作品タイトル不明
106.ジャストサイズの沼が目標です
――――魔術を用いた戦闘行為について・
私のお兄様その2やその3のような例外を除けば、魔術師の戦闘力はおおよそ、魔力量と比例していると言えた。
先ほど、魔力量1万5千オーバーというびっくり数字を叩きだした私に対し、オルトさんたちは二人合わせても届かないはずだ。
魔力量ではこちらが有利だが、それでも数の不利は存在している。
『放ち駆ける矢。燃えよ赤く赤く。駆け飛びて空へ‼』
ゴーレムを砕こうした私の炎は、寸前でオルトさんの水の魔術で防がれてしまった。
詠唱速度自体はこちらが上だが、相手の旗を狙うとゴーレムの接近を許してしまい、先にゴーレムを潰そうにもオルトさんが妨害してくる。
攻撃の手を少しでも休めると、たちまちこちらの旗で、オルトさんの魔術が飛んできた。
「相手は同僚だけあって、連携し慣れていますね」
背後でルシアンが呟いた通り、二人同時に相手にするのは、そこそこ面倒な組み合わせだ。
魔術と言うのは強力な術式であればあるほど、詠唱による隙ができてしまう。
模擬試合の形式上、距離をとって詠唱時間を稼ぐこともできないため、上位の術式の使用は難しかった。
「でも、やりようはあるのよね」
魔術を使った駆け引きについては、嫌になる程お兄様たちに叩きこまれている。
そのいくつかを、実践へ移すことにした。
『――――輝きの腕。手かざしを開きたまえ‼』
「うっ⁉」
魔術の炎が弾け、まばゆい光をまき散らした。
火属性・第五階梯の術式による、閃光弾のような効果の魔術だ。
直前に相手も気づき目を閉じたようだが、数秒は視界が奪われるはずだ。
その間に素早く詠唱を行い、ゴーレムの姿を観察した。
ゴーレムは術者により自由に操れるのが長所だが、今はそれが仇になっている。
ベレアスさんの目が見えないため、ゴーレムは無防備になっていた。
私に狙い撃ちにされないよう、前後左右に動かすのが精いっぱいで、こちらの旗へ向かう余裕は無いようだ。
試しに2、3発ほど、炎の弾を撃ってみるが、でたらめな動きのせいで案の定外れてしまった。
『――――爆ぜよ水球‼』
そんなことをしているうちに、オルトさんの魔術が飛んでくる。
若手有望株だけあり、さすがに立て直しが早かった。
ゴーレムを援護しつつ、正確にこちらの旗を狙ってくる。
ベレアスさんも視界を取り戻したようで、ゴーレムの動きが鋭くなった。
じりじりと旗へ近づき、ほんの数メートルまで迫ったその瞬間。
『――――薙げや青のかいな‼』
勝利を確信した声色で、オルトさんが魔術を放った。
ゴーレムへと向かう私の炎の刃が、水の壁に払われかき消える。
障害が無くなった空間を、ゴーレムが一直線に突き進み―――――
「なっ⁉」
「はあっ⁉」
響くオルトさんたち二人の悲鳴。
二人の視線の先で、ゴーレムの高さが半分ほどになっている。
足元に出現した沼に、自重で沈んでいるからだ。
動揺する二人の隙をつき、高速で呪文を詠唱する。
『放ち駆ける矢。燃えよ赤く赤く。駆け飛びて空へ‼』
「しまったっ⁉」
ばしゅう、っと。
炎の矢に貫かれ、オルトさん達の旗が燃え落ちていく。
こちらの旗はほつれ一つなく健在。私の勝利だった。
「そこまでっ‼ 両者速やかに魔石を外してください‼」
試合終了を告げる、ボドレー長官の叫び声が響いた。
指示に従い、素早く紋章具から魔石を取り外す。
紋章具本体ほどでは無いが、動力源の魔石もそこそこに高価だ。
魔石内部に貯めこまれた魔力を無駄しないよう、こまめな節約が大切だった。
「……レティーシア様、お強いですね。完敗いたしましたよ」
