階の階段下にもって行くと良いですよ。そちらの方に、アイロン係であるミーシャさんがいますからね」
「わかりました! ありがとうございます!」
アドバイスをしたルシアンへ、レレナが明るい笑みを浮かべた。
ルシアンも時々、レレナの侍女教育を行っている。
物腰穏やかで親切、離宮内の使用人事情に通じているルシアンを、レレナは尊敬し懐いている。
……少しルシアンが羨ましい。
王妃である私に対してレレナは、どうしても遠慮と距離感があった。
身分の違いがあるとはいえ、寂しい気分になる。
「……レレナも離宮に馴染んできているみたいだから、それで満足しておかないとね」
シーツを抱え遠ざかったいく背中へ、一人呟いたのだった。