手を上げ褒めたたえながら、対戦相手だったベレアスさんが近づいてくる。
こちらの旗の手前、沼に沈み込むゴーレムをしげしげと観察していた。
「地属性の魔術による沼、ですね。レティーシア様は火属性の魔術が得意だと聞いていましたが、グレンリード陛下の生誕祭の時などは、地属性の『整練』も使いこなしていましたと聞いています。火属性だけでなく、地属性もお手の物ということですか」
ベレアスさんの問いに頷いた。
実を言えば地水火風の四属性とも、中位術式までなら使うことが可能だ。
けれどもあえて、模擬試合中は火属性の魔術ばかり使うことで、他の3属性の魔術への警戒心を煽らないようにしていた。
「遅延術式による足元狙いの罠作成。基礎的な戦術ですが、運用がとても巧みでした」
遅延術式と呼ばれる魔術式は、詠唱後すぐにではなく、一定時間後に発動するよう調節が可能だった。
前世で言う時限爆弾、あるいはタイマー式の罠のようなものだ。
模擬試合中、魔術による目つぶしを行った隙に、こっそり詠唱を行い罠を仕掛けたのだった。
「まだお若いのに、遅延術式まで使いこなし、素晴らしいの一言ですね。狙ったタイミングで、遅延術式の場所へゴーレムを誘導する、見事なお手並みでした。模擬試合の終盤、こちらが押しているように感じていましたが、あれも罠にかけるための演技だったんですよね?」
「はい。無事成功して良かったです」
勝算の言葉に、やったぁと内心でバンザイする。
私のお兄様その3、クロードお兄様曰く。
『自分が有利だと思っている相手ほど、罠をしかけやすいものだよ』
だ、そうだ。
お兄様の教えに従い、私も遅延術式を用いた罠作り、沼ドボン戦術(命名:昔の私)の訓練をしている。
祖国を離れ、ここしばらくは模擬試合もご無沙汰だったけど、きちんと訓練が生きたようだった。
「今回は、罠にはめる相手がゴーレムだったからやりやすかったですよ。人間よりずっと、動きが遅いですから」
「それにしたって、簡単なことでは無いはずだ。遅延術式の発動タイミングは、詠唱した時点で決めなければならないものです。少しでも発動がズレたり、ゴーレムの位置が違ったら、沼を避けられて終わりになってしまうでしょう? たいしたお手並みですよ」
「ふふ、ありがとうございます。でも、私はまだまだですよ」
ちらと沼ドボンしたゴーレムを見つめる。
胴体半ばまでを呑み込む沼は、おおよそ直径3メートルほどと、ゴーレムより二回りほど大きかった。
……うーん、やっぱり、まだまだ対象に対して、沼が大きいのが残念だ。
私の沼ドボン戦術の師匠・クロードお兄様の手にかかれば、相手の体ぴったりの大きさの沼に、狙ってドボンさせることが可能だった。
「クロードお兄様のピンポイント沼ドボン戦術、それはもうえげつなかったものね……」
「……心の底より同意いたします」
小声で呟くと一瞬、傍らのルシアンが苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
クロードお兄様のピンポイント沼ドボン戦術、主な被害者はルシアンとそして私だ。
よく小さな私の遊び相手になってくれたクロードお兄様だけど、訓練の時は容赦なかった。
遅延術式で作られたジャストサイズの沼に、何十回とドボンされたものだ。
私を可愛がるクロードお兄様の術式だけあって、泥で満ちた沼に落ちるだけの、大きな怪我はない安心安全戦術だったけど……。
「もう二度と、沼には落とされたくありませんね」
ルシアンの呟きに全力で同意だった。
こちらの動きを読み切られた敗北感と全身泥まみれが重なって、なかなかに精神的ダメージが大きい戦術の使い手の、クロードお兄様なのだった。